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ミーティアライト  作者: てしこ
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えっ!父が二人!?

 階段下のフロアーではジルベールがラシクを従えて待っていた。

 僕の姿を見て「これは、これは!クラシス、今日も一段と麗しいね」と目を細めた。笑顔の唇の端が震えていたのを僕は見逃さなかった。

「麗しくなんか無いよ。あの飛んでいる物は何とかならないの?」

 僕の苦情に、ジルベールは少し大げさに肩をすくめて見せた。

「あぁ、あれね。お城にもいてねー。衛兵が全て壊したそうだけど、次に見たときは倍になって飛んでいたらしい」

「そうか・・・」

 うんざりした僕を見て、ジルベールは見せていた笑顔を引っ込めた。

「ところで、クラシス。今日は大事な話があって来たんだ。ちょっと外に出ないか?」

「外に?」

 なぜ偵察機の飛んでる外にわざわざ出ないといけない?僕の疑問符に、ジルベールは顔を動かさずに目線だけを入り口の方にスッと動かした。

「お爺さまが亡くなってからずいぶん経つからねー」

 僕もジルベールに習って顔を動かさず目線を追った。玄関の脇に気を付けなければ見えないほどの赤い光が見えた。カメラだ!いつの間に付けられたのだろう!?

 お爺さまの結界が薄れてきているのだろうか?

「たまにはお墓参りも良いかなと思ってさ」

 僕の思考を遮って、ジルベールはさりげなく外に誘う言葉を口にした。

「わかった」

 動揺する気持ちを抑えて僕は誘いにのった。


 ドアを開けると、空の青さが目に入った。

 僕の心とは裏腹に外は快晴だった。明るい光が屋敷の周りの雪に反射して眩しいくらいだ。

 足下には日差しを受けた飛行物体が雪の上に影を落としている。

 堂々としたものだ。

「お城が見張られるのはわかるけれど、なぜ僕が見張られる?」

 影を踏みつけて、憤慨気味に呟くと、

「たぶん、君とジュネルがトール伯爵の屋敷を抜け出したからだろう」ジルベールは僕の手を取りながら答えた。

 僕は慌てて手を引っ込めてジルベールを睨んだ。

「ハハハハ、相変わらず君は淑女らしくないな」ジルベールが笑う。

 そうだった、あの偵察機のあるところでは女の子でないといけなかった。僕は渋々ジルベールの腕を取った。僕の顔を見てジルベールがにっこりとした。

「いつも通りでいいよ、僕は君に淑女を求めてはいないからね。それより、日差しがきついとお肌に良くないよ。帽子か日傘を取ってきたら」

 ジルベールは僕が帽子も日傘も持っていないことを知らないのだろうか。

「いらないよ。雪面からの照り返しもあるから同じだよ」

 僕は不機嫌に答えた。

「そうか、この屋敷の周りはいつも雪に覆われているからね。他所は初夏だと言うのに、ここはいつも冬景色だ」

「そうだね…」

 僕たちは雪を踏みしめながら、屋敷をぐるりと周り、西側に作られた庭園に向かった。

 庭園も雪で覆われて白一色だった。雪の上に僕たちの足跡だけが残った。

 何処で誰が操作しているのだろう、偵察機は一定の距離を保ち僕たちの上を付いてくる。

 3メートルほど後をラシクがそっとついてくる。

 西の庭園を抜けた海を見晴らせる高台にヴォルテハイム家の墓地は有った。

 お爺さまの墓石の前でジルベールは立ち止まった。そして跪いて静かに祈った。

 僕も久しぶりに墓前に祈りを捧げた。

 ジルベールは少し長い祈りを終えて立ち上がると真剣な目で僕を見た。

「クラシス、城の占星術師達が天降祭を来年の7月と占った」

「天降祭?」

 お父さんのノートにあった、あのヤーコブが言っていた天降祭の事だろうか?

