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学園祭と盲腸

 僕の通う高校の学園祭は、毎年かなり盛り上がるらしい。


 各クラスの趣向を凝らした模擬店はもちろんのこと、オリジナル脚本を使った演劇部の芝居に、軽音部を中心とした音楽ライブ。それからダンス部のパフォーマンスなどなど。それらを目当てに、外部からも沢山のお客さんが来てくれるそうだ。


 僕も初めての学園祭をとても楽しみにしていて、林くんのレタリングした立て看板の文字に色をつけながら、当日になるのを心待ちにしていた。


 それなのに。


 学園祭の二日前、僕は盲腸を患って入院することになってしまったのだ。


 手術後、数日間の入院生活を余儀なくされた僕に、林くんは学園祭当日の動画をいくつも送ってきた。


 それらの動画には、学園祭を最高に楽しんでいる林くんの様子が映し出されており、撮影者は伊藤先輩っぽかった。


 動画の中から

「この焼きそば、めちゃくちゃ旨いぞ!」

 と語りかけてくる林くんには、悪気など全くないのだろう。

 なんなら「良いことした!」くらいに思っているのかもしれない。

 入院中の僕にも「学園祭の楽しい雰囲気を伝えてやろう」という親切心でやっているに違いない。


 だけど僕は、気持ちが晴れるどころか、ますます落ち込んでしまった。


 よりによって、こんな時に盲腸になるなんて。

 本当にツイてない。



 入院中、暇を持て余した僕は、ひたすら絵を描いていた。

 それも、手の絵ばかり。


 手は、よく見ると人によって全然違う。

 大きさも、指の長さも、爪の形も、シワの刻まれ方も。


 医師や看護師、見舞いに来たバイト先のおばちゃん達や自分の家族、それから売店の人や同室の患者さん、などなど。


 僕は、彼らの手を見る機会があるたびに観察して、後で思い出しながらスケッチブックに描き出していた。


 けれども先日、僕が眠っている間に母親がスケッチブックの中身を見てしまい、やたらと心配されてしまったのだ。


 まぁ確かに、手の絵ばかりが何枚も続けて描かれていたら、「こいつの精神状態、ヤバくない?」と不安にもなるだろう。


 それ以来、手の絵を描くのはやめた。

 かと言って他の絵を描く気にもなれなかったので、僕は仕方なく、今までに撮り溜めた林くんの作品を見ながら時間を潰すことにした。



 彼の作品は、合宿を経てさらに進化していた。



 学園祭を前にして、美術部とレタリング部には沢山の依頼が舞い込んだ。

 校門に置く立て看板をはじめ、軽音部やダンス部、そして演劇部の上演告知に使うポスター。

 文芸部の発行する冊子の表紙に、模擬店の案内板。

 それらの絵と文字を、美術部とレタリング部で分担しながら仕上げていった。


 生い茂る草木。

 吹き抜ける風。

 流れていく雲。

 降りしきる雨。

 照りつける太陽。


 林くんがレタリングを(ほどこ)した文字からは、合宿で訪れた島の息吹(いぶき)が感じられた。


 林くんは

「シロ! お前も美術部の奴らと一緒に背景の絵を描けよ!」

 としつこく迫ってきたが、僕はまだ、多くの人の前に自分の絵をさらす気にはなれなかった。




 退院を翌日に控えた僕のところへ、林くんと伊藤先輩が見舞いにやってきた。


「シロ~、この病院の看護師さん、可愛い人ばっかりだなぁ。天国じゃん」


 僕の体調のことなど聞きもせず、林くんは鼻の下を伸ばしながら、看護師さんが廊下を通るたびに身を乗り出している。


「相変わらずですね。僕、看護師さんに可愛さは求めてないんで、天国ってほどでもないです」


「なんだよ、ムカつく言い方しやがって。俺の送った動画にも、反応薄かったし!」


「ちゃんとお礼のスタンプ送りましたけど」


「あんなに動画送ったのに、返信がスタンプ一個ってどういうことだよ!」


 怒り出した林くんを

「まぁまぁ、別にいいじゃん。シロちゃんは塩対応が売りなんだから」

 と伊藤先輩がなだめる。


 何がきっかけになったのかは知らないが、伊藤先輩はいつの間にか、僕のことを「城崎」ではなく「シロちゃん」と呼ぶようになっていた。


『やっぱり、犬みたいな呼ばれ方だよな』と思ったが、伊藤先輩の呼び方には親しみがこもっているような気がしたので、そのまま受け入れている。


「なんか新しい絵、描いたか?」


 林くんは、サイドテーブルに置かれたスケッチブックへ手を伸ばし、ペラペラとめくった。


「勝手に見ないで下さいよ」


「いいじゃん。あっ! スゲェなこれ! 色んな手がいっぱい描いてある!」


「俺にも見せてー。あ、ホントだー。シロちゃん、手フェチ?」


「違います。たまたま手を描きたい気分だったってだけです」


「何それウケるー。そんな気分になることってあんの? じゃあ俺の手も描いてよ」


「俺も、俺も」


 林くんと伊藤先輩は、争うように僕の前へ手を突き出してきた。


「……手の絵ばっかりでも、変に思わないんですね」


 僕の言葉に、林くんと伊藤先輩が顔を見合わせる。


「別に、変じゃないだろ」


「えー、そう? 俺は『変なのー』って思ったよ。でもさ、俺もよく『変』って言われるし、他の人達だってどっかしら変なところがあるんだろうなーと思うから、別に気にしなくてもいいんじゃない?」



 ……変な人達だ。

 でも、この二人と過ごす時間は、最高に居心地がいい。



「そうですね。じゃあ二人の手の絵も、描かせて下さい」


 僕は林くんからスケッチブックを受け取り、紙の上に鉛筆を走らせていく。



 なんだか、今までで一番いい絵が描けそうな気がした。

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