ジルベール!?
フロイの部屋に落ち着くと、ジルベールは待ち構えていたかのように話しを始めた。
「マクマナラ先生から現在の世界の状況を聞いてずっと考えていました。僕はマクマナラ先生に教えて頂くまで、ガルボ帝国が100年前の状態で継続していると教わってきました。旅立ちが決まった後も、誰も現在の世界の事を教えてくれる者はいませんでした。ただ、今朝父に会った時、すれ違う程度の時間でしたが、世界は広いから気を付けろと言われました。父は何か隠しているように感じましたが、それについて聞く時間はありませんでした」
「誰も教えてくれなかった?」フロイは驚いた。
「ええ、僕たちの国には学校がないとお話ししましたが、次の国王となる僕に何も教えてくれないのはおかしいと思われませんか?」
「君は、次期国王なのか?」フロイは目を瞠った。
「そうです。四年前に占星術で決定しました」
「占星術?」
「ここだけの話ですが、魔法の国には占星省という部署があります。占星省には未来が見える予見の者がいて、その者が国王を選びます。先々を見通して国の為に最も良い働きをする王を選ぶのです。その決定は覆せません。なぜなら見た未来を変えることはできないからです。国民には占星術で選ばれたと発表されます」
「そうなのか…」フロイは信じられないという顔をした。
初めて聞く話に僕も驚いた。
「しかし、四年も前に決まっていたのに、何も教わってないのはおかしいな」
「先生もそう思われますか?」
ジルベールは魔法の国の何人の人が本当の事を知っているのだろうと考えた。王と大臣が知らないはずはない。では、なぜその事を公にしないのだろう。今まで疑うことのなかった魔法の国に疑問を覚えた。
しばらく沈黙が流れた。
「参考になるかわからないが…」とフロイは立ち上がると、一冊の本を持ってきた。タイトルは『セゾンの歴史と予言』となっていた。
「セゾンの歴史と予言…?」ジルベールはタイトルを読んだ。
「これはある方から頂いた本だが、この星がたどったと思われる歴史が予言とともに記されている。ずいぶん昔の学者が書いたものだ。私にこの本をくださった方は、もし私の前に魔法の国に疑問を持つ者が現れたらこの本を見せて欲しいと言っていた。君がそうなのかわからないが、疑問に思うのなら読んでみるといい」
フロイはジルベールに本を渡した。
著者を見て僕は驚いた。著者はイリアス・トルケーノとヤーコブ・ローダンの共著になっていた。
フロイは驚いた僕を見て「知っているのか?」と聞いた。
ノートの事は話せないので「先日ある本で、ヤーコブと言う人の『宇宙の穴』の話しを読みました」と答えた。
「クラシスは宇宙に興味があるんだね」フロイは口元を緩めた。
「この本の中にも『宇宙の穴』が書いてあるよ。それは『天降祭』という儀式と大いに関係があるらしい」
「天降祭についても書いてあるのですか?」天降祭と聞いてジルベールがフロイを見た。
「ああ、実に興味深いことが書いてあるよ。この本には予言と天降祭のことが書かれている。それを作者の空想と取るか、真実と思うかは読み手次第だけどね。現在世界ではこれが真実として動いているようだ」
「それはどういうことですか?」
「それはシートラスに行ったらわかるよ」フロイはシートラスに行けばもっと詳しいことが聞けるはずだと言った。
「わかりました。この本をお借りしてもよろしいですか?」
「いいよ、君が知りたいことの参考になるかわからないけれど、セゾンの歴史と天降祭で起こることを知るのには良い本だよ」
「ありがとうございます。では、部屋に戻って読ませて頂きます」
ジルベールはフロイに礼を言って部屋を出て行こうとしたので、僕は慌てて後を追った。
ジルベールは一緒に部屋を出ようとする僕を見て「クラシスはお父さんと一緒にいても良いよ」と言った。
「僕もその本を読んでみたいんだ」僕はフロイに「また、明日」と言ってジルベールと寮に戻った。
『セゾンの歴史と予言』はハイマンとヤーコブとイリアスが『神の国』で化石を見つけた話しから始まっていた。
見つけた化石の欠片をつなぎ合わせると、予言のような文章が表れたとあり、ぼやけた写真が載っていた。
予言は古代文字で彫られているようだ。次の頁に現代語に訳したものが載っていた。
□□□□陽アルテ□ 我らが星セゾン
□□□□□□□より この地に来る
