第71話 すれ違う恋心
「はぁ~、せっかく一人になりたかったのに気分最悪……。出て行ってくれます?」
「──え?」
才色兼備、さらに誰にでも優しいことで有名な星乃は俺の姿をジロリと見ると、吐き捨てるようにそう言った。
(低っく! 声低っく! えっ、そんな声出せたの?)
聞いたことのない彼女の地声と暴言に内心で困惑する。
俺は「ゴホンッ」と咳払いをして精神を整えると、紙の束を抱えたまま構わず生徒会室に入った。
それを見て、星乃は眉間にシワを寄せて俺を睨む。
「聞こえませんでしたか先輩? 出て行ってほしいというのは、言い方こそお願い口調ではありますが実際には『ここから出て行け』という命令なんですが?」
上履きの色で俺が上級生だということは分かってくれたらしいが、およそ噂に聞く彼女の口から出てくるとは思えないようなトゲトゲしい言葉が続く。
扉を開いた直後は条件反射で謝ってしまったが、そこまで言われる筋合いはない。
陽キャとはいえこいつは下級生だし……それに、こんな横暴な振る舞いを許して調子に乗らせてしまうと、こいつもいつかは痛い目を見てしまうだろう。
教育が必要である。蓮見いわく、確か『分からせ』とかいうやつだ。
「悪いが、ここはお前の部屋じゃない。一人になりたいなら校舎裏にでも行ってくれ。俺はここで先生から仕事を任されてるんだ」
「ちっ……見るからに友達もいなさそうな陰キャのくせに言い返しやがって。じゃあ勝手にしてください」
星乃は俺に聞こえる声で呟いてまた机に突っ伏した。
えっ、こいつこんなに性格悪かったの?
……いや、考えたらこれまでも同じような経験が何度かある。
イケメン男子には愛想が良くて、俺みたいな見るからにボッチでキモい陰キャには冷めたい態度をとるという女子あるあるだ。
ここまで露骨なのは初めてだが……。
恐らく、先ほど星乃も同じように俺の姿を見て“値踏み”を済ませたのだろう。
そして、周囲の誰にも見られていなくて陰キャの俺と二人きりだからこんな態度を取っているだけ……なのかもしれない。
自分から進んで地味な格好をしているとはいえ、パッと見で無価値の烙印を押された俺は内心で悲しみつつ星乃に質問をしてみる。
「というか、そもそも鍵かかってるんじゃなかったのか? 俺は澄川先生から鍵を預かって来たが星乃はどうやって生徒会室に入ったんだ?」
「……コツがあって、鍵が無くても開けられるんですよこの扉。生徒会のメンバーで代々その方法が受け継がれているんです」
「嫌な伝統だな」
「内側からは鍵がかけられないのが盲点でしたね。今日は生徒会も無いですし、誰も来ないと思って油断していました」
俺が悪いわけじゃないのに、星乃は嫌味でも言うかのように俺に話す。
無視しないところをみると、どうやら一切口を聞きたくないわけではないらしい。
「俺はお願いされた仕事だけ終わらせたらすぐに出ていくから。そこで机につっぷしていたいなら気にしないでいてくれ」
初対面の美少女陽キャが相手だというのに俺は普段通りに話すことができていた。
星乃が俺に一切の敬意も払わない無礼な後輩だからというのもあるが……どういうわけか彼女に対しては全く緊張することがない。
むしろ、彼女も俺と同じように二面性を持っていることを知ってどこか親近感すら感じてしまう。
「……お仕事ってなんですか~? 私、手伝いましょうか?」
星乃はそう言ってのっそりと席を立ち、気だるげな様子で俺の隣に来た。
「手伝うって……お前、いい奴だったのか?」
「いえ、一刻も早くこの部屋を出て行って欲しいので」
「やっぱり酷い奴だった」
とはいえ、初めての作業だし手伝ってもらえるならありがたい。
俺は星乃に経緯を説明する。
「澄川先生から雑務を押し付けられて、この書類を整理して付箋のとおりに棚に入れて欲しいみたいなんだが……この棚でいいんだよな? ずいぶん種類が細かく分かれてるが」
