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ミーティアライト  作者: てしこ
3/17

魔法開花!?

 二日目の朝、ベランダに面した窓をコツコツと小さく叩く音で目が覚めた。

 昨夜はジルベールのセクハラでモヤモヤしていたため、眠いのに眠れず二日続けて睡眠不足の朝を迎えた。

「誰だ、こんなに朝早く」

『どうしたクラシス』

 ハイドが出てきた。

「物音がして目が覚めた」

 僕はハイドにそう答えて、カーテンを開けた。窓の外はまだ薄暗かった。夜明け前の澄んだ空気が漂っている。

 コツ、コツ・・・また音がした。

 下から聞こえる。音のする方を見ると小鳥が窓ガラスを小さなくちばしで突いている。

『ほう、使い魔だ』

 小鳥は僕が気付いたのがわかると、軽く飛び上がってベランダの柵に止った。そして僕を見て、おいで、おいでとでも言っているように頭を上下に振った。

『呼んでいるようだな』

「そうみたいだね。誰だろうこんなに朝早く」

 僕はナイトガウンを羽織るとベランダに出た。

 すると小鳥はベランダの下に飛んだ。小鳥が止っていた柵の下を覗くと、そこにジルベールが立っていた。

「やあ、クラシス、おはよう」ジルベールは僕を見ると小声で囁いた。

「ジルベール、なんの用だ、こんなに朝早く」

 僕は昨日のことを思い出し嫌な気分になった。不機嫌な気持ちが声になる。

「昨日のことで、今日クラシスに付き合えなくなったので謝りに来た」

 今日僕に付き合う?僕は少しの間何を言われているのか分らなかった。そういえば今日は王女達とジルベールも入れて水遊びをする約束をしていた。

 ベランダから身を乗り出して話すのも面倒なので、飛び降りようとおもったが、『それは止めた方がいい』とハイドから言われた。ベランダの横を見るとうまい具合に木の枝が伸びていた。僕はその枝を利用して下に降りることにした。魔法は使わないので少しハイドに手伝ってもらい木に飛び移り下まで降りた。

「年頃の娘のすることではないな」

 ジルベールは僕の行動に呆れた顔をした。

「あいにく、年頃の娘ではないので」と僕は答えた。

「そうだったな、昨日は王の気配がしたので、話題を変えるのに少し慌てていた。すまなかった」

 ジルベールは素直に昨日の出来事を謝った。

「王様が来るのが分ってあんなことをしたのか?」

「急に王の気配を感じて、とっさにクラシスの胸に目がいってしまったんだ。本当に申し訳なかった」

「王様が飛び込んで来て慌てたのは確かだし、ジルベールが王様の気配を直前に感じて、あの行動を取ったとしたら仕方ないとは思うけど・・・。胸はないだろう。僕はジルベールからセクハラを受けたと思って、そうとう傷ついたんだぞ」

 僕は少し大げさに拗ねたふりをした。

「いや、本当にすまない。あのあと王から『一人だけ美味しいことをして』とか『抜け駆けをするなんて』とか『今後二人きりにしてはいけない』とかブツブツと意味不明のことをうだうだと2時間も言われて、最後に『クラシスが王城にいる間は半径三メートル以内に近づいてはいけない』ときつく言われてしまった。王の命令は逆らえないのでこうして今日の予定を断りに来た」

「えっ!それは困る!」

 ジルベールは僕の三メートル以内に近づくことについてとっくに違反していることに気付いていないようだ。そういう僕も気付いていなかった。

 僕はジルベールを当てにしていたので本当に困った。

「それで、僕が行かなくてもこれで何とかならないかと思って持って来た」

 ジルベールは僕が昨日忘れていった『初めての魔法』を取り出して、『魔法封じ』の頁を開いて見せた。そこにはシール状の呪紋が挟んであった。

「ここに、『魔法封じ』と『魔法解除』の呪紋シールを作ってきた。これで何とかならないだろうか」

『ほう・・・』

 呪紋シールをみて感心したようにハイドが頷いた。

「このシールはジルベールが作ったの?」

「ああ、クラシスが呪紋を剥がして見せてくれただろう。それを見てジュネル王女の手にこの呪紋シールを貼り付けることはできないだろうかと思ったんだ。『魔法封じ』紋のシールを先に貼り付けて、その上から『魔法解除』紋のシールを被せたら、もしかしたらトール伯爵の呪紋を解除出来るかもしれないと考えてみたんだ」