□□□□五百年毎に 穴開き 星降る□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□の日 天降祭とし 乗り越える力となる
□□五百年 星降るも 憂いなし
二の五□□ 星降りて 二つの星合わさり 太陽アス□□なる
太陽アルテ□□□き星 アルテナに□□□消える
アルテ□□□ゾン 時止り 逆□す
□□□百年 星降りて 大地は荒れ 月生まれる
四の五□□ □□る時 終わりの時
時□□□ 赤き髪の女産みし者
その者 彼の地へ導く□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ところどころ空白のある文章だったが、書かれている事はわかった。
その内容に驚いて、思わず二人で見つめ合ってしまったくらいだ。
僕たちは慌てて先を読んだ。
本の内容は、この予言についての推察が書かれていた。
穴から星が降ってくる日が天降祭と呼ばれること。
星とは隕石のことだ。
天降祭が近づくと、突然宇宙空間に穴が開き、そこから隕石が降ってくると書いてあった。
宇宙空間の何も無いところに突然穴が開くことがあるのだろうか?
月が出来たのが前回だから、今度の天降祭はその次の『四の五□□ □□る時 終わりの時』となっている。この『終わりの時』をどう考えるか。二、三の状況から考えると星がセゾンと衝突するという最悪の事態が考えられると書いてあった。
その最悪の事態を救うのが『赤き髪の女産みし者』と思われるが、ヤーコブ達は、それが誰を指しているか不明と書いていた。
僕は父のノートに書かれていた、ヘマが赤い髪の女を捜していた意味がわかった気がした。
ヘマはその女の人を見つけたと書いてあった。
父イリアス達が、神の国の城ですれ違ったという、第三王子の赤毛の少年がその人物だったのだろうか?
彼には神魔が見えて話しも出来ていたはずだ。
ハイドを見ていてわかるけれど、神魔はどの種族よりも優れていて強い能力が使える。そんな彼らが付いていながら神の国は何故戦争に負けたのだろう?
第三王子は現在どうしているのだろう?と疑問がわいてきた。
最後の頁に化石を鮮明に写した二つ折りの写真が挟んであった。
ヤーコブやイリアスの時代に、こんなに綺麗に写るカメラはなかったと思うので、この本をフロイに渡した人が挟んだと思われた。
写真を開いて見ていると、頭の中で写真には写っていない部分が見えてきた。
化石の全文が見えた気がした。
「これは・・・!」ジルベールの驚く声が聞こえた。
「ジルベールにも見えるの?」
「クラシスも見えるのか?」
「読めないけれど、化石の全部が見える!」
ジルベールは写真を見ながら少し考えていた。
「そうか、この写真に魔法が掛けられているようだ」
「魔法?」
「お爺さまの魔法の色が見える」
ジルベールがそう言ったので、僕も改めて写真を見ていると、お爺さまの魔法の匂いがした。
「本当だ、お爺さまの魔法の匂いがする」
お爺さまの魔法だと二人が思った瞬間、その写真は目の前からスッと消えた。
「消えた!」僕が驚いていると、
「たぶん・・・この本をマクマナラ先生に渡したのは・・・お爺さまだ・・・僕たちが写真を見ると消えるようになっていたのかも・・・」とジルベールは言いながら頭を押さえた。
「ジルベール?」
ジルベールの様子がおかしい。
「ジルベール?」もう一度呼んでみた。
ジルベールは頭を押さえたまま「急に頭がクラクラしてきた・・・。今日は朝から忙しかったから疲れが出たのかも知れない。悪いが先に横になることにする。クラシスもほどほどにして休んだ方がいいよ」
ジルベールは少しふらつきながらベッドに横になった。
僕は心配になりジルベールの側に付いていたが、しばらくすると寝息が聞こえてきたので、安心して僕も寝ることにした。
ジルベールはベッドに横になり目を閉じた。目を閉じても予言の文字が目の前にあった。化石の写真を見た時から頭の中がモヤモヤしていた。
目を閉じても消えない予言をじっと見ていると、古代文字が読めることに気が付いた。驚いて見ていると、化石の全体が見えてきた。それは何処かの壁に掛けられていた。側に女の人が立っている。ジルベールは肖像画でしか見たことがなかったが、その人物はお婆さまだと思った。
そういえばお母様が昔言っていたことがある。お婆さまが勤める占星省の壁に予言があると・・・。
これはお婆さまが見せているのだろうか?
