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十八 シスの正体

本日、二話目の投稿です。





 朝、目が覚めると窓からの陽が明るかった。昼近いかもしれない。

 竜也が身動ぎすると、ベッドがやけに狭いことに気付いた。

「ほぇ」

 思わず目を瞬かせた。すぐ横に綺麗なシスの顔がある。

(マジかー、なんで同衾? 間違ってシスのベッドで寝たっけ)

 恐る恐る見回すが、間違いなく自分のベッドだ。

(なんだこれ、シスのやつが間違えたか)

「寝酒でもしたのか、シス」

 呟いてもシスが起きる気配はない。

 男と同衾とかあり得ないが、シスが異世界美人すぎて、気まずいが嫌悪感はなかった。男臭くも無い。むしろ爽やかなローズウッドの匂いがする。

(イケメンは匂いまでイケメンかよ。まぁ、恩人だし。ベッド間違えたくらいは許そう)

 シスがいなければ国境を越えられなかった。準備も足らずに飛び出して今頃、紫幻草にやられていたかもしれない。

 竜也がそろそろ起きようと動いているとシスがぱちりと目を開けた。

「おはよ、シス」

 竜也が声をかけると、シスは蕩けるような笑顔を浮かべた。

「おはよう、リュウヤ」

 竜也はうっかり見惚れた。

(うぅむ、美形の顔面って間近で直視すると凄いな)

「なぁ、リュウヤ。リュウって呼んで良いか。その方が親しげだろう」

 シスは寝起き早々にそんなことを言ってきた。

「いいよ」

 竜也が答えると、シスは再び眩しい笑顔を見せた。

「嬉しいよ、リュウ」

(こいつ、凄いモテるだろうな)

 竜也はなぜか先々が不安になった。


 ブーゲルニ共和国に入って半月ほどが過ぎた。

 今は巨大な洞窟型の異界があるゼナという町にいる。

 観光して旅を楽しみながらのわりに順調に進んでいるのはレジーが名馬だからだろう。ブーゲルニ共和国の首都まで上手くいけばあと三日くらいで着くという。急げばもっと早く着くだろうが、竜也たちは急いでいなかった。

 雨の日は宿でまったりと過ごし、森で野営もした。

 夜盗退治もした。紫幻草に比べればなんでもなかった。魔獣よりも動きは鈍いし、雷で一発だ。

 旅は楽しかった。毎日、楽しい。


 路銀がだいぶ減ったので、今日はブーゲルニ共和国の狩人傭兵協会に来た。狩人傭兵協会は基本的に世界共通の組織で、どこの国の会員証でも使える。金と銀のプレートを持つ狩人だと仕事は選び放題だ。

「鋼熊の魔石と肉、毛皮」という依頼を選んで生息場所を確認し、レジーを駆って向かった。

 鋼熊にしたのは丈夫そうな獲物だからだ。

 竜也は素材を傷つけないように獲物を狩るのが苦手だ。小物なら雷をかますだけなので楽々狩りができるが、もっと大物になると首をカマイタチで刈ったり顔面に炎撃をぶつけたりという技がないと素材を駄目にする。竜也にはその技が足りなかった。

 今回の依頼票の中で、もっとも丈夫そうな獲物は鋼熊だった。

 竜也はルデリアヌ王国でも狩人をしていたが、依頼票の仕事はしないようにしていた。依頼票の仕事を受けてやり遂げられないと罰金のペナルティがあるからだ。

 あの頃、森では闇猿がにわかに増えていた。依頼票には闇猿の討伐も出ている。けれど竜也は、闇猿は斃せても依頼は受けられない。「討伐証明が残る形」で斃せなかったからだ。

 闇猿は牙と爪から毒液を飛ばしてくる。おまけに、凄まじく動きが速い。

 身体強化で動体視力を強化し、すばやく毒を避け、あるいは雷や風魔法で毒液を散らす。

 次いで速攻で炎や雷を放つと一瞬のち、闇猿は消し炭になる。無残な黒焦げしか残らない。

 風魔法の上級魔法であるカマイタチを特訓して使えるようにしても、光魔法の応用でレーザーカッターを使いこなせるようにしても同じ結果だった。

 訓練すればするほど高威力の魔法が使えるようになる。旋風のように動く闇猿の攻撃に焦って放つと、カマイタチでもレーザーでも闇猿はスプラッターなミンチになった。闇猿が速すぎるためだ。

 竜也はゆっくりなら加減できるが、急いでは無理だった。

 もしも討伐証明を残せる形で斃せたら、もっとずっと金は貯まっていた。竜也はある程度丈夫で、さほど素早くない魔獣しか素材を使える形で斃せなかった。

(鋼熊って、巨体が重いらしいから素早くなさそう。楽勝だ。シスに格好いいところをたっぷり見せてやる。鋼熊は高額買い取り素材だっていうしな)

