シートラス!!
支度を整えて、僕はジルベールと食堂に行った。
朝の食堂は賑やかだった。
学生達はテーブルに着いている者もいれば、トレイを持って料理を選んでいる者もいる。多くの学生が食堂内にいた。
王女達を捜すと、学生達に囲まれていた。
ラシクがジルベールに気が付いたが、ジルベールがそのままでいいと手で合図すると、また学生達の中に埋もれてしまった。
「クラシス気付いた?」
ジルベールが小声で囁く。
「うん、ジルベールも気付いたんだ」
「あまりいい気はしないな」
「えっ!」
僕が驚いたので、ジルベールは僕の顔をまじまじと見た。
「クラシスは平気なのか?」
「平気じゃないよ。ヘラに文句を言わなくちゃ」
今度はジルベールが驚いた。
「どうしてヘラが出てくるんだ?クラシスは何の話しをしているんだ?」
「何の話しって?ラシクの胸の話しじゃないの?」
「ラシクの胸?」
怪訝な顔で僕を見た。そしてラシクを見る。
「そういえば・・・、少し大きくなったような・・・」
「えっ、胸の話しじゃないの?」
「バカ!僕が女性の胸を見て何か言うわけないだろう。それは貴族としてと言うより、男としてあるまじき行為だ」
じゃあ以前僕の胸を触ったのはなんだよ!と突っ込みを入れたくなった。
「じゃあ、何のこと?」
「窓の外を見てごらん」
ジルベールに言われて窓の外を見ると、例の偵察機が飛んでいた。
「こんな所まで追いかけて来たんだ・・・」
僕は気分が悪くなった。
「今は気付かないふりをしてやり過ごそう」
そっとジルベールは囁いた。
ジルベールは食堂を見渡し、食事をしているフロイを見つけると彼の元に行った。
「おはようございます。マクマナラ先生」
フロイは顔をあげて、にっこり笑った。
「おはよう、ジルベール君にクラシス、あっ、失礼ラシクだったね。夕べはよく眠れたかね」
「おかげさまで、ゆっくり眠れました。それからお借りした本ですが、もう少し貸していただけますか?」
「いつでもいいよ。なんなら君たちが持っていてもいいよ」とフロイが言ったので、僕は「貰ってもいいんですか♪」と思わず願望が口に出てしまった。
「ハハハ、ラシクはあの本が気に入ったのかい」
「はい♪」
父イリアスが書いた本だ。欲しいと純粋に思った。
僕の顔に欲しいと書いてあったのだろう、フロイはますます笑顔になった。
「ラシクはヤーコブ博士の『宇宙の穴』に興味があるんだったね。いいよ。私が持っているより、君たちが持っている方が、私に本を預けた方も喜ぶかも知れない」
「ありがとうございます♪」
僕の満面の笑みとは逆に、ジルベールは小さくため息を付いて、「マクマナラ先生、ありがとうございます」とフロイにお礼を言った。そして、「アカデミーは思ったより学生が多いですね」と尋ねた。
「ここにはシートラスからの学生も多くいるからね」
「そうなんですか!」
意外だというようにジルベールが驚いた。
「そうでもしないと、アカデミーとしてやっていけないんじゃないのかな」
「経営的にと言うことですか?」
「それは私からは何とも・・・。学長に直接聞いた方がいいと思う」
フロイはそれ以上のことは話さなかった。
気が付くと、いつの間にか、秘書のウイルスがジルベールの横に立っていた。
「ジルベール様、おはようございます。少しよろしいですか?」
ウイルスが尋ねたので、ジルベールは「おはようございます」と言って頷いた。
「朝食が終わりましたら、全員で学長室に来て頂くようお願いします」
ウイルスは用件を告げると、現れたときと同様にスッと去って行った。
僕にはウイルスが少し疲れているように感じた。
朝食を終えて、六人そろって学長室に行った。
学長室ではウイルスが、難しい顔をして待っていた。
僕たちが部屋に入ると、椅子を勧めることもなく、少し躊躇いがちに言った。
「今朝、学長から連絡がありました」
「それで僕たちの事は伝えて頂けましたか?」
ジルベールの問に、ウイルスの顔が少し困った顔をした。
「お伝えしました」
「それで」とジルベールが尋ねると、ウイルスはとても言いにくそうに答えた。
「学長は『とっとと追い出せ』と申してました」
「そうですか。あのくそ学長が言いそうなことですね」
