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二十六 セイン殿下



 警護が手薄な人気のない場所を知っているユリシスと、転移魔法ができる魔力を持つ竜也がいれば王宮に忍び込むのは簡単だった。

 転移先はユリシスが竜也に念話で送り込んでくる。ユリシスはさすがに上手かった。リアルに鮮明に転移すべき場所が送られてくるので、「そこへ行け」と念じて転移の魔方陣を稼働させればいい。念話の受け取りと魔方陣の稼働に慣れれば楽勝だった。

(反則技だよな。普通のくせ者には無理な方法。魔方陣を使いこなす練習はそれなりに大変だったけど)

 なにしろ、ユリシスと一緒に転移するためにユリシスを抱き寄せないといけなかった。気まずいので少しでも離れようとすると「この魔方陣は一人用なんだから密着してないと駄目だ」と言われ、よけいにベッタリと貼り付かれた。

 下手に逆らって事故でも起こったら危ないので言うなりになっていたが、竜也はチンピラ婚約者との会食くらいしか女性との接触はなかったヘタレなので冷や汗ものだった。

 宿の部屋ももう別の部屋にしようと思っていたのだが、ユリシスが「一人は不安だ」と言い張るので同室だ。おまけに、なぜかユリシスは色っぽい寝間着を着るようになった。まるで見せつけるように。

「据え膳食わぬは男の恥」というが、竜也は据え膳を食って面倒なことになるなら、男の恥を甘んじて受け入れる人間だった。王女に不埒な真似などできるわけがない。国王に因縁をつけられたらと思うと、想像するだけで寿命が縮む。

 幸い瘴気払いと転移魔法の練習でかなりの魔力を使うため、夜は死んだように爆睡していた。寝た記憶がないのに明くる日になっている。気絶していたのかもしれない。

 ユリシス曰く、魔導士は「魔力を多く使うと娼館に駆け込みたくなるタイプと眠たくなるものと人によってだいぶ違う」という話だった。


 ひっそりとした闇の中。最初に侵入したのは石造りの建物が建ち並ぶ一角だった。

 荘厳な王宮も裏に入ると苔むした石壁が陰気臭い。王宮の華やかさはないが、やはり衛兵が見回りをしている。

「ここら辺の建物は奥には繋がっていないんだ」

 ユリシスは竜也に魔力回復薬を差し出しながら、視線を向けて小道を隔てた建物を示した。

 分厚い上に魔力障壁を張り巡らせた王宮の外壁を転移魔法で越えるのはなかなか大変だった。魔力がごっそり持って行かれた。それでもまだ八割方は残っている気がするので心配要らないのだが、ユリシスは薬が効くまでは動かないつもりらしい。

「向こうに見える灰色の塔は古い礼拝堂だ。今は立て直したほうを使っている。そちらの建物は、衛兵の武具とか王宮の馬車の修繕関係。そういう施設は多い。業者に頼んで下手な細工でもされたら困るから、基本的に王宮内で済ますんだ」

「へぇ」

「放っておくとどんどん施設が増えるのが王宮というものらしい。複雑なほうが防犯的に良い面もあるけどな」

 薬が効いてきたらしい。魔力が減り冷えていた体に体温が戻ってきた。ユリシスを促して潜入を再開。

 二人で認識阻害の魔導具を纏い、王宮の裏庭を走る。

 ユリシスは風魔法で「こっちだ」と囁きを届けながら建物の脇をすり抜ける。竜也もすぐ後に続いた。

 さらに奥へとひた走り、塀に行き当たると転移魔方陣を使って進んだ。進むにつれ、庭園は暗闇でも美しく手入れされているのがわかるようになり、建物の外壁や窓の作りが立派になっていく。

 ここまで来ると衛兵の見回りを頻繁に見かけるようになっていた。認識阻害の魔導具が効いてはいるが、冷や汗ものだ。

 王族の居住エリアを隔てる内壁を転移で越えた。

 中庭の隅に二人で降り立つと、またユリシスが魔力回復薬を寄越す。休憩タイムだ。これから最後の転移がある。魔力は潤沢にあったほうが良いので大人しく受け取る。

「あの奥だ。私はよく見舞いに行っていた。国王の部屋の隣だ。今は主のいない王妃の間に大叔父上は寝起きされていた」

 ユリシスはひときわ荘厳な宮殿を指し示す。ようやく王宮の中枢部分にまで辿り着いたらしい。

(ラスボスの隣室か)

 竜也はくらりと目眩を感じた。とんでもない部屋に闖入することになった。「王宮の真ん中にいく」としか聞いていなかった。

(真ん中って、ホントに真ん中だった。頑張るしかないな)

「大叔父上殿は、甥の陛下とは親しいんだな」

「そうだ。信頼し支え合っていた。父上は、大叔父上の病状を憂いていた。大叔父上は投石器のあつかいが得意だった。遠隔破壊兵器なので瘴気毒にあまりやられずに済んだのだが、やはり蓄積は免れなかった。王族としては長く生きられたほうだがね。王妃の間を大叔父上の病室にしたのは最後を看取るためだろう」

 ユリシスは淡淡と話すが、辛かっただろう。

 薬が効いて体の真ん中がほっこりしてきた。

 慎重に移動し二人は最後の転移を果たした。着いたのは広々とした薄暗い寝室だった。観察する暇はないが家具類やカーテンやカーペットまでゴージャスでさすが王妃仕様の部屋だ。

