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二 選ばれし者



 高校二年の修学旅行のときだった。

 竜也と尚樹が一緒にいたのは偶然だ。尚樹とはクラスが違う。

 高校ではクラスは成績順で決められていた。竜也は一組で尚樹は十組。一年のときも二年のときもそうだ。

 この頃になると、尚樹が竜也に近づく理由はもう知っていた。

 法事があったさい、遠縁なので千野の家族も来ていた。千野の両親と村山の両親との会話で、尚樹を村山の会社にコネ入社させたいようなことを言っていた。そのものズバリではなく、遠回しにわかるという感じだが。

 それで、父は気安く「あぁ、いいよ」と答えていた。

 竜也は愕然とした。

 なに気軽に引き受けてるんだよ、父さん、そいつは性悪だぞ、と竜也は思ったが千野の両親の前では言えず、知らない振りをしておいた。もっと未来の明るい会社にすればいいのに、彼らは知らないのだろう。

 尚樹はコネ入社狙いで竜也と一緒にいようとしていたわけだ。そのくせ、陰で竜也の悪口を言うのだから、なにを考えているのかわからない。

 修学旅行中は、尚樹とは違うクラスだから別行動のはずだった。それなのに、なにかと近づいてくる。竜也は嫌で仕方なかったが、強引な尚樹を払い除けることが出来なかった。

 あの時の自分を殴ってやりたい。意地でも離れるべきだった。

 渡航先はカナダだった。自由行動では、渓谷でのハイキングを選んだ。その最中、吊り橋の真ん中で軽い地震が起こり閃光が弾けた。

 妙なタイミングで召喚してくれたものだ。たぶん、というより絶対、竜也と尚樹は川に落ちて流され、遺体も見つからなかったことになっている。

 気が付いたら冷たい石の床に転がっていた。

 お約束のように床にはほんのりと輝く魔法陣。

(召喚の魔法陣?)

 呆然とする竜也に、パニック状態で目を剥きあわあわする尚樹。

(これって、あのパターンか? オマケ付きの召喚)

 勇者や賢者や神子が異世界に召喚されるときに、巻き込まれて無関係の人間が引き摺られて来てしまうという、オマケにとっては気の毒かつ迷惑な話。

 竜也はラノベはあまり趣味ではないが、友人たちと話を合わせたくて流行の小説は読んでいる。たまたま読んだものが悪かったのか、「勇者のオマケ」や「神子のオマケ」が虐げられるものが多かった。

「オマケと思ったら実は勇者だった」とか、そういうのも読んだ。

(これはどれだろう)

 どちらにしろ、人をいきなり召喚するような国が信用できるのか。国を守るためになりふり構わず、といった事情なんだろうか。

(でも、逆らったら殺されるかもしれない)

 安全な自宅で読んでいる小説の中じゃない。夢なら良かったのに、このリアルな感覚は現実だ。

 ひんやりとした石造りの部屋でよろりと立ち上がると、眼前に立ち並ぶのは屈強な騎士たちだった。彼らの冷え切った視線に背筋がぞわりとした。

(なんか、歓迎されているように見えないぞ)

 嫌な予感しかしない。

 カツン、とヒールが石の床を踏む音が響く。

 竜也と尚樹は我に返るように音の方へ顔を向けた。

『ヨウコソ、ルデリアヌ王国ヘ』

 女性の声だった。耳に飛び込んできた耳慣れない言葉に鼓動が跳ねた。

 聞こえたのは単語一つわからない異世界の言葉だが、同時に訳された「意味」が脳内に響いた。二重に二つの事柄が流れ込んで来たように感じた。

(うぇ、脳が気持ち悪い)

 彼女の声は異世界の言語を喋っているが、なんらかの術によって「通訳」されて、頭に意味が送られてくる。おかげで意味はわかった。

 さすが異世界、どんな仕組みかわからないが、これがいわゆる魔法というものか。ずいぶん便利な魔法だ。この通訳が正確か否かは知らないが、わけがわからないよりはましだ。だが、やられるほうとしては気持ちが悪い。

 不快に耐えていると、護衛を従えた女性が目の前に近づいていた。金茶色の髪に緑色の目をしている。人形のように綺麗だ。格好を見ると王女らしい。金糸の刺繍が一面に煌めく裾の長いワンピースは、薄暗く古ぼけた石造りの部屋では場違いに見えた。

