特別編 "あの日"の次の週末の話 前編
大変お待たせいたしました!
本格的に新章が始まる前に特別編を挟みます!
書籍の第1巻に収録されている『メガネを外して、髪整えて街に出たらすごいことになった件』や特典を読んでいるとより楽しめます!(読んでなくてもweb版だけで分かるように説明が入っています!)
では、どうぞ!
(ふぅ、午前中はこんなもんでいいか……)
日曜日――。
地元駅の近くのスタジオで一人、ギターを手に作曲していた俺は水のボトルを一気に飲み干すと潰してゴミ箱に投げ入れた。
作曲はスタジオでなく家でしてもいいのだが、一つ重大な問題がある。
家には間違って地上に生まれてしまった天使こと、超絶可愛いあかねがいることだ。
俺が居間で作曲していると、あかねはいつもその後ろのソファーで無邪気にマンガやらラノベやらを読んでいる。
すると、当然ながら俺はラブソングしか作れなくなってしまうわけだ。
(そんなこと知られたら、気持ち悪がられてもう読書のBGM担当すら外されるな……)
愛ゆえに苦しまなければならない……。
妹への一方的なクソデカ感情を胸に秘めて俺はギターを立てかける。
こういう内面のシスコンっぷりがにじみ出ててあかねには心底嫌われてるんだろうけど……。
そんな事を考えていたら、俺のお腹も呆れるように「ぐぅ~」と声を上げた。
(さて……と。お昼ごはんは何を食べようかな……)
俺はスタジオを出て、昼食を考えた。
周囲を見回すとオシャレなパンケーキのお店や個人経営の飲食店が立ち並ぶ。
俺は歌手として結構――若干引くぐらい稼いでいるので、どんな高級な店だって入れるし一番高価な料理を注文することだってできる。
たまには贅沢したっていいだろう。
(俺だって一流のアーティストを目指してるんだ! まずは形から、やっぱり食事から良いものに変えていかないとな!)
俺は意気揚々と歩きだした。
――そして結局、俺は駅前の通い慣れたハンバーガーショップへ。
そう、確か新作のグラタンコロッケバーガーが販売していたはずだ、目当てはそれである。
グラコロ美味しいよね。
決して、陰キャ体質過ぎて入りやすいチェーン店以外の飲食店には1人で入れないわけではない。
そもそも、どんなに高級な食材を使って一流のシェフが料理を作ろうがあかねの手料理の足元にも及ばないしな。
あかねがその手で作ったという事実だけで俺の中ではミシュラン殿堂入りだ。
(というか、先週もここで食べたんだけどな……)
俺は先週の日曜日を思い出す。
あの、激動の日曜日を――。
◇◇◇
先週、俺は見た目が怪しすぎて警察のお世話にならないようにメガネを外して髪の毛を整えてから町に繰り出してみた。
いつもの鬼太郎状態ではなく、『素顔を晒した状態』ということだ。
まぁ、俺の顔はそっちの方がおぞましいのかもしれないが……。
目的は駅前のカフェで独り静かに作詞をすること。
優雅にボッチな休日を堪能するつもりだったのだが――
まず最初に立ち寄った蓮見書店で蓮見に通報もののセクハラをかましてしまい。
駅前では、いつも俺の事を「キモい」と罵っているクラスメートの綾瀬と初音と早乙女に「あたしらと遊んでくれない?」とカツアゲされ。
街なかでは詐欺に引っかけようと綺麗なお姉さんたちが俺に声をかけてきて、カフェでは女性店員さんたちに陰湿なイジメを受けそうになった。
その後に時計台の下で椎名と出会い赤ちゃんプレイを強要され。
次にこのハンバーガー屋でトラブルに遭っているしおりんたちを助け。
最後にバンドメンバーの一之瀬さんに呼び出され彼氏のフリをして合コンから連れ出すと、江ノ島で一緒に遊ぶことになった。
帰りは取り巻きの女の子たちに「やべー奴」だと陰口を叩かれつつ、番長の琳加に夜道を送ってもらった。。。
ハプニング続きで全く気が休まらなかった……。
家に帰ってからあかねには「二度とそんな顔を晒して外を歩くな」みたいな事を言われたし。
俺みたいなブサイクには顔を出して外を出歩く権利すらないのか……。
◇◇◇
そんな先週の事件たちを思い出しながら、俺は注文を済ませてトレーを受け取ると陰キャ御用達の端っこのカウンター席に座る。
先週の日曜日に俺がメガネを外してここを訪れた時は、あの柱の後ろのテーブル席に座ってたら、隣に偶然しおりん達が来たんだよなぁ……。
そんな事を思い起こしつつ、ストローを咥えて氷抜きのりんごジュースを吸い上げながらそのテーブルに目を向ける。
――俺は思わず吹き出しそうになった。
「…………」
「…………」
「…………」
何も言わずにお互いを見つめ合う3人の女の子たち。
帽子を深くかぶって変装しているが、重度のオタクである俺の目は誤魔化せない。
(しおりんたち、またこのハンバーガー屋に来てるの!? なに? 毎週集まってるの!?)