 ジルベールの考えは僕にも理解できた。ジルベールの手を借りることができないならそれを試してみるしかないだろう。

「分った、やってみるよ」

 僕はジルベールから挟んでいる呪紋シールごと『初めての魔法』を受け取った。

「何枚くらい有るの?」

「とりあえず、10枚ずつある。解除できているかどうかはジュネル次第だけどね」

「10枚か、足りるかな?」

「明日の朝、また持ってくるよ」

 ジルベールは周りを見回してフッと笑いを浮かべた。

「まるで恋人同士の密会みたいだな」

 その言葉に僕はむくれて見せた。ジルベールは僕と二人きりと思っているけれど、僕の横にはハイドがずっと立っているから二人ではない。

「誰のせいだと思っているの?」

「すまないと言っているだろ。王に本当のことが話せると良いんだけれど、あの人に喋ると一分後にはお城中の噂になる。スパイでもいたらすぐ知られてしまう」

「でもジルベールの力は絶対必要だから、僕からもジュネル王女のレッスンに参加できるよう王様に頼んでみるよ」

 僕は大真面目にそう言った。

「それで誤解が解けると良いけれど」とジルベールは苦笑いを浮かべた。

「クシュン!」

 僕は小さくクシャミをした。

「大丈夫かクラシス。まだ夜明け前は寒いから風邪を引いたら大変だ」

 ジルベールは早く部屋に戻るようにと僕に言った。

 僕が木を登ってベランダに付いたのを確認すると「明日この時間に」と小さく囁いてジルベールは去って行った。

『うまくいくといいな』

 ハイドはそう言い残すと消えた。

 ホントに夜明け前は寒い、部屋に戻った僕は『初めての魔法』を鞄にしまうと、ガウンを脱いで再びベッドに潜り込んだ。冷えた身体を布団に巻き付けて温めていると、睡眠不足だったせいかそのまま眠ってしまった。


「クラシス様、クラシス様」

 マチルダの声で目が覚めた。

 目を開けると、部屋の中は日差しで溢れていた。

「マチルダ、今何時!」

 そう叫んで飛び起きた。

「10時を半分ほど過ぎたところですわ」

 それを聞いて慌ててベッドから飛び出た。

「寝過ごしてしまった。10時にジュネル王女と約束していたんだった」

「大丈夫ですわ、先ほどジュネル王女様がいらして、クラシス様はまだおやすみしていると申し上げましたら、『起こさなくていいわ。初めての場所で、なかなか寝つけなかったのではないかしら。目覚めたらお部屋に来てくださるようにと言ってくださいね』と仰られてお部屋に戻られました」

 マチルダは部屋の隅に置いていたワゴンをベッドから飛び出してそのまま立っている僕の横に引いて来た。ワゴンには水の入った壺と空の器やコップ等が乗っていた。

 マチルダは僕にソファーに座るように促した。そして僕が素直にソファーに座ると、今度は水の入った壺から空の器に水を少し注いでその中に布を浸して固く絞ると、その布で丁寧に僕の顔を拭きはじめた。僕は人から顔を拭いて貰ったことが無かったので驚いた。

「マチルダ、顔くらい自分で拭くからいいよ」

 マチルダに抵抗して布を取るつもりで手をのばした。

「あら、クラシス様、ここではこれは私の仕事ですわ。私の仕事をクラシス様が自分でされたら、私が何もしていないと叱られます」と拒否された。

 仕事と言われたら抵抗できなくなり、不本意ではあるけれど拭くに任せた。

「クラシス様のお肌は本当にお綺麗ですね」

 おとなしくなった僕の顔を拭きながらマチルダが言った。

「そうかな・・・」

「そうですよ」

 マチルダは顔を拭き終わると布を盆に戻し、今度は壺からコップに水を注いで歯を磨くブラシと水の入ったコップを僕に渡した。僕はそれを受け取り歯を磨くとコップの水で口を濯いだ。そしてマチルダが差し出した器に濯いだ水を吐き出した。

