はぁ!僕は魔女ですか?
遙か宇宙の何処か、アルテナとアスラと呼ばれる二つの太陽とコームと呼ばれる歪な月を持つ惑星があった。惑星の名はセゾンという。
太陽アスラは太陽アルテナの第4惑星と第5惑星がたまたま近づいた時に隕石が衝突して大爆発を起こしてできた太陽である。太陽となったアスラは惑星であった時のようにアルテナの周りを50年の周期で回っている。
惑星セゾンは太陽アルテナの第2惑星である。第4惑星と第5惑星大爆発の時は太陽アルテナの後ろにあって難を逃れた。第1惑星は余波を受けてアルテナに吸収され、第3惑星は二つの太陽の周りを周回することになった。
惑星セゾンは大気があり、青い海と緑の大地が広がっている。極点には丸く大きな湖のような海があり、海岸線はまるで大地がすっぽり抜け出たような断崖絶壁となっている。
この湖のような海を囲む大地は大海に繋がる二つの運河で東西に別れていた。
惑星セゾンには四つの種族がいる。
一つ目の種族は、永遠の時を生きる神魔。神魔は神と魔に分けて言われるが、もともと同族で人型を持たない意識体である。神族も魔族も人族も神魔を見ることは出来ない。神力、魔力の強い者でも影のようにぼんやりとしか見えない。彼らの言葉は頭の中に直接つたわる。
二つ目、三つ目は、神徒や女神の神族と、魔法使いや魔女の魔族と呼ばれる種族。人族の数千分の1にも満たない少数族だが、不思議な能力を持ち500余年の寿命を持っている。
そして四番目に人族がいる。いろいろな人種に別れ、惑星セゾンの大地にそれぞれ国を作り住んでいる。寿命は他の種族に比べて短く70余年ほどだ。
人族は神族の国を神の国、魔族の国を魔法の国と呼んでいた。
東の大陸の極点に近いところに神族の国があり、西の大陸の極点に近いところに魔族の国があった。
人族の国は、神の国と魔法の国の国境にある森の外れから大陸全体に広がっていた。
神の国と魔法の国は深い森の中にあり、神力や魔力で結界が張られ容易に人族が入れないようになっていた。
クラウディア王国は魔法の国。魔法使いや魔女が国を治めている。
国民の大多数が魔法使いや魔女だが、中には魔法を使えない者も希にいる。
そのクラウディア王国の外れ、極点に近い辺境にヴォルテハイム侯爵領はある。極海の近くに屋敷があり、屋敷の裏手を少し登ったところに、海を見晴らす絶壁に城壁の残りのような壁と鉄格子の門がある。その城壁の横に石造りの塔があった。
魔法によって万年雪で閉ざされた辺境のこの塔に僕の研究室がある。
僕の名前はクラシス・ハイド・ヴォルテハイム。領主であるヘラ・ヴォルテハイムの一人息子である。母のお腹に生を受けてから250年後に生まれた。この辺の話しは後で語るとして、生まれてから今年で14年になる。
研究室の窓にブラインドを下ろし、薄暗くなった部屋の中央に二つの太陽と惑星セゾンの模型を浮かべて考え事をしていると、頭の中で声がした。
「何を考えているんだ、クラシス」
「・・・」
僕が黙っていると、僕の中から黒いモヤのような物が出てきて人型を取った。
「何を考えているんだ、クラシス」
それは僕の顔を覗き込んで再度聞いてきた。
「ハイド、おかしいと思わないか?」
ハイドと呼ばれたその人型は徐々に鮮明になり、長い銀の髪に深い藍色の瞳の美しい少年の姿になった。ハイドは意識体であり永遠に近い生命を持つ神魔である。
クラシスには鮮明に見える人型だが、魔力の強い者でも影にしか見えない。なぜクラシスに神魔がはっきり見えるのかは不明である。
クラシスは魔族の母と人族の父の間に生まれたため表向き魔法が使えないことになっている。
「おかしい?なにが?」
「僕らのいる惑星セゾンは太陽アルテナを右回りで一年390日の周期で回っている」
僕は空中に浮かぶ太陽と惑星を指した。
「それがどうした?」
「太陽アスラは太陽アルテナの周りを左回りで50年周期で回っている。おかしいと思わないか?」
空中に浮かぶ二つの太陽を動かしてみる。
「俺はそういうことはわからない」
永遠とも言える時を生きる神魔のハイドはクラシスの父イリアスと出会うまでの記憶が消えている。
「ハイドの記憶が無いのは500年前の天降祭に何かあったんだと思う」
