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林くんの進路

 高二の夏、僕は望月(もちづき)に誘われて夏期講習に申し込んだ。


「大学に行きたいなら、そろそろ本気で受験勉強に取り組まないと! 難関大学を狙う奴らは、もっと早くから始めてるぞ!」

 教師のような口ぶりで望月が言うので

「将来は旅人になるって言ってなかった? それなら学歴あんまり必要なくない?」

 と聞いたら

「旅人なんて、なるわけないだろ! 俺には、科学者になってタイムマシンを発明するっていう使命があるんだから」

 という答えが返ってきた。


「ドラえもんの映画でも観たの?」


「違う。俺が観たのは『バックトゥザフューチャー』っていう古い映画だよ。タイムマシンさえあれば、人生はバラ色になるはずなんだ」


『タイムマシンなんて発明されたら、トラブルが増えるだけなんじゃないか』

 と思ったが、反論するのも面倒なのでスルーした。

 

 夏期講習に通い始めたものの、僕はミニテストでも模試でも酷い点数を取り続けたため、担当講師達は頭を抱えていた。


 夏期講習の最終日、一人の講師から

「城崎、力になれなくてごめんな」

 と暗い顔で謝られたので

「ずいぶん落ち込んでますね。元気出して下さい」

 と励ましたら

「お前のせいだよ!」

 と他の講師達にツッコまれた。


 そして夏休み明けに実施された学校の定期テストでも、例によって僕は平均点以下を連発し、再び補講を受けることになってしまったのである。


 放課後の補講を終えて帰り支度をしていると、教室の前を阿部先生が通りがかった。


 先生は僕の顔を見て

「また補講受けてんのか? お前、ちっとも成長しないな」

 と呆れた顔をする。


「授業は真面目に受けてますし、夏期講習にも通ったんですけどね」


「そんだけ頑張ってもダメなら、どうしようもないな。それよりさ、今年もまた秋休みに合宿やるぞ」


「また伊豆諸島ですか?」


「違う。今年はなんと、ハワイだ!」


「……いくらかかるんですか?」


「格安チケットを使えば、航空券は十万くらいかな。あとは食費とか現地の交通費とかを入れて……十五万くらいあれば足りるんじゃないか? あ、宿泊費はいらないぞ。うちの一族が所有してるコンドミニアムに泊まる予定だから」


「そんな大金、払えませんよ! そもそも行く人いるんですか? 去年の参加メンバーは、僕以外みんな受験生じゃないですか」


「今のところ参加希望者はゼロだ。まぁ誰も行かないなら、俺だけ楽しんでくるから別にいいんだけどさ。林は進学しないし、城崎も暇そうだから一緒に行くかなと思って」


「え? 林くん進学しないんですか?」


「知らなかったのか? あいつ、卒業したら家業を継ぐんだよ」


「家業って……?」


「確か、リフォーム業者とかそんな感じだった気がするな」


「それじゃ、レタリングの才能が発揮できなくなっちゃうじゃないですか!」


「まぁそうだけどさ、仕方ないだろ。林が自分で決めたことなんだから」


「林くん、まだ美術室にいますか?」


「さっき伊藤が迎えに来てたから、一緒に帰ったんじゃないか?」


 僕は、昇降口に向かって駆け出した。



 上履きから靴に履き替えようとしていた林くんを見つけて、大声で呼び止める。


「林くん!」


 林くんと伊藤先輩が振り向き、二人とも笑顔になる。


「おっ、シロじゃん。途中まで一緒に帰ろうぜ」

「シロちゃん補講お疲れー」


「あの、進学しないで家業を継ぐって聞いたんですけど」


「何だよ急に。お前もうちで働きたいのか?」


「違います。そうじゃなくて、何で進学しないんですか? 美大が無理でも、デザインとかアートを学べる専門学校に行けば、林くんの才能が生かせる仕事に就けると思うんですけど」


「は? お前、何言ってんの? 俺は別に美大も専門学校も行きたくないし、昔っから親父の後を継ぐって決めてるんだけど」


「だって、もったいないじゃないですか! せっかくレタリングの才能があるのに!」


「才能、才能ってうるせーな。そんなもん、どうだっていいんだよ。才能で飯食えるわけじゃないんだから」


「食えますよ!」


「そんなの、一部の人間だけだろ? レタリングなんて、パソコンとか携帯のアプリとかで簡単に作れちゃうんだから、わざわざ俺に頼んでくる奴なんかいねーよ」


「でも、林くんにしか描けないものだって、あるじゃないですか!」


「そう思ってんのは、シロと阿部センセーだけだっつーの。お前、ウザいから今日はもう話しかけてくんな」


 林くんは吐き捨てるように言って僕に背を向けると、靴を履いて歩き出す。


 伊藤先輩は林くんに向かって

「林ー、そんなに怒るなよー」

 と声をかけてから

「シロちゃん、またね」

 と僕に手を振って、林くんの後を追う。


 遠ざかる二人の後ろ姿を見送りながら、僕はただ、立ち尽くすばかりだった。

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