「天降祭は500年に一度行われるとても大切な行事と聞いている」

「大切な行事?どんなことをするの?」

 僕は天降祭の事をもう少し知りたいと思った。

「詳しい話しはまだ聞いていない。だがお城の重鎮達がとても大切な行事と言っていた。ただそれを行うためには魔族だけでなく、神族の協力が必要らしい」

 ヤーコブが言っていた通りだ。

「でも神族って、確か戦争で…」

「そうだ、神族が治めていた神の国は100年前の戦争で滅んでいる」

「ガルボ帝国が神の国に攻め込んだのでしょう?」

「そう聞いている。神族が簡単に人族に破れたとは思えないけれど、神族の人々はみなガルボ帝国に捕まったと聞いている」

 ジルベールは偵察機を見上げた。

「人族の文化がめざましく発展したのは、ここ100年の間だ」

「100年の間に何か有ったと思っているの?」

 僕はトール伯爵の屋敷にあった機械を思い出した。確かに人族の文明は僕らには想像できないくらい発展しているのだろう。

「戦争前は魔法の国と神の国は不思議な通路で繋がっていて、神族と魔族は人族の国を通らずにその通路を通って交流をしていたらしい。でも、戦争が始まる数ヶ月前に誰かが通路を破壊した」

「破壊された?」

「誰かが故意に破壊したようだ。神の国側と魔法の国側同時に破壊された。もし繋がっていたら、神の国を攻めた者達がその通路を通り、魔法の国へ侵攻していたかもしれない」

「魔法の国も攻め込まれていたと?」

「誰かがそれを予見して通路を塞いだのではないかと重鎮のひとりが言っていた」

 通路を破壊した人物に感謝したくなった。

「それで、神の国の様子を知るためには、直接現地に行って調べるしか方法が無くなった。その役目を僕とディアナとマリアージュの三人が命じられた」

「ジュネルは行かないの?」

「ジュエルはまだ魔法をうまく使えないので留守番になった。君もジュネルと留守番をしてほしい。神の国に行くのは僕とディアナとマリアージュそしてラシクの四人だ。3日後に、国境近くの魔法の国アカデミーに行き人族の世界について学んだ後、シートラス大陸に移動する。そこから飛行艇という乗り物に乗ってガルボ帝国に行く予定だ」

「3日後…、急なんだね」

「そうだね、天降祭が決まったから、重鎮達が慌てている」

 ジルベールは遙か海の彼方を見ている。

 ここからは見えないが、海の向こうにはガルボ帝国がある。

「ジルベールの他に大人はついて行かないの?」

 17歳のジルベールは大人と言ってもいいけれど、他のみんなはまだ15歳になったら行われる成年の儀式も終えてない。

「詳しい話しは何も聞いていない。ただ僕たち三人に行くようにと命令された。僕は三人では不安なので、ラシクを連れて行きたいとお願いした。それで四人になった」

「そうなんだ」

「だから君はジュネルと留守番をしていて欲しい。僕のことはラシクを連れて行くので心配しなくていいよ」

 ジルベールは僕の顔を覗き込んで念を押したので、少し違和感を覚えた。クラシスは留守番でラシクを同行するとわざわざ言ったのは、僕にラシクとして同行したいか?と聞いている様な気がした。

 真意を測りかねてジルベールの顔を見上げた。

 僕を見下ろして影になったジルベールの口元が小さく「チェンジ」と動いた。

「わかった」

 僕が頷くと、ジルベールは今度は本当ににっこり笑った。

「明日の夕方、先日の返事を聞きに来るよ。ヘラと相談しておいて」

「先日の返事って?」

「お爺さまにも報告したけれど、僕の伴侶になって欲しいって話しだよ。良い返事を待っているからね」

 ジルベールは軽くウインクをすると、楽しそうに僕の手を取った。

 これは明日ジルベールが僕を訪ねる口実だと思いたかったが、お爺さまを尊敬するジルベールが、お爺さまのお墓の前でこの話しをすることは、ジルベールが僕を守る為に必要だと真剣に考えているからだと思った。お爺さまのためにも真面目に考えて返事をしなければいけない問題だった。

