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金髪のライオン

 林くんは、僕の一学年先輩だ。

 だけど「林先輩」という呼ばれ方は嫌だと言うので、林くんと呼んでいる。


 それなのに、タメ口で話すと「敬語使えよ」と言ってくる。

 よく分からない人だ。


 彼の描く文字は独特だ。

 レタリングというらしいのだが、文字というよりはイラストみたいだ。


 躍動感があって今にも動き出しそうだったり、静謐な置き物みたいだったり、神秘的だったり。


 美しさや可愛らしさ、荒々しさや猛々しさ、醜さや恐ろしさ、その他いろいろ、何でもかんでも文字だけで描き出してしまう。


 文芸部が発行する冊子の表紙や、校内新聞の見出し。

 教室や廊下に貼られた標語。

 体育祭のクラス旗や、文化祭の立て看板。


 林くんの作品は、学校内のいたるところに出没しては、その存在感を知らしめている。


 そして当の本人も、また別の意味で非常に存在感がある。


 両耳にびっしりと並んだピアスに、派手な金髪。


 普通の高校では許されない格好なのだろうけれど、僕の入学したこの私立高校は『自由と自立』をスローガンに掲げているので、ピアスや髪色を理由に咎められることはない。


 しかし、イカつい見た目で周囲を睨み回している林くんの存在は、寛容な雰囲気のこの高校の中でも、かなり異質な存在だといえる。


 ちなみに、仲良くなってから本人に

「なんでそんなに目つきが悪いんですか」

 と尋ねたところ、強度の近視でよく見えないため、目を細めて見ているだけだということが判明した。


 コンタクトは目の中に入れるのが怖いし、メガネはダサいから掛けたくないのだと言う。


「ピアスだらけの耳と金髪も、まぁまぁダサいですよ」

 と言ったら、ヘッドロックをかけられた。


 どうやら僕は、失言が多いらしい。




 林くんの所属するレタリング部は、美術部のオマケみたいな存在だ。


 部員は、林くんのみ。

 昨年までは。

 今年からは僕も所属したので、部員は二名。


 本来なら部活動として認可されない人数なのだが、我が校の創設者の親族である美術教師の阿部先生が、林くんの文字を大層気に入って、強引にレタリング部を設立したらしい。


 権力を持つ者は、何だってやりたい放題だ。

 汚い世の中である。


 でもまぁ、そのおかげで林くんの才能が埋もれずに済んだのだから、ありがたい話でもある。

 権力者バンザイ。

 というか、阿部先生バンザイ。



 僕が初めて林くんの描く文字を見たのは、入学式の立て看板だった。


 遠目に見た時は、普通の文字が書かれているようにしか見えなかったのだが、近付くにつれて何か違和感を覚えた。

 通り過ぎる際に横目で見て、思わず足を止める。


 付き添いで来ていた母親に

「どうしたの?」

 と聞かれた僕は、黙って立て看板の文字を指差した。


 視線を動かして文字を見た母親は

「何これ」

 と言って、ちょっと笑った。


 デカデカと書かれた『祝 入学式』という文字の一画一画に、生徒らしき人物が描かれていて、それぞれが部活動に励んだり勉強したり、歌ったり踊ったり、弁当を食べたり居眠りをしたりしている。


 さらによく見ると、横に小さく書かれた年度や学校名にも、泣いたり笑ったり怒ったりしている表情豊かな人々が一画ずつ描かれていて、スーツなどのカチッとした服を身につけている。どうやらこちらは教師達のようだ。


 母親と一緒に、立て看板を隅から隅まで眺めていると、背後から声をかけられた。


「それ、面白いでしょ。レタリング部の林って奴が描いたんだ」


 振り返ると、スーツを着た背の高い男の人がこちらを見ていた。


「あ……えっと……」


 突然のことに口ごもる僕に、その人は快活な笑顔で話を続けた。


「新入生でしょ? 良かったら、体験入部の時にレタリング部にも顔を出してよ。美術室で活動してるから」


 僕にそう言ってから、彼は僕の母親に顔を向けて

「美術教師の阿部です。よろしくお願いします」

 と自己紹介しながら白い歯を見せた。


「あ、先生だったんですね。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 母親が頭を下げる横で、僕も軽く会釈した。


 阿部先生に見送られながら校舎へと向かう。


「ずいぶん爽やかな先生ねぇ。美術教師っていうより、体育の先生って感じ」


 母親の話を右から左へと聞き流しながら、僕は密かにレタリング部へ入部することを心に決めていた。




 体験入部の初日、レタリング部の活動拠点である美術室に顔を出すと、顧問の阿部先生が熱烈に歓迎してくれた。


「そうかそうか、城崎はレタリング部に入りたいのか。やっぱりあれか? 林の描いた入学式の看板を見て興味を持ったのか? あれ、なかなかインパクトあったよな! おかげさまで、今年は城崎の他にも入部希望者が二人もいるんだよ」


 阿部先生は満面の笑みで僕の背中をバシバシ叩きながら、美術室の奥にあるテーブルを指差す。


 そこには、硬い表情でうつむいている新入生らしき男女と、椅子にふんぞり返って座っている、金髪の男子生徒がいた。


 そちらへ近付いて行くと、金髪くんが険しい目でこちらを睨みつける。


「林、この新入生も入部希望だってさ。」


 阿部先生が僕の背中越しに声をかけると、林と呼ばれた金髪くんは

「ふーん」

 と気のない返事をしてから、テーブルの側に突っ立っている僕に向かって

「座れば」

 と言い、彼の隣にある椅子を引いてくれた。


「あ、どうも」

 と言いながら椅子に座り、僕は気になっていたことを尋ねた。


「あの、林先輩ってライオンをリスペクトしてるんですか?」


 その瞬間、向かい側に座っていた二人が息を飲んだ。


 何かまずいことを言ってしまったのだろうか。


 落ち着かない気持ちでソワソワしていると、呆れたような声で金髪くんから話しかけられた。


「お前、何わけ分かんないこと言ってんだよ。あと、先輩って呼ばれるの嫌いだからやめろ」


「あ、そうなんだ。じゃあ、林くんって呼ぶね」


「何タメ口きいてんだよ! 敬語使え!」


「あっ、はい。分かりました。で、さっきの話なんですけど、林くんの髪って金色だし、ツンツン逆立っててタテガミみたいじゃないですか。だから、ライオンを意識してるのかなって思って」


 僕の説明を聞きながら、林くんはまんざらでも無さそうな顔をする。


「何それ、カッコいいってこと?」


 別にカッコいいとは全く思っていなかったけれど、否定すると面倒なことになりそうだったので

「まぁ、そんな感じです」

 と適当に答えておいた。


「ふーん、お前いい奴じゃん。名前は?」


「城崎ケントです」


「じゃあ、シロって呼ぶわ」


 何か犬の名前みたいな呼び方だな、と思ったが、林くんが機嫌の良さそうな顔で笑っていたので、まぁいいかと思い直して了承した。


 こうして林くんと僕の間には、友情らしきものの芽が、ひょっこりと芽生えたのである。

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