波乱の命名式 前日 ―― 飛望
街はこの国の未来を担うであろう王子の命名式を前日に控え、これ以上は無いと言う程に活気づいている。家々はきれいに飾り立てられ、地方のお偉方が従者を何人も引き連れてそこここを歩きまわっている。
そんな外の事など気にもかけぬように今日もここには溶かした鉛や鉄の独特の匂いと、むせ返るような熱気が広がっていた。
「しっかしなあ、王子様の名前を付けるてえだけで、国中の人間がみんな休みをもらえるなんてな。まだまだこの国も平和だってことか」
「うるせえぞ晋平! 口を動かしてる暇があったら、さっさとその手を動かしやがれ!」
そして今日も師匠の大きな罵声が作業場に響く。ここは師匠の剛拳と兄弟子の晋平そしてこの俺の三人の不断の努力によって今日を耐え忍ぶ小さな鍛冶屋である。
さて、どうしてこんな小さい鍛冶屋が国の式典前に仕事をしているのかと言われれば、これにはもちろん訳がある。こう見えても俺の師匠剛拳はこの国でも指折りの鍛冶師だという。そんな訳で国の役人から直々に、今回の式典に兵士が身につけるための剣を作ってくれるよう頼まれたそうだ(俺はそこら中の鍛冶屋に頼んでも間に合わずに、仕方なくうちに頼みに来たという方に賭けたい)。
そして師匠はその内の5振り分を俺に任せてくれた。普段は作業の合間に晋平としゃべったりと、気を抜きがちなおれだが今日ばかりはそうもいかない。行程はすでに大詰め、仕上げである。より一層緊張に身が引き締まる。ゆっくりと丁寧に細かいところを研ぎ直して、そして……
「よっしゃあ! 出来た、出来たよ師匠見てくれよ。俺が作った内の最後の一本、これなんか 完璧だろ? これならきっと戦場にだって持っていけるぜ」
そう言って師匠の前に作った剣を突き出す。師匠は全体の作りをさっと見た後、1度剣を振ってみてからふっと笑った。
「何だよ。どっか問題でもあったのか?」
「あるに決まっとるだろうが! どれもこれも研ぎがまだまだ甘すぎるわ。それにお前が完璧 だって言っとったこの剣。試しに振ってみろ」
そう言って俺に剣を返す。俺は師匠が何を言いたいのかわからなかったが、師匠は早く振れと言わんばかりの形相で俺を睨み付ける。
「へいへい、わかりましたよ。振ってみますってば。……うわ、なんだこりゃ。何だか剣に引 っ張られてるみたいだ」
「わかったか。そいつは重心の位置が前過ぎるんだ。それじゃあ小手先の技が使いにくい。そ れではとてもとても実戦では使えんよ」
「だけど俺はそんなこと知らなかったし」
「だからお前はまだ半人前なんだよ。本当にいいものを作ろうとするなら、その道具をもっと 知らなくちゃいかん。まあこれは式典用の剣だからそんな出来栄えは必要とせんがな。まあ 半人前にしちゃあなかなかいい出来だとは言っておこう」
そう言って師匠はがははと大きな声を上げて笑いながら自分の作業へと戻っていく。師匠が行ってしまってから、晋平が近づいてきて、
「師匠があんな風に笑うなんて珍しいな」
と俺に囁いた。
「ああ。ともすると今日は何か良くないことでもあるかもな」
俺はおどけて答えたが、師匠に褒められたことは素直にうれしかった。