僕はそう断言すると空中に浮かぶ太陽と惑星の運行を逆に動かした。
天降祭は500年に一度太陽アルテナと惑星セゾンと太陽アスラが最接近する日に行われる祭りだ。
「お前の爺さんの話だと、500年前の天降祭の時に大地震が起きたと言っていた」
ハイドは僕のお爺さまから記憶の無い間の話を聞いたらしい。
「爺さんもその時は5歳くらいだったので、詳しく覚えていないと言った」
「そうなの?」
「ただ・・・」
「ただ?」
「この屋敷の上には城壁で囲まれた場所があり、城壁の中は木に覆われた小高い山があったらしい。地震の後に山が消えて海が出来たと言っていた」
ハイドは空中に浮かぶセゾンを指ではじいた。はじかれたセゾンには歪な月が付いている。
「地震の時、セゾンからはじき出された山がこの月だと言っていた」
「地震で陸地が宇宙に飛び出した!?そんなこと有るのだろうか?」
僕がハイドの話に驚いていると、遠くで僕を呼ぶ声が聞こえた。
「クラシス!何処にいるの?」
母のヘラが僕を捜しているらしい。
ブラインドの隙間から覗くと、ヘラが雪道を上ってくるのが見えた。
「クラシス!何処にいるの?」
何度も僕を呼ぶ声が聞こえたが、面倒なので返事をしないでいると、ヘラの呼ぶ声がだんだん近づいてきた。
バタバタと階段を登って来る音がする。
慌てて空中に浮かぶ太陽と惑星を消すと同時にバタンと勢いよく扉が開いた。
情熱的な赤い髪に雪が残りちょっと残念な姿をした、紅い瞳の美しい女性が入ってきた。
「クラシス!何故返事をしないの!」
瞳と同じ紅いルージュの唇をとがらせて、見かけは17歳の女性が言った。
「やあ、母さん」
僕がそう答えると、ポカリと頭を叩かれた。
「お姉様でしょう!」とヘラは白目をむいた。
「ね、姉さん、なんの用?」
痛む頭をさすりながら僕はヘラに聞いた。
「大変よ!クラシス!あなた王城に呼ばれたのよ!」
「僕が?王城に?何故?」
王城に呼ばれるようなことをした覚えはないのでそう尋ねた。
「わからないわ」
ヘラも知らないらしい。
「ただ、第2王女がお前を名指しで指名したらしいの」
「第2王女?」
第2王女といえばクラウディア王の正妃イヴの娘でジュネルだが、特別親しいわけでもないし呼ばれる覚えが無い。首を捻って考えているとヘラが言った。
「あんた四年前に王女と会ったでしょう?」
「四年前?」
記憶をたどってみた。
四年前と言えば、ヘラと一緒に王城で開かれたパーティに招待されて行った記憶がある。屈辱的な記憶なので思い出したくは無かったが・・・。
何故か僕はヘラの妹として招待された。
ヘラの魔法で黒髪をホワイトゴールドのホワホワ綿毛にされて、ヘラと同じ色の赤いドレスを着て王城に行った。
クラウディア王には正妃と第二妃と第五妃との間に娘がいて、何故か三人とも10歳で僕と同じ年で、この日は国中の10歳の女の子が招待されていた。
初めは間違えて招待されたと思った。なぜなら僕は男の子だし、いつも一人で塔に籠もっているので、ほとんど外に出ることも無く、親戚意外は存在すら知られていなかったからだ。
パーティの主役は僕の親戚のエバンシル公爵家の嫡男ジルベールで、王族と占星術師による評議会で次期国王に選出されたらしい。そのことを国内外にお披露目するパーティだった。
パーティには三人の王女を含め国中の10歳の少女達が集められた。その少女達の中から王妃を選ぶこと、それが占星術で決まったことらしかった。
ジルベールは生まれたときから魔力が強く、僕の爺さんである大魔法使いヴォルテハイム侯爵の魔力を継ぐ者として子供の頃から言われていた。魔法使いの魔力は血族に引継ぐことが出来るため、お爺さまの偉大な魔力を継ぐのは、ヘラの姉の子であるジルベールだろうと皆が思っていた。
ところが、爺さんは魔法が使えない僕に魔力を与えることを選んで死んだ。それ以来僕はジルベール親子から目の敵にされていた。
僕が男と知っていながら、ヘラの妹として招待状が来たのはジルベールの指しがねとしか思えなかった。
僕は行きたくなかったが、王城からの招待は断れなかったので、ヘラの魔法で少女になって王城に行った。
王一族による挨拶の後、広間では音楽が流れ舞踏会が始まった。
