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十七 国境を越えて

今日は二話、投稿予定です。



 イドニルの宿を二人で早朝に出発した。

 シスが手配していた馬は見るからに名馬だった。姿は美しく毛並みは艶やかで賢そうな目をしている。元の世界の馬より大きい。

「この子はいかにも良い馬みたいだね」

 元の世界のより大きいね、などと言うわけにはいかないので無難な台詞を述べ、レジーという馬を見上げた。

「よくわかるな。可愛さも優れているだろう」

 ユリシスがレジーの鼻面を撫でる。

「うん。馬って綺麗な動物だな」

 竜也もそっと撫でる。

「馬は乗れるか?」

「乗ったことはある。馬場近くの別荘で過ごしたときに。とろとろ走らせるくらいはできるけど、それだけだから乗れるとは言い難いな」

「尻が痛くなるかもな」

 シスが案ずる顔をする。

「治癒魔法使えるから、大丈夫」

「治癒魔法、使えるのか」

 シスが目を見開いた。

「あ、うん。そんな得意じゃないよ。ちょっとした傷とか。痛みを和らげたり、そんくらい」

「充分だよ。傷薬はもっているが、治癒魔法のほうがいざというとき早く痛みを抑えられるから。優秀だな、リュウヤ」

 シスが頬笑む。

「そうでもないって。あんま、期待すんなよ。がっかりさせると凹むから」

「ハハ。わかった。謙虚だな。さぁ、行こう」

 シスが先に乗り、手を引いて竜也が乗るのを手伝ってくれた。

 馬に跨がった竜也をシスが後から抱き込むような形だ。

(なんかシスの体、柔らかくて暖かいな。良質の筋肉って柔らかいんだっけな)

 見かけによらず強者なのかもしれない。

 こんなに人に密着されたことはないので気まずいが他にやりようがない。竜也は攻撃魔法を放つのに手が空いている必要があるし、安定している方が狙いを定めるときに助かる。

 国境への道はわかりやすかった。一本道だ。立派な道なのに誰も居ない。

 最初の一時間ほどは不気味なほど順調だった。

 幻紫草は瘴気の薄いところでは成長が遅く、幼獣のうちに隊でかかれば簡単に退治でき、素材の使い道は幾らでもある。そのため、町に近いところの幻紫草はみな狩られたのだという。

 ただし、ある程度以上に大きくなると、とたんに討伐が困難になる。

 そんな話を聞いていたので、行く手に疎らに林立する幻紫草らしきものが見え始めると緊張で手汗が出てきた。

 瘴気は人の体に悪影響を及ぼす。竜也は思わずポケットの精霊石を服の上から確かめた。シスに渡されていたものだ。精霊石は「瘴気避けになる」という迷信がある。実際は気休めにしかならない、とシスは苦笑しながらも精霊石をくれた。

 この国というより、この世界にはそこいら中に瘴気がある。だから誰でも瘴気の耐性を持っている。その耐性には個人差が大きく、若く健康で大柄な男性などは耐性が高く、華奢な女性や子供、年寄りは耐性が低い。

 瘴気の濃い村で先祖代代、暮らし続けてきた村民などは高い耐性を持っているという。瘴気は溜まると命に関わる。王都の不摂生をしている貴族などは瘴気に弱く、瘴気濃度が高まると呆気なく亡くなったりするらしい。

(なんか、罹患するたびに毒性が蓄積する流行病みたいだよな。耐性という免疫がつくところも病気っぽい)

 瘴気は結界などではあまり防げない。だから、瘴気の濃いところに行くときは御守りに精霊石を持っていく。神頼み的なものらしい。

 レジーは幻紫草が間近に見え始めても突っ走っていく。なんら躊躇もない。さすが名馬だ。その凜とした走りっぷりに惚れ惚れする。

 竜也は辺り一面に靄のようなものを感じていた。これが瘴気なのかもしれない。

 その靄の中にゆらりと揺れる紫幻草。

(ぅげぇー。草なんかじゃない、巨木じゃんかよ!)