ぼんやりとした頭の中に、今度は母の姿が映った。
ジルベールは意識が肉体から離れていると感じていた。
ジルベールの意識は魔法の国に移動していた。そして、ヴォルテハイム家の居間にいる母とヘラを見下ろしていた。
「お姉様、どうされたのですか?」
突然訪ねて来た姉にヘラが尋ねた。
「ヘラ、しばらくこの屋敷に泊まることにしたからよろしくね」
相変わらず上から目線で話す姉のローザに、「No」とは言えないヘラ。ローザと夫の公爵は自他共に認めるくらい仲がいい、その夫を置いて家を出てくるなんて考えられなかったが、「公爵と喧嘩でもしたの?」と聞いた。
「違うわ。あなたが城を出た後、ガージナル連邦国家が使節を送ってきたの」
「ガージナル?何ですの?」ヘラには聞き覚えのない国の名前だ。
「昔のガルボ帝国よ」ローザの顔が歪む。
――― 母の話を聞いたジルベールは、やはり両親はガージナル連邦国家の事を知っていたんだと思った。―――
ガルボ帝国と聞いてヘラは緊張した。「ガルボ帝国が何のために?」
「ジュネル王女とクラシスを人質によこせと言ってきたのよ」
「ジュネル王女とクラシスを?何のために?」
「ヘラ、あなたは十五歳になってすぐ家出したから覚えていないと思うけれど、お母様の家系は予見の家系なのよ。そのことでお母様は占星省に行くことになったわ」
「それはこの屋敷に戻ったときにお父様から教えてもらったわ。お母様は占星省に行かれて、しばらくして亡くなられたと聞いたわ」
「お父様はお母様の事について、他に何か言っていた?」
「亡くなられたと言うことだけだったわ」
「そう・・・」そう呟いて、しばらくローザは考えていた。
「ヘラ、お母様が亡くなった本当の事を教えてあげる」
「本当の事?」
「お母様の能力はとても強かったわ。かなり先の事まで見えていたらしいの。お母様が占星省に赴任して、しばらくして王を替えるよう予見したわ。国の王は占いで替わるようになっているから、そう言われたら替わらなければいけなかった。王は替わったわ、でも次の王はお母様が予見した王ではなかった。なぜなら予見する前にお母様は亡くなったから」
「予見をする前に亡くなったの!」
「そうよ」
――― ジルベールも知らない事だった。―――
「前王が殺したの?」
「違うわ。王は次の国王の名前を言われるのを待っていた。でもその言葉は無かった。お母様は前王の前で突然苦しんで亡くなられた。お母様の周りには前王の他に占星省の人や大臣がいたけれど、苦しむお母様の側に近づくことも出来なかったそうよ」
「!!」
「じゃあ今の王様は・・・」
「自分の死を予見していたお母様は、亡くなる少し前に、ライサ様に新王の事以外の全てを伝えて、次の予見者として指名されたそうよ。ライサ様はお母様の従姉にあたる方だわ。ライサ様には次の王が見えなかった。たぶん、これは私の想像だけど、次の王の名前を出すことが魔法の国の為にならないとお母様が思われたから、お母様の能力で見えないようにしたのだと思う。ライサ様は事前にお母様から見えないときは前王に決めて貰いなさいと言われていたらしいわ。それで仕方なく前王が自分の長男を王にしたの。そして予見の家系から正妃を迎えた。そして王の弟には私を迎えた。現在の占星省にいるライサ様は王妃の母親よ。前王は身内に予見の者を置くことで、不可解なお母様の死の真相がわかるかも知れないと思っているのよ」
「知らなかった・・・」
「お父様が亡くなって、この家が貧乏になっても取り潰しにならないのは、予見の家系だからよ」
「だからジュネル王女とクラシスなの?」
「たぶん・・・、予見は女系に引継がれるみたいだから」
「ガルボ帝国はどうしてそのことを知っているの?」
「この国に裏切り者がいるからよ」
「裏切り者?誰です?」
「それはわからないわ。でも、いるのよ」ローザは断言した。
「お姉様の勘。ですか?」
