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ミーティアライト  作者: てしこ
16/17

繭!

 車はとてつもなく長い距離を走っているようだ。

 目隠しをされているので、外の景色を見ることは出来ない。かといって話しは全て聞かれているので、うかつな事も話せない。ただ黙って座っているしかなかった。お尻が痛くなってきた頃、車が止まった。

 ドアが開くと潮の香りがした。

 海の近くだろうか?

 車を降りてしばらく歩いた。

 下からの風と、波の打ちつつける音が聞こえる場所で目隠しを外された。

 そこは海に迫り出た細い断崖の上だった。

 ここから突き落とされるのだろうか?と思っていたら兵士が断崖に沿って歩くよう促した。

 断崖の下ばかりに目がいって気付かなかったが、目の前に今にも壊れそうな細い吊り橋が見えた。吊り橋の先は、断崖から続く両側が切り立った細い壁の様な崖の上に、あるかないかの細い道が見えた。

 僕はこの場所を知っている気がした。

 父イリアスが予言の欠片を見つけた神殿跡に続く道だと思った。

 こんな所に何の用があるのだろう?

 吊り橋の手前で二人の兵士は怖々と下を見る。

 ゆらゆらと揺れる今にも壊れそうな橋の下を覗くと、数十メートルは有るだろうか、遥か下に白い波が渦巻いているのが見えた。

「これからこの橋を渡って先に進む」

 兵士の一人が言った。

 もう一人の兵士は僕の手を縛っていた紐を外してくれた。ジルベールの魔法封じの枷は外さなかった。

「ジルベールの枷は外してくれないの?」と尋ねると、外せないと断られた。

 吊り橋が信用できないのか、僕たちを先に歩かせて様子を見たようだ。無事に渡りきったところで、兵士は落ちないのを確認して渡って来た。

 橋の先には、風化してボロボロになった道が続いていた。

 兵士は僕たちに歩くよう促した。

 長い間誰も通らなかったのだろう。石の道はところどころ崩れて、気を付けないと下に落ちそうなくらい細い場所もあった。幸いと言っていいのだろうか。道の片側に転落防止用なのだろう、鎖で出来た柵があった。捕まるとぐらぐらと揺れて、柵が外れてそのまま崖の下に落ちてしまいそうで恐かったが、ないよりはましだった。

 歩きながら誰も一言も話さなかった。ただ黙々と歩いた。

 どのくらい歩いただろうか、少し広い場所に出た。

 そこは石で作られた壁がある場所だった。壁沿いに鉄製の門が見えた。僕の研究棟の横にある門に似ていた。でも、ここの門はすっかり錆びてボロボロになっていた。

 アルテナはもう東に沈みかけている。もう少ししたらアスラが西から昇るのだろう。

 思ったより近くに月が見えた。

 月を見ていると急にハイドの事を思い出した。

 ハイドは今頃月で何をしているのだろう。

 ぼんやりしていたせいだろう、急に強い風が襲って来たのに対応できず、思わずよろけて鉄門に捕まった。鉄門はぐらぐらとかしいで、僕の体重をかろうじて支えてくれた。危うく海に落ちるところだった。安堵のため息をつきながら足下を見ると、黒い靄の様な物が支柱の根元で風に吹かれてゆらゆらしているのが見えた。門がぐらついて支柱が傾いて土が掘れた時に、支柱の隙間から出て来たようだ。