ジルベールは王族らしからぬ悪態をつくと「で、他には何か言っていませんでしたか?」と尋ねた。
「ドアの左から出て行けと」
「ドアの左ね」呟きながらジルベールは学長室のドアに目をやった。しばらくドアを見ていたが、ウイルスに視線を戻してにっこり笑った。
「分りました。では短い間でしたがお世話になりました」
ジルベールはウイルスに丁寧に挨拶をして、ドアの前まで歩いて行くと、勢いよくドアを開けた。そして、僕たちに出るように促して、最後に「後はよろしく」とウイルスに声を掛けて、ゆっくりドアを閉めた。
ウイルスはジルベール達が去った後、いくら学長の命令でも、これで良かったのだろうかと一人モヤモヤしながら考えていた。
モヤモヤしたウイルスの思考は、ノックもせずにドタドタと入ってきた者達によって遮られた。
入ってきたのはガージナル連邦国家の襟章を付けた軍人だった。
「ここにジュネル王女が来ているだろう」
挨拶もなく、高圧的な態度で聞く。
「どちら様でしょうか?」
ムッとした顔でウイルスが尋ねる。
「我々を誰だと思っている。ガージナル連邦国軍だ」
「それが、なにか」
「魔法の国アカデミーは我々が占拠した。ジュネル王女は何処だ!」
相手は軍刀を抜き、ウイルスの喉元に突きつけて脅した。
答えないと危ないと思ったウイルスは、「先ほどまでいらっしゃいましたが、学長が滞在を許可されませんでしたので、出て行かれました」と言った。
「嘘をつくと為にならないぞ」
「嘘ではありません」
ウイルスは恐怖を感じていたが、それを相手に悟られないように気丈に答えた。
「おい」
男は隣に立っている暗い顔の細い男に声を掛けた。
「この女が嘘をついていないか確認しろ」
細い男の暗い目がウイルスの目を覗き込んだ。
心の中を見透かされるような、ゾッとする感覚がウイルスを襲った。
「嘘はついていないみたいだ。この女の記憶だと、今し方までここに居たようだ」
「チッ、入れ違ったか」
そう呟くと、「まだ遠くに行ってはいないだろう。追うぞ!」来たときと同じように、ドタドタと部屋を出て行った。
残されたウイルスは、ジルベール達の無事を祈るばかりだった。
学長室を出た僕たちはアカデミーを出るために、玄関に行くのかと思っていたが、ジルベールはドアの前から動かずに、閉めたばかりの学長室のドアをじっと見ていた。そしてノックした。
「入れ」
中から男の声がした。
「「「「えっ!?」」」」
ジルベールは驚く僕たちを横目に学長室のドアを開けた。
部屋の様子はさっきまでいた学長室と同じだったが、ウイルスは居なくて、正面の学長の机に白い髭の血色のいい丸顔の老人が座っていた。
「学長、お久しぶりです」
ジルベールが髭の老人に挨拶をした。
「やあ、ジルベール、間違わずに来たな」
「学長の魔法には、子供の頃散々騙されましたからね」
「そうか、少しは利口になったのだな、結構、結構」
学長とジルベールが仲よさそう(?)に話しているのを、ディアナが横から躊躇いがちに声をかけた。
「あの~、いったいどうなっているのですか?」
「魔法じゃよ、まほう」
学長は軽く片目をつぶってにっこりと笑った。
「魔法ですか」
ディアナはキョトンとしている。
「僕が小さかった頃、良く騙された魔方陣を使ったトリックですよ」とジルベールが補足した。
「それより、危機一髪じゃったぞ」
「何がですか?」
「君たちが学長室を出た後に、ガージナルの連中が来たぞ」
「やはり来ましたか」
ジルベールが真剣な顔をした。
「ほう、わかっておったのか?」
「偵察機が飛んでましたからね。それに、アカデミーは侵入者に対しては無防備ですからね。何処からでも入れる状態でした。だからいつ来てもおかしくないと思ってました」
「感心、感心。アカデミーは魔法の国の内だけど、シートラスとの国境の小さな島に建っているからね、取り囲まれたら逃げ出すのが大変だよ」
「で、ここは何処ですか?」
学長の顔をやや冷めた目で見ながらジルベールが尋ねる。
「ここはシートラスのサムラーイ藩サヤ県キサキ市という街の一角だよ。だからガージナルもおいそれとは手が出せないよ」
シートラスと聞いてジルベールの緊張が少し解けたように感じた。
学長は僕らにソファーに座るように勧めると、机の上のスイッチを押して、手のひらサイズの四角い箱を持った。