 到着するとレジーは入り口側の厩舎に預けて中に入っていった。

「シスは金持ちだよな。研究所勤務ってそんなに給料良いのか」

 洞窟内を歩きながら尋ねた。

 シスからは「魔法学研究所」の研究員だったと聞いていた。

「いや、安い。こっそり異界の森で稼いでいた」

「貴族のお坊ちゃまなのにか。反対されなかった?」

「言えば反対されたかもな。だから、言わなかった」

 鋼熊が居るのはゼナの洞窟型異界、第十二層だった。白金級でないと来られないエリアだ。白金級なんて、せいぜい一国に一人くらいしかいないらしい。一人もいない国の方が多いとか。凄い希少だ。

 狩人傭兵協会の受付でも「金級と銀級のお二人なら大丈夫かもしれませんが」と、だいぶ心配された。

 上層に来るまでに風狼や闇猿や岩猪や毒蝙蝠など数多の魔獣が現れたが、すべて雷をぶっ放して追い払った。どうせ上手く斃せないのだし、一匹一匹対応するのは面倒だからだ。

(あ、岩猪は頑丈そうだから斃せば良かったかな。まぁ、いいや。帰りに狩ろう)

 第十二層に入ると、シスが結界を張ってくれた。

 綺麗な結界だった。透き通った薄紫色だ。

(あれ? この色、見たことあるな)

 と記憶を辿ろうとしているとシスが声をかけてくる。

「リュウ。無理はだめだからな」

 言い聞かせるように念を押された。

「あ、うん」

 打ち合わせは十分にしてあった。鋼熊は鋼鉄の針を投げナイフみたいに投げてくる。結界は数分しかもたない。

 鋼熊は名の通り鋼の針のような毛皮で覆われている。たいていの攻撃は弾いてしまう。攻撃が通るのは首の付け根か、あるいは目。首の付け根の急所はごく狭い。肌色がほんの僅かに見えるところを狙う。

 目も小さい。おまけに、鋼の瞼を閉じるとちゃちな攻撃は弾いてしまう。それでも、鋼の毛皮よりは瞼は弱いので急所の一つだ。

 よほどの腕前でなければ、こんな小さな急所は狙えない。けれど、竜也の攻撃魔法は高威力だ。顔か首さえ狙えば、細かいズレは桁外れの魔力が力業で解決してくれるだろう。

「来たっ!」

 シスが結界を強める。

 前方に黒光りする巨大な熊が見えたとたん、凄まじい勢いでデカい五寸釘みたいな奴が大量に打ち込まれる。

 ガンっガンっガンっガンっガンっと、結界にそれらが打ち当たる。まるで五寸くぎの暴風だ。

(ヤバいヤバいヤバいヤバい)

 竜也は、焦って鋼熊に向かって、思い切り全力でカマイタチを放った。

 ゴゴゴゴゴゴゴウゥっ!!

 竜也が手を払うようにカマイタチを放った瞬間、辺り一帯が大嵐になった。逆巻く鋭い風の刃の嵐でなにも見えない。切り刻まれた有象無象で視界は覆われた。


 数分後。

 見渡す限りの平野が広がっていた。

 植物型魔獣の林も、グロテスクな魔草も、小うるさい小型魔獣どもの群れも、数メートルの巨体を誇る鋼熊も、なにもかもがカマイタチの餌食となり、みじん切りになっていた。

 無事だったのは放った本人がいた結界の中だけだった。

 竜也が恐る恐る振り返ると、シスが愕然とした顔で目を見開いていた。

(お、愕然顔もイケメン)

