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十三 出会い

本日、一話目の投稿です。




「それなら、この部屋に泊まればいい。そういう事情は宿はもう慣れてる。部屋に追加のベッドを頼んでいる客をよく見るからな」

 貴族の三男坊風の彼は、出会ったばかりの竜也に申し出てくれた。

「いやでも、それは悪いよ。見ず知らずの者なんかを」

 竜也は慌てて首を振った。

「私は人を見る目はある。というか、国境を目指してたんだろう? つまり、関所で精霊石に触れるのをかまわないという者であれば同室は厭わない」

「なるほど。それは一理あるけど。でも」

 竜也は目の前の彼が信用できるのかと考えながら、なおも遠慮したかった。いざとなれば野宿という手もある。

「野営はやめておきなさい。そんなに遠慮するな。ところで名前はなんという?」

 彼は野宿を計画した竜也の考えを読んだようだ。

(けっこう強引だな)

 断るのも疲れてきた。それに竜也は彼にぶつかって転ばせたという負い目がある。

「自己紹介をしていませんでしたね。リュウヤと言います。狩人をしています」

「そうか。私はシスだ。よろしくな。足止めされて退屈していたんだ。かまわず泊まればいい。それに動くのが億劫だから、部屋に飯を頼んだりしてくれると助かる」

「わかりました。そうしたら、お願いします」

 軽く頭を下げる。経緯はともかく、寝る場所が確保できたことにほっとする。彼は育ちが良さそうで悪い人には見えないし、確かに知らない場所で野宿は面倒で心配だ。

 宿に夕食を頼みに行くと「人手がないから」と盆に山盛りの料理を運ばせられた。腰を痛めているシスが運ぶのは無理だったかもしれない。手伝えて良かった。料理の金はシスの分は先払いしてあったので一人分だけ払った。

 夕食を前に手を合わせ「いただきます」の言葉は胸の内で呟く。シスも無言で祈りを捧げていた。カトラリーを手に取る所作は品が良い。やはり良家の青年らしい。

 シスが「気楽に話そう。歳は近いだろう」と言うので敬語は早々にやめた。彼に聞きたいことは色々とあった。

「シスはいつからここで足止めされている?」

「一昨日だ」

「まだそんなに経ってないんだな」

「ああ。でも情報収集はできたよ。地元では国境の状況は秘密じゃないんでね。セジュム領ではもっとずっと前、数か月以上も前から魔獣が増えていたらしい。国境を越える馬車が襲われる事件が頻発していたようだ。緩衝地帯にはひとの町はないからな。国に応援要請をいれているが、無視されているという話だ」

「無視? 騎士団は来ないのか」

「無理だろう。せめて武器の補助くらいあればいいのにな。領兵で始末できればいいが。あるいは凄腕の護衛を雇うしかない。国境を越えたいなら、自分で突破できるのなら馬を買って走り抜けるという手もあるな」

「馬か。徒歩だとどのくらいかかるだろう?」

 竜也はあれこれ考えながら尋ねた。

「徒歩であの国境は無理だ。騎馬なら、早朝に出て午後早い時刻に着けるはずだが」

「最悪、何泊か野営か。歩くかな」

 竜也は上の空で夕食を口に運びながら呟いた。

「リュウヤは魔獣を討伐する自信はあるのか」

「森狼くらいなら子犬を討伐する感覚でやれる。可愛い子犬を殺す趣味はないが」

 森狼はそれほど素早い魔獣ではない。雷撃をかませば斃せるので、竜也にとっては楽な獲物だった。

「それなら一緒に行こう。馬は頼んであるんだ。二人乗りで行けば良い。馬を操りながら攻撃魔法を放つのが厄介だと思ってな、二の足を踏んでいた。ここまで来るまでに少々疲れていたので、のんびりしていたというのもあるが。護衛を雇うかと思いながらも今の国境の状態だと雇える者も滅多にいなくてな」

