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2、初めての選択

虐待や暴力、暴言の描写があります。


 「おっかあ、行ってくる」

「気を付けていっておいで」

縁、と名付けられた少年は長屋皆に見守られながらすくすくと成長していった。


権平も漁師として今まで以上に働き、お静も縫物などを請け負い、家族3人でつつましく、だが楽しく暮らしていた。

縁は前髪を目よりも下にのばし、その髪も染め粉で黒に染めるようにしていた。

更にいつも手ぬぐいを巻くようにしていた。

長屋の子供たちもそれを知っていたが、同じ長屋仲間として仲良く暮らしていた。

5歳を過ぎた頃、1歳上の新平が「一緒に小遣い稼ぎしよう?」と誘いをかけてきた。

漁師の住む長屋からすぐ近くに、海に流れ込む小さな川がいくつも流れていた。

そこでとれる貝を拾い、町まで売りに行くと子供の小遣いくらいにはなる。

学問所に行ったり、仕事を始める子供たちが道具をおさがりとして渡してくれるのだ。


そうして、長屋の大きな子供たちから道具をお下がりしてもらい、新平と縁は日が昇る前から川に行き、貝を拾った。

初日だけは長屋の子供が付き添い、自分の回っていたお客に紹介してくれるのだ。

「縁はあまり表に出ない方がいいな」

付き添ってくれた新平の兄、勝太はそう言った。

「どうしてだよ」

「髪や目の事でいろいろ言われたら困るだろう?変な奴に声をかけられたり、目をつけられたりしたら大変だからな」

長屋に住む住人は皆、縁の見た目が目立つことを知っている。

子供たちも大人から縁の容姿を外で口外しないようにきつく言われている。

髪の色を変え、目の色を隠していても、目立つ容姿なのは間違いないのだ。


今回、貝売りを始めるときも、権平たちから縁をあまり人に会わせないように言われていたのだ。

なるほど、と思ったのだが、新平にばかり負担がかかってしまうことを縁は気にした。

「拾い物屋の忠助さんがな、縁は待ってる間、周囲の物を拾ってきてくれってさ」

そう言って小さな背負子を渡してくれた。

「新平のいるところから離れるなよ」勝太はそう言って縁の頭を撫でた。


始めは早起きもつらく、身体も疲れ果ててしまったが、慣れてくると段々貝を沢山とることもできるようになってきた。

縁の拾い物も、忠助に教わり、役に立ちそうなものを見つけて拾うことができるようになってきた。


半年ほどたったころ、忠助が縁に眼鏡をくれた。

どこかの番頭さんが踏んづけて少し歪んでしまったものらしい。

長い事つけていたので、これを機に新調することにしたらしく、たまたまその店に来ていた忠助に渡してくれたそうなのだ。

「権平さん、これに少し黒い染料を塗ったら縁の目の色もわかりにくくならねえかな」

「そうだな、そしたら前髪で隠さなくてもよくなるかもしれんな、忠さん、いいのかい?」

「ああ、いつも縁がいろいろ拾ってきてくれてありがたいからな。最近は結構いい物を拾ってきてくれるんだよ。そのお礼だよ」

そう言ってもらった眼鏡は、縁の目の色をうまく隠してくれた。

だが、前髪をあげてしまうと顔の作りがわかってしまうため、今度は口に手ぬぐいを巻き付けることにした。


貝拾いも1年もすれば慣れてきた。

回る時間も早くなり、戻ってきてから時間が余るようになり、二人は海岸で漁の手伝いも始めた。

と言っても、戻ってきた権平たちの船を掃除したりすることくらいだったが、新米漁師などは手伝ってくれることに喜んでくれた。


その頃から、母お静が咳をするようになった。

始めはけほけほと乾いた咳が続き、そのうち微熱が出て、寝込むことが多くなった。

そんな母の為に、縁はご飯の支度や洗濯を長屋のおかみさんたちに手伝ってもらい、何とかこなすようになった。

玄安に診てもらったのだが、どうやら悪性の風邪のようで、お静は段々と衰弱していった。


「お静、お静、逝かねえでくれ」「おっかあ、おっかあ」

「あんた、縁を、縁を頼むよ。縁、幸せにおなり」

お静はそう言って二人が見守る中、静かに息を引き取った。


葬儀はしめやかに執り行われた。

権平が全く役に立たなかったため、差配である弥平が取り仕切った。

長屋のおかみさんたちや、権平の漁師仲間も集まり、皆の見守る中、お静は埋葬された。


「おとう、朝ごはんだよ」

「・・・・」

「おいら、貝拾いに行くから。起きれたら食べておくれよ」

縁がそう言って声をかけるが、権平は横を向いたまま起き上がる様子もない。


はあ、とため息をつきながら、縁は新平と貝拾いをしていた。

「縁、おっちゃんは?」

「今日も起きてこなかった」

「おばちゃんが亡くなってもうひと月だろう?そろそろ仕事に行かねえとまずくないか?」

「うん・・・」

「今日帰ったら差配さんに相談してみろよ」

