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二十四 救いの神子




 シスの考えた作戦は「森で魔獣の間引きを行う」というものだった。派手に活躍すれば、領主の方から接触があるかもしれない。役に立つ狩人だと信用させることが出来れば、こちらの言うことに耳を傾けてくれるだろう。そうそう上手くいくとも思えないが、なんら伝手もコネもないし、他に良い方法も思いつかない。

 シスのアイデアではあるが、竜也も乗り気だった。

 竜也には確かめたいことがあった。それは、自分に瘴気払いが出来るか否かだった。

 本当は尚樹ではなく竜也が救世主かもしれない、と思ったこともあった。自分がかなりの魔力保持者であると気付いたときには、信憑性がありそうに思えた。

 けれど、竜也自身の気持ちとしては、どうしても、あの国を助けたいという想いが浮かばない。どこをどう探っても、救世主のやる気が起きない。頼まれたって、助けたくない。

「ルデリアヌの救世主ではない」と、直感的に思っている。

 尚樹の召喚に巻き込まれたのは、自分の逃避願望のせいだ。長男という立場から逃げたいと渇望し、跡継ぎである自分の運命を憎んでいた。

 そんな時に、尚樹の召喚に巻き込まれた。だから、強い願いが原因しているのだと思っていた。

 とはいえ、巻き込まれただけというには、与えられた魔力が桁外れに高すぎる。

 イレギュラーな存在であるがゆえに高い魔力をたまたま得たのか。あるいは、何か理由があるのか。他にも何かチートな能力を持っているのか。

 それで、もしかしたら、瘴気払いが出来るかもしれない、と考えた。浄化魔法はかなり上手いのだ。西の町食堂で働いていたころにはトイレ掃除に浄化魔法を使っていたが、レイラが感心するくらいピカピカに浄めていた。

 造作も無いことだった。綺麗になれ、と思うだけで次の瞬間にはピカピカなのだ。どの魔法よりも簡単だった。

 瘴気払いが出来るか否かは、瘴気がないと試せない。

 魔の森へ行くのは、シスは魔獣の間引きが目的だが、竜也は違う。


 そんなわけで、二人は再び国境を越えて魔の森に向かうことにした。

 ブーゲルニ共和国を南下すると、ルデリアヌ王国の国境がある。

 二人がブーゲルニ共和国への国境を越えたのは、ルデリアヌ王国の真ん中から少し西よりのセジュム領だった。

 セジュム領は、王国が西と東が別れていたころは国境の領だった。今もブーゲルニとの国境を接するが、かつては、ルデリス王国とも国境が接していたわけだ。

 レジーに頑張って走ってもらい、五日ほどかけてルデリアヌ王国に入国した。今回はのんびりせずにひたすら移動したので早かった。

「ここかぁ」

「雰囲気がひどいな」

 なるべく困っているところを救って領主の印象を良くしようと目論んだために、やってきた森は木々がどす黒かった。瘴気が増えている証拠だ。

 竜也は薄暗い森の様子を見るために、目に魔力を思い切り込める。すると、瘴気の靄がゆらゆらとしているのがリアルにわかった。

「物騒すぎる」

 寒気が止まらない。

「一目見てわかるほど、こんなに木の色が違っているとは」

 シスが呟きながら木々を見上げる。

「シス、そっちに行ったら危ない。瘴気が濃いから」

「は? なんだって」

 シスが眉を顰めて竜也を振り返った。

「そこだよ、瘴気溜りみたいになってる」

 竜也はシスのすぐ脇の黒い靄の固まり指さした。

「りゅ、リュウ。お前、瘴気が見えるのか?」

 シスが幽霊でも見るかのような目付きになった。

「え? そりゃ、目に魔力を込めれば見えるだろ」

「見えるものか。視力を強化しても遠くが見えるだけだ!」

「でも、見えるぞ」

 竜也は戸惑いながらも答えた。瘴気が見えることまで常識外れだったとは。いい加減、チート疲れしてくる。もう異世界特典はお腹いっぱいだ。

「ま、まさか、リュウ。瘴気を払える神子様や聖女殿たちは瘴気が見えたというが」

「へ? へぇ」

 どうやら思惑通りらしいが、シスにこんな目で見られるのは想定外だった。

「リュウ。やってみてくれ」

 シスに腕を掴まれ、やけに真剣に頼まれた。

「えーと、やってみろと言われても。やり方が」

「試そう。そこの真っ黒く変色した木に向かって、払うんだ」

「払うって?」

「聖女殿の記録では、埃でも払うように払えば良いとあった」

「瘴気って、埃あつかいでいいのか」

 納得がいかないが、先人の言うことは聞くべきだろう。

 竜也は「瘴気はホコリ、ホコリ」と自らに言い聞かせながら的となる木の前に立った。

 瘴気の靄に包まれた木々は、見ようによっては埃まみれに見えなくもない。

(イメージ的には、榊で穢れを払う感じにするか)