壁際に立っていると、下心見え見えの伯父様達がダンスに誘ってきた。踊れないと断ると「僕が手取足取り教えてあげるから」と伯父様達が数人で僕を取り囲んで広間の中央に連れて行こうとした。僕は彼らの間のわずかな隙間をすり抜けて逃げ出した。
踊らない少女達は食事が用意されているフロアーに集まっていた。僕も伯父様達に見つからないように少女達の影に隠れた。ヘラが赤いドレスなんか用意するから何処にいても目立ってしまうので少し食べてから庭に出た。
星明かりの美しい夜だった。
天空いっぱいに輪のように銀河が広がって見える。
星を見ていると少女が近づいてきた。
「あなたもパーティが嫌いなの?」
少女は僕にそう聞いてきた。
その少女はパーティの初めに紹介されていた第2王女ジュネルだった。
亜麻色の髪に魔族の赤い瞳。魔族の貴族はほとんど赤い瞳をしている。
「あなたの瞳の色は赤じゃないのね」
僕の瞳は深いアメジスト色。魔族の色ではない。
「僕の父は人族なので・・・」
「では魔法は使えないの?」
「はい」
「私は魔族なのに魔法が使えないの」
ジュネルは悲しそうな顔をした。
「僕の母も子供の頃は魔法が使えなかったそうです。でも今では魔法が使えていますよ」
「本当に!」
王女の顔が一瞬輝いた。
魔族で魔法が使えない者は15歳になると魔法の国を出て人族の国に行かなければならないという決まりがある。魔法が使えないと人族と同じで、魔族のように500年の時を生きることが出来ないからだ。それでも子供を手放すことが出来ない親もいて、子供の寿命が尽きるまで一緒に暮らす者もいる。
母は魔法が使えなかった。お爺さまは手放すのを躊躇われていたが、母は魔法が出来ないことで姉からからかわれて育ち、とても劣等感を感じていたため、15歳になると自分から屋敷を出て人族の国へ行った。お爺さまはヘラを心配してこっそり使い魔を付けていた。
ヘラは人族の国で生活をしている時に父と出会った。普通はそのまま人と同じ人生を終えるはずだったのだが、父がハイドと知りあったことで状況が変わった。母はハイドと胎児の僕と契約を結び魔法が使えるようになった。それでヘラは父が死んだ後魔法の国に戻ってきた。
「僕は魔法を使えないけれど、魔法の匂いは感じることが出来ます。あなたからは魔法の匂いがする。僕の母のように子供の時は魔法が使えなくても、きっかけがあればあなたは魔法が使えるようになると思いますよ」
僕は魔法の力を見ることが出来た。何故見えるのはわからないが、ジュネルは魔力を持っていた。それもかなり強い魔力を持っている。それが何故か今は閉ざされている。
「私も魔法が使えるようになると思う?」
ジュネルはキラキラした目でクラシスを見た。
「思います。何かきっかけがあれば目覚めるのではないかと思います。王女からは水の匂いがします。きっと水の魔法が使えると思います」
「ありがとう!みんな私が魔法を使えないから、腫れ物を扱うように見るの。少し気が楽になったわ。ありがとう」
ジュネルは満面の笑みを浮かべて僕の手を取った。
「おや、クラシス、こんな所で何をしているのですか?」
プラチナブロンドの髪に赤い瞳の美しい少年が二人に声を掛けた。
「ジルベール」
僕は嫌な物を見たような顔をした。
「まあ、あなたはジルベール様とお知り合いだったの?」
何も知らないジュネルは、少し頬を染めて僕とジルベールを見た。
「ジュネル王女、お父上が捜していましたよ」
ジルベールは王女の手を僕から引き離して微笑えんだ。
「あら大変、わたくし戻りますわ。どうもありがとう」
ジュネルは僕に軽く頭を下げて城の中に戻って行った。
「ジルベール、僕に招待状を送ったのは君か?」
僕はジルベールを睨みつけた。
「そうさ、だって君ってこんなに綺麗な顔をしているのに、いつも籠もってばかりで出てこないじゃないか。だから僕から頼んで招待状を送って貰ったんだ」
そう言いながらジルベールは僕の頬に触れようとた。
「さわるな!気持ち悪い!僕は男に興味はない!」
僕は慌ててジルベールと距離を取った。
「そんな恐い顔をして、せっかくかわいい女の子になっているのに、もったいないなぁ」
からかうようにジルベールは寄ってきた。
バチッ!