「勘?そうね勘だわ」
「お姉様の勘が良く当るのも家系だから?」
「そうかも知れないわね。クラシスに女の子として出席するよう招待状を送ったのは私よ。あのパーティの少し前にお母様が夢に出てきて、クラシスを女の子にしなさいと言ったの。あの時点で、予見の家系の女の子はジュネルだけだったわ。あくまでも私の推測だけど、お母様は予見の家にはまだ女の子がいますよ、とお城に思わせたかったのかもしれないと思ったわ」
「嫌がらせかと思っていたわ・・・」ヘラが小声で呟いた。
「なに?」
「何でもないわ」慌ててごまかす。幸いローザは気付いていないようだった。
「幸いジュネル王女とクラシスはアカデミーに逃げたみたいなので、しばらくは大丈夫と思うわ」
「アカデミーに逃げたのね」ヘラはホッとした。
「二人は逃げたから良かったんだけど、予見の家系には私たちも含まれるのよ。王妃はバカな王が守ってくれると信じるとして、私たちも狙われていると考えないといけないわ」
「えっ!私にそんな能力は無いわ」
「能力は現在の方が亡くなる前に引継がれるみたいなの。占星省にいらっしゃるライサ様は、もうかなりのお年らしいから、私たちがいなくなれば、王妃かジュネル王女にその能力が移ると考えられるわ」
「じゃあ、私たちは殺されるの」
「大丈夫よ、この屋敷は、お母様が亡くなった時、お父様が私たちを守る結界を張ったのよ。だから私はここに逃げてきた」
「エバンシル公爵は知ってるの?」
「彼には全部話しているわ。私が逃げるとき確認したら、何処かに雲隠れすると言っていたわ」
「心配じゃないの?」
「大丈夫よ。私の勘が大丈夫と言っているから」
「そういえば、姉さんの勘はよく当るものね」
「ふふふ」
会話はここで途切れた。
気が付くと、目の前に亡くなったはずのお爺さまとお婆さまと母がいた。
ジルベールはまだヴォルテハイム家の居間にいたが、時代を遡ったようだ。
――― これは母の記憶の中かもしれないとジルベールは思った。何故母の記憶を覗いているのかわからなかったが、母が何かをジルベールに告げているのだと思った。―――
お爺さまとお婆さまの年齢はわからないが、母は十代に見えた。
「ロブ、ローザ、城から召喚状が来たわ」
お婆さまが青ざめた顔で二人の前に、手紙を開いて見せた。
「召喚状?」ローザが怪訝な顔をする。
「ロブは私が予見の家系の出身だと知っているわよね」
「ああ、だがサラ、お前には予見の力は無かったのではないか」
「私もついこの間までそう思って過ごしてきたわ。でも違ったの。この能力は持ってる方が亡くなる前に次の人を予見して引継がれるの。為政者に取り込まれることのないように、次の予見者は直前までわからない様になっているみたい。私も知ったのはつい最近だわ。前任の方が病気になられたらしいの、その方が教えてくれたのよ『次はあなたよ』って。もう私には新しい力が見えているの。だから召喚がかかったの」
――― ジルベールは、これはお婆さまが占星省に行かれる頃の事だと思った。
お婆さまが占星省に入られたのは二百五十年くらい前と聞いているから、かなり昔の出来事を見ているようだ。―――
ジルベールの祖母サラフィーネの家は未来が見える予見の家系だった。代々女の子にその能力は現れた。
「ねえ、ロブお願いがあるの」深刻な顔でロブを見る。
「なんだ」
「占星省に行ったら、もう帰って来れないわ」
暗い顔で話すサラの様子に「そんな事はないだろう」と不安を感じながらも否定をするロブ。「いいえ、私には見えるの。もう帰れないって」サラの絶望的な声が聞こえる。
「本当なのか?私の力でもダメなのか?」
「ダメよ、私は前の人より多くのものが見えるみたい。とても困った問題が起こるの。そのことで私は命を落とすわ。それは私が予見者と決まったときから動き始めているの。変えられないわ。」
「見えない振りをしたらどうだ」
