にゃっぴっぴ1/3
そんな名前の子がうちのクラスに1人いる。先生も彼女をそう呼ぶし、本名だ。
「ねえ、にゃっぴっぴ1/3さん」
派手なピンク色の髪の、たぶんギャルだ。
「名字はどこなの?」
あたしが聞くと、にゃっぴっぴ1/3さんは飲んでた牛乳からストローを口で抜いて、それでこっちを指すようにしながら、にぱっと笑った。
「にゃっぴっぴ1/3が名前ッスよー?」
「いや、だから、名字と名前はどこで分かれるの?」
「人の名前ってー」
彼女は自信たっぷりに言った。
「名字と名前に分かれないといけないって、誰が決めたんッスかー?」
いや、日本人なら普通はそうだろう。っていうかよく知らんけど世界中そんなもんじゃないのか? 誰が決めたのかは知らんけど。お前は本当に日本人なのか? 本当に地球人なのか?
「じゃ、親の名前は何ていうの?」
「お父さんが『高橋英夫』、お母さんが『北村柚希』ッスねー」
「普通の名前じゃねーか! っていうかなんで両親の名字が違うんだよ!? 籍入れてないの? あ……ごめん」
離婚したんだな、とあたしはようやく気がついた。
「だって両親、ウチの本当の親じゃないッスからねー」
「両方かよ!? せめて片方本当の親にしろよ! それじゃまるで……あ……ごめん」
孤児だったんだな。養女なんだなと気づいて、謝った。
「ウチ、ハーフなんッスよー」
「いや、それ両親とも名字が違うことと関係ないだろ! それに両親とも日本人名だったろ!? 何人と何人のハーフだよ!?」
「1/3ほど、猫の血が入ってるんッスよー」
「猫!? 猫の血が混じってるの!?」
「はいニャー」
そう言って両手を猫みたいにして、またにぱっと笑う。
「ちょっと待って! 1/3ってどういうこと? ハーフなら1/2、クォーターなら1/4なんじゃないの? き、奇数って、どういうこと!?」
「話せば長くなるんッスけど……」
泣きそうな顔に見えた。
あ、もしかしてたとえば純血日本人とドイツ韓国ハーフとかの間に産まれたら1/3って呼ばれるのかな? と、後から気づいたこともあったけど、でもそれよりも、なんだか辛いことを話させようとしている気がして、あたしが「あ、無理に話さなくてもいいんだよ」と言いかけると、彼女は話し出した。
「もともと高橋と北村のハーフだったんッスけど、そこに間から猫が割り込んで来たんッスよー」
「高橋と北村のハーフって何!?」
「ツッコむとこ、そこッスかー? 猫はいいんッスかー?」
「あ! 猫の血が入ってるなら……、もしかして、にゃっぴさん、猫の言葉わかる!?」
「人の名前を勝手に略さないで欲しいッスー」
「通訳してほしいねこちゃんがいるの! 今日、学校帰り、付き合って!」
彼女と2人でバスを降りると……。いた! 春によく似合うふわふわな白い毛に、背中にパンジーみたいな色の乗ったねこちゃんが、運良く今日も、るんるんと鼻唄を歌いながら歩いていた。
「ねこが鼻唄歌ってるッスー」
「そうなのよ。あの子、最近たまによく見るの。鼻唄を歌うねこなんて珍しいでしょ?」
「なかなかいないッスよねー」
「あの歌が何の歌なのか、聞いてみてほしいの」
「なんでそんなこと聞きたいんッスかー?」
「だってもしあれが猫の世界のヒット曲だったら、我々の猫に対する常識が覆ることにならない? 猫の世界にも社会があって、音楽産業があって、猫は知的生命体だということになるのよ!?」
「よくわかんねッスー」
「いいから! ほら! 聞いて来てよニャッピー!」
「勝手になんか愛称つけられちったッスー」
嫌がるようなくねくねとした動きをしながらも、にゃっぴっぴ1/3さんは歩いて行った。横目でチラリと見ただけで通り過ぎて行こうとするねこに、話しかけた。
「にゃーん」
するとねこが振り返り、言った。
「るるー?」
「にゃっ、にゃっ、にゃー。なお、なお、なぁーお。ふみ、ぐるるっ、ぷきっ?」
「ふるるー、ふーるるー!」
「なぁ〜お! ……んにゃ、ぷりぷり、ぷるるん、ふみらか、にゃ?」
「るるっふー! るるっふー!」
「にゃん☆」
「るるっ♡」
会話が終わったようで、ねこは上機嫌でまた鼻唄を歌いながら去って行った。戻って来たにゃっぴっぴ1/3さんに私は聞いた。
「どうだった!? なんだって?」
「わかんねーッス」
「ええ!? あんなに話が弾んでたのに!?」
「ハーフだからって混じってる血の国の言葉が喋れるとは思わないほうがいいッスよ?」
「猫語、喋れねーのかよ!?」
「楽しかったッス」
にゃっぴっぴ1/3さんはそう言うと、楽しかったお礼らしき飴ちゃんをひとつ私にくれ、ちょうどやって来たバスに乗り込み帰って行った。
猫の国にヒット曲があるのかどうか今日もわからず終いだった私が呆然としながら飴ちゃんの外袋を剝いていると、足下に何かが落ちているのに気づいた。
「あ。学生手帳だ……。にゃっぴっぴ1/3さんが落として行ったのかな?」
拾って、中を見てみた。
彼女の写真の下には『高村すず』と書いてあった。あたしは思わず叫んだ。
「高橋でも北村でもないじゃん!」