まぁ、高校生らしいといえば高校生らしいが、今をときめくアイドルなんだし、超有名人がこんなところに何度も来ていいの?(人のこと言えないけど)
個室で会える場所とか、誰かの家に集まれば言いのに……。
3人が心の底から軽蔑している須田凛月がここにいるなんてバレてしまわないように俺は慌ててハンバーガーにかぶりついて、包み紙で顔を隠した。
しかし、3人とも何故か全く話す様子がない。
スマホを見ているわけでもなく、しおりんの手元にはぐちゃぐちゃな線が引かれたノート、あかりんの手元にはまっさらなノートと教科書が開いて置いてあった。
(なんなんだ、あの状況は……)
ついに、軽く咳払いをするとしおりんが話しだす。
「……あっ、、その、き、奇遇だね! こんなところで偶然3人が出会うなんて!」
「そ、そうだね~! あはは!」
ちなみに声が聞こえているのは、俺が教室で培ってしまった『盗み聞きスキル』のせいである。
いつも机に1人で勉強しつつ周囲の会話を聞いているから、小さな声も聞き取れるようになってしまった。
あまり聞いちゃダメなんだろうけど、何だかギクシャクしてるし、凄く気になる……。
バレないように、この席から様子を伺ってみるか。
しおりんとあかりんが作ったような笑みを浮かべると、それを見たみほりんはため息を吐いた。
「奇遇って……昨日もお昼にここで会ったじゃない。昨日だけなら偶然で済むかもしれないけれど、2日連続は異常よ」
「まぁ、その……こ、ここだと作詞が捗るからさ!」
「わ、私もここだと勉強が捗るから! うん、だからここに来ちゃうんだ!」
何やら苦し紛れな表情の2人をジト目で見つめてから、みほりんはしおりんのノートをつまみ上げる。
「……全然書けてない。それに、あかりが勉強するなんてありえないわ」
「でぇぇ!? そ、それは言いすぎじゃないっ!?」
「あはは~。あかり、教科書を開いているだけじゃ勉強にはならないよ。留年なんかしないでね? みんなで一緒に卒業したいんだから!」
「しおり、あかりを使って話を逸らそうとしないで。2人とも本当の目的があるんでしょ?」
みほりんが落ち着いて問いただすと、しおりんは小さく縮こまって白状した。
「う……はい。また"あの人"に会えるかと思ってこのお店に来ました」
「私も! 先週ここで助けてもらった"あの人"にお礼がちゃんとできてないから!」
「――っ!? ゲホッ! ゲホッ!」
しおりんたちの口からここにいる理由が『俺のせい』だということが分かり、思わず食べていたハンバーガーを喉に詰まらせかけた。
彼女たちの言う"あの人"とは、メガネを外した状態の俺のことである。
先週、しおりんたちの正体がバレて人が集まってきちゃったから俺が咄嗟にマネージャーのフリをして逃してあげたんだけど……。
そのお礼を言いたくて会えるかも分からないこんな場所に昨日も来てるの!?