 だだっ広い中で遠近感がわかってなかった。

 遠くから見た時もやけにデカそうだと思ったが、近付くと見上げるほどだった。二階建ての家くらいの高さだ。

 予想を遙かに超えた大きさに茫然とした。

「きたぞっ」

 シスの声に我に返った。

 禍々しい紫の巨木から黄土色の粉末がぼわりと放射された。

「燃えろっ」

 思わず叫びながら炎を撃つ。

 ドォーンとけっこう大きな音とともに凄まじい炎撃が放たれた。

 瞬時に花粉の靄はちりちりと瞬きながら炎に炙られて消え、数メートル先で揺れていた紫幻草が、ゴォオォっと燃えた。

 紫幻草が巨大な木炭になるまでに一分もかからなかった。

「おぉ、よく燃えるな」

 竜也は感心して声をあげた。

「い、いや、ふつうは、あんなに燃えない」

 シスの動揺しているような、呆れているような声がすぐ背後から聞こえた。

 それからも竜也の快進撃は続いた。何十頭斃したかもわからない。

「リュウヤ。加減しないと魔力がもたないんじゃないのか」

 シスが何度か心配して声をかけてきたが、瘴気の靄からゆらりと現れる紫幻草は不気味で、花粉が放たれるとつい力んでしまう。

 結果、あっという間に巨大な炭が出来る。

 幸い関所が見えるまで竜也の魔力が尽きることはなかった。


 夕刻、二人は無事にブーゲルニ共和国の関所に着いた。

 竜也とシスは、レジーから下りて歩いて関所に近づいた。

 ブーゲルニ共和国の役人と警備にあたっている国境警備隊の騎士が、

「ようこそブーゲルニへ」

 と満面の笑みで迎え入れてくれた。

「半月ほど前に満身創痍の隊商が来たのが最後だったので、心配していたんですよ」

 関所の役人が立派な精霊石を取り出しながら朗らかに声をかけてきた。

 竜也はブーゲルニ共和国の役人の親しみやすい様子だけで、この国を好ましく思ってしまった。我ながら単純だ。

 関所の精霊石の試験は二人とも難なく合格できた。

 シスも竜也も、狩人傭兵協会のカードを提示した。竜也は銀、シスは金のカードだ。

「歓迎します」

 役人の笑みが深まる。


「関所がこんなにフレンドリーで良いのかな」

 二人で再びレジーに乗り関所から離れると、竜也は思わず呟いた。

「ふれんどりぃ?」

「親しげっていうか」

「殺気などは優秀な騎士はわかるからな。国境警備隊が警戒しない相手なら、役人たちは安心して接してくれる。それに、精霊石を濁らせる者は関所に来ない。紫幻草を斃せる犯罪者なら、他の経路で密入国するだろ」

「なるほど」

「私たちが狩人傭兵協会の身分証を提示したことで、訳ありの可能性があると当然思われただろう。犯罪者ではなく訳ありということは、ほとんどは孤児院出身だ。ブーゲルニ共和国は王国よりもそういう出身に偏見がないんだ。この国に長く住まう可能性も高いしな。瘴気が高まっている時期だから、凄腕の狩人が来てくれるのは歓迎なんだよ」

「瘴気は世界的に高まってるのか」

「そういう時期なんだな。定期的に高まる。どの程度まで酷くなるかはわからない」

「ルデリアヌ王国は、神子や聖女は召喚しないのか」

「ああ。しない。というより、出来ない」

 シスが苦い顔をする。

「できない?」

「そういうご託宣がないと召喚はできない。神が認めないのなら、いくら召喚の魔法を使っても聖女も神子も来ないんだ」

「へぇ」

「けっこう常識的な話だが、知らなかった?」

「え? いや、あの、うっかり忘れてた」

「そうか?」

 シスが竜也を窺うように見ている。

「そ、そういえば、他の者を召喚はしていたな。盗人をどうにかするために」

 竜也は無理矢理、話題を変えた。

「ああ、召喚してたな。本当に久しぶりの召喚だった。ナオキという青年をな」

「なんなら、瘴気の浄化もしてもらえたら良いな」

 竜也は尚樹の魔力がどれくらいなものかは知らないが、浄化魔法が使えるかもしれないと漠然と考えた。

「そうだな。魔力はそこそこ高い救世主と聞いている。やってくれるといいな」

「うんうん」

 竜也はなんとか誤魔化せたことに安堵した。

「神が神子認定していないと、瘴気の浄化は難しいがな」

 シスが朗らかに付け足した。

(それも常識とか言うんじゃないよな)