「狩人傭兵協会に頼めば護衛くらい幾らでもいそうだが」

 竜也はいきなりの誘いに面食らった。やはり彼は強引だ。

「それが、そうでもない。セジュム領では護衛仕事は領兵が小遣い稼ぎにやることが多かったんだ。ここは僻地だしな。護衛をする狩人や傭兵は少なかった。ところが領兵たちは、今は本職である領を守る仕事で大忙しだ。セジュムの領主は、旅人を足止めさせる目的で情報操作していた。だからここで護衛の仕事にありつけることを広めていない」

「あまり良い領主ではないのか」

「領民にとっては良い領主だ。領地はどこも国に税を納めている。領地で手に負えない敵が現れたときには国が面倒をみるべきだろう。国が手を抜いているのが悪い。王族の繋がりが密な国との交易路の整備ばかりを優先させたら、領主は腹も立つ。せめて、領が治める税の減税でもすれば良いのにそれもしない」

「そうか。罪の無い商人や旅人がしわ寄せを喰らってるのは気になるが。駄目だな、この国。シスは詳しいな」

「一応、元貴族だからな。知りたくも無いことを知っているんだ」

 シスは苦い顔で肩をすくめた。

「ここの狩人傭兵協会は?」

「領兵が偉そうにしているところの支部は肩身を狭くしているよ。通信の魔導具も整備されていない小屋で細々と運営してる。しばらくはこの状態は続くだろう」

「八方塞がりか」

 たしかにここは僻地だ。竜也が王都から来るまでも半月かかっている。かなり順調に来られたのにだ。

 狩人たちは、手強い敵がいる僻地の仕事よりも森の狩りで儲けることを選ぶかもしれない。それに傭兵と名乗る者たちは、魔獣よりも盗賊相手の方が得意だとも聞いている。狩人と傭兵の大きな違いはそれだ。

 この国の狩人傭兵協会では、所属する傭兵はごく少数派だ。狩人の方がずっと多い。

「リュウヤが本当に腕が立つのなら、一緒に国境を越えよう」

 シスが身を乗り出してきた。

(なんで腕が立つと知ってるんだ? あ、そうか、手強い魔獣がいるって聞いてるのに野営するとか話したからか)

 無謀だと思わずに腕に自信があるからと判断してくれたらしいがその根拠はなんだろう。

 竜也は自分で言うのもなんだが見た目はか弱い。この国の人間は逞しい者が多く、日本では標準、あるいは標準より少々細身な竜也がどう見られているかは想像に難くない。

「そうして貰えれば助かるが。まずは、情報を集めてから、っていうか、もうシスが集めてくれてるんだな。どんな魔獣がいるのか、とか」

「今は、幻紫草という植物型魔獣が大量にいる。やつの花粉を浴びると体が痺れたようになり幻覚に捕らわれるんだ。まともに闘えなくなる。厄介で手強い。幻紫草がはびこったおかげで朱竜は逃げ出した。竜より強い」

「竜より強い草? 草だから、炎撃とかに弱いんじゃないのか」

「花粉がかなり遠くまで来るんでな」

「花粉も炎で払えばいいのか?」

 竜也は考えながら尋ねた。

「それは有効な方法だ。魔力が続くのならな。延々と花粉を飛ばしてくるんだ」

「炎で花粉を払いながら、本体を攻撃すれば良いのか?」

「そうだな。隊で討伐するときはそうする。魔導士が炎で花粉を払い、騎士らが強弓で本体を潰す」

「一人でやるのはきつい相手なのか」

 話を聞くだけで面倒そうな場面が頭に浮かぶ。

「花粉はたしかに延々と飛ばしてくるが、花粉が種切れになると、また花粉を飛ばし始めるまでの間に数分ほどの間がある。一人ならその間に本体を攻撃するしかないな」

「わかった、そうする。で? そいつ、そうとう大量にいるのか」

「居るだろうな。朱竜の群れを捕食して追い払えるくらいは居るだろう。ただ、幻紫草は動きが鈍い。それに互いの花粉が飛んでくる範囲には近づかない。かなり広く縄張りをとるんだ。だから、一頭を退治できたら進む距離を稼げる」

