ガージナルへ!
部屋を出た僕は、眠れそうもなかったので、居間のソファーに疲れた身体を預けた。
ハンスの家で見た映像が頭に浮かぶ。本当にアルテナは穴から出て来た太陽とぶつかってしまうのだろうか。あんなことになったら、この宇宙自体さえ存在しなくなってしまうような気がする。
まだ穴は開いたばかりだと言っていた。その穴の中央に見えた金色の星。
頭の中で繰り返し再現される映像。考えると僕も頭が痛くなってきた。ジルベールではないけれど、早く寝た方が良いようだ。
『ジ・ル・ベール、早く・・・ジル・ベール・・・は・やく・・・』
誰かが呼んでいる。
誰だろう、顔が見えない。
お婆さま?いや、違う・・・だれ?
ジルベールは目が覚めた。
窓から朝の光が差し込んでいた。
昨夜頭痛がしてそのまま寝てしまったのを思い出した。
早く起きないとクラシスが心配しているだろう。
ジルベールは身支度を調えるとドアを開けた。
結局眠れないまま朝を迎えた僕は、台所で朝食を作っていた。
ドアが開く音がしたので、居間を覗くとジルベールが部屋から出て来るところだった。
「おはよう、ジルベール。朝食の準備をしているから少し待って」
僕の顔をチラッと見てクッと笑った。
「クラシスは何処でも順応するんだな」
「どーいう意味?」と睨む。
「当たり前の様に朝食を作る光景を見たら、誰でもそう思うだろう」
ジルベールが何もしないから僕が動いているのに・・・。思いっきり膨れるとジルベールが吹き出した。そして珍しく声を出して笑った。
「ハハハ、お前のそういう顔もいいな」
笑えていると言うことは、もう頭痛は治ったんだと思ったら、怒っているけれど何だかホッとした。
その時、マイホンが居間のソファーの中で鳴った。
しまった、夕べ置いたままだった。慌てて取ると学長だった。
「おはよう、ちゃんと目覚めたかな」
相変わらず元気で大きな声だ。
「おはようございます」
「ジルベールは側にいるかね」
「はい、替わります」
僕はジルベールにマイホンを渡す。
「おはようございます。朝から何の用ですか?」
まだ眠そうな声でジルベールが答える。
「用事は無いんだが、今日王女達をアカデミーに返すので、見送りにおいでと連絡したのだよ」
「二日前に行く予定だったのでは?」
ジルベールは少し驚いた顔をした。
「色々準備があってね、今日になったんだよ。今日の授業は一限目だったね」
「そうですが、それが何か?」
「昼過ぎに迎えの車を回すから、学園までおいで」
「どうして?」
「どうしてもだよ。じゃあ昼にね」と言って電話を切った。
ジルベールはマイホンを僕に返した。
「聞こえたか、クラシス。手回しが良すぎると思わないか。あのじじい、何か企んでいる様な気がする」
「何を?」
「それは分らない」
ジルベールは朝食を食べる間、何か考え事をしているようだった。
朝食後は大学に出掛けたけれど、ジルベールはまだ考えているようだった。
僕の頭から離れない昨日の映像について、ジルベールの意見を聞いてみたいと思ったけれど、声を掛ける雰囲気ではなかったので、授業が終わったら聞いてみることにした。
大学に着いて講義室に入った。
歴史の授業は昨日の天文と違って受講生が多かった。
僕とジルベールは教室の後ろの扉に近い席に着いた。
「クラシス、授業が始まったら少し抜けるぞ」
突然ジルベールが耳打ちしてきた。
僕は驚いてジルベールを見た。その時、先生が教室に入ってきたからだろうか、黙っているようにと指を唇に当てた。
授業が始まったらジルベールはマイホンを机の中に入れるように身振りで示して、僕を連れてこっそり教室を抜け出した。廊下に出ると誰もいないことを確認して空間に魔方陣を書いた。
次の瞬間、僕たちは昨日訪れたハンスのアジトに飛んでいた。
僕たちが訪れた時、ハンスは二人の男の人と話していた。
突然現れた僕たちに、ハンスと二人の人物が驚いた。
「「「なに!」」」
驚かれたことを無視して、ジルベールはハンスの横に立っている人物を見た。
金色の髪に蒼い瞳の美しい男の人と、ハンスと同じ赤い髪のハンスに似た男の人だった。
「神の国の第二王子殿下ですね。お会いできて良かった」
ジルベールは金色の髪の男の人に声を掛けた。
「君たちはいったい!」
第二王子の後ろに、ハイドと同じ雰囲気を持った人が見えた。たぶんヘマだろう。
「私はジルベールと申します。魔法の国の次期国王です。ここはまもなく襲撃されます。早く逃げるよう伝えに来ました」
ジルベールは淡々と驚くようなことを告げた。
「ジルベール?」