壁に掛けてある蝶の標本が壁の両側にずれて、中央に長方形の大きなモニターが現れた。
しばらくすると、黒い画面に何かが映った。そして、画面に映る人物が話す声が聞こえてきた。
僕らが驚いたのを見た学長は、「フォ、フォ、フォ」と笑って、「魔法の国にはない物だから驚いただろう。これはテレビという物だ。いま丁度アカデミーのニュースをやっているから見てごらん」と言った。
テレビでは、アカデミーの全景が上空から映し出されていた。
画面を見ると、アカデミーが島にあることがよくわかった。
画面は徐々に地表に近づき、偵察機に似た大きな飛行体が校庭に止っているのを捕らえた。
「これはガージナル連邦国家の飛行艇です。今朝9時頃、魔法の国アカデミーに突然飛来して、ガージナル国軍の軍人が学園の中を歩き回っているそうです」
テレビに映る人物がこの飛行艇について話している。
「この学園には、私たちシートラス連合共和国からも多くの学生が通っています。こんな横暴が許されていいのでしょうか。ガージナル連邦国家は、先日魔法の国の王庁である城にも現れて、国交を強制的に求めたそうです。取引しなければ開戦すると脅したとも聞きました。シートラス連合共和国の友好国である魔法の国を威嚇するとは、何ということでしょうか。我々はこれを見逃して良いのでしょうか!」
テレビの中の人物は大声で叫んでいた。
「人族の国は情報が早いですね」
「すごいだろう」
「でも、こんなにすごい物が、どうして魔法の国にないのかしら?」
ジュネルの質問に、王女達が同感とばかりに頷く。
「魔法があるからだよ」
学長が面白そうな顔で答える。
「魔法が?でも、こんなことは魔法では出来ないわ」
「そうじゃないよ。こういう電波を使った物は、近くで魔法を使うとうまく作動しなくなるらしい。魔法の国では何かにつけてシールドを張ったりするだろう。だから魔法の国では使いにくいらしいよ」
「そうなんですか・・・」
僕はその説明に、充分な納得は得られなかった。
学長はテレビを消すと「君たちには、明日から一週間、この学園で人族の歴史と文化を学んで貰うことになっているからね」と言った
「ここは学園ですか?」
ジルベールは意外な顔をした。
「そうだよ、ここはシートラスにある『魔法の国アカデミー』の姉妹校で『魔法学園』と言うんだよ。通学の生徒が中心だから、君たちは、学園の横にある私の私邸を寄宿舎にしてもらうつもりだよ。一週間が過ぎたら、ジルベールとラシクは聴講生として大学に行って勉強してね。大学に行くのは二人だけね。皆で行ったら目立つからね」
「その間、王女達はどうするのですか?」とジルベールが尋ねた。
「魔法学園で他の生徒と一緒に授業を受けてもらうよ」
ニコニコと学長が答える。
「わかりました。ところで学長、国はこの姉妹校のことは知っているのですか?」
「たぶん・・・知らないだろうね。国の連中は学問にそれほど興味を持たないからね」
「ではどうしてこの国に、魔法学園を建てられたのですか?」
「魔法の国アカデミーを、国から追い出された、魔法が使えない学生の家族の寄付だけで維持していくのが、経営的に大変になってきたからだよ。試しにシートラスから学生を募集してみたら、入学希望者が沢山集まってね。何でも魔法を扱った本とか映像とかが流行っているらしく、魔法に憧れて入ってくる子が多かったんだよ。それで、シートラスにも姉妹校を建てたら、学生が集まると思ったんだよね」
「魔法に憧れてって、魔法の国アカデミーもこの魔法学園でも魔法は教えないし、学校で魔法を使えるのは学長だけでしょう?」
ジルベールが呆れたように学長を見た。
「そうなんだけどね。魔法というネーミングがいいらしい」
学長曰く、流行っているときに稼ぎましょうと言うことらしい。
僕はジルベールが学長に一言言いたいのを我慢しているのが手に取るようにわかった。でもこうして姉妹校があったから助かったのも事実なので、ジルベールは追求するのを諦めたようだ。
話しが一段落すると、学長は携帯用の「マイティホン」なる物を、僕たちに一つずつ配った。
トール伯爵が持っていた物と似ていると思った。
