ひであきという名前
皮を剥がれるという怖い夢から目を覚ますと僕は信じられないくらいの汗をかいていた。着替えをしようと思ったが服がリビングに置いたままだったので取りに行くとお父さんがコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。僕を見るなり慌てて近づいてきて
「どうしたんだ?そんなに濡れて?」
「大丈夫だよ。ちょっと汗をかいただけだから。」
「いや、ちょっとってレベルじゃないぞ?」
「少し怖い夢をみたからかな。」
「そうか?」
お父さんは心配そうに聞いてきたので話を変えようと
「お父さん、今日は仕事に行かないの?」
「……ああ。今日は午後から行けば良いんだ。」
「そうなんだ。」
普段は僕が朝起きても既に仕事に行っていて僕が寝た後に帰ってくるくらい忙しいお父さんだから、あまり話が続かない。
「最近、学校はどうだ?」
「ああ、そういえば道徳の授業で名前の由来について調べるって言うのがあったんだけど、僕はおじいちゃんがつけてくれたんだよね?」
「ああ、そうだよ。というか、そんな授業があったならもっと速く言いなさい。それでなんて答えたんだ?」
「おじいちゃんがつけてくれた名前だけどおじいちゃんが死んでしまったのでわからないですって言っておいた。」
「なんともつっこみにくい答えだな。
まあ、先に着替えなさい。おじいちゃんから聞いた名前の由来なら覚えてるから。」
「はい。」
僕が着替えると僕の分の朝ごはんが準備されていた。
「悪いな、簡単なものしかなくて。」
「僕だけだったらパンだけとかだから嬉しいよ。いただきます。」
僕が食べ始めるとお父さんが
「昔、小早川秀秋という戦国武将がいたんだ。
彼は豊臣秀吉の甥っ子で、晩年に秀頼という後継者が生まれるまで子供のいなかった秀吉の後継者として育てられていた人だったんだ。小さな頃から色んな大人に囲まれて子供が飲んではいけないお酒とかも飲まされたりしてたらしい。
結局、秀頼の誕生により秀秋は豊臣家から追い出されてしまい小早川家の養子になった。戦国時代の終わりとなる関ヶ原の戦いで秀秋は豊臣家を守ろうとする西軍と徳川家康率いる東軍の戦いの中で西軍を裏切り東軍に寝返った。この寝返りを皮切りに次々と寝返る武将が出て西軍は負けてしまったんだ。」
「今までの話を聞くとあまり良いイメージがないよ?」
「そうだね。秀秋はこの戦功により徳川家康から藩という今で言えば⚪⚪県みたいな所の一番偉い藩主という役割を貰う事になるんだ。でも、小早川秀秋は21歳くらいの時にお酒の飲み過ぎが原因とか色んな説はあるけど死んでしまったんだ。」
「やっぱりダメな人だよ?」
「お父さんもそう思ったよ。でも、おじいちゃんはそうは思ってなかったみたいだね。秀吉という天下人の家系に生まれたくさんの人に利用されたというのもある人だけど、幼少期には蹴鞠や芸に才能があったりしたとも言われてる人だったらしい。正しい育ち方をしていたなら天下人の後継者としても問題ない人物に育っていたのではないかと言われていたらしいね。朝鮮出兵もしていたし、関ケ原の戦い前には重要人物として石田三成や大谷吉継等から関白の位を貰って裏切らないように慰留させようとされていたというのもある。結局、秀秋は裏切って大谷吉継の陣に攻め込んだ上に石田三成の居城の佐和山城攻めにも加わっていたらしい。人物として優秀な人物だったと思われる史実はたくさんあったわけだ。
そういう意味で正しく育ってほしい、才能に恵まれた人物になって欲しいという思いからその名前を付けたと聞いたよ。小学生には難しい話だから今のひであきにはわからないかもしれないけどね。」
「おじいちゃんはなんでそんな難しい名前を付けようと思ったの?」
「由来こそ難しいが強い気持ちのこもってる名前なんだよ。小早川秀秋は裏切り者やあんまり良いイメージの人としては語られないがその時代を一生懸命に生きた人だったという事は忘れないようにしてくれたらおじいちゃんも嬉しいと思うよ。」
「うん、わかった。」
僕は正しく育つというのがどういう事かもわからなかったけどおじいちゃんが思ったような様な人間になれるようになろうと思った。