二十 魔力の色
本日、二話、投稿しています。こちらは二話目の投稿です。
竜也とシスはゆるりと旅を続けていた。
ブーゲルニ共和国に入ってから一か月ほどが過ぎていた。異界の森巡りをしブーゲルニの首都は後回しにしていた。今も二人は首都まであと一日で着くという辺りで足踏みしていた。
昼前にヘイネスという領に付いた。ブーゲルニ共和国では首都に次いで第二の規模を持つ。町の様子はすっかり垢抜けて、人が多く賑わっていた。
ここまで来るとルデリアヌ王国の影響は微塵もない。ルデリアヌの言葉も通じない。この一か月の間、シスにブーゲルニ語と共通語を習い、日常会話は喋れるようになっていた。共通語は、元の世界でいえば英語のようによく話されている言葉だ。最初から共通語を学べば良かった。ただ、僻地ではあまり通用しないらしいが。
共通語というだけあって、ルデリアヌ語ともブーゲルニ語とも文法的に似ていて学ぶのは易しかった。言葉が話せると旅が倍も楽しい。
ブーゲルニ共和国は、ルデリアヌ王国の国土は二倍、人口も二倍だ。両国は国境を離れるとずいぶん雰囲気が違っていた。色彩が違う。ルデリアヌ王国の王都はよく言えば落ち着いている、悪く言えば地味で古ぼけた感じだった。ブーゲルニはそれに比べて明るい。白や青や赤という華やかな色が目に付く。ヘイネスを歩いているとルデリアヌ王国とは国が違うというより世界が違うような気がしてくる。
浮かれた様子の竜也の隣で、ユリシスは密かに安堵していた。
(これだけ離れてればもう大丈夫だ)
懐の温かい二人は良い宿を選んだ。
これまで通り同じ部屋に泊まっている。若いのに枯れている竜也は王女にムラムラしたりはしない。大事な王女殿下であり護衛対象だ。そう思うと、不思議と恋愛対象とは思えなくなる。
今も、部屋で荷物を片付けながら隣のベッドでくつろぐシスがいても「女と二人きり」という緊張感はない。
「そういえばシスは、ブーゲルニからどこに行く予定なんだ? それとも、目的地がブーゲルニ共和国のどこかだったのか?」
竜也は肝心なことを聞いていなかったことを思い出した。ユリシス王女なら、どこかに庇護してくれる貴族がいることだろう。
「いや、これといって確たる目的地はないな」
シスはあっさりと答えた。
「は? だが、親族とかはいないのか?」
「母はエンガス王国に実家があって、そこで暮らしている」
「では、母上の元には行かないのか?」
と、竜也は尋ねてから気付いた。行けないだろう。母方の実家など、まず最初に行方を捜されそうだ。
「行かないな」
シスはごく軽い口調で答えた。
「そうか」
(王女が落ち着ける場所に行くのは思ったよりも大変かもしれないな)
竜也はどうしたものかと心中で考える。
「リュウはどうしたいのだ?」
「やりたいことはこれから決める。今は穏やかに暮らせる職と場所を探しながら旅をしているだけだな」
「そうか。奇遇だな。私もそうだ。ともに歩もう」
シスはにこりと竜也に笑顔を向けた。
「高等教育を受けた良家育ちの若い者がそれで良いんですか?」
竜也は「王女がそれでいいのか」と言いたいところだが、やんわりと言葉を換えた。
「リュウも同じじゃないか。良家の出だろう。実家には別荘があったと言っていたじゃないか。所作に品もある。よく『私』と言いかけて『俺』と言い直すのはなぜだ?」
「品? そんなものはないけどな。茶道を習わされたせいかな」
食事のマナーは母親に厳しく躾けられたが、品があるなどと言われたのは初めてだ。
「茶道?」
「あー、えとマナー講座だ。実家は口うるさい家だったんだ。家では『私』と言わされていた。その後遺症が残ってるだけだ」
「リュウは、王都の食堂で働いた以外では、どこかで従者などをしたことはあるか?」
「ないな。ずっと学生だった」
「そうか」
救世主殿は嘘つきだったみたいだな、精霊石は濁りそうだとシスはぶつぶつと呟き、竜也はシスの不穏な様子に「精霊石がなんだい?」と問い返した。
「いや、なんでもない。なぁ、リュウ。精霊石を濁らせるのはどんな場合だと思う?」
「殺人などの犯罪者だろう?」
「ハハ。大雑把すぎるよ。もっと詳しく」