「これは情報通信機器だよ。これ一つあれば、離れたところの人と話しも出来るし。テレビのように画面に映す事もできる。調べたいことも検索すればすぐわかる。使い方は取扱説明書を読んで勉強してね」
「これは魔法に干渉しないのですか?」
ジルベールはマイティホンを手に取った。
「これには魔法に干渉しないように、特別な装置を付けているから大丈夫だよ」
学長はジルベールにそう答えると、机の上にあるスイッチを押して「ミス・ブラッド、来てくれる?」と言った。
しばらくすると、ドアをノックして女の人が入ってきた。めがねの色が黄色なのを除けば、ウイルスによく似ていた。
「お呼びでしょうか?」
「この人は秘書のミス・ブラッドだよ」
ミス・ブラッドは僕たちの顔を見て軽く頭を下げた。
「ミス・ブラッド、彼らはしばらくこの学園に通うことになったからね。彼らは魔法の国から出たことがない田舎者なの。それで学園にいる間は、私のビルから通って貰うことにしたから、彼らをビルまで案内してくれる。そして、システインに女の子達は最上階のゲストルームに、男の子はその下の部屋に案内するように伝えてね。それから、学園主任のガスター君に学長室に来るように伝えて欲しいの」
「はい、承知しました」
「あ、それから、本当に何も知らないから、エレベータの使い方から教えてあげてね。じゃあ君たち、部屋に案内して貰ってね」
学長はニコニコして僕らに手を振った。
僕たちはミス・ブラッドについて、学長室を出た。
学長室を出ると、階段の横の取っ手の無い扉の前に立った。ミス・ブラッドを見ていると横にある▼のボタンを押した。
「それは何ですか?」とジルベールが聞く。
ミス・ブラッドは少し驚いた顔をしたが、すぐに元の顔に戻って説明を始めた。
「これはエレベータをこの階に呼ぶときのボタンです。上の階に行きたいときは▲が上を向いている方を、下に降りたいときは下向きの▼を押します」
しばらくすると扉が自動で開いた。
僕たちはミス・ブラッドについて中に入った。
「これはエレベータという乗り物です。横にある数字を押すと、その階に止ります。これから一階に行きます」
ミス・ブラッドは扉の横の①のボタンを押した。
扉が閉まって動き出した。
扉の横の表示板の数字が変わって、1の所で止ったと思ったら扉が開いた。
僕たちはエレベータから降りて、学園の中を通り裏手の扉から外に出た。
外に出ると階段があり、降りた十メートルほど先に、ひょろ長い四角い塔が建っていた。
「あの建物が学長のお住まいになります」
お城の塔より高い建物が住まいと聞いて驚いた。
僕たちはこんなに高い建物を見たことがなかった。
「この高い建物が学長の私邸ですか?」
「はい、学長の所有の建物になります。この建物は十五階建てなので、それほど高い建物ではありません」
話しながら、建物の中に入って行く。
建物に入ると「管理人」と書いた部屋に行った。
ノックをして「システイン」と声をかける。
中から、にこやかな顔の中年の婦人が出てきた。
「ミス・ブラッド、先ほど学長から連絡を頂きました。後は私が引継ぎますよ」
「では、よろしくお願いします」
ミス・ブラッドはシステインに僕たちを預けると学園に戻っていった。
「初めまして、私は管理人兼ハウスキーパーのシステインと申します」
「初めまして、僕はジルベール、横から、ラシクにディアナにマリアージュにジュネル、そしてクラシスです。僕たちは魔法の国からこの学園に来ました」
ジルベールが代表して挨拶をする。
「まあ、魔法の国からですか。懐かしい。私も魔法の国出身なんですよ。学長のハウスキーパーを長いことしています」
システインは人好きのする笑顔を見せた。
「システインさんは魔女ですか?」
「そうですよ。昔は学長の奥様付きのメイドでした」
「学長の奥様もこちらに住んでいるのですか?」
ジルベールが驚いて尋ねた。
「いえ、奥様は数年前にご病気で亡くなられました」
「そうですか」
ジルベールの顔が曇った。
「さあ、上にまいりましょう」
システインが明るい声で、僕たちをエレベータの所まで案内する。
「またエレベータに乗るのですね」とディアナが聞く。
「はい、十五階まで階段はきついですからね」と笑いながらシステインが答える。
ドアが開いたので乗った。