「はい、よく出来ました」

 笑いながらマチルダは言った。そしてワゴンに使い終わったものを全て乗せて隣の小部屋に下げた。

 小部屋から戻ったマチルダは、僕の髪にブラシを掛けた。

「クラシス様はお顔もお綺麗ですけれど、髪も見かけほど縺れていなくて本当にお綺麗ですね」

 マチルダから綺麗の賛辞が飛んでくる。このふわふわ髪の何処が綺麗なのか僕にはわからない。最後にリボンを結んで髪は終わった。

「今日はどのドレスになさいますか?」

 髪の次はドレスらしい。

 クローゼットを開けてマチルダは僕を見た。僕はドレスもマチルダに選んで貰った。

 着替えが終わると『初めての魔法』を持ってジュネルの部屋を訪ねた。

 ドアをノックしてジュネルの返事を待つ。

 ドアが開いて王女付きの侍女が部屋に入れてくれた。

「すみません、遅くなりました」

 僕は王女の部屋に入るなり謝った。

「謝らなくてもよろしいですわ、クラシス様」

 ジュネルは微笑みながら僕を労るような目で見た。

「初めてのお城でお疲れになったのでしょう。わたくしもこの後のことを考えて眠れなくて、明け方までウトウトしておりましたのよ」

 ジュネルはベランダの近くのテーブルに案内して椅子に座るようにと僕を促した。

「まだ何も召し上がってないんでしょう。わたくしも食欲がなくて今朝はあまり頂けなかったのですけれど、少しお腹が空いてきました。ちょうど侍女に軽食を頼もうと思っていたところですわ。クラシス様もご一緒に如何ですか?」

「ありがとうございます」

 僕は恐縮して小さな声で感謝した。

 ジュネルは侍女に何かを継げると、僕の向かいの椅子に座った。

「クラシス様はジルベール様とお親しいのですか?」

 突然ジュネルがジルベールの事を聞いてきたので、僕は驚いた。

「親しいというほどでもないですよ。ただ、従兄弟だし、僕もジルベール様も一人っ子なので兄弟のように思っています。小さい頃はよく一緒に遊んでいたんですよ。僕が『私』を『僕』と言ってしまうのもジルベール様の影響なんですよ」全然仲良くないけどここは嘘も方便で返答した方が無難な感じがした。

「そう、兄妹のように・・・」

 ジュネルはそう呟くと、クラシスの目を見て言った。

「恋人ではないの?」

「僕がジルベールの恋人ですか?」

 何故そういう発想になるのかとまどいつつ否定した。

「いえ、兄とは思ったことはありますが、恋人と思ったことは1ミリも有りません」

 断言してもいい、僕が女でもあんなのと恋人になる気はサラサラない。

「そうなの、今朝、お父様が『どうもジルベールはクラシス嬢が好きらしい』と言ってらしたので、そうなのかなとみんなで噂しておりましたのよ」

「みんなで?」

「ええ、ディアナとマリアージュと三人で話してましたの」

「ど、どんな話しですか?」

 ジルベールの言うとおりだ、王に知られるとお城中の噂になるのは早い。

「ジルベール様が妃候補を決めないのはクラシス様がいらっしゃるからではないかと・・・」

「いや、それは無いと思いますよ」

 僕は昨日の出来事がジルベールのお妃の話にまでなっていると聞いて驚いた。ジルベールが妃を決めないのは、単に決めたらそれに縛られて自由に遊べないからだと思うのだが・・・。しかしこの国では伴侶がいても男女の交際は自由だから法律内であれば遊べないこともない。ジルベールは四年前のパーティで決めるはずの妃を未だに決めていないのはどうしてだろう?僕も知りたいと思った。

「クラシス様、ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」

「いえ、ハッキリしないジルベール様もいけないんだと思います。昨日は魔法の練習の手伝いをお願いしたくてお部屋に伺っただけなんですけど・・・」

 少し焦って声がうわずってしまった。

「まあ、そうだったのですね。わたくし達が詮索しすぎたと言うことでしょうか」

 ジュネル王女はクスリと笑って頷いた。

 何がおかしかったのだろう。僕はジュネルの笑いにちょっとした不安を感じつつそのまま黙っていることにした。

 しばらく待っているとジュネルの侍女が食事の乗ったワゴンを引いて部屋に戻ってきた。

 侍女はパンとスープ・サラダとハーブ鳥の包み焼きと果物をテーブルに並べた。

「ジュネル様、ランチも近いお時間となっておりますがランチはどのようにいたしましょうかと料理長が申しておりました。いかがなさいますか?」

「そうね、この後、ディアナとマリアージュも一緒に池に行く予定なのだけど・・・」

 ジュネルが僕を見た。

「少し遅めのランチを池の周りで頂くように出来ますか?」

 僕は池の周りでピクニックのように楽しんで水遊びが出来ればと思いそう提案した。

「そう、それは良いわね」

 ジュネルは顔をほころばせて、外でのランチを用意するようにと侍女に申しつけた。

 食事が終わり、テーブルの上に水の入ったコップを一つだけ残して、後は全て侍女に片付けて貰った。侍女がワゴンを引いて部屋を出て行ったあと、僕はジュネルにテーブルに両手を上に向けて目をつむるようにお願いした。

