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短い手紙

作者: りこち

「今日は梨を食べました。みずみずしくておいしかったよ」

「近所の野良猫が、子猫を3匹産んだみたいです。たまに僕のところに顔を見せに来てくれます」

「金魚模様がきれいな透明のしおりを見つけました。よかったら使ってください」




 あの人からの手紙は、いつも短い。代わりに、写真とちょっとした贈り物が一緒に添えられている。

 初めの頃は、それを不満に思っていた。私はいつも便せんにびっしり、何枚も書いて送っているのに。なかなか会えない分、話したいことがたくさんあって、それがいつもこぼれて溢れてしまわないように、必死でいるのに。


 でも、実際会ったところで、あの人は手紙以上に無口なのだ。私の話に相槌を打つばかりで、あとは空だとか、花だとか、虫だとか。そんなものを熱心に目で追ってはカメラに納めていく。気まぐれに、こちらにカメラを向けることもあるけれど、ただの被写体のひとつだと思っていそうな、そっけない撮り方だった。私に興味があるのか、ないのか。ずっと聞きそびれたままでいる。


 彼は背が高くて、やせていて、穏やかな顔つきをしていた。声をかけてきたのは、向こうの方だった。すごく柔らかい絵を描くんですね。私のスケッチブックを覗き込んだ彼が子供みたいに澄んだ目でそう言ってきたとき、なんだか不思議と気分が高揚したことを覚えている。その優しげな顔に不似合いな、低くてややぶっきらぼうにも聞こえる声が、私の心をつかんだ。


 あの人は遠く離れた町に住んでいる。電車を何回も乗り継がなければ会いに行けない。手紙のやりとりが無くなれば、細い糸が切れてしまうように、もう二度と会えなくなる気がして、私は手紙を書き続けている。




 そんな風にして季節がいくつか過ぎた頃。空が薄く澄みきった冬晴れの日、初めて出会った公園で私たちはのんびりと散歩していた。こうやって会うのはずいぶん久しぶりのことだった。相変わらず、彼はただ相槌を打つばかりで、自分のことは言葉少なにぽつぽつと、ときたま思い出したように語るだけだった。


 ねえ、私のこと、どう思う? さりげなく、でも思い切って尋ねてみる。

彼は黙ったまま、じっと私のことを見つめた。初めて私の顔をちゃんと見るような目つきだった。

 空気みたいだなって思う。ぽつりと言われて、へ、と間抜けな声が出た。それってどういう意味。いてもいなくても、変わらないってこと? じわじわと視界がぼやけていく。そのとたん、彼のひどく慌てる様子が伝わってきた。いつも穏やかな海みたいに、凪いでいるのに。


 一緒にいるのがそれだけ自然だって言いたかったんだ。僕にとって、君は必要な人だし、大事にしたいって思ってる。


 それだけ言うと、彼はまた元の無口に戻ってしまった。彼らしい、短い言葉。その意味がゆっくりと私の中にしみこんでいく。初めて会った時のように、気持ちがふわりと浮き立つのが分かった。

 自然と頬が緩む。彼も、照れたように小さく笑っている。ずっと、雲みたいにつかみどころのない、ぼんやりした人だと思っていた。けれど本当は、ただ不器用で言葉足らずなだけだったのかもしれない。彼からの短い手紙には、充分、彼なりの気持ちが込められていたのだ。


 ふいに、彼が何かを取り出した。渡された封筒に入れられていたのは、何枚かの写真だった。どの写真も、驚くほど綺麗に撮れている。そこに映った私はとても幸せそうに笑っていた。

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