 僕たちは墓を後にして、来たときとについた足跡の上をたどり屋敷に戻った。

 相変わらず偵察機もラシクも同じように無言で付いてきた。

 屋敷の玄関前まで戻ってくると、「では、明日」と言ってジルベールは僕から離れて、待たせていた馬車に乗り帰って行った。

 空を見上げると偵察機はジルベールの後は追いかけて行かなかった。

 僕は軽くため息をつくと屋敷に入った。


「ジルベールの用事は何だったの?」

 帰ってくるのを待ち構えていたように、玄関のドアを閉める早々にヘラが現れた。

「3日後に魔法の国アカデミーに行って、その後人族の国を経由して、神の国がどうなっているか調べに行くらしい。だから出掛ける前に昨日の返事を聞かせて欲しいって」

「昨日の返事って?」

「ほら、僕を伴侶にしたいという話だよ」

 ヘラはしばらく考えて、

「ああ、あの話しね。私はてっきり一緒に行かないか?と誘いにきたかと思った」と言った。

「いや、僕とジュネルは留守番らしい」

「ふーん」

 ヘラはどうして?とは聞いてこなかった。たぶん僕がジルベールを待たせている間に神の国行きの話しを聞いたのだろう。

「明日の夕方返事を聞きに来ると言っていた」

「明日の夕方ね」

 意味深な顔で、ヘラは僕を見た。そしてチラリとカメラの方に目線を向けた。

「さっきジルベールがお菓子を持ってきてくれたのよ。少しお腹も空いてきたからお茶にしましょう」

 ヘラは食堂に僕を誘った。

 僕は食堂に入ると部屋の中を見回してカメラを捜した。カメラがないことがわかると少しホッとした。

 僕がホッとしたのを見て、ヘラがニヤリと笑って耳に手を当てた。どうやら盗聴器が有るらしい。

 僕を待っている間に、用心深いジルベールが調べてくれたのだろう。

 ジルベールが注意深く調べてくれたと言うことは、お城もかなりやばい状態かもしれない。

 僕は盛大なため息をついた。

「クラシス、今朝、城からあんたの忘れ物を届けに来たわよ」

 ヘラが紅茶を入れる準備をしながら言った。

「忘れ物なんかしていないよ」

 僕がそう答えると。

「でも、来たのよ。ちょうど庭に出ていたので、玄関に置いて頂戴と頼んだのよ。数分で出てきたから置いてくれたと思っていたんだけど、中に入って見たら何も無いのよ。見落としたかもしれないから、後で確認してみてよ」

 なるほど、僕が二階で父さんのノートを読んでいるときに、忘れ物があると言ってカメラを仕掛けに来たようだ。

「あとで玄関を捜してみるよ」

 ジルベールはお城のことがあったので、屋敷に来たときに上空の偵察機と玄関前の複数の足跡を見て違和感を覚えたのだろう。

 屋敷の中に一歩足を踏み入れただけで、ジルベールの危機予知能力ならカメラを見つけるのは簡単だったろう。カメラを発見したので、小さい使い魔を使って他にもないかと屋敷中を捜索したら、食堂の盗聴器を発見したというところだろう。

 そして、監視の無いところでこっそりヘラに教えたのだろう。


 ヘラが紅茶とお菓子をテーブルに置いた。

「ねえクラシス、もう話しても大丈夫と思うから話すけれど」

 ヘラは椅子に腰掛けると僕を見て話し始めた。

 僕は盗聴器に聞かれてもいい話なのだろうと思ったので黙って聞くことにした。

「魔法が使えない者が15歳になったら人族の国に行かなければならないのは知っているわよね」

「知ってる」

 お菓子を頬張りながら答える。

「人族の国に行ったら、最初に預けられるのが魔法の国アカデミーなんだけど、そこにあんたの父親が居るわ」

「へっ!」

 突然の話しの振りに僕は思わずお菓子を喉に詰めかけた。慌てて紅茶を飲む。

「あんたには黙っていたけれど、お父様がアカデミーにスカウトしてきた歴史の先生でフロイ・マクマナラと言うのよ。15年前、私はお父様と一緒に人族の街によく出掛けていたの。彼をお父様から紹介されたときはビックリしたわ。だって、私の好きなタイプだったのよ。お父様の了解を貰って私は彼とお付き合いすることにしたの」

 ヘラは何故いま新たな父親の話をするのだろう?僕のお父さんは200年も前に亡くなっているのに・・・。戸惑う僕に、ヘラは話しを続ける。

「私は彼との結婚を考えていたわ」

 僕はヘラの話しを聞きながら考えた。もしかしたらお爺さまはヘラが突然僕を生んでも怪しまれないよう、僕が生まれる前に父親を用意したのかもしれないと思った。

「なのに、お父様は彼との結婚に反対したのよ」

「どうして?」

 僕の父親にするつもりならどうして反対するのだろう?

