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十六 ユリシス、3

今日は、二話、投稿しています。こちらは二話目です。




 ユリシスは彼を見過ぎないように必死に店の中を見回しながら古びたテーブルに着く。

「ご注文は?」

(話し掛けてくれた!)

 ユリシスが内心で取り乱しすぎて返事ができないでいると、

「あの、お客様? お食事ですか? お酒のほうですか」と再度、尋ねられた。

(声もいいな、優しげで)

「ああ、その、注文っていうのは」

 ユリシスはなんとか返答をする。口調は下町風を装ってみた。

「壁に貼ってあるあれが品書きですよ。ちなみに人気のメニューは肉の煮込みと小麦団子の揚げ物です」

「では、それを」

「はい」

 料理は美味だった。丁寧に作ってある。暖かくて、味付けが良い。

 ユリシスはいつも研究所の食堂でしかまともに食事ができない。王宮では毒を入れられるからだ。研究所の食堂の食事は可もなく不可もなしという風だ。メニューは定食のみで工夫もなにもない。最低限の食事だ。研究所は食堂に予算をかけていないし、研究員は「食えればいい」という者が多い。美食にこだわる者は外の料理屋に行く。

 料理はいたく気に入った。来られるときはここで食事をしよう。リュウヤにも会えるので抜け出せるときは来よう。彼と親しくなって友人になりたい。

(そ、それから、結婚の話とかできるくらい、親しくなったり)

 つい想像が迷走しそうになる。ユリシスにできるのは想像だけだ。そういうことは奥手だった。それに今はまだやることがある。

 リュウヤがまた行方不明になったときに備えて靴の中敷きを贈った。素材に細工をして魔力を込めたものだ。

 不自然にならない程度のもので、いつも身に付けてくれるであろうものをと考えた。いきなり宝飾品を贈るのは変だろう。本当は腕輪とかが良かったが、店員と客という関係でしかないのに警戒されそうで贈れなかった。靴紐も考えたのだが、紐だと魔力を込める量が僅かになり心許なかったので中敷きになった。

 色気も可愛げもない。だが、抵抗なくもらってくれたのだから良しとした。

 そんな束の間の幸せのころ。

「エンガス王国との緩衝地帯に湧いた魔妖虫の群れの討伐にいけ」

 と辞令が出たのは、あの所長に呼び出された一週間ほど後のことだった。

 ユリシスは密かに喜んだ。もう準備はできていた。リュウヤの店に行きやすくなる。知られずに抜け出すのは大変だった。なかなか会いに行けなかった。そんな不自由な生活も終わりだ。

 死んだ振りをして全てを捨ててしまえばリュウヤの近くで暮らせる。ユリシスは喜びを顔に出さないように気を付けた。

(丁度良い任務だ。ついてる)

 エンガス王国との国境には「異界の森」が横たわっている。異界の森とは、瘴気が高まり過ぎて場が歪んでいる森をいう。国によっては古い遺跡や洞窟が異界化しているところもある。

 基本的に、異界化された森から魔獣は出てこない。ただし、あまり増えすぎると魔獣が「溢れる」現象が起こる。間引きが必要だ。

 ユリシスはエルジナの盛った毒により体が弱っていることになっていた。おまけに、今現在、魔力切れでさらに弱っている。

 実際には盛られた毒は飲んでいない。毒の味を感じた瞬間、口の中で水魔法を使って毒入りの茶を固めた。飲んだように見せかけて後で吐き出した。

 エルジナと繋がっている侍女の仕業だが、あれからずっと同じ方法で飲んだ振りをし続けている。それとともに化粧で顔色を悪く見せかけるようにしていた。

 ときおり、寝込んで休んでいることにして狩人傭兵協会に登録し、異界の森で思い切り不満や不安を発散した。逃亡資金も貯まるし一石二鳥だった。

 今現在、魔力切れの衰弱もだいぶ良くなっている。リュウヤを探しにいくために高価な治癒薬と魔力回復薬を毎日服用したおかげだ。絶好調とはいえないが、連中が思っている以上には回復している。治癒薬と魔力回復薬は自分で調達したので連中はわかっていない。

(よろよろと森をうろついて死んだふりをしよう。あの森は昆虫型や蔦植物型の魔獣が蔓延り、襲われたら死体は食われ絡め取られ遺品も回収できない)

 ユリシスは傍目には今にも死にそうな様子で、心中では喜び勇んでエンガス王国との国境に向かった。

 計画は上手くいった。

 案の定、エルジナが手配したらしい暗殺者とともに森の奥へ行かされた。

 暗殺者は返り討ちにしてやった。よろめいた振りをして崖から落ちそうになったユリシスを暗殺者が笑いながらとどめを刺しに来たのでひょいっと避けた。植物型魔獣が大口を開けてエサを待っているど真ん中に暗殺者は墜ちていった。

 その後、髪と目の色を変え密かに王都の町に戻った。

 リュウヤは店から消えていた。

 あの靴の中敷きを贈っておいて本当に良かった。

 ユリシスはすぐにセジュム領イドニルに向かった。イドニルは、王都からブーゲルニ共和国に向かうさい、玄関口である町の一つだ。国境越えがしやすいと有名な町でもある。

 ミゼルからの情報もあった。リュウヤは船旅に興味を示していたという。船賃の相場などをミゼルから聞き出し、旅程を短縮できることを確認していた。

 泳げない者は船旅を避ける。だが、リュウヤは船に乗ることを楽しみにしている様子だったという。そうなると、どの国境の町に行き着くかは決まったようなものだ。船を使うのなら、国境越えにはイドニルが最も行きやすい。

 ユリシスがセジュム領に着いたのは王都を出て一週間後のことだった。魔導車を使ったので早く着いた。彼の近くまでたどり着けたおかげでリュウヤに渡していたユリシスの魔力が感知できた。

 やっと再会できた。

 考え事をしながらよそ見をしているリュウヤに近寄り、わざとぶつかった。彼は、聡明なだけでなく親切だった。

(ブーゲルニ共和国に入ったらちゃんと話そう。実はわけありの女なんだって)

 まだ国にいる間は変装をとけない。ユリシスがリュウヤをこの国に喚んだ一味であることも言い難い。暴露するのはもっと親しくなってからがいいと思う。

 彼の寝顔に見入った。リュウヤがナオキと同じ年齢ならユリシスより二歳は年下だ。

(ずっと一緒にいたい)

 きっと気が合う。

 リュウヤもユリシスも、この国にはいられない。一緒に亡命したら楽しいだろう。



ありがとうございました。

明日も二話、投稿する予定です。

朝と夕方になります。


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