ほんの数分で十五階に着いた。
人族の乗り物はすごいと思った。
エレベータを降りた目の前がアプローチになっていて先に玄関扉が見えた。
システインが玄関のドアを開けて「さあ、中にどうぞ」と言った。
ドアを開けた目の前に、大きな窓のある広いリビングルームがあった。
景色が一望に見渡せる窓の外を見て僕たちはまた驚いた。
遠くに山も見えたが、高い建物が沢山集中している場所が見えた。
「「「「「「すごい!」」」」」」
みんな興奮して呟いた。
「ここは高台にありますからね。遠くまでよく見えるでしょう。この部屋はゲストルームになります。部屋は四部屋ありますので、それぞれでお使いください。この部屋はリビングになります。あと、こちらにキッチンとダイニングがあります。シャワーは各部屋についていますが、浴槽をお使いになる場合はキッチンの横にバスルームがありますので、そちらをお使いください。夕食は下の階にある学長の部屋で頂くことになります。それ以外の食事は、近くに商店がありますので、買い物をしてキッチンで作られてもいいですよ」
システインは王女達とラシクにそう伝えると、僕とジルベールに向かって言った。
「ジルベール様とラシク様は下の階になりますのでご案内します」
僕とジルベールは王女達と別れて、階段を使い一つ下の階の部屋に案内された。
下の階は、エレベータ前のアプローチに二つ玄関があった。
「左側が学長のお部屋になります。右側がジルベール様達にお使い頂くお部屋になります」
扉を開けて中に入る。
上の部屋ほど広くないが、大きな窓のリビングルームが入ってすぐの所にあった。
「お部屋は二つあります。それぞれにシャワー室が付いています。あと、キッチンとダイニングとバスルームはこちらになります。食事に関しては、先ほど上の階でお話しした通りです」
システインは簡単に部屋の説明をすると出て行った。
僕とジルベールはリビングのソファーに座った。
「ここは何処?私は誰?と聞きたくなる」とジルベールは戸惑った様に呟いた。
僕も同じ事を考えていた。
魔法の国と全く違う建物に生活環境、全然この状態について行けてない。
まだここに来て数時間しか経っていないのに、知らない事だらけで、人族の国ってすごいと思った。
リビングの壁にテレビなる物が掛っている。テーブルの横に学長が触っていたのと同じ四角い数字の付いた箱が置いてある。僕はそれを手に取って、電源と書いているところを押した。
テレビの画面が映った。
数字を押すと画面が変わった。
いろいろ試していると、ジルベールの「マイティホン」なるものが鳴った。
マイティホンは鳴るけれど、どうすればいいのかわからない。ジルベールは慌てて取扱説明書を読んだ。そして、鳴っているマイティホンを取った。
「ジルベール、遅いよ」
学長の声が聞こえる。
「済みません、取り方がわからなかったものですから」
「早く取説を読んで覚えてね」学長が注文を付ける。
「それで、何でしょうか?」
「悪いけど、いまから学長室に来て貰える?」
「学長室ですか?」
「そう、じゃ、待ってるからね」と一方的に切ってしまった。
「ゆっくりすることも出来ない」
ジルベールはブツブツぼやきながら立ち上がると、部屋から出て行こうとして振り返った。
「クラシスも来る?」と聞かれたので、付いていくことにした。
エレベータに乗り①のボタンを押す。
途中⑦の所で一度止り、男の人が一人乗ってきた。
金色の髪に青い目の不思議な雰囲気の人だった。
一緒に一階で降りた。
その人も学園に用があるみたいだった。
階段を上った先の学園の入り口で、その人は僕たちに軽く会釈すると、教室があると思われる方向に歩いて行った。
僕たちは再び学園のエレベータに乗り学長室に行った。
学長室の前に着くとジルベールが扉をノックをする。
「お入り」学長の声が聞こえた。
中に入ると、学長の他に痩せて背の高い、ひょろっとした感じの眼鏡の男の人がいた。
「呼び出して済まなかったね」
学長は僕たちにソファーに座るよう勧めた。
「ガスター君も座りたまえ」
僕たちの前の椅子に学長とガスター君が座る。