「今から魔力が出るようおまじないをしようと思います。しばらく目を閉じていてくださいね」

 ジュネルは僕の言葉に素直に従いテーブルに両手をのせて手のひらを上に向けて目をつむった。

「何度か手のひらに触れますが、決して目を開けてはいけませんよ」

 そう念を押して、僕は『初めての魔法』を開き、テーブルにのせられたジュネルの手のひらに、ジルベールから貰った魔法封じの呪紋シールを貼り付けてみた。貼り付けたシールの下にトール伯爵がかけたと思われる呪紋が浮き上がりジルベールの呪紋が上書きされた。僕はすかさず解除呪紋のシールを被せてみた。浮き上がった呪紋が消えていく。うまくいきそうだ。僕は一枚ずつ慎重に乗せていき、貰った10セットの呪紋が消えるのを見守った。

 その間ジュネルは目を閉じてじっと待っていた。

「さあ、おまじないが終わりました。目を開いて『魔力解放!』と言ってみてください。

「魔力解放!」

 ジュネルの言葉にコップの水は反応しなかった。

「これで終わりですの?」

 ジュネルが首を傾げた。ジュネルは目を閉じている間僕が手のひらを何度かちょんちょんと触った感覚しか無かった。

「おまじないも魔法ですからね。子供っぽいかもしれないけれど、もしかしたら効くかもしれない。僕は考えられるものは何でもやってみたいと思っています。魔法の練習の前に毎回おまじないをしようと考えていますが、ジュネル様はおまじないはお嫌いですか?」

 僕は少し困ったような表情を作って見せた。

「いいえ、何でも試してみましょう。魔法が使えるようになるなら、何でも試してみたいわ」

 ジュネルはなにも疑うことなく賛成した。

「良かった」

 僕が胸をなで下ろしていると、部屋をノックする音がして侍女が戻って来た。そして、ディアナ王女とマリアージュ王女の来訪を告げた。

「こんにちは、クラシス様、今日は楽しみにしてましたのよ」

 ディアナがクラシスの側に来た。

「わたくしもですわ」

 マリアージュがディアナの後ろで控えめに言った。

 三人の中ではディアナがお姉さんらしく代表して僕に話しかけてくる。マリアージュはおっとりとした感じでディアナの横で微笑んでいる。ジュネルは魔法が使えないからだろうか二人より一歩下がって控えめな感じがする。

 顔はそっくりだが、性格はかなり違うようだ。

 僕たちはみんなで池の畔に出掛けた。

 少し水遊びをした後、芝生で遅めのランチを取った。

 ランチが終わってから、僕は他の王女達の魔法を見せて貰った。

 ディアナは光魔法で治癒の魔法と光を凝縮した光の矢を放つことが出来る。試しに対岸の木の葉を一枚落とす魔法を披露してもらった。

 1ミリの誤差もなく葉っぱの出ているところを確実に射貫く正確さに僕たちは驚いた。

 マリアージュは歌による癒やしの魔法を披露した。マリアージュの歌を聴いていると心が落ち着いてくるそうだ。使い方によっては歌で人を操ることも出来ると言っていた。僕は魔法の影響を受けないので癒やしを感じることは無かったが、美しい声で歌うマリアージュはとても素敵だった。

 僕たちは楽しい二日目を過ごした。


 三日目の朝も小鳥が僕を起こしにきた。

 僕は昨日と同じようにベランダから木伝いに下に降りてジルベールと会った。

「女の子の姿で木から降りてくるのは見ていて気持ちのいいものではないな」

 ジルベールは僕の顔を見るなり言った。

「ちゃんとドロワを付けているし、下から覗かなければいいじゃないか」

「そんな意味で見ているんじゃない。落ちないかと心配して見てる身にもなってみろ」

 保護者の様な口ぶりだ。

「はいはい」

 木の上り下りはハイドに助けて貰っているので心配しなくても大丈夫と心の中で思いながら曖昧な返事をした。ちなみにハイドはジルベールが僕に危害を与えるために来ているのではないと分ったので出てきていない。

