驚愕の真実!
「これで全部だね」
システインから当面の食料として貰った食材を、冷凍冷蔵庫に詰め終えて僕はやれやれと一息ついた。
今朝早くに僕とジルベールは、学長が手配してくれた大学近くの建物に引っ越した。ここがしばらく僕たちの寮になるらしい。本当は別の建物の予定だったらしいが、急なこともあって、借りることが出来なかったと聞いている。居間と台所の他に二部屋ある家具付きの物件の空きがなかったらしい。その為か、冷蔵庫も学園の寮より小さかった。
「クラシス、この箱は何だ?」
僕が片付けるのを、ほとんど見ていただけのジルベールが椅子の下に隠れていた箱を指さした。
僕は箱を持ち上げてテーブルに置き中身を確かめた。
保冷剤の詰まった箱の中に冷凍食品が入っていた。
「冷凍庫はいっぱいでもう入らない。どうしよう」
ジルベールを見ると、「今日食べたら良いんじゃないか」と返ってきた。
「今日の分は冷凍じゃない物を別に持たせてくれたから、それを食べないと悪くなってしまう」と困った顔をしたら、ジルベールは少し考えて、「それなら魔法でしばらく箱ごと凍らせておこう」と箱を閉じると、そのまま冷凍魔法をかけてしまった。
「これで2・3日は持つだろう」
確かに持つと思うけれど、魔法が強すぎてテーブルまで凍っている。
その時、僕のマイホンが鳴った。
学長からだった。
「学長から電話が来た」
「クラシスに?」
ジルベールがどうして僕のマイホンに?と首を傾げたけれど、とにかく出てみることにした。
「は・・・」
僕が何か言う前に、学長の大きな声が聞こえてきた。
「ジルベールのマイホンの電波が切れたけど、何か有ったのかな?」
ジルベールのマイホン?
ジルベールを見ると、ポケットを探っているようだった。そして、「あっ」と思い出したようにテーブルの上を見たので、僕もテーブルを見ると、ジルベールのマイホンが凍っていた。
ジルベールは慌てて僕からマイホンを奪うと、
「学長、すみません。冷凍食品が冷凍庫に入りきれなかったので、冷凍魔法をかけたら一緒にマイホンも凍らせてしまったみたいです」と学長に謝った。
「あれほど魔法には気を付けなさいと、言っていたのに・・・」呆れたような学長の声が聞こえた。
「すみません。修理出来ますか?」
「修理はできないよ。特注だと言っただろう。仕方ないから、電話はラシクと共同で使ってちょうだい」
学長は怒ったのだろうか、一方的に電話を切ってしまった。
「怒らせたみたいだね」と僕が言うと、
「そうだね。でも、どうして壊れたことがすぐわかったのだろう」とジルベールは不思議な顔をした。
「学長は電波が切れたと言っていたけど・・・」
「マイホンから電波が出ていて、電波が切れたら学長に分るようになっているんだろう。少しやっかいな気がしてきた」
ジルベールはそう言って黙ってしまった。
僕たちの動向は、もしかしたら学長に筒抜けなのかもしれない。
僕もなんだかモヤモヤしたものが残った。
片付けが終わった後、ジルベールが大学の下見に行こうと言った。
大学へ行く道や、どんな感じのところか知りたかったので僕も賛成した。
ジルベールは帽子と眼鏡を掛けた。あの出来事以来、出歩く時は気を付けているようだ。僕も帽子を被って出掛ける事にした。
大学はキサキ市の外れにある山の中腹を切り開いて建てられたらしい。だから、大学の広さとしては、藩一小さな大学として知られていた。
地図通りに行けば、寮からは坂道を登って15分程のところに正門があるはずだ。
僕たちは寮を出て、用心しながら大学への道を歩いた。商店街や人通りの多い通りは、大学と反対方向だからだろうか、幸いなことに僕たちを見て立ち止まるような若い女性と会うことはなかった。
大学の校内に入っても人数は少なかった。
ジルベールは明日からの聴講授業の確認の為に事務局に行った。
事務局で確認すると、明日から天文と歴史の授業が登録されていると教えてくれた。
