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1、流れ着いた小舟

新作始めました。


 「お静ちゃ~ん、どこにいるんだ~い」

暗い砂浜に声が響く。

「ああ、早まってなければいいんだけど・・・」

お静の隣りにすむお勝がそう言いながら、くらい海岸を見回していると、ふと、白い物がうつった。

大急ぎで走っていくと、探していたお静がふらふらしながら歩いていた。

「お静ちゃん!よかった、見つかって」

「お勝さん・・・」

「夜の海風は体を冷やしちまうよ。帰ろう」

そう言ってお静の肩に手をやると、お静はフルフルと首を横に振った。

「お静ちゃん?赤んぼうが・・・赤ん坊が泣いてるの」

「赤ん坊?」

「あの子かもしれないわ、ああ、また聞こえた」

そう言うとお静はお勝の手を振り払って走り出した。

「まって、お静ちゃん!」

慌ててお静を追いかけると、お静は海岸に流れ着いた小舟を覗き込んでいた。

「どこかから流されてきたんだね」

お勝もお静に続いて中をのぞくと、一人の女性が横たわっていた。


「ちょっと、あんた、生きてるのかい?」

お勝は慌てて女性の口元に手をかざすと、随分と小さいがまだ呼吸が感じられた。

「差配さんに知らせなきゃ、お静ちゃん、あんた・・・って、それ、赤ん坊じゃないか!」

お静の腕の中には見た事もない布にくるまれた赤ちゃんが抱かれていた。

「お腹がすいているみたいなの、お乳をあげてもいいかしら?」

お勝は少し悲しそうな顔を見せたが、

「ああ、そうだね、そうしておやりよ。あたしはひとっ走り云って、差配さん達を呼んでくるけど、それまで一人にして大丈夫かい?」

「大丈夫、一人じゃないから」

そう言ってお静は笑っていた。

お勝はそれを見て、長屋に走って行った。


しばらくして、お勝は差配である弥平と、長屋の連中を連れて戻ってきた。

赤ん坊は眠っているのだろうか、お静はニコニコしながら腕の中を眺めていた。

「まずはこの女性を長屋まで運ぼう、皆頼むぞ」

弥平の指示で戸板に女性を乗せると、長屋まで慎重に運んでいった。

その後ろをお静とお勝がついていく。


長屋には町医者の玄安がすでに来ており、女性の診察をした。

「だいぶ衰弱がひどいな」

「助かるかな?」

「わからん」

玄安はとりあえず薬を取り出し、女性に与えた。

だが、物を飲み込む気力も体力もつきかけているようで、半分くらいしか口に入らなかった。

突然ガラリ、と扉があき、「ごめんよ」 そう言って入ってきたのは長屋に住む御用聞きの平次だった。

「おお、親分、待ってたよ」

「それで?海に流れ着いてたんだって?」

「ああ、お静が見つけたらしい」

「そうかい、この国の者じゃないな」

「ああ、だから急いで親分に来てもらったんだ」


女性の容姿はこの国では見た事のない茶色の髪をしており、衣服も見た事のない物であった。

更に、うなされる女性の言葉が全くわからない。

「異国の人だろうな」

「ああ、初めてみたよ」

「都には結構いるらしいがな」

「こんな田舎ではまだ見かけないからな」

「異国人でも骨格や皮膚なんかはわしらとかわらんな。素材は同じなんだな」

玄安が変な所で感心していた。


「それから、赤ん坊が一緒に乗っておったようでな」

「その子は今どこに?」

「お静が、お静が面倒を見てる」

弥平の言葉に平次は そうか と一言つぶやいた。


お静は1週間ほど前に出産をして子供を産んだ。

だが、その子は産声をあげることもなく、亡くなってしまったのだった。

生きる気力を無くしたかのように、お静は憔悴しきっていた。

そして、今日、夫の権平がお静がいなくなったことを知らせたため、長屋の皆で探していたところだったのだ。

お静は亡くなった赤ん坊の為に用意していた物を使い、赤ん坊の面倒を見ていた。

赤ん坊は特に問題もなく、元気に過ごしていたが、女性の方は日々衰弱していくばかりだった。

それでもお静が赤ん坊を連れてくると、嬉しそうな表情を見せた。


「あの人はこの子のお母さんじゃない気がするわ」

「あたしらもそう思う」

お静と長屋のおかみさんたちはそう感じていた。