「私もはじめは訳がわからなかったわ。お父様は理由を教えてくださらなかったから。後でわかったことだけど、彼は私と付き合いながらエルゼとも付き合っていたのよ」

 思い出したら腹が立ってきたのだろうヘラの眉間にしわが寄って、口調もとげとげしくなってきた。

「エルゼ?」

「ジルベールの乳母よ。お父様はそれを知っていたのね。だから結婚に反対していたんだわ。あんな浮気男、結婚前にわかってよかったわ。私は別れてから一度も彼と会っていないけれど、結局エルゼとも結婚しなかったと聞いたわ」

「そうなんだ」

 どうやらヘラはフロイ・マクマナラを本当に好きになったらしい。だから浮気が許せなかったんだろう。

 ヘラは話し終えると軽いため息をついて、話題を変えた。

「ジルベールはラシクを連れて行くの?」

「うん、連れて行くと言っていた」

「クラシス、あんたとラシクは兄妹かもしれないわ」

「えっ!」

 そんなはずはないよ、と言いそうになった。

「ラシクはエルゼの子供なのよ」

 僕はますます驚いた。驚いた僕の顔をヘラが見ている。

「あんたとラシクは髪の色と性別以外はとても似ているわ」

 髪の色以外と性別って?それはないでしょう。

 ここに来て初めて僕はヘラが盗聴器の先の誰かに聞かせているのだと思った。

「ラシクは髪の色も目の色もフロイト同じなのよ」

「そうなの!?」

 髪の色も目の色も同じって!もしかして僕のお父さんって本当にフロイなの!?

「一度お爺さまがあんたをフロイに会わせたことがあると言っていたけれど、このまま何事もなく15歳になったら、魔法が使えないあんたは確実にアカデミーに行かなければならないわ。アカデミーに行くことになったらフロイを頼りなさいね。一応、彼は父親なんだから」

「それって、もしかして、ジルベールの申し出を受けなかったらと言うこと?」

「それもあるわね」

 ずいぶん回りくどいと思った。

「じゃあ、ジルベールの話を受けろというの?」

「受けても良いんじゃない」

「えっ!反対しないの!」

 ちょっとした衝撃が走る。

「姉さんの了解は取っているとジルベールが言っていたわ。姉さんが了承していれば私がとやかく言うことはないわ」

「僕の気持ちは?」

「あんたが受ければ、家も使用人を雇えるのよ」

 ああ、僕の気持ちは使用人より軽いんですね。僕は恨めしそうな目でヘラを見た。

「クラシス、もっと嬉しそうな顔をしたらどうなの」

 嬉しそうな顔ってどんな顔?僕は嬉しいを忘れそうだ。

「そうそう明日までに少し部屋を片付けなさい」

「どうして?」

「明日ジルベールが来たときに慌てないように片付けるのよ」

「ジルベールは部屋まで来ないよ」

「そんな事わからないでしょう」

 ヘラは僕を追い立てるように食堂から追い出した。

 僕はしかたなく部屋に戻った。


 出掛ける前に開けていた窓は閉まっていた。

 西の空に月が見えた。

 偵察機は月をバックに鈍く光っていた。

 厚いカーテンを閉めたら部屋の中が真っ暗になったので僕は電気を点けた。

 ベッドに腰掛けるとスカートのポケットに何か入っているのに気が付いた。朝読んでいた父さんのノートだった。ジルベールと会う前にポケットに入れたのを忘れていた。

 パラパラと頁をめくっても、消えたノートの文字は現れなかった。

 僕はノートを持って部屋を出た。そして以前の僕の部屋に行った。

 部屋の中はいつの間にか物置になっていた。

 父さんのノートからカバーを外しヘラから預かった他のノートと一緒に棚の引き出しにしまった。そして昨夜お婆さまの部屋から移動した書物の中から小説を一冊選んでカバーを付けた。