「それもダメなの。前の方が「次の予見者はサラフィーネ・ヴォルテハイム」ともう予見してしまったから・・・。それでね、ロブとローザにお願いがあるの。ローザは近いうちにエバンシル公爵から求婚の申し込みがあるわ。あなたはそれを受けて結婚して欲しいの。エバンシル公爵はとても良い方だわ。あなたもすぐ好きになるわ。でもね、子供には長い間恵まれないの。だけど心配しないで子供は必ず授かるわ。とても魔力の強い男の子よ。いずれ王に選ばれる運命の子よ。この子の名前はジルベールと名付けて欲しいの」
「ローザの子にジルベールと名付けるのだな」とロブが答えると、ローザも「わかったわ、お母様」と頷いた。
「それから、人族の国に行ったヘラはもうすぐ魔法が使えるようになるわ。どうして使えるようになるかはわからない。でも魔法が使えるようになるから、使い魔を使って様子を見るだけでなく、ロブあなた自身も時々ヘラのところに行って様子を見ていて欲しいの」
「わかった。ちょくちょく見に行くことにするよ」
「それから、ずっとずっと先の話しだけれど、人族の国と神の国で戦争が起きるわ。裏切り者が現れるのよ。だから裏切り者がこの国に来られないように神の国の入り口を塞いで欲しいの」
「神の国で戦争?裏切り者?」ロブとローザは驚いた。
「私は神の国の予見者と心が通じているみたいなの。神の国の予見者の方がそう教えてくれたの。これは極秘事項だから、誰にも悟られないように秘密裏に行って欲しいとも言っているわ」
「わかった。神の国に間者を送り込んで様子を見ることにする」
「お願いね。約束よ」
「約束だ」
ここでまた時間が動いた。
場所は同じヴォルテハイム家の居間。
お爺さまとお母様とヘラと小さなジルベールがいる。
まだ本当に小さくてよちよち歩いている。
小さな僕はヘラを見ていた。
目を離さずにじっと見ているので、お爺さまは不思議に思い「ジルベールどうしたんだ」と僕に尋ねた。
「じじさま、ヘラおばちゃまのおなかが、らいねんといってるの」
覚えたばかりの言葉を使って伝える。
お爺さまは驚いて「ヘラのお腹?」と僕に聞いている。
小さな僕は「うん、くろいかみ、ゆびわのいろのめのこ」と教える。僕の指はお爺さまの指にあるアメジストの指輪を指していた。
お爺さまは驚いて、「ジルベール、このことは誰にも言ってはいけないよ」と僕の頭をなでながら目を見て言った。僕は大きく頷いていた。
僕はそのことを誰にも言わなかった。母にも言ってない。
母は予見の家系なのか、妙に勘が働くことがある。お爺さまは僕もその傾向が少し有るのかも知れないと疑ったが、予見の能力は女の子にしか出ないと伝わっていたので、偶然だろうと思ったようだ。
また、少し時が飛んだ。
お爺さまと、お母様とヘラと僕とクラシスがいた。
僕は五歳くらいだ。
部屋の隅でボソボソ話しをしているクラシスを僕は見ていた。
今日こそクラシスに聞いてみようと思っていることがあった。
でも迷っていた。
僕はお爺さまに聞いてみることにした。
お爺さまを母達やクラシスから離れたところに連れて行って、「お爺さま、クラシスがいつもお話ししている男の子はだあれ?」と聞いた。お爺さまは驚いて「見えるのか?」と聞かれたので「だって、いつもいるのに誰も紹介してくれないから、クラシスに聞こうと思っているんだ」と言ったら、「これはお爺さまとジルベールの秘密だ」と言って、また誰にも話してはいけないと言われた。
そして「ジルベール、お前達は選ばれた子供だ。何があってもクラシスを守るんだぞ」と僕の頭をなでた。僕が「わかった」と頷くと、「いい子だ。ジルベールとお爺さまとの約束だよ」とまた頭をなでた。
お爺さまは僕に魔法を掛けたのかも知れない。
お爺さまに話してから、その少年は見えなくなった。
「目を覚ませ、ジルベール」
お爺さまの声が聞こえた。ジルベールは身体が少し軽くなった様な気がした。
