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十五 ユリシス、2



 巻き込まれて召喚された青年はリュウヤという名だった。

 リュウヤの世話係に、ユリシスは自分の侍従であるミゼルを付けた。一応、王女ゆえにその辺はどうにでもなった。彼を気遣う理由は「国王が召喚されたかたは大事にすべきだと仰ってた」としておいた。

 エルジナはリュウヤを北棟の小部屋に閉じ込めてそのまま放置するつもりだったようだ。ユリシスにとっては都合が良い。

 ユリシスはリュウヤを側におきたいと考えていた。だが、ユリシスの思惑が知られるとエルジナに目を付けられる。エルジナの邪魔が入ると厄介だ。

 リュウヤは聡明だった。自分に通訳の魔法がかけられていることに気付くと、魔法なしでも話せるようになるために言葉を学び始めた。

 通訳の魔法は召喚の魔法陣に組み込まれていた。召喚された聖女や神子が言葉が通じずに不安にならないよう、不安が魔力暴走などを引き起こさように組み込んである。

 召喚時の強い魔力によってかけられ、個人差はあるが二十日間からひと月程度はもつはずだった。魔法が解けたら、またかけ直すことになっていた。

 ひと月ほどでルデリアヌ王国の言葉をほぼ習得し終えたリュウヤはさっさと王宮から出て行った。

 資金に関しては、侍従長は必要ないとして着替えだけを持たせるつもりだったようだ。

 リュウヤの食事が湯のように薄いスープと固いパンだけだったという話は後から知った。知っていれば差し入れをしたものを。

 ミゼルは頭は悪くないがやる気はない。いつ暗殺されるかわからない第二王女に付けられたことが不本意なのだ。

「国王は召喚された者をないがしろにすることは許さない」と幾度か伝えたが、不自然に思われないようしつこくは言えなかった。

 リュウヤが迫害され続けた理由の一つは、救世主ナオキがリュウヤを自分の従者だと告げたからだろう。ナオキの父は教師として働いているのだから貴族だとしても高位貴族の跡継ぎではない。その子息の従者なら家格は低い。平民の可能性がある。おかげでなおさらやる気のない者を変えることはできなかった。

 リュウヤの食事を決めたのは侍従長だ。無能で人格的にも問題がある。あんな男が侍従長になれる王宮は末端から腐り始めている。

 ユリシスは銀貨五十枚をミゼルを通じて渡した。もっと渡すとリュウヤはそのまま国外に逃亡する恐れがあったため、宿に半月は泊まれる額にしておいた。

 リュウヤはミゼルに周辺国の情報を聞いていた。職業斡旋所のことも訊き出していた。この世界で暮らす準備をしていた。彼は生真面目で努力家だった。

 リュウヤは魔力をもっているのだろうか? あれきり彼の魔力を調べることはしていない。わからないままに出て行ってしまった。

 その間ユリシスは半病人のままに寝たり起きたりの生活をしていた。

 薬のおかげで五日もすれば動くことはできたが、体の回復はまだ充分ではなく半病人状態だ。それでも動けはしたので、リュウヤにミゼルを付けたり報告を聞いたりという最低限の対処はできた。

 リュウヤに持たせた銀貨を入れた革袋の内側に、ユリシスは魔石を粉末にした塗料を塗り自分の魔力を込めておいた。彼を追跡するためだ。

 王宮を出た彼は北西に向かった。ユリシスの予想通りだ。

 ミゼルの話で、彼は周辺国に興味を持った様子だった。この国を捨てる予定だと推測される。そんな彼であれば、我が国と密接な関係をもつエンガス王国とミブロス王国は亡命先に選ばないはずだ。

 南のガディル公国は論外だ。どこの誰に訊いてもろくでもない国と答えるだろう。西のヨルン帝国は入国審査が厳しい。

 彼が選ぶとしたら、北のブーゲルニ共和国以外にはない。

 竜也が北西に向かった理由だ。ブーゲルニ共和国に行くのは西よりで北へ向かう経路のほうが行きやすい。

 彼が宿暮らしをしている間にユリシスは魔力切れから回復し、迎えに行こうと思っていた。まさか、彼に渡した小袋の魔法が消えてしまうとは予想外だった。

 あの銀貨の入った小袋は魔獣の革製だ。丈夫で軽く見た目は質素だが使いやすい逸品だ。金を入れるには丁度良い。捨てたりはしないだろう。盗まれる可能性はあるが、慎重な彼のことだ。それはあまり心配はしていなかった。彼に渡す衣類も、町で浮かないものを用意しろとミゼルに言い付けてあった。

 袋が盗まれただけなら、ユリシスの魔力を辿ることが出来るはずだ。消えてしまうというのは異常事態だ。燃やしても、魔力の籠もった塗料が内側に塗布された革袋は炭になったりはしない。炎撃で消滅でもさせない限り消えない。