律儀過ぎない!?
みほりんが呆れた表情でもう一度ため息を吐く。
「先週もここで食べたのに"あの人"がまたハンバーガー屋に来るとは思わないけど……」
「た、確かに……もしそんなことなら栄養バランスが偏ってないか心配! 私、お料理とか作ってあげたいな!」
「それいいね! お家にお邪魔して、お礼にご飯を作ろうよ!」
俺は思わず目頭を指で押さえて涙を堪える……いい子たちすぎでは?
というか、今や超有名アイドルなんだから簡単に人の家に上がるのはまずいって……。
みほりんは首を横に振る。
「あのね、そんなの迷惑がかかっちゃうし、そもそもしおりたち料理なんて作れるの?」
「た、玉子料理なら! お母さんの手伝いをしたこともあるし!」
「あっ、じゃあ私ゆで卵作るよ! きっと電子レンジで温めればできるよね!」
「それ、爆発しちゃうから。あかりは絶対に料理しちゃダメね」
「て、てゆーかさ! 美穂こそなんでここに来てるの?」
あかりんの無垢な質問にみほりんは頬を赤く染めて咳払いをした。
「あなたたちと一緒よ。頭では馬鹿馬鹿しいと思いながらも、『もしかしたら会えるかもしれない』と気がついたらここに来てたわ……昨日もね」
「あはは! 美穂も私のこと言えないくらい馬鹿じゃん!」
「う……、あかりに言われると屈辱的だわ……」
みほりん、頭が良くてクールに見えて実は凄く礼儀正しくて人を思いやる優しい子なんだよね。
蓮見が俺に傷つけられたと勘違いさせられた時も一番最初に蓮見を抱きしめてあげてたし。
そんな優しい子だから、あの時のお礼がしたくてまたここに来てしまったのだろう。
みほりんは恥ずかしそうな表情で頬をぽりぽりとかく。
「とはいえ、もうこんなことは止めましょう。こんなんだと仕事にも影響がでちゃう」
「そ、そうだね……それにまたいつかは先週みたいな事件が起こっちゃうかもだし……」
「あかりが変な大声出さなければバレなかったんだけどね」
「でぇぇ!? わ、私のせい!? だって、転びそうになったんだから悲鳴を上げちゃうのはしょうがないでしょ!」
「とにかく、もうここで"あの人"を待つのは禁止。……私も我慢するから」
「「は~い」」
ハンバーガーのセットを手早く食べ終えた俺はそんなしおりんたちの会話を聞いて安心する。
よかった、いつバレるかも分からないから俺ももうあの姿でしおりんたちと会いたくはない。
なのにずっとここで待たれてしまったりしたら心が痛むからな……。
俺は席を立って、トレーを持ち上げると返却口へと向かった――。
「……ねぇ、もしシオン様と"あの人"だったらどっちを選ぶ?」
「えぇっ!? え、選べないよ~。だって、どっちも凄くカッコ良くて素敵だし……」
「こらこら、言ったそばから……。私たちはこれからがアイドルとしての再スタートなんだから、まずはお仕事を頑張らなきゃ」
「美穂だって興味あるくせに~!」
まだ何かを話していた彼女たちを後にして俺は店を出てスタジオに戻った。
◇◇◇
~~~ドン、ドン、シャーン♪
スタジオに戻るとドラムの音が聞こえてきた。
どうやら椎名も練習に来たらしい。
少し嫌な予感を感じつつ、俺は扉を開いた――。
明日も投稿予定です!
【ご挨拶&今後の更新予定など】
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
年末年始は自作、『ギルド追放された雑用係の下剋上3巻』の書籍作業に全力を注いでいましたので少しおまたせしてしまいました、すみません!
おかげさまで、書き下ろし3万文字、特典SSがそれぞれ1万文字というとんでもなく豪華な書籍ができました!(普通2000~3000文字とか)
書籍にはいつも全力を注いでいます!
来月、2月10日(水)発売ですので楽しみにお待ち下さい!
重ねて、本年もよろしくお願いいたします!





