プロローグ
"思えばこの日は、朝から何か変な感じだったかもしれない"
と、後に彼は言う。
実際はいつもと変わらない、なんて事ない朝なのだが。
朝起きてから浴びる日差し、寒い時期故に出るな出るなと魔法をかけてくる布団とその布団を無理やり剥いでくる悪魔が一人…そこになんの違いもなく。
「早く起きなさいってば。あんた今日が何の日か分かってるの。」
「分かってるってば……別に時間決まってるわけじゃないんだからもう少しゆっくりさせてよ…」
寒さ故か生理現象か、ぶるぶると体を震わせながら大きく欠伸をする。
窓を除けば日差しに見合った太陽がこんにちは。
下へ向かった母より遅れて2分弱、彼も居間へと階段を下りていく。
食卓には既に仕事着に着替えてる父と、パンを頬張る妹がいた。
「おはよう父さん。」
「おう、おはよう。今日は大事な日だろ。たらふく食っていけよ!」
「分かってるよ。母さん、俺もパン。」
「はいはい。」
妹の横の椅子を引き、いつもより慎重に座る。
ぼーっと家を出る準備をしている父を眺めながらパンを待っていると、横から視線があることに気づく。
まあ妹だが。
「…なんだよ。」
「べっつにぃ〜。どうせお兄には聖剣なんて抜けるわけないんだから変な期待したって無駄だっての。」
「む、失敬な。」
と、少量の怒りを露わにする俺とは対照的に「わっはっは」と笑いながら父は玄関へと歩いていく。
途中、妹の頭へとポンと手を置いて──
「分かんねぇぞ、こういう奴が実は──」
「え、やめて気持ち悪いから。」
全て言い切る前に手を、こう、ペいっと払い除けられる。
というかさっきの俺よりも怒気含んでないか、妹よ。
払い除けられた手と妹を交互に見てから、クスンと泣いて玄関へと再び向かってく父の背中は酷く傷ついていた。
"ドンマイ、強く生きてくれ父さん"
と、行ってらっしゃいを言うのも忘れて心の底から同情したのであった。
今よりおよそ1000年前、世界に突如魔王が現れた。
魔王はその暴虐の限りで魔人と魔物を従え、次々に侵略を始めた。
当時はお互いに領地争いをしていたヒューマン・エルフ・ビースト、そしてそんな争いに関わることは無かったドワーフ・マーメイドの五種族が手を取り合おうとも、その進軍を止めることは叶わなかったのだ。
そうして滅びを待つしかなかったヒューマンの国ブレイアに、それは現れた。
光り輝く剣を携え、空から青年が降ってくる。
まるで天の祝福のようにも見えたそれは、今にも防壁を破壊して侵略を始めようとする魔物の軍を一人で消滅させた。
彼は己を勇者と名乗り、魔王を打ち倒すと宣言した。
その力は強大であり、次々と侵略軍を討ち滅ぼす。
そうして彼の名が広まり、世界は彼を最後の希望として送り出したのだ。
それが現状この星の最大規模の戦争─聖戦だ。
五種族と魔王軍による激しい衝突、その中を勇者は駆け抜けて魔王と対峙する。
2人は激しい死闘のすえ、相討ちという形で幕を引いた。
そうして役目を終えた聖剣は降臨の地ブレイアの城へと飛翔し、深き眠りについた。
これがこの世界で最も有名な神話──「神魔大戦」である。
そしてこれは嘘物語というわけではない。
なぜなら──ブレイアの城には誰にも抜けない聖剣があり、次代の魔王が今まさに侵略を始めているからである。
「勇者…ねぇ。」
表通りを堂々と歩いて行く。
本来なら学校があるので補導されて捕まるのがオチだが、今日は彼にとって特別な日なのだ
──次代の魔王、これが数年前に突如として名乗りを上げた。
そしてそれと呼応するかのように、ブレイアの城にあった開かずの扉が独りでに開いたのだ。
その中身こそが聖剣である。
ブレイアの王は今一度勇者の力が必要なのだと思い、国民へとある命をくだした。
『18歳以上の者は城へと赴き聖剣を手に取ること』
至極単純なものである。
18歳以上という指定は勇者が降り立った際、18歳であったかららしい。
しかしその命が下されてから今まで、聖剣を抜いた者は一人としていない。
というよりそもそもの話、
「勇者って空から聖剣降ってきたんならまた降ってくるんじゃないのか。」
これもまた当然の疑問である。