 竜也はこれ以上、墓穴を掘らないために「そろそろ腹減ったな」と食事の話題に切り替えた。


 ブーゲルニ共和国の国境の町は賑やかだった。二人はレジーに荷物だけ載せて引いて歩いていた。どこかでもう一頭買っても良いが、レジーは軍馬にも使える逞しい馬なので緩いペースならレジーだけでいいか、とシスは考えていた。竜也もシスも細身なのでレジーなら大丈夫だろう。

(それに私も二人乗りが好ましいしな)

 騎乗時の竜也の温もりを思い出すと、シスの口元ににんまりと笑みが浮かぶ。竜也は細身だが、均整の取れた体をしている。凜として格好良い。彼はシスよりも体温が高く暖かかった。

(人の温もりなど、子供の時以来だ)

 竜也の背中を思い出すと自然と顔が綻んでしまう。

 そっと、機嫌良く町を見回す竜也の様子を窺った。

「楽しそうだな」

 シスは頬笑んで竜也に声をかけた。

「うん、そりゃ。旅行に来たって感じだな。すごく楽しい」

 竜也は妙に気分が高揚していた。

「良かった。だが、もっと国境から離れて首都の方に行きたいんだ。この辺は古くからルデリアヌ王国に影響を受けてきた地域だ。ブーゲルニ共和国らしくなるのは国境から離れてからだ。国土が広いからな。端から真ん中まで移動しただけでまったく違う国のように文化が異なる」

 シスは竜也に『ブーゲルニ共和国らしい町』を見せてやりたいと思う。それにルデリアヌ王国から離れたい。

 ブーゲルニ共和国の国土は広大だ。ルデリアヌから離れるほど見つけられる可能性は低くなる。国境に近い辺りはルデリアヌ王国の商人や旅人がうろついている。数か月前から国境を越え難くなっているので以前より少ないのは幸いだが、それでも急ぎ離れたかった。

 異国の雰囲気が目立つ竜也にとってもその方が安全だ。

 綺麗な黒髪と黒目を茶色っぽく魔法で変えているのを見た時は残念だったが、目立たないのは助かる。とくに、黒曜石の瞳は珍しい。

「そうか。よし、行こう」

 竜也は俄然、張り切った。

「言葉もこの辺りなら、ルデリアヌ王国の言葉で通じるだろう」

「お役人たちがふつうにルデリアヌ語だったのは関所だからだろ?」

「それもあるが、この町の人間は片言でも喋れるはずだ。国境の町はどこもそうだから。そもそも、ルデリアヌ王国とブーゲルニ共和国は古来より行き来が多かったから共通する単語が多い。単語だけで話せるくらいだ。文法も難しくない。覚えるのは簡単だろう」

「また覚えるのかぁ」

 竜也ががっくり項垂れた。

「また?」

 シスがわざと訝しげな顔をする。

「あ、いや、まぁ。勉強はあまり好きじゃないっていうか」

「ブーゲルニ共和国の言葉で喋ってるうちに身につくだろう。今日からやるか」

「いや、今日は遠慮する。セスも疲れてるだろうから」

「そんな気遣いは要らないのにな。しょうがないな」

 シスは苦笑しながら提案を引っ込めた。


 その日の夜はブーゲルニ共和国の国境にあるラージ町で宿をとった。疲れ果てていたため、湯で体を洗い、宿の部屋に運んだ夕食を食べながら、すでに瞼が下りてきた。

「リュウヤ、疲れてるんだな」

 シスの声が遠く聞こえる。

「ごめん。眠くてたまらない」

「だろうな、あれだけ高威力の炎撃を撃ち続けたのだから。今まで起きていられたのが驚きだ」

 そんな労るような声も、もう聞こえていなかった。

 椅子からずり落ちる体を誰かの腕に支えられたような気がした。


 ユリシスは魔力で腕力を強化して竜也を受け止めた。十四歳の頃から魔獣の討伐で森に入っていたユリシスは、筋肉を魔力で強化するのは得意だ。そうでないと、少女の体では森を歩き続けるのもきつかった。

(疲労が限界にきてたのかな。あれだけの魔法を連発したのだからな)