「あ~、この書類は完全に生徒会のお仕事ですね、すみません。そこに置いておいてもらっていいですよ、後は私がやっておきます」
「えっ? いや、いいよ。お願いされたのは俺だし」
「いえ、この書類整理はコツがいるので意外と時間がかかるんですよ。というか、今から先輩が一人でやろうとすると夜までかかってしまいます」
「マジか……そんなハードワークを押しつけられてたのかよ。もしかして俺、澄川先生にめちゃくちゃ嫌われてる?」
「というか、そもそもどうしてこんな面倒そうな仕事を引き受けたんですか?」
「あっ、えーと……それはだな」
澄川先生がちゃんと自分の部屋の片付けをすることを条件に引き受けている……なんてことは言えない。
俺が言い訳を探していると、星乃は勝手に納得したような表情で手を叩いた。
「あ~なるほど。澄川先生、美人ですもんね。スタイル抜群で独身ですし、狙いたくなる気持ちはよく分かります」
「は? いやっ! 違うぞ! 決してそういうアレではない!」
「いいですよ、別に隠さなくても。でもそういう片思いは辛いだけですから、さっさと告白して玉砕したほうがいいですよ~? ……私みたいに」
「だから違ぇって──ちょっと待った、今なんつった? 『私みたいに』?」
聞き捨てならない言葉に俺が問い返すと、星乃は少し「やってしまった」という表情でポリポリと頬をかく。
「口が滑っちゃいましたね。そうですよ、私はついさきほどフられたんです。だから一人で落ち込んでたんですよ」
「いや……いやいやいや、ありえねぇだろ。お前をフるなんてどんな奴だよ……」
先ほども言った通り、星乃は街を歩いていればみんなが振り向くくらいの美少女だ。
もし仮に俺が星乃に告られたら100%イタズラだと確信する。
それにキラキラと目立っている分、あかね以上に男子には人気のはずだが。
「あはは、まぁ先輩みたいなモテない陰キャからしたらそうかもしれませんね~」
息をするように毒を吐き、星乃は乾いた笑いで言った。
「藤宮先輩ですよ」
それを聞いて、俺も思わず手を叩いて納得する。
「あ~、あいつか。下級生にもモテてるのかよあいつ。とんでもねぇな」
藤宮吉春、サッカー部主将のモテ男である。
取り巻きにもてはやされ、引くに引けなくなってしまった琳加が周囲に勝手に『好きな人』ということにされてしまっている人物でもある。
「当たり前じゃないですか。テストの成績は常に学年二位。おウチもお金持ち。頭が良くて、顔も良く、頼りがいがある。少し残念な性格以外は全て完璧な超人気者ですよ。だから私のモノにしたかったんですよ」
「お前も分かりやすいな。結局顔か」
「当たり前じゃないですか。男も女も顔が命ですよ。シンデレラだって、白雪姫だって、ヒロインが可愛くて、王子様がハンサムじゃないとみんなは見向きもしてくれません」
「夢も希望もないこと言うな……悲しくなってきた。そうか、お前レベルでも藤宮はダメだったのか」
「……まぁ、正確には私が告白する前にフラれちゃったんですけどね」
「どういうことだ?」
「さっき聞いてしまったんです。廊下で藤宮先輩が女の子と話しているのを――」
◇◇◇
『藤宮さん! 琳加さんは藤宮さんのことが好きっスよ! 絶対に告白成功するっス!』
『そうか……! よし、ありがとう! 君に相談して良かった! そうと決まれば、さっそくラブレターを書いて彼女の下駄箱に入れるぞ!』
『藤宮さん、頑張ってください! 応援してます!』
◇◇◇
「そんな現場を見てしまって……。2年A組の日陰先輩が藤宮先輩のことを好きなのは有名ですが、まさか両想いだったなんて……」
星乃の話を聞いて、俺は心の中で頭を抱えた。
星乃は作者が一番気に入っているヒロインです!
続きも楽しみにお待ちください!
引き続き、よろしくお願いいたします<(_ _)>ペコッ