 ぐらぐらする鉄門の支柱に身体を預け、手を伸ばして靄を拾った。

 靄を掴み身体を起こそうとした時、二度目の強風が吹いた。

 今度は僕の体重を鉄門は支えてくれなかった。

 支柱は地面から完全に離れ、僕は鉄門と共に海に落ちそうになった。

 ジルベールが慌てて枷の付いた手を伸ばして捕まえてくれた。危うく海に落ちるところを何とか耐えたと思ったその時、兵士の一人がジルベールの背中を押した。

 僕たちはそのまま鉄門が落ちた後を追いかけるように、崖下の海に向かって落ちていった。

 海に落ちたら強い衝撃が襲ってくると覚悟していたが、思った様な衝撃は感じずに海の中に落ちた。

 風の魔法の気配がした。ジルベールが魔法で衝撃を和らげてくれたようだ。

 波間に顔を出して上を見ると、崖の上で兵士が僕らを見ていた。

 助ける気はないらしい、海に落ちたのを確認すると、そのまま僕らを置いて行ってしまった。

 兵士がいなくなると、ジルベールはそれまで付けていた魔法封じの枷をスルリと外した。

 そして僕の頭に付いた鎖も外してくれた。

「これくらいは、自分で外せたのではないか」と尋ねられたので、「出来たけれど、外したら、ジルベールに迷惑を掛けると思ったから外さなかった」と答えた。

「ふ、クラシスに心配される様では、私もまだまだだな」

 ジルベールはそう自嘲気味に笑うと、僕の身体を海面から浮かびあがらせて近くの岩場に下ろしてくれた。その後、ジルベールも僕の隣に上がってきた。

「これからどうするの?」

 僕の能力を使えば登れないこともないけれど・・・と思いながら崖の上を見上げていると、

「クラシスが何を考えているか分るよ。クラシスの能力を使えば上まで登れるのは知っているけれど、今は使う時ではないよ」

 僕はギョッとした。ジルベールに僕の能力を話した事はなかったはずなのに、なぜ知っているのだろう。いやいや、たぶん僕が思っているのとは違う事だろう。と思う事にした。

 何故って?

 最近のジルベールは僕の想像の遙か上を超えている気がする。雰囲気が今までとぜんぜん違う。そのうち全身が光り出すのではないかと思うくらい崇高な“気”がジルベールを包んでいる。

 ジルベールは岩と岩の亀裂の間に手を差し込んで何かを捜していた。

「ここに何があるの?」

 僕が尋ねると、岩を探りながら教えてくれた。

「この辺にスイッチが有るはずなんだが・・・あった、これだ!」

 そう呟くと岩のひび割れの奥に手を押し込んだ。

 岩が少し動いた。

 岩の間に人一人が通れるくらいの細い隙間が開いた。隙間は道のようだ。奥に続いているらしい。

「さあ、行くぞ、クラシス」

 ジルベールはどんどん奥に入って行く。

 僕は付いていくしかなかった。

 細い岩の道をしばらく行くと少し広い場所に出たが、そこは壁に囲まれた行き止まりだった。どう見てもここから先には行けそうもなかった。

 ジルベールが壁の中央らしき部分に手を当てた。すると、壁の表面に、屋敷の地下室の秘密の出入り口にあったのと同じような淡く光るスイッチが現れた。

 ジルベールがそこに手を当てていると岩がゆっくり両側に開いた。

 ジルベールが中に入ったので僕も続いた。

 僕が入ると岩の扉は音もなく閉まった。

 中は地下室の秘密の部屋と同じような円筒形の部屋だった。魔方陣が書かれているのも同じだった。

 僕が驚いていると、ジルベールが言った。

「さあ、クラシス。月に行くぞ」

 ジルベールは魔方陣の中心に立って手招きをした。

「月に?」

 僕はますます驚いた。

 ジルベールは微かに笑った。

「そうだ、月に行く。クラシスの中にいる魔獣ももう出て来ても大丈夫だ」

 ヨルハミの事まで知っているなんて、やはりジルベールは皇帝の言ってたように王様になったのだろうか。

 僕の中からヨルハミが出て来た。そしてジルベールの前に座り恭しく問いかけた。

「王様お目覚めでございますか?」

 今度はヨルハミの言葉に驚く。

 ジルベールが「待たせたな」と言っている。やはりジルベールは王様になったようだ。

 そんな僕の驚きを無視してジルベールが告げる。

「今から月に行く。合図をしたら重力を解放するんだ」

「重力を解放する?」

「そうだ、月に行くと想像するといい。クラシスがハイドを月に送ったときの要領だ」

 ハイドを月に送ったときの要領って、何故それを知っているの!?

 ますます訳が分らなくなってきた。

 ジルベールが合図をする。

「3,2,1、行くぞ」

 考えている時間は無かった。僕は目を瞑り、ハイドを月に送ったときの感覚を思い出していた。


 軽い衝撃の後、目を開けると、不思議な場所に立っていた。

 そこは透明な円柱の中だった。円柱の中から外の様子が見える。そこは色々な機械が置いてある部屋で、数名の神魔が機械やスクリーンを見ていた。

 円柱の一部が開き、僕たちはその部屋に入って行った。

 ここが月の内部!?

