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初恋の相手

 浜岡先輩の彼女である松本先輩は、腐女子だ。


 読むだけでは飽き足らず、漫画研究部に所属して自らBL漫画を描いている。


 浜岡先輩と付き合うことになったきっかけは、同人誌の販売会で鉢合わせしたことらしい。


 つまり、浜岡先輩は腐男子なのである。

 男でありながら、BL漫画をこよなく愛している。

 しかしながら恋愛対象は女子だと言うので、打ち明けられた僕と林くんは大いに困惑した。



「だから彼女との馴れ初めを聞いた時に教えてくれなかったんですね。でも、この前はあんなにひた隠しにしてたのに、どうして急に話してくれる気になったんですか?」


 僕が尋ねると、浜岡先輩はちらっと松本先輩の方を見てから、ため息混じりに理由を話し始めた。


「ミカに城崎と林のことを話したら、二人をモデルにした漫画を描きたいって言い出してさ。紹介しろってしつこいから、仕方なく……」


「何よ、その言い方。態度悪いと、ヒロが腐男子だって言いふらすよ?」


 二人の関係性は、圧倒的に松本先輩の方が優位に立っているようだ。


「よく分かんないけど、俺達がカッコいいからモデルにしたいってこと?」


 林くんが、根元の黒くなってきた金髪をかき上げてキメ顔をする。


「……まぁ、そんな感じかな」


 言葉とは裏腹に、松本先輩は僕達のことを全然カッコいいとは思ってなさそうだった。


「でさ、二人はお互いのどんなところが好きなわけ?」


 松本先輩は小さなノートを片手に、興奮気味で僕達に質問を始める。


「は? 何? シロって俺のこと好きなの?」


 林くんに聞かれて、僕はすぐに否定する。


「まさか。全然好きじゃないです」


「だよな? 俺も、女の子しか好きになったことないし」


「そうですよね。僕はそもそも、人を好きになったことがないですし」


 僕の発言を聞いて、その場にいた全員が驚いた顔になる。


「えっ? 嘘でしょ? 人を好きになったことないの?」


「一度も? 少しも? ミジンコほども?」


 松本先輩と浜岡先輩の質問に

「はあ、そうですね。ないです」

 と答えると、林くんが

「信じられねぇ!」

 と大声を出した。



 僕からすれば、すぐに誰かを好きになっちゃう林くんの方が、よっぽど信じられないのだが。



「でもさ、それって自分で恋だって気付いてないだけかもよ。ほら、『一目で惹きつけられて、相手のことが気になって頭から離れない』とか、『気付いたらその人のことばかり考えてる』とか、そういう経験はあるんじゃない?」


「そうだな、自分で分かってないだけかもな。城崎、よく思い出してみろよ。きっと今までに、『もっと知りたい』とか『そばに居たい』とか、そう言う気持ちになる相手はいたと思うぞ」


 言われてみると、僕には一つだけ心当たりがあった。

 でもその対象は、人間ではない。


「そう言う気持ちを恋だっていうなら、僕の初恋は林くんの描く文字ですね。入学式の看板に描かれた字に一目惚れして、もっと他の字も見たいと思ったし、だからこそレタリング部にも入ったわけですし」


 僕の告白に、浜岡・松本カップルは呆気に取られたようにポカンとしていたが、林くんだけは嬉しそうな顔をした。


「シロ、俺のレタリングした文字がそんなに好きだったのかよ。もっと早く言えっつーの! 今度、キュンキュンするような可愛いレタリングの文字を描いてやるからな」


「あっ、キュンとか別にいらないです。林くんのレタリングした文字なら、なんでも好きなんで」


 僕は言いながら、またもや失言だったのではないかと少し不安になったが、林くんは照れくさそうな顔でニカッと笑ってくれた。



 不思議だ。

 林くんといると、呼吸が楽になる。



 そんな僕達のやりとりを見ていた松本先輩が、何やら熱心にノートへ書き込んでいる。

 どうやら漫画に使えそうなネタを提供出来たようだ。




 翌日、部活の時間に美術室へ行くと、林くんが『シロ』という文字をレタリングして、プレゼントしてくれた。


 よく見ると、『シ』の字は一画ずつ寝そべったパンダになっていて、それぞれ笹をくわえていたり、よだれを垂らして寝ていたり、思い切り伸びをしていたりと、ちょっと間の抜けた姿で描かれている。


 以前、僕がパンダ推しだと話したことを、覚えていてくれたみたいだ。


 そして『ロ』の字はというと、『ロ』の部分を口に見立てて、大あくびをしているライオンが描かれていた。


「こっちのパンダがシロのイメージで、こっちのライオンは俺のイメージな」


「何で僕の名前なのに、林くんのイメージが割り込んでくるんですか?」


「割り込むとか言うなよ。せっかく描いてやったのに! ムカつくから返せ!」


 林くんは、ムッとした顔で僕の手から紙を取り上げた。


「パンダ可愛いんで、それ欲しいです。ください」


「じゃあ、半分こな」


 林くんは、紙を真ん中で半分に切って、ライオンがデザインされた『ロ』の方だけくれた。


「こっちじゃないです。パンダの方をください」


「嫌だ。それじゃ俺、今日はもう帰るから」


 林くんはさっさと机の上を片付けて、美術室を出て行ってしまった。


 そこへ浜岡先輩がやってきて

「おい城崎、ミカがお前ら二人をモデルにした漫画を描き始めたから、完成したら読んでくれって言ってたぞ」

 と耳打ちした。


「松本先輩が描いてるのってBLですよね? 僕と林くんが付き合ってる話なんて、読みたくないんですけど」


 普通に話す時の音量で返したら、浜岡先輩が慌てて僕の口をふさいだ。


「しーっ! もっと小さい声で言えよ!」


「何でですか? BL好きな人なんていっぱいいるだろうし、堂々としてればいいじゃないですか」


「お前はもう黙ってろ!」


 浜岡先輩は、ちょっと怒った顔で自分の席に戻ってしまった。



 やっぱり僕は、失言が多いらしい。

 しょっちゅう人を怒らせてしまう。



 ため息をつきながら、林くんからもらった紙に目を落とす。

 そこには、林くんによく似たライオンが大きな口を開けていて、見ているうちに何だかちょっと笑えてきた。


 僕はきっと、この先も沢山の失敗をするだろう。

 でも、このライオンを見ていると

『こんな僕でも、何とかやっていけるかもしれないな』

 という気がして、少しだけ気持ちが明るくなった。

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