時間割は、明日の13時から天文で歴史は次の日の朝9時からだと教えてくれた。
僕たちは仮の学生証を発行して貰い、大学内を見ることを許可された。
ジルベールが何処か見たいところはある?と聞いたので、僕は図書館に行ってみたいと言った。
それは良い考えだと、ジルベールも賛成したので図書館棟に行った。
学生証を発行して貰った事で、すんなり図書館に入ることが出来た。
僕は迷わず天文関係の書架があるコーナーを捜した。意外に早く天文と宇宙に関する本が集まっている書架を見つけた。
ジルベールは僕が目当ての書架を見つけたのを確認すると、僕が本を読んでいる間、他の本を見てるからと離れていった。
僕は『宇宙の穴』が書かれている本を捜した。
『宇宙の穴』の書かれていると思われるヤーコブ著の本を4冊見つけた。思わず口元が緩んでしまう。
発行日の一番古い本を手に取り読書机に向かう。
その本は預言の言葉に従って、ヤーコブ博士が推測した事柄が書かれていた。
初めの章では、惑星セゾンと太陽アルテナは別宇宙から、宇宙の穴を通って現宇宙に来たと書かれていた。その論拠として古代人が見ていた星座と現在の星座がまるで違うと書いあった。
細かな点を除いて、先日ガスター先生に見せて貰ったセゾンの歴史のビデオの内容とそれほど変わらなかった。
最後まで読んで本を書架に戻すと、ジルベールを捜した。
ジルベールは少し離れた机で本を読んでいた。僕が側に行くと、顔を上げて本を閉じた。表紙には『電子機器の種類と仕組み』と書かれていた。
「もう、いいの?」と聞かれたので、「一冊読み終えたので、次は明日にしようと思う」と返事をすると、にっこり笑って「じゃあ、帰ろうか」と席を立った。
僕たちは図書館を出て寮に戻った。
寮は以前の様な高層階でなく、建物の二階だったので、エレベータを使う必要はなかった。外階段から二階に上がると、他の入居者に会わずに部屋に戻ることができた。でも、周りに建物が多くて窓からの景色は望めなかった。
そのせいか、夕食を終えてジルベールと二人でいると、なんだか時間を持て余してしまった。今までも二人で過ごすことが多かったのに、何故だか今日はくつろげなかった。
たぶんジルベールの口数が、いつもと比べて少ないからだろう。大学から戻ってから、何か思案しているらしくずっと黙っていた。
僕の気まずい様子に気付いたのか、ジルベールは「先に休む」と言って、二つある扉の一つを開けて中に入って行った
僕ももう一つの扉を開けて中に入った。クローゼットとベッドが有るだけの小さな部屋だった。少し固めのベッドに横になって、明日図書館に行ったら、本を借りる事ができるか聞いてみようと思った。
翌日、授業は午後からだけど、午前中に図書館に行こうとジルベールが言った。僕に異存はなかったので、早めに大学に向かった。
相変わらず人通りは少なかった。大学は受ける科目時間に合わせて登校して来るため、学園に居た時みたいに、通学路で学生に会う機会はそれほどなかった。人と会わないのは僕たちにとっては都合が良かった。
ジルベールも道沿いの木々を見ながらのんびり歩いている。
図書館に着くと、僕は昨日ヤーコブ博士の本を見つけた書架の場所に向かった。ジルベールも後ろから付いてくる。
ヤーコブ博士の本がある書架の前に赤毛の人物が背中を向けて立っていた。急に立ち止まった僕にジルベールがぶつかりそうになった。
ジルベールは僕が立ち止まった前方にいる人物を見て呟いた。
「赤毛・・・」
ジルベールの声が聞こえたのか、その人物はビクッと肩を揺らして、ゆっくりと覗うように振り返った。そして、僕たちを見ると、青い大きな目を驚いたように見開いた。
ジルベールと同じ年くらいの男子だ。白の半袖シャツの上からベージュのチョッキを着て、黒いズボンを履いていた。なんだか執事見習いの様にも見える。
「君たちって、もしかして今日から天文の授業に参加する人?」
少し興奮したように早口で尋ねられた。
