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十四 第二王女ユリシス

今日は二話、投稿いたしました。こちらは二話目になります。




 ユリシスは隣からかすかに聞こえる寝息を確かめると体の向きを変えた。

 竜也の横顔が暗闇に見える。

(やっと見つけた)

 抑えようも無く口元に笑みが浮かぶ。

 彼に出会えたのは四か月以上前に遡る。

(あのときは、彼の声も聞けなかったけど。私は魔力切れを起こしてたしな)

 愚姉や魔導士らとともに彼の召喚に立ち会った。

 第一王女エルジナは、救世主とされたほうの青年にしか価値を認めなかった。だが、ユリシスはもう一人の青年に惹かれた。

 彼は終始、冷静だった。感情を殺した目で辺りを観察していた。彼の纏う異世界の雰囲気は魅力的で、胸が震えた。

 第二王女であるユリシスは姉に疎まれていた。亡命するか、この国で暗殺されるか、飼い殺されるか、選ばなければならなかった。

 彼もそうだろう。彼を異世界からこの壊れかけた国に招き寄せた側であるユリシスが言えたことではないが。

 エルジナは一見、有能そうに見えて愚かだ。尊大にしていれば誰もがへりくだると思い込んでいる。父が病弱ゆえに、姉がいなければ執務が回らないのは確かだ。だが、有能な臣下に任せるべきところは頼るべきだった。

 エルジナはあまりにも国を私物化している。けれど誰も文句を言えない。

 父が弱り、有能で人格者だった宰相が暗殺されてから、この国は転げ落ちている。暗殺の黒幕は判らず仕舞いだった。黒幕の候補が多くいすぎる。幾人かが共謀したのだろう。

 数年前に死んだ王妃は長年にわたって第二妃や側妃らに薬を盛っていた。不妊の薬だ。薬の副作用で髪が抜け落ちた側妃もいる。

 エンガス王国出身のユリシスの母は、妊娠し難いと思われていたために薬を仕込まれずに済んだ。だが、皆の予想に反して身籠もった。その後は王妃に目を付けられないよう慎重に過ごし無事にユリシスを生んだ。

 ユリシスが魔導の才能を現すとエルジナはユリシスに毒を盛った。強い毒ではない。長く飲み続けると早死にするという毒を使われた。ユリシスは病弱な振りと、毒を飲んでいる振りをし続けた。

 長くこの国に居られないのはわかっていた。母には実家のあるエンガス王国に帰ってもらった。

 学園を卒業したあと魔法学研究所に入った。

 魔法学研究所は、運営が王宮から離れている。そのため予算の厳しい研究所だ。王宮から優遇されている王立魔導研究所とは成り立ちから違う。

 王立魔導研究所は王宮と密接に関わっている。所長と第一王女エルジナは色々と融通しあう仲だ。

 王宮から離れた魔法学研究所に入ることで、王位には興味はないと態度で示したつもりだった。

 召喚の手伝いに参加したのは、魔法学研究所に協力の要請が来たからだ。王宮からも、王族として国に力を貸せと言われた。ユリシスはもとから召喚魔法に興味があった。

 聖女と神子の召喚は、国内に瘴気が増え始めてからずっと望まれていた。だが、ご託宣では、もう百五十年以上も前から聖女らの召喚は指示されていなかった。

 理由はわかっている。これまで、平民が聖女として召喚されたとき、愚かな王族と貴族たちは聖女たちを迫害し死なせてしまった。あからさまに殺したわけではないが、過酷な仕事を押しつけ過労死させた。聖女に護衛を付けずに森にやり、魔獣に殺されたこともあった。酷いときは、治安の悪い村でならず者が襲って乱暴された上に殺されたこともあった。

 以来、ご託宣で聖女や神子が望まれることはなくなった。神の怒りをかったのだ。

 ご託宣のない召喚は失敗する。過去に証明されている。化け物が現れて、立ち会った王族や魔導士、騎士たちが皆殺しとなった。大惨事だった。以来、ご託宣を無視した召喚は二度と行われなかった。

 エルジナの息のかかった所長は、魔導研究所主導で神子の召喚をやりたがっていた。自分の経歴に輝かしい一頁を加えるためだ。

 この度、待ちに待ったご託宣で、救国の士が望まれた。

 所長は喜んだ。だが、近衛や国の重鎮たち、財務の高官らはそうではなかった。

 ご託宣では「盗人から国を護る救世主」が望まれたからだ。そんな者は要らない、という意見も当然あった。召喚には貴重な素材、魔力の高い魔導士の協力が要る。重い魔力切れを起こした魔導士は仕事に復帰するのにひと月はかかる。

 結局、ごねる連中を国王が一蹴した。

「ご託宣で命じられたのに召喚をやらないという選択肢はない」という国王の一声でやることが決まった。

 第一王女のエルジナは、救世主の容姿や家格、能力などが条件に合えば婿にしても良いと思っていたらしい。

 ユリシスは召喚の魔法を間近で見たかった。魔導士であれば誰でも関心はある。召喚は準備の段階から興味深かった。魔力の込められた塗料一つとってもめったにお目にかかれないものだ。禍々しい赤黒い塗料は人の血が含まれている。心臓の血だ。呪われた塗料だ、とユリシスは思った。

