オカリナとテディベア
「林ーっ。部活終わったらスタジオ行こー」
髪を極彩色に染めた伊藤先輩が、ズカズカと美術室に入って来て林くんの隣に座る。
「分かってるよ。後で行くから、先に行ってろよ」
「えー、行き方忘れちゃったから、一緒に行こうよ」
伊藤先輩は、本人のいないところで孔雀と呼ばれている。
髪の色が孔雀っぽいという、安易な理由で。
「ねーねー、城崎って楽器は弾けないの?」
伊藤先輩は僕のレタリング練習帳を覗き込みながら、馴々しく話しかけてきた。
「楽器ですか? そうですね……小学生の頃に、縦笛とピアニカは習いましたけど。あとは、ハーモニカとか」
「ハーモニカ吹けんの?」
「ドレミファくらいなら。あとは、オカリナですかね」
先程まで僕達の話には興味なさそうにしていた林くんが、何故かオカリナという単語に食い付いて身を乗り出して来た。
「オカリナ? シロ、オカリナ持ってるのか?」
「持ってますよ。オカリナなら、何曲か吹けます。『シルクロード』とか、『大黄河』とか」
「へー。その曲は知らないけど、オカリナ吹けるのはカッコいいな! シロもうちのバンド入れよ」
思いつきで勝手に話を進めようとする林くんを、伊藤先輩が止める。
「いやいや、さすがにオカリナは他のメンバーが納得しないでしょ」
「何でだよ! いいだろ! シロも俺達と一緒にバンドやりたいよな!」
「えっ、全然やりたくないです」
僕の返事に、林くんは心底ガッカリした様子で肩を落とす。
「しょーがないよ。城崎と俺達は、目指す音楽の方向性が違うわけだからさ」
伊藤先輩がプロのミュージシャンみたいなことを言い出す。
すると林くんは、何かを決意したような目で僕を見た。
「よし、それなら俺と二人でユニット組もう。シロがオカリナで、俺がボーカル担当な」
「いや、だから僕、バンドとか全然やりたくないんですけど」
「いいから、いいから。次の部活の時、絶対にオカリナ持ってこいよ」
林くんは強引に話をまとめると、机の上を片付けて伊藤先輩と一緒にバンドの練習へ行ってしまった。
残された僕は、窓際の席で黙々と木彫りの熊を製作中の浜岡先輩に泣きついた。
「浜岡先輩、助けてくださいよ。林くんとユニット組まされそうなんですけど」
「いいじゃん。学園祭のライブとか出ちゃえば?」
「他人事だと思って……。ていうか、その熊ちょっと可愛過ぎません?」
浜岡先輩の彫っている熊は、土産物屋に置いてあるような、鮭をくわえた野生的で荒々しい姿ではなく、ぬいぐるみのように愛らしい。
「可愛いだろ。俺の彼女がテディベア欲しいって言うから、誕生日にプレゼントするために作ってるんだ。でも、フワフワの質感を出すのがなかなか難しいんだよな」
「……絶対に木彫りじゃない方が良いと思うんですけど」
「そうか? 俺なら嬉しいけどな」
浜岡先輩は僕の意見をさらりと受け流し、木彫りのテディベアの制作を続けた。
その翌日から、林くんは季節外れのインフルエンザで学校を休んだ。
僕はその間に、林くんが好きだと言っていた歌手やバンドの音楽を聴いて、何曲かオカリナで吹けるよう練習しておいた。
そうして、嫌々ながらもユニットを組む準備を整えておいたのに、久しぶりに登校してきた林くんは、僕とユニットを組む話などすっかり忘れていたようだ。
部活で会った時にオカリナを見せると、怪訝な表情を浮かべて
「何それ」
と言い放った。
「オカリナですよ。持ってこいって言ったの林くんじゃないですか」
「え? 俺、そんなこと言ったっけ? そんなことよりさ、インフルにかかった時に行った病院の看護師さんが、メチャクチャ可愛かったんだよ」
と言ってカバンから便箋と封筒を取り出し、ラブレターの文面を考え始めた。
「相手にされるわけないから、やめといた方がいいですよ」
「そんなの、告白してみなきゃ分かんないだろ!」
「大体、林くんは告白するのが早過ぎるんですよ。普通、もっと仲良くなってから言いません?」
「うるせーな! 彼女がいたことない奴に言われても、全然説得力がないんだよ!」
「じゃあ浜岡先輩に聞いてみましょうよ。浜岡先輩、どうやって今の彼女と付き合ったんですか?」
僕が話を振ると、浜岡先輩は露骨に嫌そうな顔をした。
「やめろよ、俺を巻き込むな」
「いいじゃないですか、教えて下さいよ」
「無理。言いたくない」
その後は、話しかけても無視をされた。
結局、林くんは僕の忠告など全く聞き入れず、その日の帰りに病院へ立ち寄って看護師さんにラブレターを渡し、数日後に返事を聞きに行って玉砕していた。
「シロ~、またフラれちゃったよ」
「だから言ったじゃないですか」
僕は落ち込む林くんを見て呆れながらも
『こんな林くんを理解して受け止めてくれる女の子が、いつか現れてくれたら良いなぁ』
と、心の中で密かに願った。