「そうだけど・・・」と僕が答えると、
「僕は、ハンス。同じ授業を取っているんだ」
と僕の手を握って挨拶をした。
「僕はラシク、そしてこっちはジルベールだよ」
「いやあ、感動だなー。午後からの授業なのに、こんなに早く出会えるなんて」
「ところで・・・ハンス・・・君はどうして僕たちを知っているの?」
何故か感動しているハンスに、ジルベールが冷めた口調で問うた。
「先週の授業のとき、先生が聴講生が来ると教えてくれたんだ。それに、君たちを学内で見たのは今日が初めてだから、もしかしたら・・・と思ったんだ」
ハンスは早口でそう言った。
「でも、授業は午後からと聞いているよ」
ジルベールはどうやらハンスを観察しているようだ。
「僕は授業のある日はいつも早く来ているんだ」
「どうして?」と今度は僕が尋ねた。
「何を隠そう、僕はこの『宇宙の穴』の著者の子孫なんだ」と胸を張った。
「もしかして、ヤーコブ博士の子孫?」
僕が驚いて尋ねると、大きく頷いて、「君はヤーコブ博士を知っているの?」と目を輝かせて聞いてきた。
「僕の尊敬する一人だよ。僕は『宇宙の穴』と天降祭の関係に興味があるんだ」
思わずそう答えてしまった。
それを聞いたハンスは突然表情を無くして、黙ってしまった。そして、そっと周りを警戒したように見渡した。早い時間なので、周りには誰もいなかった。受付からは遠いので、今の話しは誰にも聞かれていないと思うけれど、どうして急に黙ってしまったのだろうと不思議に思った。
周りを一通り見回して、ハンスは指を唇に当てて、
「ここでは大きな声で話すと叱られるんだ」と少しトーンを落として言った。
それほど大きな声で話した記憶は無いけれど、「そうなの」と思わず僕も小さな声で聞いてしまった。
「ここでは詳しい話しは出来ないから、授業が終わったら僕の家においでよ。君のヤーコブ博士の事で知ってる話しを聞かせてよ」と囁くような声でハンスが言う。
ここでどうして話せないのか分らないけれど、僕の知らないヤーコブ博士の事を知っているのなら知りたいと思った。僕はジルベールを見上げた。
「行こう」
ジルベールは一言そう言った。
ジルベールの返事を聞くと、「じゃあ、また授業で会おう」とハンスは軽く手を振って僕たちから離れた。
赤毛のハンス、ヤーコブ博士の子孫だと言った。とても気になる存在だった。たぶんジルベールもそう思ったのだろう、だから彼の申し出に乗ったのだと思った。
ハンスが去った後、初めの予定通り、僕はヤーコブ博士の二冊目の本を手に取ると、読書机に向かった。ジルベールも昨日と同じように書架の間をブラブラして、一冊の本を手に取ると、少し離れた机に座った。
僕は読み始めたら本に集中していたので気付かなかったが、最後まで読み終わって、現実世界に戻ってみると、静かであるはずの図書館の中がザワザワしていた。
よく見ると女子が遠巻きにジルベールを見ながらヒソヒソと話している。
「ねえ、あの方、もしかして氷の貴公子じゃない」
と言う声が聞こえてきた。
ジルベールはどうやら氷の貴公子と噂されているらしい。
気付かないふりをして本を読んでいるが、絶対気付いているだろう。
僕はそっと席を立つと、巻き添えをくう前に気付かれないように書架に本を返しに行った。こんな時に借り出しの手続きなんかすると、僕の事までバレてしまうので、借りることは諦めて図書館を出た。
図書館の裏口から外に出て、ホーッとため息をついていたら、ハンスが近づいてきた。
「君たちって、有名人?」
「いや、ただの学生だけど、先日マイホンで撮られてから騒がしいんだ」
「ああ、あれも困ったものだね。僕はそういった投稿は見ないので全然分らなかった」
「見なくて正解だよ」
「ところで、お昼はすんだの?」
ハンスは手に持ったパンを見せて聞いた。
「いや、まだだよ。ジルベールも出てこないし・・・」
僕が途方に暮れていると思ったのだろう。