ジルベールがクラシスに触れようとした瞬間電気が走った。
「ちっ!」
僕の横にハイドが現れてジルベールの手を払っていた。
「ハイドか。まあいいや。クラシスの女装をお披露目しただけでよしとするか」
そう言い残すとジルベールは去って行った。
ジルベールはハイドの存在を見ることは出来ないが、気配を感じることは出来たので、ハイドをお爺さまが僕に与えた使い魔と思っていた。
「ハイドありがとう」
僕がハイドに礼を言っていると、ヘラが走ってきた。
「クラシス、帰るわよ」
久しぶりのパーティだと喜んで出掛けてきたヘラが怒って言った。
「どうしたのさ、母さん」
ポカリと頭を叩かれた。
「お姉様!と言ったでしょう」
ヘラはクラシスの手を引いて城門に着くと、門番に馬車を呼んで貰った。
馬車に乗り一息つくとヘラが言った。
「お姉様ったら、少女達の中で自分が目立たないよう私を呼んだのよ。クラシス、あんたのこともわざと女の子として招待したと言っていたわ。もう8年も経つのに、お父様があんたに魔力を譲ったことがよっぽど悔しいのね」
そう僕のお爺さまヴォルテハイム侯爵は大魔法使いで国内随一の魔力を持っていた。ジルベールは僕より三つ年上で、生まれた時から魔力が強く、お爺さまの魔力を引継ぐのはジルベールだろうと誰もが思っていた。ところがお爺さまは人族の血を引き魔力が有るかもわからない二歳の僕に魔力を継承した。魔力を貰っても僕は人前で魔法を使うことはなかった。
お爺さまが僕に魔力を継がせたのはある出来事があったからだ。
僕が二歳になったばかりのある日、ヘラの姉がいつものようにジルベールを連れてお爺さまのご機嫌伺いに来ていた。僕はいつも部屋の隅でハイドと話していた。ハイドはみんなの目には見えないから、僕はいつも壁にブツブツと話しかけている変わった子と思われていた。ジルベール達が帰った後、お爺さまが僕に聞いてきた。
「クラシスは壁とお友達なのかな?」
キョトンとして僕はお爺さまを見た。
「壁じゃないよ。ハイドとお話ししているの」
「ハイド?それは何かな?」
不思議な顔をしてお爺さまは壁を見た。
「銀の髪の男の子。いまお爺さまの前にいるよ」
お爺さまは驚いてもう一度壁を見た。その時壁の黒いモヤのハイドがお爺さまに話しかけた。
「初めまして、ハイドと申します」
お爺さまは驚いて尻餅をついたけど、すぐに立ち上がると深くお辞儀をした。
「失礼いたしました。神魔様でいらっしゃいますか?」
「神魔が何かわからないけど、僕の声が聞こえるのですね」
「ハイドは僕のお父様に助けられたらしいんだ。お父様も声だけで姿が見えなかったとハイドが言っていたよ」
僕がお爺さまにそう伝えると、
「クラシスは神魔様が見えるのか?」
「うん、ハッキリ見えるよ」
僕がそう答えるとお爺さまはますます驚いた。
「ハイド様、少し私と話しをして頂けますか」
お爺さまはそう言うと二人で話しはじめた。
僕はその話が聞こえなかったので、魔法を使って話していたらしい。
ハイドと話しをした後、お爺さまは僕に魔力を継がせると言った。
だから魔力を僕に継がせたのは、お爺さまが勝手に決めたことで、僕のせいではないのにジルベール親子に恨まれてしまった。
僕は魔法が使えないように見せかけているけれど、お爺さまから魔力を貰ったため、今ではかなりの魔法使いになっている。
ジルベールを見ていると魔法が使えるといろいろ煩わしいみたいなので、使えないと言うことで通している。幸い僕は人族の血が流れていて、瞳の色も違うので深く詮索されないので助かっている。
いろいろ昔のことを思い出していると、目の前にヘラの顔があった。
「何か思い出した?」
「ああ、四年前のパーティの時会った」
「その時何かあった?」
魔法の話しをしたことはヘラには黙っていた方が良いような気がした。
「二人で話していたらジルベールが割り込んできたくらいかなぁ」
「ジルベール、またあの子の仕業かしら?」
ヘラは忌々しそうにそう言うと、「クラシス、何で呼ばれているかわからないけれど、とにかく支度しなさい」と僕の手を引いて塔から連れ出そうとした。
「支度って、また女装するの?」
