7.攫われた縁
幼児趣味な表現が出てきます。
新平がいなくなった縁はあれからも必死で仕事を探した。
だが、見つかったのは見世物小屋か娼館くらいだ。
前者は 異国人はまだまだ珍しがられるから。
後者は 異国のしかも子供など価値が高いから。
それも仕事を探して歩いている時に声をかけてきた。
前者は燕一座の近くで興行をしていたため、直接燕に交渉に来た。
「異国人はまだまだ珍しいですからね、地方へ連れていきゃ人気者間違いなしですよ」
そう言って揉み手をしながらベラベラと話す男に対して、燕は無言で立ち上がるとさっと右手を挙げた。
ひゅっと音がして、男の頭頂部が寒くなった。
お剃るお剃り触ってみると、髪がない。
下には男のものであろう髪が散らばって落ちている。
「ひぃいいいい」
と叫び声をあげると、スパッと男の帯が切られている。
横にはにやりと笑う伴次。
「さあさ、お帰りはあちらだよ」
そう言って俵担ぎのおみつ婆が男を担いで外へとほおりだした。
「なにしやがる~~何がっぺっぺっ」
屋根の上からお軽が塩を撒いている。
「覚えとけっ」
男はそう棄てセリフを吐いて逃げていった。
「あんたたち、やりすぎじゃない?」
そう言ってあきれる燕に「姐さんが言うな!!」と全員が突っ込んだのは無理もない。
男は燕たちの事を興行一座を取り仕切っている親分に訴えたのだが、相手にされず、興行も早々に終了させられ追い出されてしまった。
燕は親分に縁と新平の事を話しており、単なる預かり子ではなく、高田様から託された客人であることも告げている。
それに加えて異国の風貌で苦労している幼い縁を見世物にしようとする根性が親分の気に障った事も大きかった。
後者は一座の所で眼鏡をはずし、手ぬぐいもとっている縁を偶然見た。
少し調べてみると、仕事を探しているという。
娼館には男女両方あり、身分の高い者の中には幼い少年を好むものもいる。
毛色の違う縁ならあの方たちのご希望にそえると思ったのだ。
縁が一人になる時を狙い、後をつけまわした。
伴次やお軽はその気配に気づき、燕も縁から目を離さないよう一座の皆で注意をしていたのだが、
お軽とお使いに出た際にやられた。
お軽が買い物をしてお釣りを受け取ろうとした時、店の者がお釣りを落としたのだ。
慌てて拾うお軽と縁だったが、店の者が「こちらにもありました」と言ったのに気を取られた一瞬、縁は口をふさがれ、裏道に引きずり込まれた。
突然の事で驚いた縁は、その後暴れまわったのだが、相手はびくともしない。
お軽が慌てて縁の名を叫んでいるが、その声がどんどん遠ざかっていく。
自然と涙がこぼれる。
(おいらはなんて弱いんだろう。悔しい)
その時、新平の事が思い浮かんだ。
(ここで攫われちまったらもう二度と新平には会えねえ)
そう思うと逃げなければ、と思い、ひたすら暴れた。
突然暴れ始めた縁に驚き、人攫いは思わず縁から手を放してしまった。
その隙を見逃さず、縁は男の足元をくぐって逃げ出した。
「まてっ!」
人攫いも慌てて縁を追いかけてくる。
お軽に習ったように塀の上まで登り、ひたすら走る。
一度捕まりそうになった時は、いつも持ち歩いている石礫を眉間に飛ばして逃げ出した。
だが、所詮子供の足、大人でしかも人攫いをやっているような男とは距離を詰められていった。
行き止まりの道で、縁はじりじりと男に詰め寄られていった。
「このガキ、姑息な手を使いやがって」
そう言って近寄ってくる。
石礫はもうない。
いつもなら連携している新平もいない。
もうだめだ、と目をつぶったとき、どさっと音がした。
恐る恐る目をあけると、杖を持った爺様が一人立っている。
人攫いは何故か倒れて気絶しているようだ。