「そうか。一頭斃して進んで、また斃して、という自分の速さで討伐しながら行けばいいのか」

「そういうことだな。だが、日が暮れるまでには向こうに着きたい。のんびりは出来ないな」

「了解」


 ゆっくりと夕食を終えると、旅の疲れが出たのか気怠さを感じた。

「早めに休もうと思う。ここは体を洗うところはあるのかな」

 物置の住まいを出てからろくな宿に泊まったことはなかった。

 行き当たりばったりの旅だった。ほとんどは車中で寝ていた。町ではなるべく中級程度の宿に泊まろうと考えていたのだが、知らない町で宿を選ぶのも上手くはいかず、高級宿は門前払いされそうなので選ばず、結局安宿ばかりだった。

「浴場は一階にあるが、共同だな。この部屋はそこに洗面は付いているが風呂はない。頼めば盥と湯を運んでくれる」

 シスは出入り口とは違う細めのドアを指さしながら教えた。

「そうか。じゃぁ、風呂に行ってくる。シスはどうする?」

「私は昨日、入ったから今日は体を拭くだけで良い」

「わかった」

(裸の付き合いは無理か。ご令息だからな)

 竜也は久しぶりの風呂にわくわくしながら着替えやタオルを取り出した。

 全財産の入った袋は部屋に置いておけば良いだろう。シスは金持ちそうだし、空間魔法機能付きの袋は竜也以外が手に取って覗いても雑魚魔獣の魔核が十個ほど入っているだけだ。市場価格に換算すると銅貨五枚くらい。日本円で五百円程度だ。

 価値のないものを入れたのはわざとだ。覗いた盗人は薄汚れた革袋など持って行かないだろう。革袋もわざと砂でこすって汚してある。

 あとは着替えや手拭いの入った麻の背負い袋がある。旅行中に買ったものだ。あまりに手持ちの荷物が少なすぎるのも不自然なので旅行者を装うために見繕った。

 これらを寝台の上に置いて部屋を出た。

 この世界で共同浴場に行ったことはなかった。

 一階の受付で風呂場のあるところを尋ねて向かう。

 板の間の広々とした脱衣所には、バケツのようなものが棚に並んでいた。周りを伺うと、バケツに脱いだ服を入れてる。近づいて見るとバケツではなくバケツほどに太い竹の節で作った入れ物だった。こんなところまで異世界風だ。

 中に入ると肩まで浸かれる湯船はなく腰くらいの深さだ。ちらりと観察しているとゆっくり浸からずにすぐに出てしまう者の方が多い。

 打たせ湯のようなところで体の汚れを落とした後、他の利用者が向かう部屋に行ってみるとサウナだった。岩屋のような石造りの部屋が熱せられていて、ときおり湯がザバっと熱い石にぶっかけられ、湯気がもうもうと立ちこめる。

(ワイルド過ぎる)

 日本の風呂が懐かしくなった。それでもせっかくだから、しばらくサウナも堪能し上がり湯をして出た。

 部屋に戻るとシスはすでに寝ていた。こちらには背中を向けているので寝顔は見えない。ベッドの上に置いておいた荷物を見て、竜也は空間魔法付きに加工した小袋が僅かに位置がずれていることに気付いた。まさかと思うが、こんな時のために置いた位置はよく覚えておいた。

 着替えなどが入った袋には手を触れた痕跡はない。

(荷物の袋は興味がなかった? でも金が入っていそうな袋には触れたのか)

 盗み目的なら、小袋を見て雑魚な魔核しか入ってないと気付けば荷物も調べるはずだ。けれど、触れなかった。

(なんでだ?)

 他の目的としたら、なんだろう。

(空間魔法機能付きの袋であることがばれた、とか)

 あり得る。竜也が加工したので袋は魔力を帯びている。それで、つい手に取った可能性はある。

(荷物まで漁られた痕跡があったらアウトだけど。これくらいなら良いか)

 竜也はとりあえず、久しぶりのふかふかのベッドで眠りをむさぼることにした。




お読みいただきありがとうございます。

今日は夕方に二話目を投稿します。よろしくお願いします。

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