フェイス&ボディペインティング①
短い秋休みが終わると、学園祭の準備に追われる日々が始まった。
昨年と同じように、林くんは鼻歌まじりに次々と依頼をこなしていく。
「林くん、レタリング好きですか?」
「おう、好きだぞ」
「楽しいですか?」
「おう、すげー楽しいぞ」
「それなら、どうして違う道に進もうとするんですか?」
どさくさにまぎれて進路の話を蒸し返すと、林くんは作業の手を止め、ため息をついた。
「お前またその話かよ、しつけーな! この前は『林くんが選んだ道を応援することにしました』って言ってたじゃねーかよ!」
「それはそうなんですけど、『好きで楽しい』と思ってることなのに、何で仕事にしたいと思わないのかなって、ちょっと不思議で」
僕がそう言うと、林くんは真っ直ぐな目をこちらに向けた。
「あのな、俺は親父の仕事を手伝うようになってから思ったんだよ。仕事として金をもらうには、客の要望にどれだけ応えられるかっつーのが、すげぇ大事なことなんじゃないかなって」
「そうですか? 僕は、客の言いなりになることが大事だとは思いませんけど」
「分かんねぇ奴だな! 『言いなりになる』ってのとは、またちょっと違うんだよ! よそはどうだか知らないけど、うちの工務店は完全に顧客ファーストでやっててさ。ちょっと無理そうだなって依頼の時でも、親父は『どうやったらお客さんの希望に近いものを実現できるか』って考えて、提案して、出来る限り相手の要望に応えようとしてる」
「そうなんですね。だから何だって言うんですか?」
「何でちょっとキレてんだよ! レタリングすんのは好きだし楽しいけどさ、俺は文字から浮かんだイメージを形にしてるだけだから、もしデザイン関係の仕事に就いたとしても、客の要望通りのものなんか描けないんだよ」
「でも、レタリング部に来る依頼は全部引き受けてるじゃないですか」
「それは金もらってるわけじゃないからだろ。俺が好き勝手に描いたって、タダだから誰も文句言わないし、もし『気に入らない』って言われても、『じゃあ他の奴に頼めば?』って返せばいいだけじゃん。でも仕事でそんなことしたら、飯が食えなくなっちゃうだろ?」
「じゃあ、卒業したらレタリングはやめちゃうんですね」
「やめねーよ。紙とペンがあれば、いつでもどこでも描けるんだから。シロにも、暑中見舞いと年賀状は毎年出してやるよ」
「ホントですか?」
「おう。それよりさ、今年はレタリング部でも何かイベントやろうぜ。俺とシロが学園祭で一緒に何かやれるのって、今年が最後じゃん」
「イベントですか?」
「たとえばさ、校舎の壁に貼ったデカい紙に俺が文字をレタリングしていって、そこにシロも絵を描いていく、みたいな」
「二人でライブペインティングをするってことですか? みんなの前で、即興で絵を描けってことですよね……嫌です。ていうか、デカい絵を短時間で仕上げる技量なんて、僕にはありません」
「やる前から諦めてんじゃねーよ!」
「他の案を考えてみるんで、とりあえず今の案は無しにして下さい」
「じゃあ、もっといいアイディアを出してみろよ!」
そう言われても、困ってしまう。
どうしようと頭の中でグルグル考えているうちに、ふと高津さんの顔が浮かんだ。
「ヘナタトゥーはどうですか?」
「は? 何だそれ」
「なんか、二週間くらい消えない染料で、刺青みたいな模様を肌に描くんですよ」
「刺青なんて、学校が許可するわけねーだろ!」
「いやだから、刺青っぽいけど違うんですよ。デザインも、ヤクザみたいな感じじゃなくて、ハワイアンな感じのもあって……」
「お前、さっきから何わけ分かんねーこと言ってんだよ」
「うまく説明できないんで、実際に見に行ってみませんか?」
というわけで、僕は高津さんに連絡を取り、林くんをタトゥースタジオへ連れて行くことにした。
タトゥースタジオの中へ足を踏み入れた林くんは、目を輝かせて
「すげー!」
と言いながら、海とヤシの木が描かれた壁紙に駆け寄った。
「この壁紙の絵、プリントじゃないぞ!」
興奮して騒ぐ林くんの声に、店の奥から高津さんが顔を見せる。
「城崎くん、久しぶり」
と僕に声をかけてから、林くんに顔を向け
「こんにちは、高津です」
と挨拶した。
「林です! この壁紙の絵、もしかして高津さんが描いたんですか?」
強面の高津さんに対しても、林くんは臆することなく質問を投げかける。
「これは俺が描いたんじゃないよ。この店をオープンした時に、学生時代からの友達がお祝いとして描いてくれたんだ」
そう言って、高津さんはアルバムにまとめたタトゥーのデザイン集を林くんに手渡す。
「俺が描いてるのは、こういうやつ」
林くんは受け取ったアルバムをめくりながら、一つ一つのデザインを食い入るように見ていく。
高津さんは待合室のソファに腰掛けると、僕たちにも座るよう促した。
「どうぞ座って。それで、相談したいことって何かな?」
「学園祭のイベントで、ヘナタトゥーをやりたいんです。やり方とか気をつけることとか、いろいろ教えてもらいたいなと思って」
僕の話に、高津さんが難色を示す。
「うーん、ヘナタトゥーは二週間くらい消えないから、学園祭のイベントでやるには不向きじゃないかな。顔や体に絵を描きたいなら、フェイスペインティングやボディペインティングはどう?」
「それって、サッカーのサポーターとかが顔や腕に描いてるやつですか?」
「そうそう、ああいうワンポイントのもあるけど、イベントとかでインパクトを与えたいなら、顔や体全体にペイントしてみるのも面白いかもね」
高津さんは話しながら立ち上がり、タブレットを持って戻ってくると、フェイスペイントやボディペイントをした人達の画像を検索して見せてくれた。
画面には、仮面を付けたようなデザインのペイントをした人々や、ペイントで動物やモンスターのように変貌した人々の姿が映し出されている。
タトゥーのデザイン集を見終えた林くんも、僕と一緒にタブレットの画面を覗き込む。
「何だこれ、すげー面白そうじゃん!」
「そうですね、やってみましょうか」
僕たちは高津さんにお願いして、フェイスペイントに必要な道具や注意点などを教えてもらい、学園祭の企画として、部活の顧問に申請するための準備を始めた。