林くんの恋
林くんは惚れっぽい。
そして、相手と親しくなる前に告白してしまうから、毎回フラれている。
先日も、連敗記録を更新したばかりだ。
そんな林くんが、また新たな恋をしているというので、僕は呆れを通り越して尊敬の気持ちさえ抱き始めていた。
「次は誰を好きになったんですか?」
部活で会った時に聞いてみたら
「陸上部の平田」
という答えが返ってきた。
「平田先輩って、あのメスゴリラって呼ばれてる人ですか?」
僕の発言に、美術室が一瞬で静まり返る。
結局、レタリング部に入った新入生は僕一人だけで、体験入部の時に来ていた二人は美術部の方に入部した。
美術部とレタリング部は一緒に美術室を使っているので、僕達の話は美術部のメンバーにも筒抜けである。
「ヤバいぞ城崎、早く林に謝れ」
美術部の部長をしている浜岡先輩が、僕に危険信号を送る。
レタリングの練習をしていた手を止めて顔を上げると、向かい合わせの席に座っている林くんが、般若の形相で僕を睨みつけていた。
「おい、平田の悪口言うんじゃねーよ」
「えっ? 悪口じゃないですよ。ゴリラってカッコいいじゃないですか」
「平田はカッコいいんじゃなくて、可愛いんだよ」
そう言いながら、林くんは眉間のシワを少しだけ緩めた。
どうやら、平田先輩を貶すつもりはなかったということが、分かってもらえたらしい。
機嫌が直ったようなので、僕は気になっていたことを尋ねた。
「林くん、さっきから一生懸命に書いてるのって、もしかしてラブレターですか? 宛名のレタリング、気合い入ってますね」
林くんの手元には封筒があり、『平田へ』という文字がデカデカとレタリングされている。
よく見ると、『平』の字が一画ずつバナナやリンゴで描かれていた。
「おう。平田はフルーツが好きらしいからな。今、『田』の字を何の果物にしようか悩んでるところだから、ちょっと静かにしてろ」
「平田先輩、フルーツが好きなんですね。ゴリラもバナナとか好きそうですもんね」
再び美術室が静かになり、林くんは机の下で僕の足を思いっきり蹴飛ばした。
「痛っ! 何するんですか! ちょっと浜岡先輩、聞いてくださいよ! 林くんが僕の足を蹴りました!!」
「今のは城崎が悪い」
僕の訴えは、即時却下された。
その数日後、林くんはまた失恋した。
平田先輩には、陰でオスゴリラと呼ばれている、野球部の彼氏がいると判明したのだ。
「オスゴリラより、オスライオンの方がカッコいいと思うんだけどなぁ」
文芸部に頼まれた冊子の表紙に、奇怪なレタリング文字を描きながら、林くんがボヤいた。
「ゴリラとライオンは、種が違いますから」
僕が言うと、林くんはライオンのタテガミみたいな金髪を掻きむしって
「そっかー、だからかー」
と嘆いた。
「やっぱり林くんも、平田先輩のことゴリラっぽいと思ってたんじゃないですか」
「そりゃまぁ、ちょっとは似てるなと思ってたよ。でも、可愛いゴリラだから。普通のゴリラじゃないから」
「僕は普通のゴリラもカッコいいと思いますけどね」
「何、お前ってもしかして、ゴリラ推し?」
「いや、動物だったらパンダ推しです」
「あー、分かるかも。俺も好き。ていうかお前、ちょっとパンダに似てない?」
「……マジっすか。光栄です」
「うん、似てる似てる」
林くんは、まじまじと僕の顔を見ながら、ホラーテイストのレタリングに、パンダのイラストを紛れ込ませた。
「ドクロとかゾンビとかのモチーフに、パンダを混ぜるのやめて下さい。ていうか、文芸部の冊子の表紙のロゴ、そんな気持ち悪くしちゃって大丈夫なんですか?」
「だって、そういう依頼だったんだから仕方ないだろ。なんか、夏に向けて怖い話特集の冊子を発行するんだってさ」
僕は林くんの話に
「へぇー」
と相槌を打ちながら
『じゃあ、パンダのイラストとか絶対いらないよね』
と心の中で思った。
「なぁ、俺にもいつか、彼女できるかなぁ」
林くんが珍しく弱音を吐く。
「高望みしなきゃ、できるんじゃないですかね」
「たとえば?」
「似たようなタイプで探せばいいんじゃないですか? 金髪でピアスだらけ、みたいな」
「えー、俺はそういう女、絶対に無理。黒髪でノーメイクで、酒もタバコもピアスも絶対やらないって子がいい」
「うわぁ、そんなこと言ってるうちは、一生彼女できないですね。とりあえず、鏡をよく見た方がいいですよ」
思わず本音を漏らしたら、また机の下で林くんから足を蹴られた。
「痛っ!! ちょっと、浜岡先輩! また林くんに蹴られました! 今のは僕、全然悪くないですよね?!」
近くにいた浜岡先輩は
「……城崎は、もうちょっと言い方に気を付けろ」
て言って、目を逸らした。
僕は失言が多い。……らしい。
そのせいで、小学校・中学校と、ヤンチャな奴らからボコボコにされてきた。
でも、自分では何が失言なのかよく分からないから、気を付けようがない。
だから、これまでの僕には、親しい友人と呼べる相手が一人もいなかった。
そんなことをぼんやりと思い出していたら
「別に、気を付けなくていいよ」
と、林くんが不機嫌な顔のまま呟く。
「シロは、そのまんまでいい。たまにすげームカつくけど、俺はシロみたいな奴、全然嫌いじゃない」
何だろう。
胸の奥が、やけにムズ痒い。
「僕も、林くんみたいな人は、全然嫌いじゃないです」
と答えて下を向き、僕はレタリングの練習に集中しているフリをした。
こうして林くんは、僕にとって初めての「友達」と呼べる存在になっていった