「仕方ないでしょう。四年前に会ったと言うことは、あんたが女の子として招待されたときでしょう。いまさら実は男でしたなんて言ったら私の首が飛ぶかもしれないじゃない。あんがいそれがお姉様達の狙いかもしれない。私とあんたを殺して魔力を手に入れるつもりかも・・・」
おお!なんて恐い姉妹だろう。絶対ないと否定できないところが恐い。これも全てお爺さまのせいだ。
「お城に行ってあげるけど、何か見返りを貰える」
少しやけになった僕はヘラに見返りを要求した。
「見返り?何が欲しいの?」
かわいそうだと思ったのかヘラが聞いた。
「父様の遺品を貸して欲しい」
僕はずっと考古学者だった父の遺品を調べたいと思っていたので、思い切って聞いた。
「イリアスの遺品?」
「そう、父様の遺品」
ヘラは父様の遺品を自室の鍵のかかる棚の中に入れていた。母の物を勝手に持ち出すわけにはいかないので、いつか聞いてみようと思っていた。
「読めない字で書いてあるから、見ても何もわからないわよ」
「それでもいいんだ。僕は父様の書いた物が見たいんだ」
ヘラはしばらく考えていたが、願いを聞いてくれたら僕がおとなしく王城に行くと約束したので、遺品を貸し出すことを承諾した。
屋敷に戻ると、ヘラは父の遺品のノート五冊持って来た。
「大切に扱ってね」そう言って僕に渡した。
僕はそれを受け取り部屋の本棚にしまった。
ヘラの魔法は美の魔法なので、ヘラの魔法で僕は四年前のように黒髪をホワイトゴールドのふわふわ髪にして貰った。
「クラシス、14歳の女の子だと胸も必要ね」
「えっ!」
ヘラの言葉に僕は固まった。
「まさか魔法で僕を女の子にするつもり?」
「まさか!魔法で性別は変えられないわよ!でもね、胸だけでも女の子らしくしない?」
ヘラはそう言うと僕の胸に触った。平坦だった胸が膨らみ始めた。
「ギャッ!止めてくれ!」
「動かないでクラシス!」
ヘラは僕が暴れないように魔法で椅子に縛り付けた。そして僕の胸を大きくしたり小さくしたりしていたが、思春期らしく少し膨らんだ胸にして小さく頷いた。どうやらヘラの納得できる胸になったようだ。僕的にはひどい迷惑だ。
次にヘラは自分のドレスを持って来た。赤好きのヘラにしては珍しく淡いピンクのドレスを僕に着せると、魔法でサイズを合わせた。
「ステキよ、クラシス。やはり私の子ね。何を着ても似合うわ」
僕の全体を見て満足そうに呟いた。
ヘラの美的感覚に合格したようだった。
支度も調い、僕はヘラと王城に向かった。
王城では王様が待っているということで、早々に謁見の間に通された。
ヘラは扉の前で王兵に止められ、一緒に入れないとわかると「私は保護者だ!」とわめいた。
広々とした部屋の奥の少し段になっているところに立派な椅子があった。待っているという王はそこには居なかった。
小一時間ほど待たされてようやく王が現れた。
「待たせたかな?」
僕の顔を見て王はニヤリと笑った。
わざと時間を取って出てきたな、と思ったが黙って礼をとっていると。
「顔を上げよ」と言われた。
内心『コノヤロー』と思いつつ顔を上げた。
「ほう!噂では聞いていたが、美しい!」
王は続けて「どうだ、私の第12妃にならぬか?」とヌケヌケと言った。
「そういうお話でしたら帰らせて頂きます」
僕は王に背を向けて扉の方に歩き始めた。
「待て待て、冗談だよ」
慌てて王が引き止めた。
僕は振り向くと、ジロリと王を睨んだ。
「今の若者は冗談も通じないのか」
王はブツブツ言っていたので、
「冗談は、言っていい冗談と、悪い冗談があります」と言ってやった。
王は驚いていたが、そのうち笑い出した。
「ジルベールがお前は変わっていると言っていたが、私に対して堂々と物が言える者は少ないぞ。顔に似合わずかわいげのないものだ」
『余計なお世話だ』と僕は思った。
「すまぬな、お前を今日呼んだのは第2王女のジュネルに頼まれたからだ」
「どういうことでしょうか?」