「君はここで待っていて、僕がパンを買ってきてあげるよ。ジルベールさんにもそれとなく君がここに居ることを伝えるから安心して」
ハンスは持っていたパンを僕に渡し、図書館に入って行った。
しばらく待っていると、ジルベールが裏口から出て来た。僕を見つけて片手をあげた。
「よく一人で出てこれたね」と僕は驚いた。
「ハンスが僕の側に来て、次の授業は303講義室だよ。と周りに聞こえるように言ったから、僕が席を立ったのを見て、講義室に行くと思ったんだろう。自然と一人にしてくれたよ」
「それは良かった。でも、それだけで良くここが分ったね」
「ああ、側に来たときに図書館裏にいると書いたメモを渡してくれたからね」
「で、ハンスは?」
「パンを買いに行くと言っていた」
僕は機転の利いたハンスの行動に好感を持った。ジルベールもそう思ったのだろう、
「ハンスは大丈夫だろう」と言った。何が大丈夫なのか聞こうと思ったら、ハンスがパンを抱えて戻って来た。
「お待たせ、好きなパンを適当に取ってよ。飲み物は自販機のコーヒーを買ってきたけど良かったかな」
「ありがとう、ぜんぜん大丈夫だよ」
僕たちは図書館裏の木陰でパンを食べた。
「この場所は、僕の隠れ場所なんだ」
「隠れ場所?」
「僕もいろいろあってね」とハンスは複雑な顔をした。
「ハンス、君の家にはどうしたら行けるの?」
突然ジルベールが聞いた。
「僕の家は山の上だから、いつも車を使っている」
「その車は?」
「僕の車だよ」
「分った。僕たちは授業が終わったら一度家に戻らないと行けないから、君は車の中にこれを広げて待っていてくれないか」
ジルベールはハンスに魔方陣を書いた紙を渡した。
ハンスは少し驚いた顔をしたが、分ったと言ってその紙を受け取るとチョッキの内ポケットにしまった。
ハンスが魔方陣を見て何も言わないのも不思議だったけれど、ジルベールがそれをハンスに渡したことの方がもっと衝撃的な出来事だった。
「僕は天文の後も授業を取っているから、少し遅くなるかも知れないよ」
「車の中にそれを置くだけで、ハンスはいつも通り行動して構わないよ。車が動いていても移動はできるから、変に特別な事はしなくていいよ」とジルベールは笑い、「さあ、教室に行こうか」と講義室に向かった。
講義室の前には女子生徒が集まっていた。
「ジルベールさん、人気がありますね」小さな声でハンスが囁いた。僕は頷くと帽子を深めに被り、ハンスと一緒にジルベールとは別の扉から教室に入った。
ジルベールは少し遅れて、ゆっくりと教室に入ってきた。
教室の中には女子が一人居た。
「あら、ハンス。今日は一人じゃなかったのね」
茶色いショートカットの赤い目をした猫の様な女子が、僕とジルベールをジロジロ見ながら言った。
「ミーア、珍しいね、君が時間前に教室にいるなんて」
ハンスが少し刺のある声で言った。
「あら、私だって早い日もあるわ。それより、連れているのは誰?」
「先週聴講生が来ると先生が言っていただろう。彼らがその聴講生だよ。下で会ったから案内してきたんだ」
ミーアと呼ばれた女子は、「ふーん」とハンスを小馬鹿にしたような態度で見た。どうやらこの二人は仲が悪いらしい。
始業のチャイムが鳴った。
白い髭の老齢の先生が教室に入ってきた。僕とジルベールを見て、今日からしばらく聴講生として授業に参加するからと紹介してくれた。
この授業の生徒は、ハンスとミーアとジルベールと僕の四人だけだった。
「さて、今日は何処からじゃったかな?」
「はーい、『星の動きについて』からでーす」とミーアが言う。
「そうじゃったな」
先生は教室前面のスクリーンに、星の動きを現した動画を流し始めた。左隅に年代が現れて、星の動きは矢印で示されている。年代と矢印に注意していないと星の動きが分らないような動画に説明はなかった。ただ星の位置が変化する動画を見て時間が過ぎた。
「はい、今日はここまで。次は『太陽アルテナと惑星の動き』をするからね。予習してくるように」