突然こんなことを言うなんて、今朝からおかしかったけれど、夕べの頭痛で本当におかしくなってしまったのではないかと、僕は焦ってジルベールを見た。
「どうして逃げろと・・・」
第二王子は不可解な顔でジルベールを見ている。
「私たちは常に見張られています。昨日は魔方陣を使って移動することで、彼らを出し抜いたと思っていました。でも彼らの方が上手でした。このアジトは彼らに見つかったと考えていいと思います。時間が無いので用件を言います。彼らは貴方たちの全てのアジトを把握しているのでしょう。これから一斉に全アジトに襲撃を掛けると思われます。だから早々に連絡を取って全アジトから避難するよう命令を出してください。あなた方も見つからないように姿を消してください。そして、天降祭の一ヶ月前にこの天文台に神の国の人々を集めておいてください。ここを捜索した後、彼らはシートラスを離れます。たぶん、自分たちの目的のために国に帰るのでしょう」
「君は何故そう思うのだ」
「私の家系は予見の家系です。昨夜、母から指示を受けました。母は予見者ではありませんが予感は良く当るのです。だから、お願いします」
ジルベールは深々と頭を下げた。
「分りました。襲撃されては困るので、我々は逃げることにします」
「少し待ってください!」
今にも立ち去りそうな第二王子を僕は呼び止めた。父マクマナラから預かった手紙を渡そうと思ったのだ。
第二王子はそれまでジルベールの横に居た僕に気付いていなかったようだ。僕を見るととても驚いた顔をした。
「僕の家系は、長子はみな黒い髪にアメジストの瞳で生まれるそうです。もし第二王子様に会えたら渡して欲しいと父から手紙を預かっています。父の先祖はある亡国の末の王女だったそうです。その先祖の王女が姉の王女から預かり、第二王子様に会ったら渡すようにと頼まれた手紙を代々受け継いできました」
僕はズボンのポケットから手紙を取り出して、驚いている第二王子に渡した。
王子は震える手でその手紙を受け取った。
ジルベールは僕が手紙を渡すまで待ってくれていた。
手紙を渡し終えると、僕の手を取って急いで魔方陣を抜けた。
僕たちは大学の講義室の外に戻っていた。そして、そっと中に入った。
長い時間席を抜け出していたような気がしていたが、戻ってみると5分も経っていなかった。
僕はさっきのジルベールの話した事を考えていて、授業はまったく耳に入ってこなかった。ジルベールから肩を叩かれて授業が終わったのを知ったほどだ。
「昼までには少し時間があるから図書館にでも行こうか」
教室を出た後にジルベールは僕を図書館に誘った。僕は昨日の映像を考えながらヤーコブ博士の宇宙の穴について考えてみたかったので、図書館は異存が無かった。
図書館に着くと、僕はいつもの書架に行きヤーコブ博士の三冊目を取った。
ジルベールは同じ書架から一冊取って、僕の隣に座って読み始めた。
僕は読み始めると、もう周りの事を忘れるくらい集中していた。
ヤーコブ博士は宇宙の穴は突然に開くものでなく、周期があるのだと書いていた。宇宙空間にたまった澱の渦が別の空間に穴を開けるのにおおよそ500年くらい掛るから、セゾンの異変は500年毎に起こるらしい。宇宙の穴は始めは小さくだんだん大きく広がるらしい。大きくなると空間の比重の差で、軽い方から重い方に引っ張られると書かれていた。
周りがザワザワするのに気が付いて目を上げると、一目で学生では無いと分る男達が僕とジルベールの周りにいた。
ジルベールは迷惑そうな目で男達を見た。
「何かご用ですか?」
「学長から昼に迎えに来ると連絡があったはずですが、アパートに居ないので迎えに来ました」
「分った。本を戻してから行くから表で待ってて。ラシク帰るよ」
ジルベールは思いっきり嫌な顔をして男達を睨むと、僕と一緒に本を書架に戻しに行った。男達も図書館で変なことはしたくないのだろう、ジルベールに言われたとおり表に出て行った。
「ジルベール、あの人達は?」
僕は本を戻しながら小声で聞いた。
「たぶん、僕たちが逃げないように学長が雇ったんだろう」
同じように小声でジルベールが答えた。
「逃げるって?」
「クラシス、これから先何が起こるか分らないから絶対僕の側を離れるんじゃないぞ」
ジルベールはそう忠告すると、顔を前に向けて表に向かって歩き出した。僕は不安を感じながらもジルベールに付いて行った。
車は図書館の駐車スペースに停まっていた。
僕たちは車に押し込められた。
男達も一緒に乗ってくるかと思っていたら、車はジルベールと僕を乗せて走り出した。