「詳しくは知らないな。あの石には魂の汚れが現れる、とかじゃないのか」
竜也は首を傾げた。
「基本的に、精霊石を光らせるのは魔力だ。魔力は、地主神の加護も関わっている。あくまで、関わっているだけだが。地主神が魔力を強めてくれている」
「へぇ」
(じゃぁ、なんで俺は魔力が強いんだろう? ここの神と縁はなさそうだが)
竜也は胸の内で疑問を抱くが、口には出せない。
「それで、地主神の気に入らないことをすると陰りになって現れる、というわけだな。ゆえに、地主神の気に入らないことを知らずやってしまうと、その者にとっては大した罪では無いと思っていても精霊石は真っ黒になる」
「人間の法とは違うんだな」
竜也は感心し、妙に納得した。不思議な石の謎が解けた気がした。
「ああその通り、違うよ。人間の法は完全ではないし。そもそも、不完全な社会に完全な法など無理だろう」
「それなりの法で妥協するのは仕方ないかもな」
「そうだな。それで例えばルデリアヌでは、過去にせっかく召喚した聖女を死なせている。幾人も惨たらしく死なせてしまった。そのせいで当時、聖女たちのお世話を任されたはずの関係者は一人残らず精霊石を真っ黒に染め上げるようになった。王族も貴族も、地位も何もかも関係なく。しかも、精霊石に近づいただけで真っ黒だ。我が国は反省することなく、聖女を死なせる愚行は繰り返された。四人も死なせてからは、お告げで聖女や神子を喚ぶことはできなくなった」
「そういう経緯だったのか」
あまりに惨い。自分も召喚された身なので、他人事と思えなかった。
「それなのに、なぜか救世主の召喚がなされた。おそらく、もう最後の機会だったのだろう。国が終わる最後の召喚だ」
竜也は王女の言葉になにも言えなかった。相づちも打てない。
(尚樹のやつ、責任重大じゃないかよ。大丈夫か)
竜也は尚樹の脳筋面を思い浮かべる。「無理だな」としか思えなかった。
「シス、ちょっと知りたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「子供の魔力量って、生まれてくるときに親から子に受け継がれて、魔力の高い方の親と同じになるそうだな」
竜也は本で読んだことを確かめるためにそう言った。
本当に知りたいことは、魔力の色についてだ。本には載っていなかった。載っていないのはなぜかも知りたかった。それで、基本的な魔力の遺伝についてから確認した。
子の魔力量はどう遺伝するかと言えば、どちらか高い方の親と同じになる。両親の平均などではなく、あるいは、父からか、母からか決まっているわけでもなく。高い方を継ぐ法則があると本には載っていた。
そんな法則があるなら魔力の高い者は結婚相手にさぞ求められるだろうと思えば、魔力が高ければ高いほど妊娠し難いし、妊娠させ難い。ゆえに、ほどほどの方が結婚相手としては人気だ。
ルデリアヌ王国の王族は、そのようなわけで不人気だったらしい。
「そうだ」
と、シスはなんら躊躇もなく頷くが、ふと「あぁ、例外も稀にあるな」と付け足した。
「そうなのか」
「母親の妊娠中になんらかの問題が生じると、魔力に関わる器官が育ちきらず、魔力量が伸びないことがあるんだ」
「なるほど。そういうこともありそうだな」
なんとなく納得できる。魔力は繊細な力という印象があった。
「魔法属性もそうだ。通常は、高い魔力の親と同じになるんだ。例えば父親が高魔力の持ち主で母親が低い魔力であれば、子供は父親と同じ魔法属性を持って生まれる。例外などほとんどありはしない。だが、あくまで『ほとんど』であって、必ずではない」
「生き物であればそういう変則的なことがあるよな」
竜也は「うんうん」と相づちを打つ。
「そういうことだ。先ほどの例えで言えば、父親が土と水と火を持っていて高魔力、母親の魔法属性が風で低い魔力だったとすると、子供は父と同じ土と水と火を継ぐ。だが、父親と母親の魔力量の差があまり無ければ、母親の風も子供の魔法属性に付け足されることがあるんだ。とても幸運な例外だな。滅多に無いから」
「へぇ、そうか。案外、例外っていうのがあるのだな」
「いや、『案外ある』ではなく、滅多にないんだぞ」