 小説を持って部屋に戻った。

 特に面白い小説ではなかったが、ヘラが夕食を告げるまで読んでいた。

 部屋を出て他にカメラはないか捜してみた。

 玄関のところ以外は付いていないようだった。

 見張られていると思うと気分が滅入った。

 食堂に行くと、テーブルの上にさして手間のかからない簡単な料理が並んでいた。

 ヘラは手の込んだ食事は作らないので、夕食でも簡単な物が多かった。

 当たり障りのない会話をして夕食を終えた。


 夕食後、ヘラが食器を片付けている間に地下室に降りた。

 まだカメラが付いてなくて助かった。

 地下室から地下空間に行く途中でハイドに声を掛けた。

「ハイド、なんだか面倒な事になってきた」

『そうだな』

「どうしよう?」

『今夜は月が真上を通る。俺は月に行ってみようと思う』

「えっ!」

『月には神魔の宮殿がある』

「えっ!」月に神魔の宮殿!?

『俺の中の何かが月に行けと言っている。幸いヒルハミとヨルハミもいる。月が屋敷の真上を通る今日がチャンスなんだ』

 地下空間に着くとハイドは人型を取った。ヒルハミとヨルハミがスッとハイドの前に座る。

 ハイドはヒルハミとヨルハミに向かって言った。

「俺は今から月へ行く」

 二頭は突然のハイドの話しに驚いた。

「コームへ行かれるというのですか?」

「そうだ。ヒルハミ一緒に来てくれ」

「ハイド様が言われるのなら、何処へでもついて行きますが・・・」

 ヒルハミが戸惑うようにハイドを見上げる。

「何かが俺にコームに行けと言っている。現在(いま)コームは屋敷の真上にある。この機会を逃せば数ヶ月待たねばならない。いま行かなければ手遅れになる気がする」

 二頭はハイドをじっと見た。

「わかりました。しかし、どうやってコームまで行かれるのですか?」

 ヒルハミがハイドに尋ねる。

 ハイドは奥を指さした。

「クラシス、奥の壁面に扉の鍵がある。これはお前にしか開けられない」

 僕はハイドが指さした壁に目をこらした。ほんの少しだけぼんやり透けて見える場所があった。そこに手のひらを宛てると、壁が光り始め、人ひとりが通れるほどの空間が開いた。