「王は昨日僕がお前と会っているような噂を聞いたと言っていた。何処で誰が見ているか分らない」

 ジルベールは僕が降りてきた木に隠れて周りを見回した。

「どうやら王は僕を見晴らせているらしい」

「ここにいることが見つかったらヤバいんじゃない?」

 ジルベールと会えなければ計画がうまくいかなくなるかもしれないと僕は心配になった。

「身代わりを立てているから大丈夫と思う」

「身代わり?」

「ああ、変身のうまい使い魔を持っている。ただ姿形はそっくり真似できるが、一つの動作しか出来ないのが難点なんだ。今は僕に変身させて、部屋の中をウロウロ回ってもらっている」

「そうなんだ」

 そんな使い魔もいるんだと興味も無く聞いていたが、

「いつもは、お前に変身させている」ととんでもない事をジルベールが言った。

「僕!」

「ああ、本当のお前の姿で、僕の従者の一人として側に置いている」

「なぜ?」

 偽物とはいえ僕にそっくりなものがジルベールの側にいるのは気分が悪い。

「万が一お前の魔法が解けて元の姿になったときの予防だ」

 確かにそれも一理あるが、どうも釈然としない。

「ところで、昨日はうまく出来たか?」

 ジルベールは唐突に話を本題に戻した。

「ああ、うまくいった」

 ジルベールは周りから見えないように僕をマントで隠すと、マントの内側の小さなポケットを示した。その中に『呪紋』が入っていた。

 ジルベールは僕たちが『呪文』を『呪紋』として剥がすことが出来たのはどうしてなのか調べたところ、お爺さまの魔法防御の魔法には相手の呪文を取り入れることなく『呪紋』の形で見えるようにすることが出来るらしいとのことだった。どうしてそうなるかは分らないが、その見える『呪紋』は僕とジルベールには見えても他の人には見えないらしい。僕はジルベールから『呪紋』を手の中に納める方法を教えてもらい、右手に『魔法封じ』の呪紋、左手に『魔法解除』の呪紋を隠した。

『呪紋』を渡すと、ジルベールはマントから僕を出して早く戻るように言った。そして、僕がベランダに戻るのを見届けると、「また明日の朝来る」と言って去って行った。


 今日は寝坊せずにジュネルと約束の時間に部屋の前で会うことが出来た。

 二人で池の畔まで行く。

 今日からは池の側でおまじないをすることにした。

 芝生に座り両手のひらを上に向けて目をつむって貰う。昨日と同じように『呪紋』を重ねていくが、今日はジュネルの手のひらに直接僕の手のひらを軽く重ねて『呪紋』を重ねる。

 おまじないが終わると昨日と同じように「魔力解放!」と大きな声で叫んで貰った。

 池は凪いだままで特に変化は無かった。

 1時間ほど水に触れて遊んだ後、僕はジュネルを芝生に座らせ、目をつむって池の水と会話するように指示した。ジュネルは不思議そうにしていたが、これはジュネルが池の水と心を繋ぐための練習だと言った。

 集中力を考えて瞑想時間を2時間とした。

 瞑想の時間が終わると、また少し水遊びをしてその日の練習を終えた。


 四日目、五日目も同じ手順で練習をした。

 ジルベールは毎朝『呪紋』を届けてくれた。

 六日目の朝、いつものようにおまじないを終えて「魔力解放!」とジュネルが叫んだとき、池の中央がわずかに膨らんだ様に見えた。

 僕はジュネルの練習を瞑想から呼応に変えた。

 ジュネルの手のひらを上に向けて、その中に池の水が入るように池に呼びかける練習に変えた。

 ジュネルは手のひらに集中して水をイメージしたがうまくいかなかった。

 不安になるジュネルに「始めたばかりだから、明日また頑張ろう」と元気づけて、早めに練習を切り上げた。


 七日目の朝、ジルベールに池の水が動いたことを伝え『呪紋』の枚数を少し増やして貰うようにお願いした。

 七日目のおまじないの後の「魔力解放!」で池はザワザワと波立った。ジュネルはまだ気が付いていないようだが、池はジュネルの魔力に反応していた。

 池は少しずつジュネルの魔力に反応し始めたが、その日も手のひらに水を呼ぶことは出来なかった。


 八日目の朝、ジルベールは各20枚の『呪紋』を持って来た。

 僕は前日よりハッキリ分る程度に池が反応しているとジルベールに伝えた。あと少しでジュネル王女の魔力が解放されると僕もジルベールも期待した。

 ジュネルと池の畔に行くと、僕ははやる気持ちを抑え、練習前に少し長い何時もの倍のおまじないをした。おまじないの後「魔力解放!」とジュネルが叫ぶと、池の水は噴水の様に飛び跳ねた。