車が動き始めてジルベールに声を掛けようと口を開き掛けたら、ジルベールが唇に人差し指をあてて片目を瞑った。どうやら話してはいけないらしい。僕は差し障りのない事なら良いだろうと思い、「ジルベール様、王女様達は元気にされているでしょうか?」と棒読みで尋ねた。
「彼女たちのことだから、何処に居ても元気だろう」
ジルベールも話しを合わせてくれたが、それ以上会話は続かなかった。
ジルベールはムスッとした顔で車外を見ていたので、僕も外を見ることしか出来なかった。
魔法学園に着くまで僕たちは一言も話さなかった。
その頃、旧天文台のアジトでは、ハンスとハンスの父である元宰相のへーガルがモニターや機器を安全な場所に転送していた。
ハンスが父に尋ねた。
「父上、ジルベール殿の言ったことは本当でしょうか?」
「分らぬ。だが、彼が魔法の国の次期国王と言うことは本当だ。その彼がわざわざ嘘を言うために現れたとは思えない」
「ジルベール殿が・・・そうなのですか。では彼は伝説の王なのでしょうか?」
「それも分らぬ。“伝説”は“予言”や“宇宙の穴”と違い神の国だけに伝わる話しだ」
「そうなのですか」
ハンスは父の言葉に黙ってしまった。
「そんな事は良いから、手を動かせ」
父へーガルの言葉にハンスは慌てて機器の転送を手伝った。
大方片づいた頃、第二王子が空間から現れた。
「へーガル、皆に連絡してきた」
「アセラス様、こちらも機器の転送は終わりました」
「よし、では我等も消えるぞ。その前にハンス、ジルベール殿から渡された魔方陣はここに残していくように」
ハンスは驚いた様に、昨日ジルベールから預かった魔方陣を思い出してチョッキから出した。
「彼は昨日魔方陣で出し抜いたと思ったと言っていた。でも相手が上手だったとも言っていた。たぶん、それが我等の居場所を見つける印となるのだろう」
「でも、ジルベール殿は捨てろとは言われてませんでしたが・・・」
「入り口は消されているだろうが、見える者が見れば痕跡は残っている。先ほど。昨日とは違う方法で現れたのは、彼もそれに気が付いたと言うことだ。だから急いで知らせに来たのだろう」
第二王子の言葉に二人が頷くと同時に、魔方陣の紙を残して彼らの姿は消えた。
学園に着いた、ジルベールと僕は学長室を目指した。
ドアをノックすると、ミス・ブラッドが開けてくれた。
部屋の中に学長とクラシスのエルゼと三人のジュネルがいた。
「おお、良く来たね。まあ、かけたまえ」と学長は机に座ったまま、大げさな身振りでソファーを勧めた。
ジルベールは王女達の前の椅子に腰掛けた。僕はジルベールが座ったのを確認して最後に座った。
「で、学長、僕らを呼んだ本当の理由は何です?」
ジルベールが訝しい目で学長を見た。
「本当の理由なんて、ジルベールは疑り深いね。王女達にアカデミーに戻って貰うから、その見送りだよ」
学長はジルベールの懐疑的な質問に目を細めてニコニコと答える。
でも僕は分ってしまった。学長の細い目の中は笑ってなかった。
「さあ、私とミス・ブラッドはしばらく席を外すから、ゆっくり話をするといいよ」
学長はミス・ブラッドを連れて部屋を出て行った。
「つい先日まで一緒でしたのに、わざわざ見送りに来て下さらなくても良かったのに」とたぶん、ディアナが言った。
彼女たちは先日からのジュネルの変装を解いていなかった。
「君たちはいつまでジュネルになっているつもり?」
ジルベールが尋ねる。
「さあ、アカデミーに行ったら解いても大丈夫と思うけれど・・・」
「どうして?アカデミーの方が危ないと僕は思うけど・・・」
「それはどうしてですか?」
クラシスに変身しているエルゼが何故?と言う顔でジルベールを見る。
「ここはシートラスだ。誰かが居なくなったら、学園の誰かが不思議がってすぐにネットにあげるだろう。でも、アカデミーではそうはいかない。先日の事があるから少しは気を付けてくれるかも知れないが・・・」
「何をそんなに心配していますの?」
ジュネル?たぶんジュネルだろうが尋ねた。
「君たちが学園からアカデミーに戻る事は学園の皆が知っている。でも、アカデミーでは君たちが戻るのを知らない。では、君たちが何処かに連れ去られてしまっても誰も気付かないとは考えられない?」
「どうしてそんな事をする必要があるんですの」
「そこまでは分らない」
ジルベールはクラシスのエルゼを見た。エルゼは何も分らないと言うように微笑んだ。
「ジルベール様は疲れていらっしゃるのかしら?」
この声はマリアージュかな?