「!!」

 空間の先は細い通路になっていた。

 僕は驚いてハイドを見た。

「さあ、急ごう」

 ハイドは僕を先に行くよう促す。

 僕の後をハイドが続く。

 開いた壁は、全員が通路に入ると元の壁に戻り、入り口は見えなくなった。

 通路は地下空間を同じように淡い光が全体を包み明るかった。

 僕らは細い通路を進んだ。

 通路の行き止まりも壁だった。また透けるところに手をかざすと壁が開いた。そして半径2メートルほどの円柱形の部屋に出た。

 部屋の中央の床と天井に幾何学模様の魔方陣があった。

「これは!?」

 ヒルハミとヨルハミが同時に声を上げる。

「コームへの通路だ」

 ハイドはそう言って、魔方陣の中央に進んだ。ヒルハミもハイドに続く。

「クラシス、重力の使い方はわかっているな」

「はい」僕が頷くと、ハイドも「よし!」と言って頷いた。

「ヒルハミ、ヨルハミ用意は良いな」

「「はい」」

「ヨルハミ、クラシスを頼むぞ」

「わかりました」

「クラシス、まず一の力からだ」

 ヒルハミ、ヨルハミが力を出す。クラシスも同じように力を出す。ハイドがその力を集約しながら力を強めていく。

 二の力、三の力、四の力、五の力、六の力を越えた時、魔方陣が上下で光りハイドとヒルハミの姿がスッと消えた。

「消えた!」

 僕は思わず叫んだ。

「うまくいったみたいですね」

 ヨルハミが安堵した様にため息をついた。

「うまくいったの?」

「ええ、この魔方陣はコームと繋がる通路です。大丈夫ですうまくいきました。それよりクラシス様は重力を使えるのですね」

 ヨルハミは尊敬の目でクラシスを見た。

「僕の魔法は磁場や重力を操る魔法だ。だから普段は使わない」

 そう、僕の魔法は重力。魔法の国の誰も持っていない力。

 幼い頃、お爺さまにこの力を初めて見せたとき、お爺さまから絶対人前で使ってはいけないと忠告された力。

「ハイド様がクラシス様を大切になさる訳がわかりました」

「ハイドが僕を大切にしてる?」

 少々疑問に思ったが、この場所に長く留まるのはいけないと思い、急いで地下空間に戻った。

「さて、ヨルハミ。僕は明日からしばらくこの屋敷を離れる。屋敷の中にカメラが入り込んでいるから、君はこの部屋から出れないけれどどうする?」

「クラシス様と一緒に行くことは出来ませんか?」

「僕と一緒に?」

「はい、ハイド様からも頼まれました」

 僕はしばらく考えて、ヨルハミを連れていくことにした。

「では、僕の中に入って」

 ヨルハミを取り込むと僕は地下空間を後にした。

 地下に降りていたのはほんの10分程だった。

 地下室から出たところでヘラに会った。

「クラシス、部屋に居ないから心配したじゃない。何をしていたの?」

「ヘラが部屋を片付けろって言ったでしょう。だから地下室の広さを見に行ったんだ。僕の部屋を物置にするのはいやだからね。地下室に何を持って降りたら良いかを考えていたんだ」