「まぁ、そうなんだろうけど」と竜也は考え事に気を取られながら、「それなら魔力の色は」と口に出した。
「魔力の色?」
シスが聞き慣れない言葉に眉をひそめる。
「そう。魔力の色、だが?」
竜也は再度はっきりと言い直した。先ほどから、魔力の色はどうなる? と尋ねたかったのだ。
「魔力の色などと言うものは」とシスはしばし視線を揺らして記憶を探る様子をしていたが、
「それがなんだ? リュウはなぜその言葉を知っている」と首を傾げた。
竜也は咄嗟に「いや、まぁ。図書館でよく調べ物をしていたので」と口ごもった。シスの様子から、魔力の色が見えるなどと言うと、厄介ごとに巻き込まれる気配がし始めたからだ。
(魔力の色が見えてしまえば、親子の関係も見える可能性があるんだよな。不味いんじゃないか。そう簡単に見えるものじゃないのかも)
竜也は「失言したかもしれない」と内心で焦った。
「国立図書館か?」
シスは追求の手を止めない。
「うん。国立図書館」
「なんて本だ?」
「そんなの覚えてないな。手当たり次第に読んでたし」
それは本当だった。王都を出たらろくな図書館がなさそうだったので、この国を出ると決めてからは森に行かない週末や、あるいは天気の悪くなりそうな日は朝から夕方まで図書館にいた。読解力がだいぶあがった。辞典をめくるのも上手くなった。懸命に調べたが、魔力の色という言葉が説明されている本は一冊もなかった。
ただ、「人の魔力には属性などの違いだけでなく、個人差がある」という言葉は幾度か見た。それが魔力の色に該当するのではないか、と竜也は考えた。その個人差を、竜也は色として感じているのだ。
「いや、でも、だが」
と、シスがもの言いたげに言いよどむ。
「魔力って、人それぞれ魔法の属性とかが違うだけじゃなくて、個人個人で個性があるって話だろ」
竜也はシスが何か言い出す前に畳みかけるように尋ねた。
「それはもちろんあるよ。だから、魔力を登録して、鍵の代わりにしたりするのだからな」
「それそれ」
竜也は何度も頷いた。
「それって。リュウ。そういう個人の魔力波動はあくまで波動であって、色っていう表現はしないぞ」
「でも、色って表現した方がわかりやすいだろ」
「うーん。あのな、リュウ。その昔、優れた魔導士がいて、感知能力に非常に長けていて、魔力を色で識別したという伝説が確かにあるが、それは類い稀な神話みたいな話だ」
「神話は大げさだろ」
竜也は苦笑した。
「大げさじゃないんだけどな」
シスがため息と一緒に言葉を吐く。
「だってさ、魔力を感じられる魔導士はたくさんいるらしいし。なんとなく人によって違いがあるなーとわかる魔導士だっているさ」
「いない!」
「断言するなぁ。世の中は広いのに?」
「あのな、リュウ。魔力があるかないか程度なら確かにわかるかもしれない。だが、魔獣の魔力と人間の魔力の違いさえも人間にはわからないんだぞ。魔獣は禍々しさがあるから近づけばそれはわかるが、純粋な魔力だけで言えば違いを感じ取るのは無理なんだ。それなのに、魔力の個人差を感じ取る? あり得ないだろ。精密な魔導具じゃあるまいし」
シスが呆れ半分の口調で説明をする。
「なるほど。わかった」
(魔力の色が見えるなんて、金輪際、言ってはいけないとわかった。いや、色が見えるとは言わなかったが)
竜也は肝に銘じた。
「どうしてそんなことを言い出したんだ?」
シスはあからさまに腑に落ちないという様子で、竜也は嫌な汗をかいた。
「うーん。まぁ、親子で魔力量とか魔法属性とかが違ったら、母親の不貞がすぐにばれるんだろうな、と思ってさ」
「なんだ、そんな話か。昔からあるゴタゴタだな。そんな悲惨な痴話など、我が国では聞き飽きるほどだ。誤魔化す方法も千差万別だろう。簡単なのは、旦那と同じ魔法属性の男と浮気するんだな」
「同じ髪色、同じ瞳も要るんじゃないか」
「出来れば、な。だが、ほとんどの場合、魔力を見るだろ。髪や目の色は隔世遺伝もあるし」
「それはそうか。耳の形とか顎や鼻の形も、両親と同じとは限らないし」
「そういうことだ。王妃はそれで浮気相手に執着し過ぎて」
とシスは話し始めたところで、見るからに『しまった!』という顔をした。
ありがとうございました。