「ジュネルは魔力がないため、お前も知っての通り国の決まりで15歳になったら人族の国に行かなければならない。私としてはかわいい娘を人族の所に行かせたくない。でも王たる私がそんなことをすると国民の示しにならない。そう考えて悩んでいると、辺境領のトール伯爵からジュネルを妻にと申し入れがあった。妻として嫁がせれば人族の国へは行かなくていいのではと思っていたのだが、その話をジュネルにしたところ、トール伯爵の元に嫁ぐくらいなら人族の国に行った方がましだと泣かれた」
まあ、そう言うだろうな、と僕も思った。トール伯爵領は人族に近い深い森に囲まれた辺境地にある。領地が辺境と言うだけでなく、トール伯爵その人がひどく変わり者で屋敷内に得体の知れない生き物を飼っているという噂だ。それに見かけは若いがかなりの年齢だ。
「泣いていたジュネルが言ったのだ」
僕がトール伯爵について考えている間も王の話は続いていた。
「昔、パーティでジュネルにあったそうだな」
「はい」
「その時ジュネルに魔力があると言ったそうだな」
「はい、申し上げました」
「ジュネルはそれを信じている」
「そうですか」
「ジュネルを哀れんで嘘を言ったのではないな!」
「いえ、私は魔法は使いませんが、魔法を使える人は匂いでわかります」
「本当か!」
いつの間にか王は僕の前に立っていた。
「え、ええ、ジュネル様は水の魔法の匂いがしました」
僕は後ろに下がりながら答えた。
「お前はあの大魔法使いヴォルテハイム侯爵の魔力を引継いだとジルベールが言っていた。だからお前に魔法が使えないわけがない。王女と一緒に魔法が使えるよう勉強させてみたらどうだろうとも言っていた」
『ジルベールの奴め余計なことを』心の中に警鐘が鳴り始めた。
「でだ、10日間でジュネルに魔法を教えてほしい」
「10日間?魔法を教える?」
「そうだ、お前が先生でジュネルに教えるのだ」
「僕が先生?」
「ジルベールが言ってたぞ。クラシスは理論だけはめちゃくちゃ覚えているけど、使える魔法が幼児程度だと」
『うっ!ジルベールの野郎!』心の中で叫ぶ。
「幼児程度の魔法でも使えればいいんだ。頼めるな」
王の顔が目の前に迫ってきた。
「わかりました」
王の顔が近づかないよう手で押さえながら返事をした。
「おお、引き受けてくれるか。では今日から早速お願いしよう」
今度は抱きつかれそうになったので、腰をかがめてスルリと逃げて、王と距離を取った。
「いえ、ヘラ姉様を待たせているので、今日は帰らせて頂きます。準備もあるので明日また伺います」
僕は王にそう言って謁見の間を出て行った。
扉の外でヘラが心配そうな顔をして待っていた。
「あのドスケベに何かされなかった」
やはりあの王から逃げて正解だったらしい。
「ジュネル王女に魔法を教えるようになった」
「えっ、クラシスが!なぜ?」
「昔のパーティの時に僕がジュネルに魔法の匂いがするから魔法が使えるようになると言ったから」
「そんなこと言ったの?」
「昔のことで忘れてたけど、確かに言った。だから10日間でジュネルに魔法が使えるようにして欲しいってさ」
「出来るの?」
ヘラは心配してる。でもジュネルに魔力があるのは事実だから、きっかけが必要なだけ。しかし何故10日間なんだろうか。
「10日間も王城に泊まり込むの?」
ん?王城に泊まり込む?王の態度にムシャクシャしてつい反動で部屋を出てきてしまったけれど、詳しいことは聞いてない。僕はヘラにそう伝えた。
「わかった。私が聞いてきてあげる」
ヘラは腕まくりをすると、僕が出てきたばかりの謁見の間に入って行った。
ヘラが入って行った時、王はまだ中にいたらしい。そこでヘラと王が10日間の段取りを決めた。
「さあ、クラシス帰るわよ」
部屋を出てくるなりヘラはそう言った。
帰りの馬車の中で、明日から10日間僕はジュネルの侍女兼魔法の先生として王城で暮らすと伝えられた。部屋は王女達の部屋がある棟の一室を与えてくれるらしい。一応みんなの手前侍女として入ったことにしている。魔法の勉強の段取りは全て僕の組んだスケジュールに合わせると言うことだった。
「さあ、帰ったら、クラシスに掛けた魔法が10日間は持続するようにしないといけないわ」
妙に張り切ってヘラが言った。
僕はまだこの姿でいなければならないのかと思うとうんざりした。