 竜也は現実逃避しながら思った。


「リュウがここまで危険物だとは思わなかった」

 シスに力なく愚痴をこぼされながら、二人は鋼熊の破片を求めて平野を彷徨った。

 第十二層は鋼熊の生息場所で、ふつうの狩人は来ない危険地帯だ。ゆえに、人的被害はない。この瓦礫野原のような中には鋼熊の死骸が含まれているはずだった。

 竜也とシスがいた近くはなにもかもミンチになっていた。それで、いくらか離れた辺りを漁った。

 なんとか鋼熊の死骸を十頭分ほど見つけた。肉は八つ裂き状態だったが魔石も無事だ。

 他にも、形が残っていた魔獣の素材はなるたけ拾っておいた。

 その日は午前中早めに十二階層に着いたが、それから午後は残骸が散乱する野原の捜索活動で終わった。

 血生臭い荒野の真ん中で結界を張って野営する。夕食は焼き肉だ。シスが丁度良く加減した炎魔法で肉を焼いてくれた。

 鋼熊は鋼の毛皮を除いた中の肉は美味だった。蕩ける脂身を赤身肉にまぶしながら食べると今まで食べたどの肉よりも美味い。

 竜也とシスは熱々の焼き肉をはふはふしながら、たらふく食べた。


 懐が温かくなった。

「鋼熊って、一頭で白金貨二十枚も貰えるのな」

 肉を売った協会からの帰り、通りを歩きながら竜也は上機嫌だった。総額日本円で二千万は入った。

 腕がなまるので狩人暮らしは続けるが、働かなくても二人で五年くらいは暮らせるだろう。

「熊の形がもっと残ってたら倍だったんだぞ」

 シスは心なしか疲れた顔をしていた。

 狩人傭兵協会の買い取りカウンターで大量の八つ裂きの鋼熊を取り出したところ、協会の者がムンクの叫びみたいな顔になったからかな、と竜也は思い返していた。

「しょうがないよ。ド素人なんだから、あれが精一杯だし」

「精一杯すぎたのが問題だったんじゃないか」

「精一杯やらなきゃ駄目だよ、加減したら危ない。威力が足りなかったら、下手したら五寸くぎで串刺しだし」

「リュウは、足りないか、足り過ぎか、二択しかないのか」

「うん。って言うか、臆病なんだ。魔獣なんて初めてだから」

「深窓令息なんだな」

 良い宿を選んで入った。部屋に風呂が付いている。

 竜也は宿に来るまでの途中で雑貨屋を見つけ、糊を買った。これでやっと絵本を直せる。ルデリアヌ王国の下町では飯粒を潰したみたいな糊しかなかったので、エルクに壊された絵本が直せなかった。

 宿の部屋に一旦、落ち着いたあとシスは町に買い出しに出ていた。

 今日の昼は部屋のキッチンで鋼熊の肉を炙って食べよう、と決めていた。上等な宿の良い部屋を選んだので、湯を沸かして茶をいれられるようなスペースがある。そこで焼き肉をやろうというわけだ。普通はやっちゃいけない気がするが、結界で煙を閉じ込めれば大丈夫だろう。

 狩人傭兵協会に売ったのは鋼熊十頭分だったが、他にも体のあちこちが見つからなかったり魔石が粉々だったとか、もっとたくさん拾ってあった。

 もったいないから、きれいな肉はシスの空間魔法機能つきの袋に保管してある。鋼熊の肉は滅多に食べられない逸品だ。シス曰く、「魔力を高める希少な栄養が含まれている」らしく、優れた薬の素材にもなる。それで高価買い取りになっている。だから食欲をそそるのかもしれないが、栄養は関係なしに美味だ。

 シスは塩と香辛料を買ってくる予定だ。

 昨日の熊討伐から魔力を使いっぱなしの竜也はシスが心配して留守番だった。ぽっかりと暇だ。絵本の修理に丁度良い。竜也は絵本を広げた。

 絵本の最後の頁に印しのようなものが書かれている。「ユ」と読める。ずっと気になっていた。

 第二王女の名は、ユリシス。

 絵本の「ユ」は名前の頭文字といったところか。下手ではないけれど子供っぽい字が可愛い。絵本は古いが質の良いものだ。絵がきれいだ。丁寧に彩色された絵に、優しい物語。貰ってきてしまったが、大切な絵本だったのかもしれない。全部で五冊ある。

(ユリシス王女の私物だったのだろうか)

 今までは、まさか王女が関わっているはずはないと、ちらりと浮かんだ考えを否定していた。

(ユリシスの偽名がシスなんて、いいのかそれでって思うけど。でもなぁ、シスの結界の魔力、薄紫だったんだよな)

 ルデリアヌ王国の王族の色だ。竜也はたまに目立つ魔導士は魔力の色を見ていた。紫色の魔力など他に見たことがない。

 ここしばらく一緒にいたのに気付かなかったのは、魔力の色は目によほど力を込めないと見えないからだ。

 初対面から親しげだったシス。まるで、竜也のことを元から知っていたみたいに。

(ルデリアヌ王国では第二王女は死んだと言われていた。そう噂で聞いた。旅の途中だったから新聞を手に入れるのも面倒で、あのときは確かめられなかったけど)

 ブーゲルニ共和国の宿には受付に新聞や雑誌が置いてあった。情報誌で記事を見つけた。ユリシス王女は瘴気の蔓延した森に魔獣の間引きにかり出された。そこで行方不明になった。

 王女の訃報が遅れたのは、王女の遺体は見つかっておらず捜索が行われていたかららしい。王女が見つからないまま日が過ぎ、生存は絶望的だろうと公表されていた。

 ユリシス王女は魔導士であり、攻撃魔法の使い手だった。とはいえ、第二王女が危険な森に行くのかと、そこがまずは疑問だ。ユリシス王女は病弱だったはずだ。ルデリアヌの図書館で調べたとき、情報誌に記されていた。

 側室が八人もいて王女がたった二人しか居ないのは不自然だ。ここ数年、国王は病み衰えていたのだとしても。若いころにもっと王子王女が生まれていても良かった。

 体の弱い第二王女が危険な森に行かされたのと理由は同じだろう。

 魔獣のいる森で遺体が見つからないような事態になっても不思議はない。魔獣は骨の欠片残らず遺体を平らげる。それでも、疑問に思うのだ。命を狙われた王女は、本当に亡くなったのだろうか。



ありがとうございました!


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