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短編小説

戦国大名ですら手を焼いた『寺社勢力』──その力を奪ったのは誰だ?

作者: 歌池 聡


※公式企画『秋の歴史2024』参加作品、指定テーマは『分水嶺』です。


※あえて現代風の言葉でお届けします。



 最近、俺の下に配属された若造だが、もうどうしようもない。やる気も感じられないし、頭も悪そうだ。どうやら徳川家譜代の名家に連なる家柄というだけで、この『寺社奉行所』に登用されたらしい。


「ふわあぁぁ。センパーイ、退屈っスよねぇ」


 書類作業をだらだら片付けながら、あくびを隠そうともしない。


「奉行所の仕事って、もっと派手だと思ってたんスけど。こう、悪党どもを捕まえたりとか、ですねぇ」

「それは『町奉行』の仕事だ、たわけ。ついでに言えば、そんな捕物をするのは我らよりもっと下の、同心や岡っ引きの役目だ」

「何だかそっちの方が面白そうじゃないっスか。あーあ、いっそそっちに異動とかねぇかなー」


 やれやれ。こいつは何もわかってないな。


「あのな、『寺社奉行』というのは『町奉行』や『勘定奉行』と違って、上様(将軍)直轄のたいへん名誉あるお役目だ。格下の奉行所への異動を望んでどうする。

 おぬしだって、家柄的にはいずれ寺社奉行職に就いてもおかしくないのだぞ。もっと上を目指そうという気はないのか」

「あー、そういうのはいいっス、めんどくさいんで」


 ひらひらと手のひらを振って、また大あくび。


「だいたい、やり甲斐がないんすよね、仕事の。

 やることと言ったら、寺同士の土地所有権の訴訟の下調べくらいじゃないっすか。

 ケンカの仲裁とかなら、まだ面白そうなんすけどね」


 そう言って大きく伸びをすると、ふいに体の前で刀を構えるような仕草を見せてきた。


「ほら、権現(ごんげん)様(徳川家康)が幕府を開く前の寺社って、もっと荒っぽかったそうじゃないっスか。

 そういう時代なら、寺社奉行でももっとやり甲斐があったと思うんスよね。

 俺、学問より剣術(ヤットウ)の方が得意なんで」






 ああ、なるほど。こいつ、歴史のことは真面目に学んでこなかったんだな。


「あのなぁ、その頃の寺社は『荒っぽかった』なんてもんじゃない。(織田)信長公や権現様がどれだけ苦労してきたのか、知らんのか?」

「え、でもしょせんは坊主でしょ? 多少『荒っぽい』っていったところで、大したことは──」


「いいか。あの時代の寺社は、大名ですらおいそれとは手が出せない、危険極まりない存在だったんだ。

 大昔からの既得権益で役人の立ち入りを拒む権利を持っていたから、犯罪者や破落戸(ゴロツキ)の巣窟だった。

 おまけに税を収めることも免除されてたから、金は唸るほど持ってる。その金で刀や鉄砲を大量に集め、寺社同士でしょっちゅう血みどろの抗争を繰り広げ、相手を皆殺しにすることも珍しくない。

 さらに法外な金利を取る悪徳金融を経営して、強盗、殺人、人身売買すら当たり前にやってどんどん金を溜め、勢力を広げていった。

 ──それこそ、ひとつの国を乗っ取ったことすらあったんだぞ」


「はあああああっ? 何スかそれ? それじゃ、まるで○○○じゃないっスか!」


「まあ、大きな声では言えんが、似たようなものだ。

 あの信長公ですら、一向門徒を何万人も殺してやっと和睦に持ち込めたんだ。

 若い頃の権現様も、一向宗の寺から年貢を取ろうとしたことで三河全土で一揆が起こって、どれほど苦労したことか──。

 お前なんかがあの時代の寺社奉行だったら、命がいくつあっても足らんぞ」






「はあ~、昔は大変だったんスねぇ。今の坊主どもの姿からは想像も出来ねぇや。

 ──でも、権現様が幕府を開いたおかげで、そんな連中もおとなしくなったってことなんスね。権現様、マジすげー!」


 まあ、こいつがそう思い込んでるならそれでいいか。


「──あれ? センパイ、違うんスか?」


 何でそんなとこだけ目ざとく俺の表情を読むかなー。


「権現様じゃないとしたら、──あ、信長公っスか?

 信長公って、比叡山でも長島でも、坊主どもをめちゃめちゃ殺したんですよね?