 たかが銀貨五十枚ほどの金を盗んだ盗人が、小銭入れの小袋を炎撃で焼くなどあり得ない。考えられるのは「誰かが魔法を上書きした」。

 誰が? 一番可能性が高いのはリュウヤだ。金を守るために防犯の魔法をかけた、というのが一番あり得そうな仮説だ。自分の魔力を込めておくと、袋が手元を離れたときに袋のある方角がわかる。防犯の魔法の基本をリュウヤが知っていたとしたら驚きだが。袋はユリシスが加工したので、魔力を込めやすくなっていた。

 リュウヤは、やはり魔力持ちだったのだろうか。

 ともあれ、彼との繋がりが消えてしまった。肩書きだけのなんら力のない第二王女はこういう時に困る。信頼のおける手駒がいないのだ。下手に何か出来る力を持っているとエルジナに余計に目を付けられる。

 なにも出来ないことがユリシスの身を守っていた。だが、リュウヤを探すことも出来ない。

 ユリシスは、リュウヤが魔力を持っていれば魔導士協会で魔力充填の仕事をするだろうと、魔導士協会から送られてくる新規登録者の記録を見られないかと考えた。

 国にとって有能な魔導士は貴重だ。囲い込むための方策を幾つか打っている。魔導士協会に新規登録した魔導士は、魔力量や持っている魔法属性の情報を国に送るようになっている。騎士団や王立魔導研究所で勧誘するためだ。

 ユリシスは魔導士協会からの情報が厚生部に集められると聞き「魔法学研究所でも情報を知りたい」と、厚生部に勤める友人に尋ねた。

 ユリシスはまだ仕事は病欠中になっていた。召喚魔法に協力したので咎められることなく長期休暇だ。その間に自分の助手を探すという名目で、魔導士協会のリストを見せて貰うつもりだった。

 それが、なぜか、魔導研究所所長の機嫌を損ねたらしい。

 ユリシスは所長に呼び出され、「なぜ、あのリストが入り用なんですかね」と険悪な様子で言われた。

「助手が欲しかっただけだ。自分と気の合う助手がね」

 ユリシスは苛つきながら答えた。たかがこんなことで体調の悪い第二王女が呼び出される理由がわからない。彼は上司でもない。ユリシスは魔法学研究所勤務で、なんら関係のない他人からの呼び出しだ。

(なんでだ?)

 厚生部の友人から聞いた噂を思い出す。

『魔導士協会は、魔導士が魔力充填の仕事をする上前をはねている。その金の何割かは王立魔導研究所の所長に流れている』

 聞いた当時は疑問だった。

 魔導士協会と王立魔導研究所はまったく別の組織だ。不正があったのだとしても、二つの別組織が関わるのはなぜだろう。共通しているのは双方、名に「魔導」と付くくらいなものだ。

 どちらの組織にも、同じ魔導学園や同じ学園の魔導科を卒業した者たちがいる。友人知人を持つ者が多くいるかとは思う。つまり、人的交流はさぞかし頻繁だろう。それにともなって情報の交流もあるはずだ。

 魔導協会の被害にあった魔導士が、王立魔導研究所の友人知人に相談することもありそうだ。

 ユリシスは、ふと気付いた。

(魔導協会の被害者を、所長なら押さえ込むことができるな)

 王立魔導研究所の入所をエサに黙らせることもできる。魔導協会のピンはねは一時期、騒がれたが結局うやむやになった。所長ならうやむやにさせる力がある。彼は第一王女とも懇意だ。

(マズいな。藪をつついたか)

 ユリシスはそれでなくとも危うい立場だ。身を危険に晒すつもりはなかった。

(まぁ、良いか。辞めて逃げ出せばリュウヤを捜しに行ける)

 ユリシスは逃げる準備を始めた。準備は一人きりで行わなければならない。どこに敵の耳目があるかわからない。

 一人で変装をして長距離魔導車を調べに向かった。ミゼルに調べさせる選択肢はなかった。誰にも気付かれずに消えるのだ。

 そのときに、リュウヤの痕跡が最後に消えた辺りを捜して見よう、と思い付いた。

 きっと彼はもうどこかへ行ってしまっただろう。だが、彼は痕跡が消える間際は長く一つ処に留まっていた。

(宿にいたのかと思っていたのだが)

 あの頃はユリシスは体調が悪かった。彼の居場所を確かめることができなかった。だが、おおよその場所はわかる。

 通りを歩くと下町のふつうの生活の場だ。人々が行き交い店が建ち並んでいる。上等の店とは言い難いが和やかで賑やかな通りだ。食べ物の匂いは美味しそうだ。

(ここに彼はいたのか。暮らしていたんだ)

 もっと早く来たかった。だが、一人で出歩ける状態ではなかった。彼を捜すとしたら一人で来なければならない。彼のことは秘密なのだ。彼の居場所も、ユリシスが彼に興味を持っていることも、何もかも秘密だ。

 だから来られなかった。今思えばただの言い訳だ。這ってでも来れば良かった。

(いや、実際問題として這っては来られなかったわけだけどな)

 何軒か店を冷やかし、良い匂いのする食堂も覗いてみた。

 そこに、彼がいた。

(こんなところにいた、リュウヤだ)

 ユリシスは歓喜に震えた。


ありがとうございました。

今日は、夕方にもう一話、投稿いたします。よろしくお願いします。

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