 ぼんやりと辺りを見回していると、

「クラシス!」

 聞き慣れた声が僕を呼んだ。

 声の方に目を向けると、そこにはハイドが立っていた。

「クラシス、どうやってここに来た」

 僕も驚いているが、ハイドも驚いている。

「ジルベールに連れてきて貰った」

「なに、ジルベール」

 ハイドが僕の後ろに立っているジルベールを見た。

「ジルベールがどうしてここに?」

 ジルベールはハイドの言葉を無視して、「クラシス、さっき崖の上で拾った物をハイドに渡してやれ」と言った。

 さっき拾った物?僕は崖の上で靄の様なのもを拾って・・・その後どうしたっけ?

 落ちそうになったときジルベールに身体を支えて貰って慌ててズボンのポケットに入れたような気がした。ズボンのポケットを探ると、それは出て来た。

 僕はハイドにそれを渡した。

 ハイドは不思議な顔で受け取った。その靄はハイドの手のひらからスーッと中に入って消えた。

 その靄が消えるのを呆然とみていると、しばらくして、頭に手をやったハイドが叫んだ。

「俺の記憶が戻った!」

「あの靄は、ハイドの記憶だったの?」

「そうだ、俺の記憶だ。ありがとう、クラシス」

 ハイドは珍しく僕に抱きついた。それほど嬉しかったのだろう。少しの間、記憶が戻ったことに感動しているようだった。

 記憶が戻ったハイドは、改めてジルベールを見た。

「もしかして、王様ですか?」

「もしかしなくても王だが」

 ジルベールはハイドを横目で見る。

「今頃現れるなんて、ずいぶんとまどろっこしいことをしていたんですね」と呆れたようにハイドが言う。

「悪かったな。お前が吹き飛ばされて機能不能となったあげくに、クラシスの身体を借りて修復を図ったから予定が狂ったのだ」

 ジルベールはあからさまに嫌な顔をしてハイドを見た。

 ハイドとジルベールが言い合っていると、近くにいた神魔達が寄ってきた。

「王様、よくぞご無事で」

「うむ、サラが殺されると分った時はどうなることかとおもったが、サラが自分の死後の事も見越して、見事に調整してくれた。うまくいって良かったよ」

 神魔達にジルベールはこれまでの経緯を説明した。

 ハイドが僕の中に入らなければ、僕とジルベールはもっと早い時期に産まれる予定だったらしい。

 本来なら、ジルベールの母のローザは結婚してすぐに“王様”を産む予定だった。だけど、赤き髪の娘が産みし子になるはずだったクラシスがヘラのお腹の中にいるときに、ハイドがその身体を借りて250年の眠りについた。

 サラはその並外れた予見で、ハイドと僕の関係を予見し、驚いたサラは自分の意識の奥にいる王様とコンタクトを取った。

 その時、サラは自分が殺されることも予見していたので、サラの中にある王様の意識は、王様の母となるローザに移る事になった。ローザは結婚前で、ジルベールは影も形もなかったので、とりあえずローザの中でジルベールが宿るのを待った。そして、僕の中にハイドが入ったようにジルベールの中に王様が入って時を待つ事にした。

 そういう経緯があって、ジルベールは僕が生まれる3年前に生まれた。

 ジルベールが生まれたとき、お爺さまはすぐにジルベールの中の王様の存在を感じたらしい。らしいというのは、ジルベールは生まれたときからかなりの能力があった。お爺さまが、その能力を誰にも知られないよう、ジルベールの魔力を押さえる暗示を掛け続けていたそうだ。暗示はお婆さまがお爺さまに教えたらしい。

