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十 空き巣

本日一話目の投稿。今日は夕方にもう一話、投稿いたします。

よろしくお願いします。




(そろそろ旅に出たいよな)

 竜也は心中でぼやきながら酔客が転がした椅子を直しテーブルに放られた葉巻の吸いさしをバケツに片付ける。

 建国祭から早半月が過ぎていた。

 ここ最近、留守中に住まいの物置小屋に空き巣に入られる頻度が上がった。三日おきくらいに部屋が荒らされている。

 それとは気付かれないように家捜ししているようだが、小屋の隅に置かれたガラクタの配置が変わってるのでわかる。これで誤魔化しているつもりなら、そうとう頭の悪い空き巣だ。

 店で働き始めて三か月ほどのこのタイミングで空き巣が入るのは竜也が貯めている給金を狙ってるのかもしれない。竜也がこの物置で暮らしていることや、働き始めてどのくらいかを把握している人物というとレイラの恋人のエルクかと竜也は疑っている。

 数日前に二人の会話を盗み聞きしたのだ。

 レイラと恋人のエルクは店を閉めたあと、たまに片付けの終わった店で残り物をつまみながら飲んでいる。

 竜也は店を閉めると、残った洗い物を水に浸けて物置に帰る。オーダーストップのあとはレイラが手早く片付けを済ませるので、最後の客が帰るころには厨房はだいたい片付いている。残りの洗い物は最後の客の汚れた食器くらいなので、桶に浸けて帰っていた。

 朝、店を開ける前に掃除や仕込みをやるときに洗えばいい。レイラは使用人が住まいと兼用の店にいつまでも居るのは嫌なので、以前からそういう風にしていた。

 物置の住まいに帰ったあと、聴覚を魔力で強めて会話を聞いた。睦言を聞きたかったわけではない。前日にまた空き巣に入られたので、エルクを疑っていた竜也は探りを入れようと思ったのだ。

 店の匂いを逃すために窓は開いていた。会話を聞くのは簡単だった。

 肉の値があがっている、というレイラの愚痴から始まった会話は、エルクが相づち役でぽつぽつと続いた。

 魔獣肉が出回ると、家畜の肉の値が上がる。因果関係は明らかだ。魔獣の被害で家畜の肉が出回らなくなるのと同時に、討伐された魔獣肉が売りに出されるのだ。

 魔獣肉は下ごしらえに手間がかかり「立ち仕事がしんどい」とまたレイラが愚痴る。

 エルクが大して気持ちのこもらない口調で「そりゃ大変だな」と答えた。

 チュっというリップ音がする。オトナの時間の始まりか。そろそろ盗み聞きを辞めるかと思い始めたところで、エルクの声が聞こえた。

「あの給仕のガキは休みはなにやってんだ?」

 といきなり尋ねている。なんら接点のない恋人の店の使用人に、エルクのようなチンピラが興味をもつはずがない。

 不自然な問いにレイラもそう思ったらしい。

「なんでそんなこと訊くの?」

 と尋ね返した。

「あのガキ、遠くからの移民だろう。髪の色があれだけ濃いのはあまり見ないし。変わった雰囲気だしな」

「そうね。可愛いわよね」

 レイラがふふ、と笑う。

 可愛いと思われてたのか、とちょっと驚く。

「女だったら良かったんだがな」

 エルクがぼそりと呟き、レイラが「なにそれ」と笑う。

 竜也も「なんだよ、それ」と思わず引いた。ドン引きだ。

 竜也が女だとしても、エルクは選ばない男ぶっちぎり断トツトップだ。考えたくもない。

「あの子、けっこう品が良いし、もしかしたらどっかの小国の貴族家から訳ありで逃げてきたのかもよ」

 竜也はレイラの妄想に再度、驚く。

(うーん、でも良いところの坊ちゃんというのは当たりか。一応、老舗の跡継ぎだからな。訳ありってのも微妙に合ってるし)

「落ちぶれた貴族家の庶子かよ、クソガキが」

 なぜかエルクが苛立つ。この会話のどこに苛立つ要素があったんだろう。チンピラの思考回路がわからない。

「ちょっと、妬まない、妬まない」

 レイラが苦笑する。

 え? 妬まれた? とエルクの単細胞ぶりにまた驚く。

「信用できるのか。ダチがいるようにも見えねぇし」

「休みまでは知らないわ」

「もっと警戒した方がいい」

「良い子だってば。素直だし優しいとこあるのよ。私のこと、女だからって何かと気遣ってくれるの。頭良いのに、王都の常識知らなくてね。よほど田舎の子かなって思ったんだけど、教育受けてる感じだから、やっぱ訳ありっぽいのよね」