何だか拍子抜けしてしまった。
少しポカンとしている僕に、「驚いた?」とミーアが話しかけてきた。
「この授業は、いつもこんな感じよ。星の動画を見るだけ。試験もないし出席するだけで単位が取れるので助かるけれど、役に立っているかは不明ね」
「そんな事を言ったら先生に失礼だろ!」
ハンスが怒った様に口を挟んだ。
「あんたは、ご先祖様の研究を続けたいだけでしょう」
「ご先祖様を馬鹿にするな!」
「おー恐。あの先生が、昔ヤーコブ博士の著書に関して研究してたからって、今もそうとは限らないでしょう」
「・・・」
「そこの聴講生の二人も、あの先生にあまり期待しない方が良いわよ」
そう言うと、ミーアは教室を出て行った。
「大丈夫、ハンス」
「すまない取り乱して。ミーアは魔法の国アカデミーの出身だから、少しは知っているかと思ったけれど、何も知らなかった」
「ミーアって、魔法の国アカデミーの出身なの?」
「自分でそうだと言っていた。魔力がないから追い出されたらしい」
「ふーん」
どうでも良いような感じでジルベールが言った。
僕はそれがジルベールが帰るという合図だと思ったので、「じゃあ、また」とハンスに言って教室を後にした。
「ねえ、ジルベールどう思う?」
帰る途中で僕は尋ねた。
「何が?」
「ミーアの事だよ」
「ああ、あれか。あの女は嘘をついている」
「えっ!」
「お前にも見えていたんだろう」とジルベールが僕の目を見た。
「う、うん」思わずドギマギしてしまった。
ジルベールは僕が魔力が見える事を知ってたっけ?
「そういうことだ」とジルベールが結論づけたので、そうなのだろうと僕は思った。
ミーアは魔力が有った。数日前アカデミーで会った学生は本当に魔力がなかった。だから、ミーアがアカデミーの出身だというのは嘘だと思った。
では何故嘘をついたのだろう。
「いいか、クラシス。僕たちは常に見張られていると思った方が良い」
「じゃあ」
「そうだ、僕たちは見張られている。ミーアは学校での見張り役なんだろう」
「ハンスも」
「いや、彼は違うと思う。ミーアとの間に何があったかは知らないけれど、ハンスの本質は単純に宇宙バカだろう。だから学内ではあまり親しげにしない方が彼のためだと思う」
「分った」
僕たちは寮に着くと少し休んで夕飯の準備をした。ハンスの家に持って行くのに、暖めた食べ物をバスケットに詰めた。
ハンスの授業が終わる頃を見計らって、「さあ、行こう」とジルベールが言った。
「あ、クラシス、マイホンは置いていけよ」
ジルベールの言った意味が分らなかったので、どうしてと尋ねた。
「どうやらマイホンを持っていると、僕たちが何処にいるか分るらしい。ハンスの家は知られない方が良いと思うから、ここに置いて行こう」
ああ、そういうことか。僕はマイホンを応接のソファーの隙間に落とした。
ジルベールは自分の部屋に僕を呼ぶと、クローゼットを開けて扉の裏に分らないように魔方陣を書いた。僕たちは魔方陣を通ってハンスの車の中に出た。
僕たちが急に現れたので、ハンスはビックリしたようだ。
「ホントに出てくると思わなかった」
「でも来るだろうと思ってはいたんだろう」
ジルベールは出て来たばかりの魔方陣をたたんでハンスに渡した。ハンスは黙ってそれを受け取った。
ハンスの車はすでに動いていた。
何も無いのに動く車が気になって、僕はどうして動くのかをハンスに尋ねた。
「車は衛星の電波をキャッチして動くようになっているんだ。だから目的地と道筋を入力すれば自動で運んでくれる」
「どうやって入力するの?」
「この携帯を使うんだよ」
「マイホン?」
「そうだね。マイホンとも言うけれど、これは僕仕様に特別に作ってある」
「自分で作ったの?」
「ああ、ちょっと回路を入れ替えただけだけど」
「すごいね」
「それほどでもないよ。機械に詳しければ誰でもできると思うよ」
「そうなんだ」
車は山道を登っていた。どんどん昇っていく。山頂に近いところにドーム型をした建物が建っていた。