 ジルベールの王様の力が覚醒しないよう、生まれてから何も知らされずに育てられた。王様になることは、お爺さまと母ローザしか知らない事だった。

 ジルベールは天降祭が近づくにつれて、お婆さまの記憶が現れた。それが何を意味するのか初めは分らなかった。

 神の国の予見の者に会ったことで、王様のもう半分の意識がジルベールの中に入って、全てが繋がったと教えてくれた。

 王としての記憶が戻ったら、あの予言は自分が書いたと気付いた。そうしたら、これからしなければならない事も全て思い出した。

 アルテナとセゾンが別の宇宙に存在していたこと。

 その時のセゾンには、神魔と人族がいて平穏な秘技を送っていた。ところがある日、突然現れた“宇宙の穴”によって、吸い込まれるように、アルテナとセゾンは現在の場所に飛ばされた。

 この時、王様は宇宙に穴が開くのを初めて知った。この衝撃は予想を遙かに越える事だった。

 “宇宙の穴”から出てこの宇宙に来たとき、王様にはこの星が辿る運命が見えた。

 その運命から逃れるために、神の国と魔法の国を作った。そして、それぞれの国に神族と魔族という二つの種族を配置した。彼らが、500年に一度現れるであろう“宇宙の穴”に対応できるように予言を書いた。

 神魔達に最後の天降祭が来るまでに準備することを伝え、自らは身体を二つに分けて、それぞれの国の予見の者の中に自分の意識を潜ませた。神族と魔族が予言を守り、対応できるように導くためだった。

 王様が留守の間は、ハイドを摂政に任命して任せることにした。

 一回目、二回目の“宇宙の穴”はセゾン自体に危害はなかった。しかし、三回目の時は危うく隕石にぶつかり消滅するところだった。神殿を切り離して月にするのは予定通りだったが、隕石が思ったよりセゾンの近くを通り、多くの神族と魔族が犠牲になった。ハイドは総司令として隕石の軌道をそらすために最前線で神族と魔族の指揮を取っていた。そのため隕石が通過したときの爆風で身体が千切れた。

 ハイドは王様がいない間の摂政だったので、500年前の天降祭で突然ハイドの気配が消えてしまった時には神魔達はかなり焦った。

 しかし、サラの予見によりハイドが次の天降祭の前には現れると知り安堵したらしい。だが、記憶をなくしているのは誤算だった。

 14年前ハイドの気配は現れたけれど、ハイドからの連絡はなかった。神魔から連絡をしてもそれに答えることもなかった。天降祭に向けての準備は、元々の予定に従って、残った神魔達で行うしかなかった。

 ハイドが月が呼んでいる気がしたのは、神魔達が連絡を何度もハイドに送っていたかららしい。

 それから、“王の伝説”は、神の国だけでなく、魔法の国にもあった。

 魔法の国は神の国ほど学問が発達しなかったので、ずいぶん早い段階で忘れられた。

 預言についても、神の国は最後の預言があまりにも衝撃的だったので、人族にも知らせることにしたが、魔法の国では占星省と少数の王族しか知らなかった。だから、国民のほとんどが知らなかったのである。

 全てにおいて魔法の国は遅れていたのだ。

 そんな魔法の国に王様が生まれるなんて誰が思うだろう。

 魔法の国に王様が生まれると気付いたのはサラだった。予見の能力に気付いた時、神の国の予見の人と交流を深めている間に“王の伝説”を知り、自分の予見の中の王がその最後の王となることを予見した。

 自分の死を予期していたサラが、次の王様が誰なのかを伝えなかったのは、神の国の滅亡と神の国を継いだ者が魔法の国に戦いを仕掛けてくることを予見したからだった。

 まだ生まれてもいない王様の名を告げることで、王様の命が危うくなることを恐れたのだ。生まれるはずの命が無いものとされないように、王様の名前を告げることを拒否した。

 あの時皇帝は王様の名前を教えなかったと言うだけで、サラを何故殺したのだろう。自分に課せられたと運命と向き合っていたはずなのに・・・。

 その理由は簡単なことだとジルベールが教えてくれた。

 今のジルベールは何でも分るようだ。

 それは、皇帝を幼児期から神魔が甘やかして育てたことにも責任がある。

 甘やかされて育てられて、何時かはセゾンを救う者になると信じていたのに、サラから皇帝は王様でも道を開く者でもないと言われ、彼の自尊心はボロボロに傷ついたのだろう。

 そこで皇帝は王様を排除しようと考えた。王様がいなければ自分がこの世界を救う者となれるのだと勘違いをした。だから、サラに王様の名前を教えるよう迫った。しかし、サラはそれを拒否した。その為にサラは殺されたと考えるのが正解だろう。


 僕は皇帝に会った時そのような話しをしていた事を思い出した。

 皇帝はこの先どうするのだろう?