「あら、そうだったの」

 ヘラが意外な顔をした。

「ジルベールの事だから、部屋の中を見たら絶対ケチ付けると思うし・・・」

「そうね、姉さんが訪ねて来たらもっとやっかいだわ」

 変なところで意見が一致した。

 使用人を雇ったら、使わない物は地下室に下ろすということで意見がまとまったので、それぞれの部屋に戻ることにした。


 翌日の夕方ジルベールが大きな花束を持って訪ねて来た。

 驚きつつも、応接室にジルベールを案内した。

 ジルベール、ヘラ、僕の順でソファに腰を下ろした。ラシクはジルベールの少し後ろに立っていた。

「では、先日の返事をお聞かせ頂けますか?」

 ジルベールはあらたまった口調で尋ねた。

「お受けすることにしましたわ」

 ヘラが特に注文を付けることもなく返事をした。

 途端に、ジルベールの顔がホッと緩んだ。

「ありがとうございます」

 今まで見せたことのない笑顔でヘラの手を握って感謝を告げる。

 その間、僕の顔は一度も見てないような気がする。と思って二人を見ていたら、ジルベールが突然僕を見た。

「クラシス、よく決心してくれたね。嬉しいよ」

 いや僕抜きで話しは進んでいるように思えるのですが・・・。

「そうだ、母からクラシスに渡して欲しいと預かってきた物があるのです」

「姉さんから?」

「ええ」

 少し引きつった顔でジルベールが微笑む。

 そして、おもむろに立ち上がるとラシクに合図をして二人で部屋を出て行った。

 僕とヘラもジルベールの後を追った。

 ジルベールとラシクは玄関を出ると、馬車に戻って何か重たい物を下ろしていた。馭者も手伝って下ろした物は鏡台だった。

「お婆さまの鏡台はたぶんヘラが使っていると思うから、クラシスは鏡台を持っていないんじゃない?と母が申していました」

 確かに、お婆さまの部屋には鏡台はなかった様に思う。普段鏡を見ないので気が付かなかった。

「クラシス、部屋に案内して」

 ラシクと馭者に鏡台の台の部分を持たせ、ジルベールは鏡の部分を持ちながら僕を呼んだ。

 ヘラが玄関のドアを開けて待っていたので、みんなで中に入った。

「姉さんたら、よくご存じです事」

 嫌みとも取れない言葉をヘラが呟くのが聞こえた。

 鏡台を二階に運ぶのは大変だろうと思いながら僕はみんなを見ていた。

 馭者は部屋の入り口まで運ぶと馬車に戻って行った。

 ヘラが部屋のドアを開けて、今度はジルベールとラシクが台の部分を運ぶ。僕は鏡の部分を持って部屋に入った。

 部屋に入るとヘラが言った。

「ジルベール、クラシスを連れていくんでしょう?」

 ジルベールはちょっと驚いた顔をして、指を口元に宛てた。

 慌てたヘラがしまった!という顔をした。

「クラシスは明日お城で行われる壮行会にヘラと一緒に来て頂きますよ。その後お城にしばらくいて頂くことになると思います」

「お城に…?」

 ヘラが意外な顔をする。

「ええ、この屋敷の偵察機の事を話したら、しばらく城にいた方が安全ではないかと言う話しになりました」

「それはそうね」

 ジルベールとラシクは鏡台を窓際の空いている隙間に置いた。

「ここに置いて良いですか?」

「ありがとう、そこで良いわ」

 ヘラはジルベールに答えながら、僕を窓から離れたベッドの隅にある棚の影に手招きした。そして、ジルベールとラシクを呼んだ。

「ジルベール、ラシク、ちょっと手伝ってちょうだい」

 ジルベールとラシクが僕とヘラが居る棚の側に来た。

「ジルベール、ちょっとこれを動かしたいので手をかして」

 ヘラはジルベールに話しかけながら、僕とラシクを棚の影に引き入れて、僕とラシクの服を魔法で入れ替えた。ジルベールは少し驚いた様だが、すぐにラシクを女の子のクラシスに変えた。

「できればこの棚を地下室に下ろして欲しいんだけど」と何事もなかったようにヘラが話しかける。

「いや、僕もラシクも鏡台を運ぶだけでヘトヘトです。神の国から帰って来たら必ず手伝いますから・・・」

 ジルベールは棚から離れながらヘラに向かって軽く挨拶をした。

「ラシクも手伝わなくていいよ。そろそろ帰らないとエルゼが心配して待っているよ」

「エルゼ!」

 ヘラがイヤな顔をした。

「ヘラは僕の乳母のエルゼを知っているよね。ラシクの母親なんだ」

「そうだったわね」

 ますますイヤな顔をした。

 フロイの話しを知らないジルベールはヘラが何故そんな顔をするのかわからないので、早く帰った方が良いと判断したようだ。

「じゃあ、ヘラ、クラシス、僕たちはこれで失礼するよ」

 ジルベールとラシクになった僕は部屋を出て階段を降りた。

 ヘラとクラシスになったラシクが僕たちの後について降りた。

 玄関フロアーに着くと、ジルベールがヘラとクラシスのラシクに言った。

「明日の壮行会に間に合うよう、迎えの馬車を手配します。今日は良い返事を頂きありがとうございました。では、明日またお会いしましょう」

 ジルベールはそう声を掛けると馬車に向かった。僕はいつもラシクがするようにジルベールの数歩後を付いて行った。


 ジルベールと一緒に馬車に乗り込むと、ヘラとクラシスを見た。二人は馬車が動き出すと屋敷の中に入った。

 空中の偵察機は追って来なかった。

「クラシス、バタバタしたけれど、うまくいったみたいだね」

 ジルベールが小さな声で囁いた。

「そうだね。でも僕っていつもあんな顔をしているの?」

 僕はラシクがちょっとしかめっ面をして僕たちを見送っていたのを思い出して聞いた。

「ああ、そうだね。いつもあんな感じだよ」

「そうか…」

 何となくジルベールに悪いことをしているような気がした。今度から気を付けようと思った。

「しかし、ヘラはエルゼの話しをした時、なぜあんな顔をしたんだろう?」

 ジルベールが首を傾げて呟いた。

 僕はヘラから聞いたフロイの話をジルベールに教えた。

「そんな事があったのか」

 納得して頷きながら「でも、ラシクは…」と僕の顔を見た。

「そこはヘラには内緒の話しみたいだよ。ジルベールがお爺さまから頼まれたように、エルゼもお爺さまから頼まれたと思う。臆測でしかないけどね」と僕は言った。

「そうだね」

 アカデミーの僕の父親の話には驚かなかったので、お爺さまから僕の父だと聞いていたのだろう。どうやら世間では、お爺さまの思惑通りに、僕の父親はフロイ・マクマナラになっているらしい。知らなかったのは僕だけだったようだ。

 馬車は月明かりの道をエルゼの家へと向かった。

 今日も月が近い、ハイドは何をしているのだろうと思いをはせていると「着いたよ」とジルベールの声が聞こえた。

 馬車は小さな家の前で停まっていた。

 いつもラシクがしているように、ジルベールが降りる前に周りの様子を見て僕が降りた。

 そして異常がなければ馬車のドアの前に立ってジルベールが降りてくるのを待った。

 ジルベールは馬車を降りると、馭者のところに行って、今日はエルゼの家に泊まるので明日の朝迎えに来るようにと伝えた。そして、明日クラシスの家に壮行会に間に合うよう馬車を手配するように指示した。