 天蓋付きの寝台はキングサイズよりさらに二回りは大きかった。その寝台の上に、顔色の悪い老人が横たわっていた。

 ユリシスはそっと彼に歩み寄る。

 竜也は少し離れたところに待機していた。

「大叔父上、大叔父上。私です。ユリシスです」

 暗闇にユリシスの声が静かに響く。護衛はドアの外に立っているらしいが、声が漏れないようユリシスは防音の結界を張った。

「シス、か。やはり、生きていてくれたのだな」

 低く掠れた声が答えた。

「なんとか無事です」

「お前を追い詰めたのはエルジナなのだろう」

「もちろん、そうです」

 ユリシスは平気な顔で微笑みながら答え、セインは「クソだな」と王族らしくない罵りを呟く。

「大叔父上。瘴気を払える者を頼んで連れてきました。きっと楽になる」

 ユリシスが彼の耳元に囁くように告げた。

「光魔法の、治癒師、か」

 セインは僅かに眉を寄せる。

「いや、治癒師ではないんだ。ただ、瘴気を払う力を持っている方です」

 ユリシスは言葉を選びながらセインに語りかける。

(難しそうだな。結局、洗いざらい話すしかないんじゃないかな)

 竜也は案じながら二人の様子を見守った。

 光魔法の治癒師もささやかながら瘴気毒の治癒ができる。だが、体に染み込んだ瘴気は、光魔法の治癒を注いでも霧散することはない。痛みなどの症状を軽くはできるが一時的なものであって、根本を解決することができない。ユリシスはそう竜也に教えた。

 瘴気が体を蝕む速度を食い止め続けてもじわじわと浸食し、死に至る。

 それでも、これまで彼が死なずにいられたのは、国に貢献した王族ゆえに、治癒師を側に起き続けることができたからだ。

 生きものに染み込んだ瘴気を払えるのは、それだけ稀なことだった。異世界から召喚された神子や聖女にしかできない。

 普通の神官たちにできるのは、瘴気溜りや森に漂う瘴気を消すことだ。

 瘴気は増える時期がある。原因は一つ二つではない。気候変動か、生態系の影響か、さまざまな地脈のせいか、それともそれら全てか。複雑な原因は取り除くことができない。逃れようもなく「周期的に増えるもの」だった。瘴気溜りを消していけば瘴気の増加が抑えられる。一時期であっても平常状態に戻すことができる、神官の力が貴重であることは間違いない。

「それは、他国の神子殿か」

 セインが疲れた声で尋ねる。

「まぁ、そんなようなものです」

 ユリシスは言葉を濁し、セインの眉間の皺が険しくなった。

「瘴気払いの条件はなんだ。法外な金銭か。ユリシス、お前が何か犠牲を払うのか」

 セインの語気は鋭く、声は病み衰えているというのに圧倒される威厳があった。

「大叔父上。召喚された救世主殿を覚えておられるか」

「もちろん」

 セインはいきなり変わった話題に声の険しさを緩めた。

「召喚された救世主は二人いた。片方は単なる巻き込まれと判断された。エルジナと所長はもう一人の青年は価値がないと北の棟に閉じ込め食事も満足にさせずに迫害した」

「まさか、そんなことを」

「エルジナが愚者なのは今に始まったことではありません。彼は王宮から逃げ出し、魔法の才を磨いた」

「その青年か」

 セインは隅に立つ竜也に視線を向ける。

 竜也は気まずく思いながら軽く会釈をしておいた。

「瘴気を祓ってもらえます」

「さすが我が曾姪孫だ。だが、我が国が彼にやったことを思えば、僅かな寿命にすがりつく赤恥を晒すつもりはないよ。ここまで来てくれて感謝する」

 セインは優しく頬笑んだ。

(さすが、立派な方だな)

 ユリシスが慕っている人物ならそう言うかもしれないと思っていた。この国が竜也にやったことを思えば、頼るのは彼の矜持が許すまい。

(仕方ないな)

 竜也は一歩前に進んだ。

 彼の体から瘴気の靄が仄かに見える。蝕む瘴気は彼の命の火を今にも消そうとしていた。

「竜也と申します」

 この厳かな暗闇に竜也の声が場違いに感じられた。それでも気圧されるつもりはない。ここからが正念場だ。

「ユリシスが世話になっているようだな」

 歴戦の勇士の視線が竜也を貫く。

「世話になっているのは私のほうです。彼女が悲しむのは見たくなかったのでここまで来ました」

「そうか」

 セインの視線が優しくユリシスに戻る。

「ですが、ただで瘴気を払って貰うのは、殿下としても気に病まれそうですね」

「当たり前だな」

 セインは不敵に笑った。

「それでは、殿下の甥であらせられる国王も呼んでいただいて、条件を話合うというのはどうでしょう。私にとってもユリシスにとっても、有利な条件をのんでもらって、お二人の瘴気を祓うというのは?」

「なるほど。ユリシスにとっても、な。とりあえず、その条件というものは、飲む飲まないに関係なしに興味があるな。異世界の神子殿」

「私は、単なる神子ではないかもしれませんよ」

 竜也は朗らかに笑い、セインは竜也の笑顔にうっかり見入った。

(彼は優男に見えて、なかなかの強者だな)

 自分の曾姪孫の男を見る目もなかなかだな、と爺馬鹿の自覚がないセインは思った。


ありがとうございました。また明日投稿いたします。

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