僕がガスター君と言っては失礼になるくらい年上の人だが、長い手足を窮屈そうにして座っている。隣の学長が丸いので、なんだか笑いたくなってくる。ジルベールはそんな僕の様子に気が付いたのか、横で「コホン」と軽く咳払いをした。
「ジルベール、明日からの講義の先生を紹介しておく」
ガスター君がスッと立ち上がった。
ジルベールも立ち上がったので、僕も立つ。
最後に学長が立たなくてもいいのにという顔をして立ち上がった。
「学園主任のガスター君だよ。カリキュラムは全て彼に任せているので、ジルベール達はそれに従ってくれたらいいよ」
学長はニコニコした顔をしている。
「わかりました。ジルベールと申します。こちらはラシク。他の者は明日紹介させて頂きます。人族のことは何も存じませんので、よろしくお願い致します」
ジルベールが丁寧に挨拶をした。
「私はガスターと申します。この学園で情報処理の学科を担当しています。ジルベールさん達の事は学長から伺っております。こちらこそよろしくお願い致します。明日は校舎三階の第十講義室でお待ちしております」
お互いの挨拶が終わると、「はい、挨拶は終わったね。ガスター君もジルベールももう帰っていいよ」と学長はニコニコ顔を崩さずに言った。
ガスター君は「失礼します」と言って、早々に出て行った。
ガスター君が出て行った後に、学長は僕たちも追い出そうとしたので、慌ててジルベールが尋ねた。
「学長、ちょっとお訪ねしたいのですが」
「何だね」
「先ほど、僕たちがお世話になる建物のエレベータに乗っていたら、この学園の学生と思われる人と一緒になりました」
「ああ、あの建物は通えない学生のために、寮としても使っているからね。学生と会うことは珍しくないよ」
「そういうことではないんです。学長、あの学生は神族でした。この学園には神族の学生もいるのですか?」
ジルベールの指摘に、不思議な雰囲気のする人だと思ったけれど、神族の人だとは思わなかったので僕は驚いた。
「よくわかったね。そうだよ、神族の学生は寮から通っている」
「僕たちの任務の一つに、神族の人を捜す事も入っています。これからの旅で神族の人に会ったら、この学園に来て頂くようにしてもいいでしょうか?」
学長はジルベールの提案に驚いたようだ。
「学長も知っているのでしょう。天降祭は来年の七月です」
「天降祭か・・・」
学長は少し考えているようだった。
「ジルベールは預言について知っているかね」
「昨日マクマナラ先生から見せて頂いた本に書いてありました」
「ああ、セゾンの歴史の本だね。内容については知っているかね」
「少しだけ知っています」
ジルベールは嘘をついた。
「それを知っても神族を集めたいと思うかね」
「どういうことですか?」
「君たちは大学に行って、天降祭に何が起ころうとしているかを知る必要がある。それでも神族が必要であると考えるのなら、私は協力するよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「私からは何とも言えない。この話はこれまでだよ」
学長はそう言うと、机に戻り黙ってしまった。
ジルベールは腑に落ちない顔をしたまま学長室を出た。
部屋に戻ると、僕は早速ジルベールに話しかけた。
「学長はどうしてあんなことを言ったのだろう」
ジルベールは窓の外を見ていた。
「天降祭で何が起こると言うんだろう」
僕が続けて聞くと、ジルベールは振り返り僕を見て言った。
「学長は予言の内容を知っている。次の天降祭が終わりの時を告げている事も」
「学長はセゾンが滅びると思っているの?」
「たぶん・・・、だから、神族も魔族も次の天降祭では何もする必要がないと思っているんだと思う」
「どうしてそう思うんだろう」
僕は不思議だった。
「それは、それに足りうるだけの情報が、もう集まっていると言うことだろう」
「足りうるだけの情報?」
「クラシスもこの数時間で感じただろう?魔法の国にはない文明の発達を」
「確かに感じたけれど、それと学長の言ってることは・・・」
「だからだよ」ジルベールが僕の言葉を遮った。
「僕たちの知らないもっと大きな情報があると思うんだ。それが大学に行けばわかることなんだと思う」
「フロイがシートラスに行けばわかると言ったことと同じ?」
「たぶん、そうなんだろう」
ジルベールの顔が真剣になっていた。