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ライオンの咆吼

 体育祭が近付き、レタリング部の活動は忙しくなってきた。


 といっても、文字のデザインを考えたり下書きをしたりするのは林くんなので、下書きをなぞったり色をつけたりするだけの僕には、精神的にも肉体的にも負担は全くない。


 立て看板や横断幕、各学年のスローガンなどなど、林くんへの依頼はいくつもあったが、本人はちっとも重荷に感じていないようで、楽しそうに鼻唄を歌いながら、デザイン案を次々と形にしていく。


 特にスローガンのレタリングには力が入っていて、カラフルでポップな雰囲気のものや、闘志に燃える力強さを表現したもの、爽やかで涼しげな印象を与えるものなど、それぞれのスローガンに合わせたレタリングが施されている。



「こういうレタリングのアイディアって、どうやって思いつくんですか?」

 僕の質問の意味が、林くんにはよく分からなかったみたいで

「どうやってって、どういうこと?」

 と返された。


「いや、なんかいつも依頼受けるとすぐに描き始めるから、悩んだりしないのかなと思って」


「悩む? 何で? だって、文字を見てたら自然にイメージが浮かんでくるじゃん。それを描いていくだけだから、悩むことなんてなくない?」


 それを聞いた僕は、天才って居るんだなと思った。


「そういえばさ、シロはデザインしないの? いっつも俺の手伝いばっかりじゃん」


「僕は林くんのレタリングしてるところを間近で見たくて入部しただけなんで、自分もデザインをやりたいって気持ちは全く無いです。文字見てても何にも思い浮かばないし」


「ふーん、そうなんだ」


 林くんは僕の返事を軽く受け流して、横断幕の下書きを続けた。


 圧倒的な才能を目の前にしても、僕の心には嫉妬や羨望の気持ちなど湧き起こらない。


 いや、もしかしたら少しくらいはあったのかもしれないけれど、そんなものは一瞬で砕け散り、跡形もなく吹き飛ばされてしまった。


 だって、自分には絶対に成し遂げられないことだと、一目で分かったから。

 この人は特別なんだと、本能で理解したから。


 だから僕は、一番近くでこの人の作品を見続けようと決めたのだ。


 そんなことを考えていたら、林くんがまた、くだらないことを言い始めた。


「なぁなぁ、浜岡の彼女のミカちゃんって、結構可愛かったよな。俺も早く彼女が欲しいなぁ」


「……略奪するのはやめて下さいね。まぁ、林くんじゃ相手にされないと思いますけど」


「そんなことしねーよ! ていうか相手にされないって何だよ! お前ホントに言い方ムカつくな!」


 僕達が言い争っていると、浜岡先輩も話に入ってきた。


「林は他に好きな人いるから、略奪なんてしないもんな。で、どうすんの? 体育祭の打ち上げで告白すんの?」


「また好きな人できたんですか? 軽すぎません?」


「うるせーな! 今度は本気で成功させたいから、ちゃんと仲良くなってからじゃないと告白しないって決めてんの!」


「おおーっ。林、変わったなぁ。頑張れよ」


「へえ、少しは進歩してるんですね。で、相手は誰なんですか?」


 僕が尋ねると、林くんは消え入りそうな声で

「野村先生」

 と教えてくれた。


「えーっ、英語の野村先生ですか? そりゃまた……絶望的な恋ですね」


「何でだよ!」


「だって、年の差エグくないですか? 野村先生って三十代ですよね?」


「三十七歳って言ってた」


「二十歳も年上なんて、ヘタしたら親子じゃないですか」


「俺は年の差とか気にしないから」


「向こうが気にしますって。林くんが三十の時、先生は五十ですよ?」


「そんくらい計算できるっつーの! 俺が六十の時に向こうが八十だろ? 爺さん婆さんになったら、あんまり関係なくない?」


「何十年後の話してるんですか……。まぁいっか。どうせフラれますもんね」


「何だと! 見てろよ! 絶対に告白成功させてやるからな!」


 林くんは僕の背中に蹴りを入れると、描きかけの横断幕をそのままにして、片付けもせずにカバンを引ったくって帰ってしまった。


「お前ら、仲良いなぁ」


 浜岡先輩が、笑いながら僕の背中についた上履きの跡を手で払う。


「どこがですか」


 僕は不満げに口を尖らせながら、林くんが散らかした画材の片付けに取り掛かった。





 体育祭当日は天候にも恵まれ、運動部の部員達を中心に大いに盛り上がり、熱狂のうちに幕を閉じた。


 美術部のメンバーに手伝ってもらいながら、立て看板や横断幕を撤去して美術室へ運び込むと、林くんが思い詰めた表情で椅子に座り込んでいる。


「そんなところで何やってるんですか? 林くんがいなかったから、美術部の人達に手伝ってもらったんですよ!」


「あー、ごめん。みんな、ありがとう」


 気の抜けた返事をする林くんの顔を、浜岡先輩が心配そうに覗き込む。


「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


「いや、さっき野村先生に告白してきたんだけどさ」


「えっ? 仲良くなるまで告白しないって言ってませんでした?」

 僕が驚いて聞くと、林くんは

「毎日話しかけてたら結構仲良くなったから、もう言ってもいいかなと思って告白した」

 と答えた。


「で、返事はどうだったんだよ」


 浜岡先輩にせっつかれて、林くんが微妙な顔をする。


「なんか……付き合って下さいって言ったら、『卒業したら考えるね』って言われた。なぁ、これってOKってことなのかなぁ」


「ええーっ! やったじゃないですか!! ファミレス行ってお祝いしましょうよ!」


 僕は林くんがフラれるとばかり思っていたから、まさかの「保留」という事態にテンションが上がってしまった。


「やっぱOKってことだよな? やべぇ、俺、初めて彼女が出来た!」


 はしゃいでいる僕達に、浜岡先輩が冷静な声でツッコミを入れる。


「ちょっと待てよ。『卒業したら考えるね』って言われたんだろ? それってまだ付き合ってないし、なんなら遠回しに断られてると思うんだけど。林が惚れっぽいのは有名だから、『卒業する頃には違う人を好きになってるだろうな』って思われてるんじゃないか?」


「何だよ! 嫌なことばっかり言いやがって!」


 林くんの繰り出したパンチを、浜岡先輩がヒョイとかわす。


「まぁ、あんまり期待せずにいた方がいいってことだよ」


「確かにそうかもしれませんね。野村先生って英語しゃべれてカッコいいし、明るくて人気あるから、普通に彼氏いそうですもんね」


 僕が浜岡先輩の意見に同意すると、林くんは金髪をかきむしって

「うおーっ!!」

 とライオンの咆吼みたいな雄叫びを上げた。



 野村先生の真意は不明だが、切り替えの早い林くんのことだから、来週にはきっと別の人に恋しているに違いない。


 こんなに移り気な性格では、彼女が出来たとしても長続きしそうにないし、結婚なんかしようものなら修羅場が待っているだろう。


 そう考えると、林くんの恋は永遠に実らない方が良いのかもしれない。

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