 馬車が帰ると、ジルベールは僕の肩を押して家の中に入った。

「エルゼ!ただいま」

 狭い部屋の中にエルゼが立っていた。

「ジルベール坊ちゃん。お元気そうで何よりです」

「ラシクは仕事を頼んだので、しばらく戻ってこないと伝えに来た」

 エルゼが驚いてクラシスを見た。

「ああ、この子はクラシスだよ。それよりお腹空いちゃった」

 エルゼはジルベールをテーブルに招いた。

 家の中は狭く、すぐ近くのテーブルにパンの入ったバスケットが置いてあった。どうやらこのテーブルが食事をする場所らしい。

 テーブルの先に棚があり、その奥に竈と流しが見える。部屋の右手にドアが二つ並んでいた。

「まあ、坊ちゃんは変わりませんね」

 エルゼが嬉しそうに微笑む。

 ジルベールも子供に戻ったようにエルゼに話しかける。

「そうだ、ヘラはエルゼとマクマナラ先生が浮気をしたと思っているみたいだよ」

 エルゼは温めたスープをテーブルに置いた。

「まあ、違いますよ」

「えっ、浮気じゃないの」

 クラシスに椅子を勧めながら、隣に座ったジルベールが驚いた様に聞く。

「あれは、ヘラがあまりにフロイに夢中になったので、侯爵様が心配して、ヘラの頭を少し冷やすために、お芝居をして欲しいと頼まれたんですよ」

「お爺さまが…」

 僕が驚くと

「ヘラがそこまでのめり込むと思っていなかったのね。それで、わざとヘラの前で付き合っている振りをしたら、今度はヘラが浮気男は嫌いと言って怒って別れてしまったの。かわいそうなのはフロイだわ、彼も本気でヘラと結婚するつもりでいたから…」

「そうだったんだ」

「その後クラシス様が生まれて、侯爵様はクラシス様を連れてフロイを訪ねたそうよ。クラシス様は髪の色も瞳の色もフロイにとてもよく似ているわ。だから自分の子供に間違いないとフロイは言ったそうよ」

 エルゼは話しながら肉の料理を盛り付けた大皿をテーブルの中央に置いた。そして自分も椅子に座った。

 全員がそろったので、食事が始まった。

 久しぶりに家庭料理を味わって、僕は満足していた。

 食後のお茶を飲みながら「クラシス、明日アカデミーに行ったら父親に会えるね」

 何も知らないジルベールが僕の顔を覗き込んで言った。

「そうだね。でも昨日ヘラから聞くまで、父親は亡くなったとずっと思っていたから複雑な気分だ」

 僕は本当に複雑な気分だった。

「ヘラもアカデミーに行くと聞いて内緒に出来ないと思ったんだろうね」

「そうだね」

 僕の知らない所で、僕の出生の物語が作られていた。

 かわいそうなフロイさん。アカデミーに行ったら「お父さん」と呼んであげよう。本当のお父さんはもういないから、作られたお父さんに「お父さん」と言ってもいいよね。僕は心の中でそう呟いた。

 ジルベールが明日から神の国に行く話しをエルゼに伝えると、ガルボ帝国は恐い国だと教えてくれた。世界中にスパイを放って、情報を集めていると聞いている。だから魔法の国を出たら、安心できる場所は無いと思って過ごすこと、何処でも見られていると思って気を付けなさいと忠告してくれた。

 僕とジルベールはラシクの部屋で一緒に寝ることになった。

 窓から月がよく見える。今夜も月が近い。

 寝る前にジルベールが、エルゼは、ジルベールの乳母になる前はお爺さまの諜報員として働いていたと教えてくれた。だからエルゼの忠告は絶対なんだよと言った。

 僕もエルゼの言葉は信じられると思った。

 エルゼの側は安心できるのか、ジルベールは横になるとすぐ寝てしまった。

 僕は明日会う父親の事を思い、しばらく眠れないでいたが、いつの間にか寝てしまったようだ。翌朝エルゼに起こされるまで目覚めることは無かった。



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