 気絶するように眠りに落ちた腕の中の愛しい人を見下ろす。

(無防備だな。私が悪者だったらどうするんだ)

 どうしても顔が綻ぶ。腕を強めたまま竜也を抱き上げる。

 ユリシスは女の中では長身だった。竜也の背丈はユリシスより少し高いくらいだ。竜也の体つきは細身だ。ユリシスが女の装いをしたら華奢な夫婦に見えそうだ。

(ふ、夫婦)

 その単語に頬が赤らむ。

(お、落ち着け。まだ正体を暴露してもいないんだから)

 話せば嫌われる可能性があることを思い出すと、すっと心が冷えた。

 ユリシスは竜也をベッドに横たわらせる。

(リュウヤは、魔法を使うと眠くなるんだな)

 魔導士の中には攻撃魔法を使うと昂ぶり、興奮状態になる者がいる。そういう魔導士は先輩魔導士が娼館に連れていく。

 強い魔法を使ったあとの反応は人それぞれだ。竜也のように気を失うように眠ってしまう場合もある。女性は異様に食欲が出るものもけっこういる。

(竜也が必要なら)

 とユリシスは思うだけで顔が火照る。

 ユリシスは乙女だが、初めての相手は竜也が良かった。

(閨のことは一応、勉強してあるし)

 下らないと思っていた王女教育の一つ。生涯、役に立つとは思わなかった閨のあれこれの知識。

 ユリシスは第二王女なので帝王学を学んだ。閨教育も受けた。第一王女のエルジナに比べればおざなりな手抜きの教育だった。

 資料をどさっと渡され「自習をなさってください」で終わるものが大半だった。知識欲旺盛なユリシスはそれでも貪欲に学んだ。諜報員の色仕掛けに引っかからないように、敵がどんな手で陥落させるかも学んだ。

 王家に伝わる資料には水魔法や雷魔法を使った「性感帯に刺激を与える方法」があった。よほど魔法に精通していないと出来ない。尋問にも使える技だ。人体の構造が図解入りで説明されていた。

(あ、あれは、ちょっと特殊性癖向きだったが)

 むしろ、あんなことを知っていると知られたらドン引きされる。ぜったい秘密だ。

(大丈夫だ、初夜の作法もちゃんと学んだ。きっとリュウヤに尽くせる。妻として)

 ユリシスはまた頬が熱くなった。

 実のところ、ユリシスは自分の女としての魅力にあまり自信がない。

 男がどんな女を好むかなど、正直この世で最もどうでもいい情報だと思っていた。まさか、自分が女の魅力を気にする日が来るなど想像もしていなかった。でも、リュウヤには好かれたかった。

 王宮の侍女たちの噂話を聞き込んだところ、男にもてる女の条件は愛らしい顔、豊かな胸、くびれた腰だという。顔は美人の母似なので良いと思う。痩せ型体型のため腰は細い。胸は、どうだろうか。

(頭脳と性格はエルジナに圧勝しているんだけどな)

 ユリシスの侍女はエルジナの息がかかった者だ。ごくたまに出席させられる夜会でユリシスを美しく見えるよう着飾ることはなかった。そういう侍女が付けられていた。

 ドレスのセンスも悪く女として魅力的に魅せる装いではなかった。胸元もそうだ。まるで修道女のように貧相に仕立てられた。ユリシスはエルジナより目立ちたくないのでそれで良かったが、ユリシスを褒める者などいなかった。

 王宮で働く侍女たちの胸の膨らみを思い浮かべると皆、立派だった。研究所で働く女性魔導士たちの中ではあまり気にならないのだが。

(あれはもしかしたら、王宮の侍女たちは胸に詰め物をしているか、それとも侍女になるには胸囲の基準もあるのか、どちらかだな)

 そんな話は聞いたことはないが。ユリシスは自分の胸を見下ろしながら考える。魔法で少々大きく、と考えて首を振る。

(そんなまやかしは良くない。ちゃんとリュウヤには誠実に好きになって欲しいんだ。政略結婚とかではないのだから)

 これから私の良いところをたっぷり知ってもらうんだ、とユリシスは前向きに考えた。


ありがとうございました。

また夕方にもう一話、投稿いたします。

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