 魔力も込めよう、と手に魔力を纏わせる。いつもならカマイタチや雷を纏わせるところだが、瘴気には何が効くのかわからないので単に力を込めるようにした。

(瘴気、消えろ)

 思い切り魔力を纏った手を払った。埃を払いのけるように。

 ゴゥっと、一陣の風が吹いた。

 途端に、瘴気の靄が風に煽られて宙を舞った。

 舞い上がった瘴気は、陽の光に瞬く埃のようにキラキラと地面に落ちてゆく。

(マジか、埃っぽい)

 瘴気が消えると、そこには健康的な木の色を取り戻した一群れの木々があった。

(なるほど、やればできるもんだな。なんか気だるいけど、謎の満足感がある)

 竜也が詰めていた息を吐いて振り返ると、シスが目も口も目一杯開いて驚愕していた。

(相変わらず、驚愕顔も美形)

 シスが呆けてしまったので、竜也は手を繋いで引きずるように宿に戻った。

 いつになく疲れを感じていた。瘴気を払うのはけっこう魔力を使うのかもしれない。あるいは、慣れない魔法だからか。

(そういや、魔法って、使い込んでスムーズに発動できるようになると、自然と魔力も効率的に使えるようになるんだよな)

 初めての魔法はどうしても力んで魔力の無駄打ちのようになり、要らない魔力を使ってしまう。それでも、まだまだ瘴気払いができる気がした。

(でも、今日のようなやり方は効率的じゃないな。本気でやるなら、もっと瘴気の元のような、根源みたいなところを浄化した方が早いかもしれない。過去の聖女や神子たちはどうやったんだろ)

 宿に戻り落ち着くと、シスはやけに難しい顔をして考え込んでいた。

「リュウ。瘴気の浄化が出来るのだな」

 力なくベッドに座り込んだシスがぽつりと呟く。

「そうみたいだな」

「ハハ」と乾いた笑いが出た。予想はしていたが、本当に出来てしまうとさすがに戸惑う。

「リュウ。もし、よければ。頼みたいことがあるんだ」

 シスは重い口調だった。よほど言いたくないのか、絞り出すように話す。

「うん。なんだい? 出来ることならやるよ」

「その前に、打ち明けておかないとな。私は実は、男では無い。王女なんだ。元王女。ユリシスというのが本名だ。ルデリアヌ王国第二王女、ユリシスだ」

 意を決したような真摯な目で見詰められ、竜也は励ますようにユリシスに笑顔を向けた。

「知ってたよ。実は俺、魔力の色も見えるから。建国祭のときに見えた国王の魔力の色と、シスの魔力の色は同じだったから」

「し、知ってた? 魔力の色?」

 シスが目を剥く。

「王宮で借りてた絵本。巻末に『ユ』って記されてるんだ。シスの?」

「それも気付いてたか。私はリュウたちを無理矢理、この世界に連れてきた犯人の一人だ」

 シスは力が抜けたように俯いた。

「シスがそれを決定するような立場だったとは思えないな」

「それは、否定はしないが」

「俺に近づいたのは、なぜ?」

 竜也はまっすぐにシスを見た。

「もう一人の召喚者が心配だったから、というのが一つ。それに、リュウを気に入ったからだ。君はとても雰囲気が良かった。それに賢そうだった。だから、ミゼルをリュウに付けた。ミゼルは私の侍従だった。王宮の侍従長に言ってそばに置いた。マヌケな侍従長が君を外に出してしまったけれどね。私は銀貨五十枚を渡して、その金が尽きる前に向かえに行く予定だった」

「そっか。銀貨、ありがとう。助かった」

 さすがに驚いた。そこまで世話になっているとは思いもよらなかった。

 ミゼルはやる気がなさそうだったが、本当にやる気がなかったとわかった。主の王女に命じられたから仕方なく竜也の面倒をみていたのだ。

「リュウは私が思うよりずっと生活能力があったみたいだけどね」

 シスが苦笑する。

「あの金がなかったら不安でしょうがなかったよ。ホントにありがとう」

「力になれたのなら嬉しいよ。礼など言わないでくれ。私は君に酷いことをした国の王女なのだから」

「そんなのは関係ない。この世界で一番、信頼している」

 竜也はそっと王女の手に自分の手を重ねた。

「リュウ」

(ここは、世界で一番、愛してると言って欲しいとこだけど)

 ユリシスの女心が少しだけ落胆したが、今はそれでよしとしよう。許してくれただけでも安堵したのだから。

「それで、頼みって?」

 竜也が話の先を促す。

「大叔父上を助けて欲しいんだ」

「大叔父上ってセイン殿下だね? 助けるとはどういうことだ?」

(建国祭のときに見かけた魔導具の車椅子に乗っていた人だろう。車椅子じゃなくて、ソリ椅子かもしれないけど)