 それで坊主どもも大人しくなったってことで──え、違うの?」


 そろそろ気づけよ。俺が言い淀んでるってことは、あまりおおっぴらに言えることじゃないってことだろうが。

 こいつ、出世はあまり出来そうにもないな。


「センパーイ、いいじゃないスか、教えてくださいよー。

 暴れん坊だった寺社勢力を大人しくさせたのって、いったい誰なんスかぁ?」


「──はぁ。あまりヨソで言いふらしたりするなよ。

 寺社勢力の力を奪って今のような在りように変えたのは──実は太閤(たいこう)殿(豊臣秀吉)だ」

 





「へ? 太閤って──ヒデヨシ?」


 案の定、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしてやがる。


伴天連(ばてれん)(キリスト教宣教師)を国外追放したのは知ってますけど、坊主にも何かしたんスか?」

「他に太閤殿がやった政策を、どれぐらい知っている?」

「ええと、『太閤検地』でしょ、『刀狩り』でしょ。

 後は──何かありましたっけ?」


「その『刀狩り』こそが()()()だ。お前、『刀狩り』とは『農民から武器を奪って農業に専念させる政策』とくらいしか教わって来なかったろう?」

「はあ、まあ」

「まあ、実際は完全に取り上げたというより、帯刀と武器の使用を厳しく制限したということらしいが。

 そして、その対象は農民だけじゃなく、実は()()()()()()()()()んだ。というより、むしろそちらが本命かもしれん。

 まず、最大勢力だった本願寺(浄土真宗・一向宗)を信長公が屈服させた。

 そして、太閤殿の紀州(和歌山)征伐でいくつかの大きな寺社勢力も力を失った。

 それを機に、一気に寺社から武力を奪ったんだろう。

 ──その頃にはもう豊臣の権勢が揺るぎないものになってたので、寺社も従わざるをえなかったんだろうな」


「へぇーっ! 秀吉ってそんなこともやってたんスね、知らなかった!

 ──あれ? でも何で学問所では教えてくれなかったんだろ?」

「あのなぁ。この徳川の御世に、何でわざわざ豊臣の功績を広める必要があるんだ?」

 

 ──そう。支配者が変わったら、前の支配者の功績は広めず、悪かった点ばかりを強調して広める。これは歴史の『定石』だ。

 徳川が豊臣から天下を奪ったことを正当化するためには、太閤殿は『大していいことをしなかった愚昧な暴君』でなけばならないのだ。


「『太閤検地』や、農民への『刀狩り』は多くの者が知っているので、さすがになかったことには出来なかったんだろうがな。

 だが、寺社への『刀狩り』は当事者くらいしか知らんからな。わざわざ世に広める必要もなかろう」






 もし、太閤殿が各寺社勢力から一斉に力を奪っていなかったら、その後はどうなっていただろうか。


 どこかの大きな寺社勢力が参戦していたら、関ケ原や大阪の陣の帰趨もどう転んでいたかわからん。

 歴史の通りに勝てていたとしても、参陣してくれた宗派に借りが出来てしまうので、弾圧もやりにくかろう。

 そうなると、またどこかの宗派だけが力をつけて、他の宗派を抑えつけるようなことが再発しただろうし、その後の徳川の全国統治ももっと難しいものになっていたのではないだろうか。


「──まあ、そういうことだ。

 お前のような能天気が、あくびしながらでも寺社奉行所の仕事をこなせているのも、ひとえに太閤殿が一気に寺社勢力から牙を抜いてくれたおかげでもあるのだ。

 おおっぴらに言うことではないが、心の中で太閤殿に感謝くらいはしておけよ」



今の教科書でも、刀狩りは『農民から力を奪うための政策』としか記述されてないことも多いようです。


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― 新着の感想 ―
刀狩りは相当に権力がなければ出来ない事で(足利幕府までは、そんな事を言い出そうとした途端に幕府が滅ぼされる)、欧州でも結局できず、その名残でアメリカは銃社会ですからね。 世界史的にも画期的で、確かに…
[一言] すごく面白かったです! 歴史は勝者が作るもの、それがよくわかりますね。 学校では確かに習いませんでしたが、少し考えたり調べたりすれば分かることですよね。そう思うと、やっぱり知ろうとすることが…
[一言] 拝読させていただきました。 興味深いお話です。 確かにそれ以前の寺社勢力の暴れっぷりは凄かったですからね。
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