「ジルベール、皇帝は外宇宙で星を見つけると言っていたけれど、大丈夫なのかな?」

「大丈夫だよ。あれを予見したのは私だからね。間違いなく別の宇宙にある惑星に行くよ。シートラスの船も行くけどね」

「そうなんだ」

「それより、手はずはどうなっている」

 ジルベールは神魔の一人に声を掛けた。

「あまり良くありません。思ったより穴の拡大が早いです」

「そうか、それでもう旅立つのだな」

「ええ、ご覧になりますか?」

 機械の上部にあるスクリーンに、“宇宙の穴”に向かう多くの船団が映し出された。

「ガージナルからとシートラスからです。それぞれ穴の右と左を狙っているようですが、大丈夫ですかね」

 神魔は心配しているようだ。

「大丈夫だ。進路は私が教えた。穴を上手くやり過ごして、穴の裏側に出れば別の宇宙がある。そこにはセゾンに似た惑星が存在すると教えた」

 画面を見ながらジルベールが答える。

「王様が教えられたのですか?」

「ああ、ガージナルの皇帝には四人の神魔がまだ付いている。皇帝も他国に取っては悪い奴だが、自国に取っては良い皇帝なのだろう。神魔が付いているからには邪険には出来ない。シートラスには父が懇意にしている政治家たちが、ガージナルと同じようにセゾン脱出の計画をしていたらしい。それで父に連絡を取って伝えて貰った」