 セイン殿下の名は諜報員ゼリューの話に出たので知っていた。出来ることがあればやってあげたいが、竜也にとっては雲の上の人に等しい王族だ。

「生きているものに染み込んだ瘴気を払えるのは、召喚された神子や聖女だけだ。神官たちにもできない」

「そ、そうか」

「大叔父上が体を悪くしているのは、瘴気が体に溜まっているためなんだ」

「高齢だからじゃないのか。なんで王族の彼が瘴気を溜め込むようなことになってるんだい」

「リュウ。我が国の王族は、王家に伝わる武器を使って魔獣の間引きをするのが大事な役割の一つなんだ。ルデリアヌ王国の王族は、魔力の高さで選ばれたようなものだ」

 王家にある魔導具の武器は五種ある、とユリシスは説明をした。

 魔力を感知する魔導具、「妖魔の瞳」。

 炎を纏う最強の剣、「炎龍剣。」

 氷の嵐を巻き起こす杖、「氷嵐杖」。

 雷の岩を撃つ投石器、「雷岩砲」。

 光を纏う矢を連続して放つ弓、「光射弓」は連弩だ。

 これらは王家の血筋の者しか使えない。他の者では、魔力を流しても発動しないのだ、とユリシスはいう。

「でも、ナオキ殿は連弩を使えたらしいがな」

「へぇ」

 竜也は感心した素振りをしておいたが、すでに盗み聞きして知っている情報だった。

「王族の魔力波動に反応するように出来ているはずのものが、どうして使えたのかな?」

「推測でしかないが、連弩は作られた年代が違うと聞いたことがある。一番古いんだ。だから魔力を選別する機構が違うのかもしれない。この世界には存在しない魔力である異世界人殿の魔力に反応しているわけだが。おそらく、王族の魔力は特殊なんだろう。だから、当時は登録がし辛かったので、ありきたりな魔力を弾くような選別にしたのかも」

 ユリシスは考えながらゆっくりと言葉を選ぶ。

「ふうん。手の込んだ武器だから一番新しそうだけど古いのか。それに、ありきたりな魔力って大量にありそうなのに、それをいちいち覚えさせてそれ以外を弾いたってことかい?」

 かえって大変そうだけどな、と竜也は想像してみる。

「ありきたりな魔力っていうのは、つまり、魔力波動が平均的なもの、ということだ。王族の魔力だけ少しそれから外れてる、と考えてみてくれ」

「まぁ、それならなんとなく理解できるかな。平均的な波動から外れた魔力だけを選ぶようにしたのか」

「そんな感じだな。魔剣も感知の魔導具も、攻撃魔法付きの杖も投石器も古い時代からあるが、連弩はことに旧式の型だ。丁寧に作られたものなので慣れれば使い易いけどね。武器はどれも魔力を込めれば威力がどんどん上がる仕様になっていて、魔力を喰う。途方も無く危険なんだ。だから、使用者を制限したんだろう」

 そのせいで使える王族に負担がかかった、とユリシスは昏い顔をする。

「もっと使用者の幅を広げるべきだったな」

「そうだな。けれど、魔力が高くないと使えないというのはどうしようもないし。魔力の高い者は物騒だから信用できない、という思い込みもあったらしい。大叔父上が言っていた。だが、優れた武器を持っていても瘴気の森で討伐をしていたら瘴気が溜まる」

「騎士はみなそうなのか」

 それは悲惨だな、と竜也はさすがに同情した。

「騎士は代えが効くからまだいいんだ。交代で働けるから。強力破壊兵器は王族しか使えないからな」

「毎度、行かされたわけか」

「王族に命じられる者はいないよ、リュウ。だが、行かないわけにはいかないだろう。瘴気を浄化できる者が充分にいれば良かったんだ。神子や聖女がいらっしゃらなくなってから、我が国の王族は短命だ」

 ユリシスは諦めたように力なく首を振った。

 本来、魔力の高い者は、魔力が生命力を底上げするので非常に長命なはずだった。祖先のせいとはいえ、王族の寿命はかつての半分ほどに減った。

「わかった。大叔父上殿を助けよう。だが、簡単にお会いできるのか」

「簡単ではないな。大叔父上は、今は王宮で治癒師についてもらっている。王宮治癒師に交代で治癒をかけさせ、それで生きながらえている状態だ。ご自分のお屋敷にはお帰りにならない。子供はいないし夫人はもう亡くなってるが、彼女の実家の連中が信用ならない。父上が大叔父上を王宮に留め置かれている」

「殿下のためなんだろうけど、接触しにくいな」

「そうなんだよ」



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