「そこの子供や、こやつは知り合いかね?」
「ううん、全然知らない人、おいらいきなりこいつに攫われた」
そういうと、爺様は少し怒ったような顔をして懐からひもを取り出すと男の手足を縛った。
「一緒においで」
そう言われてついていくと、少し大きめな門をくぐり、平屋の建物へと向かっていく。
「あ、先生」
建物を掃除していた若者が立ち上がって挨拶をすると、爺様は
「平野はきておるか?」
という。
「平野様ならいらしてます」
「ならすぐに呼んできておくれ」
「はいっ」
若者が走って建物に入って行くと、すぐにもう一人の男と一緒に戻ってきた。
「先生、何かありましたか?」
「おお、平野、すまんがそこの行き止まりの路地に男が一人倒れておる。
そやつはどうやら人攫いらしくてな、すまんが頼まれてくれるか?」
「人攫い!わかりました。
菅野、すまんが近くの詰め所に行って何人か連れてきてくれ。
俺は男を捕まえてくる」
そういうと平野、と呼ばれた男は急いで外へと走って行った。
菅野と呼ばれた若者も素早く外に走って行った。
詰め所にいる警備隊に伝えに行ったのだろう。
「さて、後の事は平野に任せたとして、お前さんの名前は?」
「縁」
「縁か、良い名じゃ。
お前はどこのうちの子供じゃな?」
「青空燕一座で世話になってる」
「ほう、一座の見習か?」
「ううん、都で仕事を探しに連れてきてもらった」
そうかそうか、と爺様は縁を連れて平屋の奥にある家へと縁を連れて行った。
縁側で座布団とお茶とお菓子を出され、縁はそれをいただいた。
食べながら、爺様は縁の事を聞いていった。ているうちに
優しく話を聞かれているうちに、ぽかぽかした縁側でお腹もいっぱいになり、追いかけられた疲れもあったのかそのまま眠ってしまった。
「旦那様」
「ああ、眠ってしまったな、よほど疲れたのであろう」
「こんな幼い子供を攫うだなんて、まったく」
様子を見に来た女中のおつたはそう言ってそっと縁を抱き上げて布団に寝かしてくれた。
その後の事を縁は知らないが、あの人攫いの男から娼館までたどり着き、幼い子供を攫って慰み者に
していたものまで全員が捕縛され、処刑されたという。
使いの者から縁が見つかった事を聞き、親分に付き添ってもらい燕は爺様の所へやってきた。
「この度は縁を助けて頂きありがとうございます」
「いや、あの子の運がよかったのだろうよ」
「それでもあの子が無事で本当によかった」
燕はそう言って何度もお礼を言った。
「ところで、縁をわしの所に預ける気はないかえ?」
突然の申し出に燕も親分も驚いて顔を見合わせた。
「あの子はこの国ではまだ珍しい異国の風貌をしておる。
今までそれを隠して生きてきたのではないかね?」
「そうです、あたしたちとはほんのひと月ほどですが、その間も外に出るときはずっと眼鏡をして手ぬぐいで髪を隠しておりました。
そうでもしないとすぐに絡まれて、何度もいやな思いをしてきたんですよ」
「そうであろうな、だからな、自信をもってそのままの姿で生きていける強さを持たせてやり達とはおもわんかね?」
「それは、まあ・・・でも」
「燕、この方は剣術道場の先生だよ。
それもかなり有名な、そんな人が縁を助けてくれるってんだ、いい話じゃねえか」
親分がそう言ってくれたが、燕は煮え切らない。
「何か心配があるのかね?」
「はい、できればあの子自身に決めさせたいと思うんですが、駄目でしょうか」
「いや、では縁自身に決めてもらうかね」
「お願いします」
「万が一この話をお断りするってえなら、子供の一人くらい俺の所でみてやるよ」
親分がそう言ってくれたこともあり、縁自身が選択をすることになった。