「お父上はどうされたのですか?」

「シートラスに残っているよ」

 神魔の一人が驚いた顔をしたのを見てジルベールが笑った。

「ここから先は、私と運命を共にしてくれるそうだ。息子の事を信じない親はいないと言ってくれたよ。私としても、魔力と神力のある者達の力が必要だから助かる」

「では、ガージナルにいた神魔も呼べば宜しかったのでは?」

「無理強いはしたくない。私は残るも行くも彼らの考えに任せている。たぶんあの皇帝は神魔がどうしたいのか気付いているから、彼らに選択を任せると思う」

「王様は皇帝を悪い者だと思われないのですか?」

「あれをあんな風に育てたのには神魔の影響もある。一概に責めるつもりはない」

「そうですか」

「さあ、今まで集まった情報を教えてくれ」

 気分を変えるようにジルベールは命じた。

「はい、月の繭はまだ足りません」

「そうか、穴が開くスピードが早いと聞いた。来年の天降祭よりも前に開ききるのだろう」

「はい、データでもそうなっています」

 神魔の一人がジルベールにデータを記入した紙を渡した。それを見てジルベールも考えている。

「このままで進むとあと半年と言うところだろうか?そうすると、なるべく早く神族と魔族を集めないといけないね」

「そうですね。ヘマとは連絡が取れますが、どうされますか?」

一月(ひとつき)待とう」

 ジルベールはデータの紙を神魔に戻した。

「分りました」

 ジルベールから神魔が離れたので、僕は声を掛けた。

「神族と魔族を集めてどうするの?」

「神族の神力と魔族の魔力を貰うのだ」

「神力と魔力を貰う?どうやって?」

 どうやって神力や魔力を集めるのか不思議だった。

「神力と魔力を集めるのはクラシスの仕事だよ」

 ジルベールが真面目な顔で僕を見た。

 僕の仕事?ますます意味が分らない。

「クラシスは、集めた神力と魔力の貯蔵庫になるんだ」

「僕が貯蔵庫?」

「そう、今回はセゾン中の全ての神族と魔族の神力と魔力を集めないといけない。集まったものを溜めるのがクラシスの役目だ」

「神力と魔力を取ってしまったら、みんなはどうなるの?」

「ただの人になる。この話は皆の合意がいるからその時に説明しよう」

「わかった。でも集めて溜めておくのが僕の役目って?」

「クラシスはハイドやヨルハミが入れる不思議な身体をしているだろう。だから、同じ要領で神力と魔力を集めて貯蔵することが出来るんだ」

「何のために集めるの?」

「月の繭を広げるために使う」

「月の繭?」

「月の周りに薄い膜が張っているように見えるだろう。それに最近は月が近くに見える気がしないかい?」

 僕は頷いた。

「月は元の距離からぜんぜん動いてないんだ。月の表面を細い糸の様な物で囲み繭を形成している。この繭はどんどん大きくなっているから月が近くに見えるんだよ」

「それで、月の繭が大きくなったらどうするの?」

「糸を延ばして“回帰の魔方陣”を紡いで、宇宙に広げる」

「糸を延ばして宇宙に広げるって、どうやって?」

「それにはクラシスのもう一つの能力を借りることになる」

「僕の能力?」

「溜まった神力や魔力を放出しながら、クラシスの力で“回帰の魔方陣”を広げるんだよ」

 僕はジルベールの話していることの数分の一も理解できなかった。


「王様、ガージナルにいた神魔から連絡がありました」

 神魔の一人がジルベールに報告に来た。

「そうか、それで?」

「四人ともセゾンに残ったそうです」

「分った。人数は多いほどいいから助かった。神殿跡から月に来れるか尋ねてくれ」

「分りました」と言って神魔は去った。


「さて、クラシス、話しの途中だったね」

「いえ、もういいです」

 今は聞いてもぜんぜん分らないような気がした。もう少し具体的になってから改めて聞いた方がいいと思った。

「一週間ほど月にいる予定だから、その間はハイドと過ごすと良い」

「一週間過ぎたら何処に行くの?」

「魔法の国に一度戻る予定だ」

「分った」

 僕はジルベールから離れてハイドを捜した。

 ハイドは大きなスクリーンの前にいた。

「ハイド」

「クラシス。ジルベールの話は終わったのか」

「うん」

「まあ、あっちは王様で何でもお見通しだから、聞いてて戸惑うことばかりだろう」

 元気がないように見えたのだろう。ハイドが気に掛けてくれた。

「ハイドは記憶が無くて大丈夫だった?」

「あまり大丈夫じゃなかったな。記憶が無いから何をしていいのか分らない。初めは文句ばかり言われたよ」

「わからないまま月にいたの?」

「まあな。月に呼ばれているような気がしたから月に来たけれど、ヒルハミがフォローしてくれなかったら、追い出されていたかもしれない」

「ん?どういうこと?」

「ヒルハミが俺の記憶が無いことを皆に説明してくれたんだよ。それで皆も理解してくれた」

「今は何をしているの?」

「いまは雑用係だな。でも、クラシスが俺の記憶を持ってきてくれたから、何をすべきかが分ったよ」

「それなら、良かった」

「こう見えても、俺は王様の次に偉いんだからな」

 久しぶりに自信満々のハイドを見た。

「へぇ、そうなの?」

「前の天降祭の時に謝って吹き飛ばされたんだ」

 僕は父イリアスが書いていた黒い靄と僕が見つけた靄の事を思い出した。

「神魔は吹き飛ばされても生きているってすごいね」

「神魔は身体がちぎれても頭が生きていれば何とかなるんだよ」

 ん?頭って?僕が拾ってきたのは記憶だったよね。頭と記憶は別なんだろうか?

「そうなの?そういえば神魔は永遠の命を持っていると聞いた」

「何時何処で生まれたかなんて記憶は無いが、気が付いたらセゾンで王様と他の神魔達と暮らしていた」

「そうなんだ」

 全部の記憶が残っているわけではないんだ。ジルベールもそうなんだろうか?

 僕が考えていると、ハイドが話題を変えた。

「クラシスは仕事が終わったら俺たちの中に残るのか?」

 俺たちって?神魔と一緒にいるって事かな?

「わからない。だって僕、永遠じゃないもの」

「クラシスは王様の伴侶だろう?寿命なんて王様次第で変えて貰えるはずだよ」

「えっ!ジルベールってそんな事もできるの?」

「神魔の王様は命も操る。神族と魔族の寿命を決めたのは王様だよ」

「そうなの!」

 ジルベールは本当にすごい存在になったらしい。

 仕事が終わったらどうするかなんて今は考えられない。

 僕は天降祭までに考える事にした。


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