実の所勇者についての情報は全くと言っていいほど少ない。
降ってきた、男、18歳、強い、金髪。
現在分かっている情報はたったこの5つである。
そも聖剣を抜けという行為自体が合っているのかすら分からない。
だが皆、その名声を欲して聖剣を望むのだ。
───と、意味もない疑問を頭で整理してるうちに彼は城へと到着する。
「……誕生日同じな人いないわけ?」
スタスタと入口で受付を行っている騎士へと近づいていく。
「すみません、今日で18歳になりました。アラン・クロニアスです。」
受付での身分証明の後、城へと入る許可を貰った。
門番の騎士からの圧が強く、思わずお辞儀をしながら小走りで入ってしまった。
中に入ると案内役の騎士がいた。
見るからに好青年と言った性格をしており、その肉体もまさに騎士の模範と言えるべき美しさがある。
「今日は他に18歳の子がいねくてね。楽な日なのさ。」
「……まじっすか。」
ブレイアは広い。
人口はおそらく現在の人間の総人口の7割がこの国にいるだろう。
勇者の登場が話題となった時、多くの人間が勇者の庇護を求めてブレイアへと移り住んだのが理由である。
そんな国の同年代の中で自分1人が誕生日の日が存在しているのだ。
"これって……ひょっとしてひょっとするのでは!?"
淡い期待を胸に抱きながら長い長い廊下を歩く。
「そこで食べたカゥレェーという料理が───おや、もう着いたようですね。」
「……ここが。」
「はい、聖剣が眠る場所。選別の洞窟です。」
そこはあまりに不釣り合いだった。
豪華絢爛な装飾が散らばめられていた廊下、その突き当たりの奥にこれまた煌びやかで大きなドア。
しかしその中が問題だった。
先程騎士がその名を口にしたように、中は洞窟となっている。
薄暗く、奥は目を凝らしてもよく見えない。
何故か、何か、どうしてか、嫌な予感と言葉にできない高揚感がして体が身震いを起こした。
「ああ、中は暗いですが一本道になっていて、道が無いと言ったことはありませんのでご安心を。」
「……」
「それでは……これより選別を。」
そう言って騎士は扉の横へと陣取り、門番として存在した。
何時までも立ち尽くすわけには行かないので、意を決して洞窟へと入る。
「……少し寒いな。」
場内はそこそこの温かさだったというのに、この洞窟に入った途端に寒気を感じる。
弱気を押し殺して足で道を探りながら前へと進んでいく。
1分ほど歩いたところで、光を見る。
「あれ、が……聖剣か?」
あんなにも眩い光を放っているというのに何故か洞窟は暗く見えるままなのだが、見えてしまえば楽勝であった。
アランは先程よりも少し早い足取りへ光へと近づいて行った。
近づき、近づき、近づき、そしてようやく
「────え?」
その異常に気がつく。
「なん……だ、これ。」
確かに聖剣は光輝いていた。
この暗い洞窟の中、「俺はここだ」と言わんばかりの眩さだ。
そう、それが……聖剣が刺さっていたはずの台座の傍らで捨てられたように落ちていたとしても。
「抜けてる……の、か?」
おそるおそる、聖剣へと手を伸ばした。
手と剣の距離が近づいていくごとに動悸と震えが激しくなる。
ズクン、ズクンとうるさい鼓動をなんとか我慢し、その柄を握った。
忽ちに聖剣は光を拡散させる。
発光が終わった後、寒く暗い洞窟はその光を受けて暖かく、光を取り戻していた。
「えと……これは……そのー?」
そう、問題なのはその発光が洞窟の外にまで届いていたことだ。
それにより先程の案内兼門番役の騎士が「なにごとか!?」と勢いよく扉を開けてこちらを見てきたのだから。
「聖剣が……抜けている…?」
「あ、そのこれはですね!」
ガッと、地面が硬い岩肌であることを気に止めることなく、膝をつく。
「お待ちしておりました……お待ちしておりました!新たなる勇者様!」
「い、いやこれは違くて!あ、待って待って!通信魔法使わないで!?」
「こちらアルド!こちらアルド!たった今勇者様が誕生なされた!名をアラン・クロニアス殿、今日たった1人の挑戦者だったお方だ!」
「聞けよ人の話ぃ!!?」
とまあ、これがこの物語の始まりである。