「クソ生意気だぜ。何が優しいだ。信用すんなって!」

 エルクの声が腹立たしげだ。恋人が使用人を褒めたのが面白くないらしい。

(チンピラは心が狭いぜ)

「大丈夫よ、職業斡旋所の紹介よ」

「それだってさ。最初の登録んときにチェックされただけだろ」

「日が経ったら、またやるのよ」

「お前はのんきだな」

「私、人を見る目あるのよ」

「そうかぁ?」

 エルクが不審そうに言い、竜也も思わず、それはないな、と胸中で呟く。

 エルクと意見が一致した。

「信用するのは馬鹿だぜ。休みになにやってるか、さりげなく訊いてやれよ」

「どうして? 人に言えないことやってるんなら正直に言うわけないでしょ」

「嘘をついたらだいたいわかるぜ。目線が泳いだりしてさ」

「どうせ娼館に行って稼ぎを叩いたりしてるくらいでしょ。若いんだもの」

「ガキのくせに娼館通いかよ。気に入らないな」

「なに言ってんのよ、馬鹿じゃないの。変なエルク」

 レイラが「ふふ」と笑った。

「少しは金を貯めて、まじめにやれって言ってやれって」

「はぁ? だからぁ、若いんだからいいじゃない。働いて得た金をどう好きに使ったって」

(あぁ、なるほど)

 と竜也は理解した。

 エルクは何度、空き巣に入っても金が見つからないので、竜也は金を別の場所に隠してるのか、使ってしまったかと思ったのだ。

 レイラの店には使用人のロッカーなんてものはない。一階は厨房と店と洗面などの水回りのみ。トイレは店にくっつくように外にあるが、竜也は浄化魔法を覚えてからは使っていない。不浄なものは体から消えるからだ。トイレ掃除も浄化魔法でさらりと終わらせられる。便利魔法だ。

 ともあれ、外のトイレにも何かを仕舞うようなところはない。店の二階はレイラの住まいで使用人は入れない。

 つまり、店にはなにも隠しておけるところはない。

 竜也の荷物はいつも寝台の上やテーブル代わりの木箱の上に放ってある。着替えの入った袋のみ。荷物など本当に少ない。レイラの店で働き出して増えた持ち物は、手ぬぐいや衣類と予備の靴くらいなものだ。

 本当はナイフや小さめの剣など細かい荷物は色々と増えたのだが、それらは空間魔法機能つきの小袋に収めている。小袋はいつも竜也の腰に腹巻き代わりに巻き付けてある。

 銀貨も順調に貯まっている。レイラの店でまかないは食べられるし、家賃もかからない。最初に貰った銀貨五十枚は使っていないし、店で働いた給料や森での採取で稼いだ金も合わせると銀貨二百枚以上になる。

 もしもエルクが嫌がらせでもしてくれば、竜也はレイラに遠慮しないで店を辞め王都を出られる。

(出来れば、レイラとは気持ち良く別れたいんだけどなぁ。見聞を広げるために旅に出るとか、そんな風に言って辞めることも考えたんだけど。なーんか、エルクの野郎、悪巧みを考えてる気がするんだよな)

 困っていたときに雇ってくれたレイラには恩を感じていた。竜也がエルクのせいで辞めることになったら、レイラが少しは男の選び方を考えてくれないかな、とかそんな気持ちもあった。

 親も知人もいない異世界だというのに、ここでの暮らしは楽しかった。

 店主の男を見る目が酷かったために、その点だけは不安だったが。性悪な男に欺されるレイラを見ていると、それでも幸せそうな彼女はどうしようもなく馬鹿だと思うが、幸せならいいかとも思ってしまう。むろん、チンピラと付き合うなんて悪いに決まってるのだが。

 空き巣に入られたことはレイラには言っていなかった。被害はないし、言ったからどうなるものでもない。鍵をもっと丈夫にしたら窓を壊されそうだ。

 犯人がエルクだったら店を辞めるしかない。

(店主の恋人に空き巣されて退職かよ。なんだかなぁ)

 レイラは言い逃れの出来ないくらいの証拠がなければ恋人の肩を持つだろう。恋人としてみれば可愛い女なのかもしれないが、雇い主としては本当に困る。

 レイラから頻繁に金をせびり取っていくところを見ると、エルクはよほど金遣いが荒い。賭け事の趣味があるのかもしれない。

 状況証拠しかないが空き巣の正体はエルクで間違いないと思う。

(どうするのが最適解か)

 そんなのはわかりきっている。レイラに訴えて店を辞めるのが正解だ。

 レイラは恋人の肩を持ち、喧嘩になるかもしれない。空き巣を恋人に選んだレイラが悪い。竜也は気にせず辞めるべきなんだろう。

 けれど、そう簡単に割り切れなかった。



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