「そうだね。疲れているのかも知れない」とジルベールは答えた。
そこへ学長が戻ってきた。
「話しは終わったかな。では、アカデミーに戻るとしよう。ジルベールとラシクは少し待っててね」
学長は一度閉じた学長室の扉を開けて王女達を連れて出て行った。
扉が閉まったのを見て
「あれは・・・」と僕が尋ねると「僕たちがここに来たとき使った手だよ」とジルベールが言った。
学長達が出て行ってしばらくすると、ミス・ブラッドがお茶を持ってきた。
ジルベールがカップを取ったので、僕もカップを取った。
ジルベールはお茶を一口飲んで変な顔をして、僕に「飲むな!」と言ったが、僕は一口飲んだ後だった。苦しそうなジルベールの顔を見たのを最後に意識がなくなった。
ゴーッという騒音が聞こえた。
まだ、頭がぼんやりしていた。僕の側で誰かが話していた。
「やはり、あなたでしたか」ジルベールの声だ。
「気が付いて居たのかね」こっちは学長の声だ。
「ええ、父から僕が誘拐されたときの話しを聞きました。僕はすっかり忘れていましたが・・・」
「そうか・・・」
「あの頃、僕はあなたに教えてもらった扉を使った通り抜け魔法が面白くて、会う人毎に披露していた」
「そうだったね」
「だから、それを披露しようと思って使ったけれど、いつもは隣の部屋に出るはずの扉が違うところに開いてしまったのではないかと考えたら、それが出来るのはあなたしか考えられなかった」
「・・・」
「違いますか?」
「そうだよ。私がガージナルの密偵に君を売った」
「なぜ?」
「妻の病気を治したかったから・・・と言ったらきれい事になるかな」
「病気?」
「そうだ、妻の病気を治すのにとてもたくさんのお金と技術が必要だった」
「その為に僕のお爺さまを犠牲にしたのか!」
「あんなに大きな魔力が発動されると思わなかったんだ」
「誤算だとでも!」
「そうだ、ロブは私の大切な友人だった。まさかロブが死ぬとは思わなかったんだよ。ロブがいなくなってその後妻が亡くなって、私は何のためにそんな事をしてしまったのかと後悔したよ」
「では、何故僕たちにこんなことをするんですか?」
「しかたないんだ。私の意思ではどうにも出来ない。始めは君たちをシートラスに逃がそうと思った。でもダメだった。ガージナルには逆らえないんだ」
「何故?」
「ガージナルのあの方を知ってるか?」
「あの方?もしかしてトール伯爵が言っていた者か?」
「そうだ、あの方は人の能力を操るんだ。逆らおうと思っても逆らえなくなってしまう」
僕は二人の話を聞きながら学長を見た。
学長の頭のところに、以前ヒルハミが捕らわれていたような細い紐が見えた。どうして今まで気付かなかったんだろう。
僕が身動きしたので、ジルベールは僕の目が覚めたと思ったようだ。
「ラシク、目が覚めたか?」
僕はこの時初めて手が後ろで縛られているのに気が付いた。
驚いた顔で見上げると、ジルベールは心配するなと僕を見た。
「それで、僕たちを何処に連れて行こうとしているんです」
「ガージナル連邦国家だ。それから先は私にも分らない」
「そうなのですか」
ジルベールは感情のない声で答えた。
「まだ時間が掛るから、それまでの間もうしばらく寝ていて欲しい」
学長は薬品をしみこませた布を僕たちの口に押し当てた。
僕はまた闇に落ちていった。
神の国に伝わる伝説
遠い昔、空の国に一人の王様がいました。
ある日王様は二つの国を作りました。
国の名前は神の国と、魔法の国といいました。
国を作った後に、人間界から二組の男女を呼び、特別な力を与えるからと一組を神の国に、もう一組を魔法の国の住民の祖となるように言いました。
王様は常に二つの国を見守るために、身体を二つにしてそれぞれの国を見守りました。