 ジュネルはその様子を見て驚いた。

「クラシス様、池の水が暴れてますわ!」

「すごいです!ジュネル王女の魔力が解放されてきたのです!」

 僕は思わず叫んだ。

「本当ですの!」

 ジュネルが興奮すると池の水も飛び跳ねる。

「ジュネル王女、池の水が跳ねすぎてます。少し気持ちを落ち着けてみませんか」

 僕の言葉にジュネルは頷く。

「まず、大きく深呼吸をしてください。そして池に静かになるよう話しかけてください」

 ジュネルは何度か深呼吸をして、目を閉じて池の水が静かになるようにと祈った。そうすると池の水は何事も無かったように穏やかになった。

「すごいです!」

 僕はジュネルの能力に感心した。

「では、手のひらに水を呼んでみましょう」

 ジュネルは手のひらに水が溜まるように念じた。そうするとほんの少し水を呼ぶことが出来た。

 その日の練習でジュネルは手から水が出せるほどに上達した。

「ジュネル王女、ここまで出来たら大丈夫です。誰も魔法が使えないとは思わないでしょう。僕たちの練習も10日を待たずに終われそうです。今日で終わりにしても大丈夫と思いますがジュネル王女はどう思われますか」

「今日の出来事は偶然かもしれないわ。明日もう一度出来たら終わりにしましょう」

「分りました。では明日もう一度確かめてから終わりにしましょう」

 僕とジュネルはそう約束して練習を終えた。

 ジュネルは本当に嬉しかったのだろう、今日の出来事を王妃である母親に話した。王妃も喜んで王に話した。王も喜んで側近に話したのでその日のうちに王城全体がジュネル王女の魔法が開花したことを知ることになった。


 九日目の朝、僕はジルベールから昨日より多くの『呪紋』を受け取りながら、ジュネルの魔法開花の噂がお城中に広まっていると聞かされた。

 魔法は開放され始めたばかりでかなり不安定な状態だと僕はジルベールに言った。後はジュネル自身の魔力で封じ呪紋を解除できればいいけれど、もう少しジルベールの『呪紋』が必要かもしれないと僕の考えを伝えた。

 ジルベールもジュネルの魔法開花を喜びつつも、魔力の解放はまだ魔法が使えたと言えない。ハッキリした形で魔法が使えないとジュネルの身体が魔力に支配され暴走するかもしれないとジルベールも僕と同じように心配した。

 僕の不安な顔を見て、ジルベールは僕とのこのスリリングな密会関係が終わるのも寂しくなると茶化して言った。ジルベールの思惑通り、僕は不快な顔をしてジルベールを見た。

「そうそうその顔。クラシスはそっちの顔の方が似合ってる」

 ジルベールは笑いながら「これから先はお城の魔法省がジュネルの先生になるから大丈夫だよ。僕達はうまくやれたと思うよ」と言った。

 僕は今回のことでジルベールに大きな借りを作ってしまった。

 僕がベランダに戻ってジルベールの後ろ姿を見ていると、ジュネルの部屋の方から窓ガラスが割れる音がした。そして黒い魔獣がジュネルを連れ去るのが見えた。魔獣の背にはトール伯爵が乗り、片手でジュネルを抱えていた。

「ジュネル!」と僕が叫ぶ声が聞こえたのか伯爵が振り返った。

「クラシス嬢!」トール伯爵が叫んだ。そして笛の様な音が響くと何処からか白い魔獣が僕の前に現れた。

 魔獣が僕の前に来たと思ったら僕は魔獣の口にくわえられて空中を飛んでいた。

 攫われる僕とジルベールが驚いて見上げる目が会った。

「助けて!トール伯爵に攫われる!」

 僕は思いっきり叫んだ。

 ジルベールは驚愕の表情で空中に消えていく僕を見送った

『クラシス気をつけろ。こいつらは魔獣と神獣だ。神魔にしか扱えない獣をどうしてあいつが操っている?』

 ハイドの声が頭の中で響いた。

『わかった。気をつけるよ。ハイドも気をつけて』

 僕とハイドが話しているのを神獣は気付いたようで耳をピクリと動かした。トール伯爵が乗っている魔獣は少し先を飛んでいるので気付かなかった様だった。

 ここから先はハイドと話すのも気をつけなければと僕は思った。

 神獣にくわえられているお腹のあたりが圧迫されて苦しくなってきた。

 地平線の彼方が朝焼けに染まっている。

 もうすぐ夜明けだ。

 遠ざかる城を眼下に見ながら僕は気を失った。


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