「そうだね」


だが、弥平がいくら諭しても、権平が仕事に出かけることはなかった。

その代わり、浴びるように酒を呑むようになった。

縁が稼ぐ小遣いはすべて酒代に消えた。

それでも足りずに、権平はツケで飲み歩き、瞬く間に借金ができた。

縁は貝拾いと、拾い物以外にも自分にできる仕事は何でも引き受けた。

だが、まだ子供の縁の稼ぎはたかが知れており、家賃の支払いすらできず、滞納が続いた。

そのうち、ツケがたまり、酒が飲めなくなると、権平は縁に暴力をふるうようになった。

「誰のおかげでここにいられると思ってるんだ。

俺が拾ってやらなきゃおめえは今頃土の中なんだよ!

拾ってやった恩くらい返せるだろうが!その汚らしい髪でも売ってこい」

そう言って何度も殴るのだ。

縁は小さくうずくまり、権平が疲れて寝てしまうまでじっと耐えるのだった。


ある日の朝、弥平が縁と新平を

「今日は網元様の所に呼ばれている。一緒においで」

「でも、今日の仕事が・・・」

「大丈夫だ、新平も一緒に来るかい?」

「もちろん、おいらは縁の友達だからな」

そう言って新平は縁にむかってにかっと笑って見せた。


網元の家につくと、広間に案内された。

縁は覚えていないが、拾われたときに連れてこられた部屋だ。

あの時と同じように、網元と高田様、平次が座っていた。


「久しいな、弥平」

「はい、お久しぶりでございます」

高田が声をかけると、弥平は頭を下げて挨拶をした。

「その子か?あの時の子は」

「はい、縁と名付けました」

「ふむ、してそのメガネは?」

「目の色がわかりにくくなるようにかけさせております」

「そうか、いろいろ工夫しておるのだの」

「はい、目立てばどのような目に合うかわかりませぬので。して、本日のお呼びはいかがしましたでしょうか?」

「うむ、網元」

「はい、弥平よ、お静が亡くなってからの権平の事、聞いておるぞ」

「いや、誠に面目なく・・・」

「漁師元からも権平が漁に出ておらぬと報告は受けておってな。

状況は聞いている。海の男ともあろう者がなんとも情けない事だ」

「・・・・」

「あまりにもひどいので、高田様に報告をしたのだよ」

「さようでしたか」

弥平は気の毒そうに縁を見た。


「それでな、高田様より一つ提案されたことがあってな。

縁に選んでもらおうと思って呼び出したのだ」

自分の名前を言われ、縁は驚いた顔で網元を見た。


「縁よ、都に行ってみないか?」

「都?」

「そうだ、ここよりも人は大勢おるし、他国からの人も多い。

おまえの容姿もそんなに目立つ事もないだろう」

「おとうは?」

「権平は根性を叩きなおすために遠洋での漁に連れていく。

心配せんでも自分で自分の借金を返していくさ。

わしもよ~く見張っといてやる。安心せい」


「縁、行くのか?」

新平が心配そうに聞いた。


縁の選択肢は二つ。

このまま網元が根性を叩きなおす間も今までと同じように暮らしていき、いずれ漁師になること。

都へ行き、新たな生活を始めるのか。


「縁、お前が選ぶんだ。どんな選択でも自分で選ばねばならんのだよ」

弥平がそう言って背中をさすってくれた。


「おいら、都へ行く。行っていいのかい?」

「もちろんだ。ではそのように手配しよう。

弥平、それまで縁を頼めるか?」

「もちろんでございます」

「今日から権平はここに隔離しておくのでな、安心しろ」

網元の言葉通り、権平は屈強な遠洋漁業に出る漁師に囲まれ、網元の屋敷で軟禁された。


長屋までの帰り道、ずっと黙ったままだった新平が口を開いた。

「なあ、差配さん、おいらも都にいけねえかな?」

「ん?何をしに?」

「おいら・・・大工になりてえんだ」

「大工だと?お前のおやじは漁師じゃないか、お前の兄たちも漁師だろう?」

「あのさ、寺の修繕に来た大工がいただろう?格好いいなって・・・。なりてえって

おとうにもおかあにも言ってないんだけど、縁には話してたんだ。大工になりてえって」

「そうか」

「縁と一緒に都に行って、おいらは大工の修行をしながら縁の面倒を見るから」

「そうさな、一度網元様に聞いてみてもいいかもしれんな。縁も心強いだろう。

新平、本当にいいのか?家から出て修行するのは大変だぞ?」

「縁が一緒にいるなら大丈夫だよ」


弥平から話を聞いた高田と網元は新平の都行きを承諾した。


高田はこのあたりの州を治める役についている。

各地で流れ着いた他国の者を把握し、きちんと生活できるようにする役目も受け持っていた。

王の方針で、他国から流れ着いた者がいずれ国に戻れるように尽力するようにしていたのだ。



高田様は関八州様をイメージしています。

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