 周りを固める騎士は威圧的で、どう見ても歓迎ムードはない。文官風の男性や黒いローブを纏った年配の男性も背後に見えたが、彼らの顔にも愛想笑い一つなかった。

 王女は、灯りの乏しい暗がりから近寄って来たためにふいに現れたように見えた。

 目が慣れてくると、部屋の奥には蹲った人が何人もいるのに気付いた。再度、背筋が震えた。召喚の仕事をした魔導士たちかもしれない。

「こういうのって、普通、王様とか宰相がご挨拶に来るもんじゃないのか」

 尚樹が小さく呟く。小声でも不気味なほど静まった部屋ではよく聞こえた。

(そんな不敬発言はとりあえず胸の内に仕舞っときなよ)

 竜也は心中で舌打ちをする。

 重鎮そうな大人の男性がいないのは気になるが、それを迂闊に口に出すのは悪手だ。彼らはそんな気安い連中じゃなさそうだ。

『王様、デスッテ?』

 王女が首を傾げる。可愛らしい仕草の割に雰囲気と目つきが剣呑だ。騎士たちの表情もさらに険しくなった。尚樹はさすがに口をつぐんだ。

『トリアエズ、調ベサセテイタダクワ』

 王女が顎をしゃくって指示を出し、それに呼応して灰色のチュニックのようなものを着た男が近寄って来る。

 尚樹が「な、なんなんだよ、なにするんだ」と後退ろうとすると、見上げるほど背の高い厳つい騎士が有無を言わせずに腕を掴んだ。

「うっ」

 尚樹が息を呑む。

 灰色の男は、委細かまわず尚樹の額になにか楕円の水晶のようなものを押しつけた。途端に、ほわりと水晶が瞬いた。

(これが「調べ」か?)

 尚樹が済むと灰色の男は竜也に近づいた。

 抵抗は出来ないと思い、竜也は唇を噛んで堪えた。

(最低だな、こいつら。礼儀知らず過ぎる。こんな国に協力するのかよ)

 奥歯を噛みしめて文句を飲み込んだ。

 断りもなく何かが竜也の額に押しつけられた。あの石だろう。

 途端に、額に強烈な違和感を感じた。軽そうな石を押しつけられただけなのに額が重苦しい。さらに、吸い込まれるような妙な感じもする。まるで体温が吸い取られて額から冷えていくようだ。竜也は寒気がしてその感覚に抗った。

 抗うつもりはなかったが、咄嗟に抵抗してしまった。それでなくとも「通訳の魔法」の不快さに耐え、頭のもやもやを必死に堪えている最中に妙な石を押しつけられ、限界だった。

 ほんの数秒でその不愉快な攻防は終わった。

 額から石の感触と違和感が消えたので目を開けると、不機嫌顔の王女と無表情の男たちがいた。

『済ンダワ。ソノ二人ヲ移動サセテ。ソチラノ茶色イ髪ノ子ハ王宮ノ客間ネ。ソチラノ子ハ北棟デイイワ』

 どうやら検査結果で扱いが違うらしい。

「茶色い髪の子」と言う言葉で、尚樹は自分が「客間」の方だとわかったようだ。尚樹は髪を染めている。選ばれたのは尚樹だ。尚樹はほっとした表情を浮かべた。なんのために召喚されたかも不明だというのに。

 竜也はただ無言でいた。

 ここに来てから一度も声帯を使ってないな、と気付いた。なに一つ声を発することなく自分の処遇が決まってしまったことに、やはりこの国はろくでもないと思った。

 地下の石造りの広間を出て地階から上がったところで尚樹とは別れた。竜也は別の棟に連れて行かれた。

 尚樹はちらりと竜也のほうに視線を寄越したが、周りを騎士に囲まれていたためにほとんど見えない。表情まではわからなかった。王女とともに広い花崗岩の廊下を歩いて行った。

 たぶん、もう二度と会えない。向こうは「選ばれし者」。竜也はただの巻き込まれ。今後、接点は無さそうだ。

 小部屋に着くと案内の文官が冷淡に告げた。

「オ前ハ不要ダ。ダガ、当面ノ生活ノ面倒ハミテヤロウ。ソレデ良イナ」

 竜也が呆気にとられているうちに文官は踵を返した。

(なるほど)

 こちらこそ、こんな国は不要だ。

(一句浮かんだ。「召喚で 姫への憧憬 露と消え」)

 竜也に詠むほうの才はなかった。



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