だが、赤ん坊を大切に思っていた事は間違いないようだ。

小舟を捜索した平次が持ってきたものが、おそらく水の入った入れ物だったようで、自分は飲まずに赤ん坊に水分を与えていたらしいと、玄安と平次の推測だった。


数日後、女性は静かに息を引き取った。

このままにしておくわけにもいかず、平次が手配して荼毘にして寺で供養してもらうことになったのだが、いずれ誰か身内の人に渡せるかもしれない、という事で彼女の髪を一房切り取り、水の入れ物と赤ん坊をくるんでいた布とを遺骨と共に大切に保管してもらう


「権平、お静、網元がお呼びだ」

弥平がそう伝えると、お静はおびえたように赤ん坊をしっかりと抱きしめなおした。

「悪いようにはなされないだろうよ。私も一緒についていくから」

平次がそう口添えをすると、権平がお静を促した。


網元の屋敷に付くと、広間に通された。

漁師として網元の下で働く権平は、今までここに通されたことはなく、ビクビクしていた。

お静も不安そうに赤ん坊を抱きしめている。

お互いに声も出せずに座っていると、網元と平次が入ってきた。

もう一人腰に刀を差した人物も一緒に入ってきた。

弥平たちが慌てて頭を下げると、「よいよい」 と言って手をひらひらさせてそれを止めた。


「さて、平次から話は聞いた。その赤ん坊を見せてはくれないか?」

網元の言葉にお静はびくっと体を固くした。

「お静、悪い事はしねえから、安心して赤ん坊をお見せしな」

平次の言葉にお静の視線がうろうろと彷徨っていると、権平がお静の側に来て手を出した。

「俺が連れていくよ。大丈夫、必ず守るから」

夫の言葉にお静はかすかにうなずくと赤ん坊を権平に手渡した。

権平は赤ん坊を受け取ると、そのまま網元の側まで近寄り、赤ん坊を手渡した。


「ほう、これは・・」

網元が見た赤ん坊の髪は軽くふわふわとした金色をしていた。

そして、こちらを見つめる目は海のように碧かった。

「異国人じゃの」

腰に刀を差した侍がそうつぶやいた。

「高田様、いかがしましょう」

侍は高田、というらしい。

「網元はどう思う?」

「この容姿では目立つでしょうな。都に連れて行ってしかるべきところに預けるとか」

「ふむ、それも一理あるな」

「お待ち下せえ」

慌てたように権平が声をかけ、頭を下げた。

「その子はお静が面倒見ておりました。どうかこのまま面倒見させてもらえねえでしょうか」

「権平・・・」

「私からもお願いします。大切に大切に育てますので」

お静も権平の横に来ると同じように頭を下げた。

「だが、髪の色も、目の色も違うのだ、お前たちの子だとは誰も思わないぞ?

いわれのない事を言われたり、誹謗中傷を受けることもあるだろう、それでもいいと?

それに、子を育てるには金がかかるぞ?」

「働きます沢山。今よりももっともっと。

は、その、自分の子がこの間死んじまって・・・。お静もずっとぼんやりとしてて・・・。

それが、この子が来てからお静が楽しそうにしてて、それを見てると俺も楽しくて、その、この子がかわいくなっちまって・・・」

「「お願いします」」

二人はさらに深く頭を下げた。

弥平も二人の横に移動すると、同じように頭を下げた。

「私からもお願いします。この子の容姿については何とか隠します。

長屋の皆もきっと協力してくれます。私が責任をもって権平たちを見守ります」

「「差配さん・・・」」


「高田様、網元、長屋には私もおります。権平たちに任せてみませんか?」

「う~ん、だがな」

網元は首をひねったが、

「よいではないか、身元の保証は網元がすればよい。

何か問題が起きて手に負えなくなれば私がでよう」

「よいのですか?」

「まあ、縁があったのだろう?だが、身内が見つかったり、素性が分かった場合は手放してもらうことになることだけは肝に銘じておけ」


流れ着いた子供は権平夫婦の子供として育てられることになった。

金髪は丸刈りにしてしまった。

弥平から話を聞いた長屋の皆は、権平やお静の為に協力することを約束した。

子供は “縁”と名付けられた。

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