とても長い間そうやって、二つの国を見守っていました。
あるときとても大きな災いがやって来ました。
地上にある全ての国が協力して戦うことになりました。
しかし災いはどんどん大きくなり、人類の力ではどうにも出来なくなりました。
もう、王様しかその災いと戦える者はいませんでした。
人々は王様にこの国を救って欲しいと頼みました。
人々の言葉を聞いて、王様は二つに分けた身体を一つに戻して、災いと戦うことにしました。
王様は戦いに挑むとき、とても大きな力が必要でした。
だから、多くの人々が力を合わせる事が必要だ言われました。
王様は多くの人々と協力して、大きな力でその災いと戦い、そして災いに勝ったのです。
王様は戦いの後、全ては終わったと言って空の国に戻りました。
その後王様が人々の前に姿を現すことはありませんでした。
第二王子に宛てた手紙
神の国第二王子 アセラス殿下
むかし、私はアステリア王国の王女でした。あなたと姉のイリアが会っていたとき、いつも遠くから二人を見ていた小さな王女を覚えていますか?
アステリアの王城が落ちたとき、姉から「第二王子様に会ったら渡してね」と手紙を預かりました。姉はその後自害しました。当時5歳の私は侍女の手配で木樽に入れられ流されました。その時もう一つの木樽に乗って流された子どもがいました。私が神の国の港に着いたとき侍女の親戚が迎えに来ていました。その人はもう一つの樽を捜したのですが、見当たりませんでした。
その樽には姉の生まれたばかりの子どもが入っていたそうです。私とその子をシートラスに逃がす予定だったらしいです。
その後も捜しましたが彼は何処にも居ませんでした。
あれから25年経って、私は姉の子を見つけました。
彼の名前はイリアス・トルケーノ。
予言のレリーフを発見したという新聞の写真を見て、私は彼に会いに行きました。と言っても、遠くから見るだけでしたが。彼を見て間違いないと思いました。木樽に入れられるときに顔を見たのです。金色の髪と蒼い目。名前も港で侍女がイリアスと言う名で捜しているのを思い出しました。本来私の家系は長子は黒髪にアメジストの瞳で生まれるのですが、実際私の息子は黒髪にアメジストの瞳で生まれました。イリアスは生まれたときから金髪で蒼い目をしていました。第二王子様の血が強いのだと思っていましたが、彼は普通の人間でした。私はとうに70歳を越えましたが、先日イリアスが亡くなったと新聞に出ていました。彼は考古学者として名を残しています。
もう、イリアスは亡くなってしまいましたが、姉から頼まれた手紙を第二王子様に渡すことは姉との約束でした。
私はシートラスに渡って第二王子様に会う機会がありませんでした。今後もガルボ帝国の目がある限り、神の国には近づけないと思われます。私の子孫にこの手紙を託すことで、いつか王子様の手に届くことを願っています。
イリアの妹、シーラ
イリアの手紙
アセラス。私たちの子どもは、金髪で蒼い目のあなたによく似た男の子です。あなたと私の名前を取って“イリアス”と名付けました。私はもうあなたと会うことは出来ないと思います。でも、何処かでこの子を見かけたら父と名乗って下さることを願っています。イリア
アジトを発って少し落ち着いたときに手紙を見た第二王子は驚いた。
予言のレリーフを見つけに来たあの時の青年がイリアス、自分の息子だったのだと・・・。
第二王子の横にいたヘマは王子よりもっと驚いた。
自分が見つけた木樽の中の赤ん坊、ヘマの声が聞こえた子ども。予言のレリーフを見つけにきた時、王子の後ろにいた私に気付いたようだったが、何も言わなかった青年。
彼のことをよく知っていたのに、あの子が第二王子の子どもだと気付かなかった。