車は建物の前で停まった。
「ここは以前天体観測に使われていた建物なんだ」とハンスが教えてくれた。
車を降りるときもハンスは用心するように辺りを見回した。そして、何も無いことを確認すると、僕たちに降りるように言った。
「ずいぶんと用心するんだな」
ジルベールが言った。
「ああ、僕は要注意人物に指定されかけているからね」
「指定されかけている?」
僕の問には答えずに扉を開けて中に入るように言った。
建物に入ったとたんジルベールが聞いた。
「それは、君が神族だからか?」
ハンスの身体がピクリと揺れた。
そして、ゆっくり振り返ると「どうしてそう思ったんだ」と聞いた。
「君の目の色と、隠しているけれど神力が見える」
「そうか、君たちは魔族だったね」
「そうだ、僕たちは魔族だ」
「立ち話も何だから、中に入ろう」
ハンスは居間に案内してくれた。
「ここはさっきも言ったとおり、天体観測所の跡だ。今は誰も訪れないから、僕たちはここをアジトの一つにしている」
ソファーを勧めながら言った。
「では、仲間がいるんだな」
「百年前の戦争で逃げてきた神族の仲間がいる」
「良かった、僕たちは、天降祭の下調べと同時に神族も捜していた」とジルベールが言った。
「どうして、神族を捜すの?」
「天降祭は神族と魔族が協力して行うと聞いているからさ」
「それはそうだけど・・・」
「ところで、お腹空かないか?夕飯を持ってきたんだ、食べながら話そう」
ジルベールはバスケットに詰めてきた品物を出しながら、一緒に食べようと誘った。
突然の話しの切り替わりにハンスは驚いていたが、お腹が空いていたのだろう、戸惑いながらもお皿とコップを出してきた。
僕たちは夕食を食べながら話を続けた。
「僕たちは数週間前に教えてもらうまで、天降祭の事は何も知らなかった」
「何も知らなかった?」
「魔法の国には学校が無いんだ。だから天降祭についても教えてもらったことはない。アカデミーは魔力の無い者がシートラスで暮らすために学ぶ学校だ。だから予言も、シートラスに来てから知った」
「予言を知らなかった!?」
「驚くのは無理も無い。僕たちは全てはシートラスで分ると言って送り出されたんだ」
ジルベールの話に驚きつつ、ハンスは僕に聞いた?
「君は『宇宙の穴』を知っていたよね」
「僕は本を読んで知っていたんだ。だから『宇宙の穴』のことが知りたいと思った。そして、予言を知って、天降祭は『宇宙の穴』と関係してると知ってますます興味がわいた」
「そうか・・・」と呟くと、ハンスは黙ってしまった。
僕がヤーコブ博士の子孫だと言うのは嘘だったの?と聞くと、ヤーコブは従兄だと教えてくれた。あのヤーコブが神の国で会いたいと思っていた親族だと聞いて僕は感動してしまった。
ハンスの父とヤーコブの父は兄弟で、とても仲が良かったそうだ。赤毛も父の母方の遺伝で、ヤーコブも赤毛だったと教えてくれた。
「では、君たちは天降祭についてどの程度知っているの?」
「本で読んだこと以外知らない。だれも教えてくれなかったから調べている」とジルベールが言った。
「次の天降祭はこの世界が消えてしまうかも知れないのに・・・何も教わらなかったの?」
「僕たちは、予言を見て初めて知ったんだ」
「そうか、君たちはシートラスに来て初めて『宇宙の穴』が開く時が天降祭と知ったんだね」
僕たちが頷くと、ハンスは意外なことを教えてくれた。
「実は、穴はもう見えているんだ」
「えっ!」
「世界はその事実を隠している。そして、ある国では要人だけでセゾンから逃げ出す『惑星間移住』を計画している。でも、それでも僕たちは救われないかも知れないと僕は考えている」
「何か根拠でもあるのか?」
ジルベールが少し恐い顔で尋ねた。
「ああ」ハンスは立ち上がると、「ちょっとこっちへ来てくれないか」と別室のドアを開けた。
部屋の中には大きなモニターと数台の小さなモニタ-、それに初めて見る電子機器が所狭しと置いてあった。
