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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

金魚

作者: 壱原 一

美しい友人がおりました。


まろい額に麗らかな丘を描く眉、なめらかな鼻筋と星粒の様な鼻先。清泉を湛える瞳に、淡雪めいた頬と輪郭が続き、梅の花弁に似た唇が微笑むと、春光の煌めきさながらです。


長らく親しい私は元より、付き合いの浅い周りの者、偶然すれ違った赤の他人達でさえ、友人の美貌にうっとりし、たちまち笑顔を浮かべます。


晴天が快いように、薫風が好ましいように、新芽や生き物の子が愛らしいように、ほぼ全ての人々が、友人の容姿と丁重に接します。


友人の人格もまた、たいがい丁重に接せられましたが、残念ながら、多くの人がしばしば経るのと同じ頻度で、無下にされる事もありました。


そうした苦難に見舞われる際、とても残念で、実のところ、何の理由にもなりませんが、友人の苦難は、友人の美しさ故に、殊更に過酷で、陰湿で、ある程度以上の理解を決して得られず、事によっては遭遇した苦難そのものを、客観的な根拠なしに否定されるようでした。


就職を機に居住地が離れ、徐々に音信の間が開いて、最後にやり取りしたのは何年前の事でしょう。


配偶者と縁が絶え、子を連れて実家へ身を寄せて、パートタイムの仕事から急ぎ帰宅する宵時に、暗がりから嬉しげに名を呼ばれ、懐かしい友人の声だと、すぐに判別がつきました。


姿を探して見た先は、住宅が並ぶ狭い道。先の十字路の方に、街路灯が1つ光っていました。


紛う事なき友人のしなやかな影が立っていて、するするすると進み来て明らかになった容姿を見て、私は声なく失禁し、卒倒して路面へ頭を打ち、はっと気が付いた時には、病床に寝かされておりました。


最後にやり取りした折、友人は今までで随一の苦難に直面し、飼っている金魚に慰めを得て、金魚にならんと願う日々だと剽軽に嘆いておりました。


両側から頭蓋が押され、余った皮が中央で立ち、伸ばされてひらひらしていました。


はみ出した両目は真ん丸に、口はぱくぱく空気を吸って、顎下に走る隙間から、しぶき混じりに抜けていました。


左右にめくれた喉の裏側が、赤くゆらゆら揺らめく様は、正しく金魚の尾ひれでした。


水に艶めく鱗のように、全身をぬらぬらと濡らし、友人は泳ぎ来たのです。


連絡先は不通になっており、ご実家は越しておられました。


私は己の不人情を、今でも悔んでなりません。


せめて呼び返す位の気概を示せなかったものでしょうか。


あれほど晴れ晴れした友人を、ついぞ見た事がありませんでした。



終.

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