 それでもやはり興味深かった。その塗料で召喚の魔法陣が描かれた。

 大量の魔石が魔法陣に魔力が供給されるように配される。細々とした作業の現場責任者は魔導士長で、監督は研究所所長だ。双方、目を血走らせている。

 準備が終わると口角泡を飛ばす所長に魔導士たちは配置に就かされ、容赦なく魔力が魔法陣に吸い取られていった。

 召喚の始まりだ。

 魔力切れで頭がぐらぐら揺れ魔導士たちが膝をつき始めたころ、召喚魔法は成功した。現れたのは二人の青年。

 待ち構えていたエルジナと所長は彼らの魔力を魔導具で調べた。一人には魔力の反応があったが、もう一人はほとんどなかった。

 エルジナと所長の二人が頷き合う。

 魔力を持つ青年は救国の士であろうと二人は確信し、巻き込まれた彼には一欠片の関心も示さなかった。

 あれだけの犠牲を払って召喚したというのに、肝心なところでエルジナと所長は迂闊だった。召喚の儀式を行うのなら過去の召喚の例を確認するくらいすべきだ。

 ユリシスは召喚の儀式に参加する前に時間をかけて調べた。

 それでわかったのは、おまけであろうがなんであろうが、召喚した者を蔑ろにした国は衰退したという歴史的事実だ。

 世界中から集められた召喚の事例は数多ある。文字もない昔から、召喚の儀式は行われ続けた。整理もされずに膨大な記録が王家の収蔵庫に詰め込まれている。機密資料だ。

 ユリシスは王族ゆえに王家の収蔵庫に入ることはできた。読み漁るのは大変だった。古代語はまだしも、古代の僻地の言葉で記された記録も混じっている。それでも目を通すべきだった。

 資料には「巻き込まれて召喚された者」に関する隣国の記録があった。聖女の近くにいた恋人が巻き込まれ、牢に入れたために聖女が怒り悲しみ、脱獄した恋人と逃げてしまったという。巻き込まれた者に魔力があったか否かはわからない。現れた美女しか調べなかったからだ。人道的に見ても招いたのはこちらの非なのだから牢に入れるなど言語道断だ。

 これも他国の古い例だが、神子を城から追い出した、という記録があった。誤って「召喚は失敗だった」と判断してしまったという。神子はのちに外国に逃れ、保護された国のために大いに活躍した。古い僻地の記録は「神子を誤って城から出した」という部分だけが記されている。

 神子が追い出された原因がわからない。原本を読み込んでみると「神子とみなされなかった」と推測される。魔力を感知するのに失敗したのかもしれない。当時、国の失敗を記録したくなかったのか、わかりにくい。

 所長やエルジナの認識は「巻き込まれもごく希にいる」というくらいなものだった。

 さらに、他にも留意点がある。

 召喚されてすぐは、言うなれば赤子が生まれたばかりの状態に似ている。魔力がまだ上手く流れていなかった可能性がある。大事な召喚を主導していながら詰めが甘い。

 救世主と判断されたナオキはリュウヤと似た雰囲気をもつ異国風の青年だった。

 ナオキの父が「公立の学校で教師をしていた」ということから、ナオキは子爵以上の爵位をもつ家の子息と考えられる。エルジナは、ナオキの異世界の救世主という肩書きとそれなりに高い魔力、それに一応、貴族であることに満足している。

 所長も召喚が無事に終わったので機嫌が良い。

 不満を持ったのは、救世主の役目に疑問を持つ近衛や警邏の責任者たちと、召喚魔法の過労でしばらく使いものにならなくなった魔導士たちだ。

 魔導士たちは、所長に騙された。

 所長は「仕事の復帰にはひと月以上かかる可能性がある」と告げた。昔は良い魔力回復薬がなかったのだ、などと嘯いていた。彼の言葉を信じた魔導士たちは魔力切れを甘くみていた。

 魔力は確かにひと月もしないうちに、人によっては数日で回復した。魔力回復薬も配られていた。だが、「昔は良い魔力回復薬がなかった」という情報は嘘だった。そんなことはない。

 召喚魔法の魔導士たちを見舞ったのは魔力切れだけではなかった。

 召喚魔法はごく短時間に大量の魔力を要する。そのために一気に魔力が持って行かれる。そのときに起こるのは魔力の通り道における甚大な負担だ。

 大量の水が細い水路を無理に流されるのに似ている。魔力の通り道、いわゆる魔力回路に負荷がかかる。これを回復させるのはひと月では足りない。

 魔力の多いユリシスは余計に症状が重かった。

 所長は魔導士にかかる負担を知っていた。エルジナもだ。だが、魔導士たちには伝えなかった。

 ユリシスはこんな酷い衰弱は初めてだ。回復には長くかかりそうだった。



お読みいただきありがとうございました。

明日も、朝と夕方に投稿する予定です。

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