ハンスがその中の一つの前に立ち、いくつものボタンの付いた機械を操作すると、大きなモニターに画像が映し出された。
「これが『宇宙の穴』の一番新しい映像だ」
画面いっぱいに広がる星空の中央に灰色に縁取られた黒い小さな輪が見えた。
「この小さな黒い輪が『宇宙の穴』だ。まだ開いたばかりだ」
「これが『宇宙の穴』!」
「穴の中央に何が見える?」とハンスは言いながら、画像を拡大した。
「黒い穴の中央に明るい点が見える」
「そうだ、この明るい点はアルテナと同じ太陽だ。この太陽は穴が開くに従ってどんどん大きくなる。そして穴が完全に開いたとき、穴から飛び出してアルテナとぶつかるんだ」
ハンスは画面を変えて、アルテナ、セゾン、宇宙の穴、謎の太陽を横軸に並べた画面を見せてくれた。
「今はまだ太陽は宇宙の穴を挟んでアルテナより遠い場所にある。宇宙の穴が開くに連れて、太陽は穴に引き寄せられる。穴が開ききったとき、この太陽はアルテナに一直線に向かってくる。そして衝突して大爆発が起こる」
映像は大爆発を起こすまでの経過をシュミレーションしたものだった。
まさかと思った。
「信じられないだろう。僕だって信じられないさ」
「第4惑星と第5惑星みたいにはならないの?」
「五百年前の普通の隕石なら、セゾンが消えるだけですんだと思う。でも、太陽同士の衝突だから大爆発を起こすんだ。アルテナとその惑星は全て滅びると言った方が正解だと思う」
「そのことは皆知っているの?」
「知っているのは、今はまだ、天体学者と国の偉い人達だけ。それでも本当のところは知らないと思う」
「次の天降祭が終わりの時と言う意味がこれか」ジルベールが呟く。
「でも、赤き髪の産みし者、彼の地へ道開くとなっていたよ」
僕の声が震える。
「赤き髪の産みし者・・・か」ハンスが笑ったような気がした。
「神の国には居たのではないの?」
「あれは屑だ。尊い神魔を手足のごとく使い足蹴にする悪魔だ」
ハンスの顔が歪む。
「第二王子は何処にいる?」
突然ジルベールがハンスに詰め寄った。
驚いたハンスはジルベールから逃れた。
「どうして第二王子のことを聞くの?」
「私は彼に会わないといけない」
「どうして、僕が知っていると思うの?」
「お前は、第二王子の友人の息子だからだ」
僕はジルベールが途方もないことを言っていると思った。
「私は魔法の国の次期国王だ。国を救うための王となる者だ。だから会わないといけない」
ジルベールの目が赤く怪しく光っている。外見はジルベールなんだけど、ジルベールでない者が中に入っている様だ。
「ジルベール、どうしたの?」僕は心配になった。
ジルベールは僕の顔を見ると、急に頭を押さえて呻いた。
「クラシスすまない。頭が痛くなってきた」
「大丈夫?」
ジルベールはしばらく頭を押さえてじっとしていた。そして、フッと何か憑きものが取れたように僕を見た。
「すまない、ハンス。リアルな映像におかしくなってしまった様だ」
ハンスはジルベールの変化に引きながらも頷いた。
「あまり長居しても不審がられるだけだな。ラシク帰ろう」
頭を押さえながらジルベールが言った。
「お、送っていくよ」
「それにはおよばない。さっきの魔方陣を持っているね。僕たちはそれで帰るから心配しないで。この魔方陣は僕たちと君を繋ぐ物だから、誰にも知られないように気を付けて欲しい」
ジルベールの赤い眼差しに、ハンスはポケットから魔方陣を出して頷いた。
僕たちは魔方陣を通って、ジルベールの部屋に戻った。
部屋に戻ったとたん、ジルベールは頭を押さえてうずくまってしまった。僕は驚いて、ジルベールを抱えてベッドに運んだ。
「ジルベール大丈夫?顔が青いよ」
額に手を当てる。熱はない様だった。
「すまない、たぶん疲れたんだろう、寝れば良くなると思う」
ジルベールの声が弱々しく聞こえる。
僕は心配だったが、寝れば良くなると言うジルベールの言葉を信じて部屋を出た。