不思議に思っていると、お婆さまが現れた。
「ジルベール目覚めたのね。良かったわ。ロブの魔法は強いから、目覚めないかと思った。でも、もう少し時間が必要ね」お婆さまはにっこり微笑むとフッと消えた。
「お婆さま・・・?」
声に出ていたようだ。
「ジルベール?」クラシスの声が聞こえた。
目を開けると、心配そうに覗き込むクラシスの姿が見えた。
窓の外が淡い色に染まって見えたので、もう朝が近いと思った。
赤い目が開いて僕を見た。
「ジルベール?」
もう一度声を掛ける。
ジルベールはフッと我に返ったように「何でもない、夢を見ていたようだ」とゆっくりと身体を起こした。
ジルベールの様子が少し変わったように感じた。魔力が強くなっている。そんな気がしてまじまじと見つめてしまった。
「どうした?そんなにうなされていたか?」
「うん、でも、大丈夫ならいいや」僕はジルベールから目をそらした。
そんな僕を見てジルベールは笑ったようだ。
「もう朝だね。空が白んできている」
ジルベールが先にシャワーを使うと言ったので、僕はその間、フロイに借りた本をもう一度読むことにした。
僕がシャワー室から出た頃には、空はすっかり明るくなっていた。
身支度を調えたジルベールは、僕が机に置いたままにしていた本を見ていた。
「クラシス、夢の中にこの化石が出てきたよ」
「夢に化石が?」ぬれた頭をタオルで拭きながら聞く。
「昔、母に聞いたことがあるのを思い出した」
「化石のことを?」
「占星省にあると聞いた」
「占星省に!」
「たぶん『神の国』と『魔法の国』に同じ物があったと思う。そして『神の国』の物が化石となって現れた」
洋服に袖を通していた僕の手が止った。
「どうして?・・」
「僕の想像だけど、次の天降祭の予言が衝撃的な内容なので、誰かが故意にその内容を人族に知らせようとしたのかも知れない。だからその部分だけを化石として公表されるようにしむけた」
そういえばヤーコブもそんな事を言っていたような・・・。
「夢の中にあの写真と同じ化石が出てきて、不思議なことに現代語訳になって見えた。夢の中にお婆さまが出てきたから、お婆さまの記憶が見えたのかもしれない」
「記憶が見えた?」僕は驚いた。
「お婆さまの事を思ったら浮かんで来た。もしかしたら新しい能力なのかも知れない。まだ曖昧だから誰にも言わないでね」
「わかってる。魔法省のうるさいのは知ってるから、絶対に言わないよ」
魔法が使えない僕が少し魔法が使えると申告したら、どんな魔法だとしつこく聞かれたことがある。指先にほんの小さな(蛍程度の)明かりを点すことが出来たから申告したのに・・・結局笑われて終わった。
洋服を着終わった僕は、ジルベールから予言を教えて貰った。
あの飛び飛びの予言が完全な形で再現されたものを聞いて、思わず「すごい!ジルベール」と叫んでいた。
僕の興奮とは違い、ジルベールは「予言の全文が見えたって、意味がわからなければ同じだよ」とため息をついた。そして「この答えはシートラスに行けばわかるような気がする」と言った。
「どうして?」
「マクマナラ先生も言っていただろう。シートラスに行けばわかるって」
そうだフロイはそう言っていた。
『シートラス』父と母が住んでいた所、僕は早くシートラスに行きたいと願った。
ジルベールと僕は、予言が見えた事は二人の秘密にすることを約束した。
その頃クラウディア王国では、王と王妃、占星省と魔法省のごく一部の者が、予見者ライサの側に集まっていた。
予見者ライサは集まった者の顔を見回して、「私はもう長くはない」と伝えた。
「ライサ様の次の予見者が見えたのですか?」
「見える」
「新しい予見者はどなたですか」
一同が息を潜めてライサの言葉を待つ。
「新しい予見者は・・・アカデミーにいる」と言ってライサは目を閉じた。そして二度と目を開けることは無かった。