第66話 無自覚ストーカーの金城さん
しおりんたちのライブから数日。
朝のHR前の教室はしおりんを中心にいまだ盛り上がっていた。
話の内容はシオンについての質問ばかりだ。
何度も同じことを聞かれているのにそれに答えるしおりんもまんざらでもなさそうだけど。
「朝宮さん、すっごい有名人になっちゃったね!」
「色んな企業からCMやドラマの出演オファーも来てるんでしょ!?」
「えっ、じゃあ! もう学校には来なくなっちゃうの!?」
「ううん、やっぱり学校もちゃんと通いたいからお仕事は無理のない範囲で受けることにしてるんだ」
「なんだ~、良かった~。じゃあ、シオンと共演出来る仕事が来ても学校があったら断っちゃうんだ?」
他の生徒が意地悪そうな表情で聞くと、しおりんは慌てて首を横に振った。
「そ、それは別だよっ! シオン様ならテストだろうが何だろうが休んでもお仕事を受ける!」
「あはは、まぁそりゃそうだよね~」
しおりん……テストは休んじゃダメだよ……。
いや、テストの日には俺が仕事入れないからそもそも大丈夫だけど。
でも、ここまで有名になっちゃうと確かに何らかの仕事で一緒になることもあるのかもしれない。
「でも、有名になると心配だね」
「確かに、すっごく心配! 大丈夫? 変な奴にストーカーされたりしてない?」
「さ、されてないよ! 大げさなんだから~」
「油断しちゃダメだよ! しおりんたちは本当にド天然なんだから!」
「そうだよ! 言葉の裏を読めないというか、疑うことを知らないというか……」
「そうそう。人の言葉を素直に受け取って、何でも信じてついて行っちゃいそうで」
「あはは、騙そうとする悪い変な人なんて――」
しおりんは机で自習をしている俺をチラリと見た。
「――ま、まぁ……確かに変な人はいるかもしれないから私も少しは気をつけようかな」
すみません、変態で。
でも、しおりんの自衛意識に一役かえたからよかったのかもしれない。
そんなふうに何とか自分を納得させる。
俺の机のそばのクラスの男子たちはしおりんを見て何やらヒソヒソと話し合い始めた。
「なぁ、しおりんってガード薄すぎじゃね?」
「確かに、下校中の後をついて行けば簡単に家の場所とか分かりそう」
「そ、それ気になるな! 家の場所が分かればバイト終わりとかに見に行くことも……」
「夜に部屋の灯りがついてたりしたら妄想が捗るな!」
完全にストーカー案件な事を言っている男子たち。
純粋無垢なしおりんたちが聞いたら顔面蒼白で倒れてしまいそうだ。
変態男子たちに「やめとけ! やめとけ!」と念じながら俺は全力で睨みを利かせる。
しかし、この瓶底眼鏡では全く目ヂカラは働かず、ただ見ている人になってしまった。
「おい、鬼太郎がなんかこっち見てるぞ」
「なんだよ、鬼太郎。なんか文句あるのかよ?」
「――な、なな、なんでもないですっ!」
ふぅ、まぁこれくらいにしといてやろう。
あまり怖がらせるのも可哀そうだからな。
俺は教室を出ると、ため息を吐きながら携帯を取り出した。
◇◇◇
そんな日の夜――。
「こんばんは、あかねさん。お兄様はいらっしゃいますか?」
「あっ、ミコさん! お兄ちゃ~ん、金城さんが来たよ~」
あかねの呼び声に俺は自室から下に降りていく。
玄関には青いミディアムヘアーにピシッとしたスーツを着こなした二十歳そこそこの若い女性――金城御子さんがいた。
「凛月様、いつもお世話になっております。約束通り、お仕事の打ち合わせに参りました」
「も~、ミコさんってば! 礼儀正しいのもいいけど、もう少しフランクな感じでもいいんだよ~?」
あかねは頬を膨らまして毅然とした態度の金城さんにジト目を向ける。
しかし、金城さんはすました顔で首を横に振った。
「すみません、お仕事に私情は持ち込まないようにしておりますので」
「仕事人間なんですから~。でもそういう生真面目な所が大好きです! 安心して兄の仕事を任せられますから!」
「妹よ、そんなに兄は頼りないのか……」
相変わらず、あかねには小馬鹿にされつつ俺は金城さんを自室に招く。
あかねには金城さんが真面目で頼りになる人に見えているらしい。
金城さんが話すペルソニアの仕事内容はトップシークレットの為、身内ですら話を聞かせることはできない。
表向きはそういうことになっている――。
「では、ご報告をさせていただきます」
金城さんは俺の部屋の座布団に正座すると、話を始めた。
「ご依頼いただいたとおり、朝宮栞、姫野明、有村美穂の3名に護衛を付けさせていただきました。学校の下校時と仕事の行き帰りを女性の弊社職員が見守らせていただいております」
そう、金城さんは実はペルソニアの仕事仲間なんかではない。
あかねにも秘密にしているが、警備会社――"ガーディアン"の役員である。
つまり、ボディガード。
金城さんもこんなに細身の女性だがあらゆる格闘技をマスターしていて滅茶苦茶強い。
そして今聞いた通りの内容で俺が警護を依頼してボディガードを派遣してもらっている。
「……それで、電話でもお伝えしたんですけど」
「はい、4人組の白星高校の男子高校生が朝宮栞をつけていました。有村美穂の方にも数名。凛月様がお電話でお願いされました通り、手荒な真似はせずに厳重注意で済ませました。彼女たちにも気が付かれていませんよ」
「ほっ、よかった……もうしばらくは続けてもらった方がよさそうですね」
やっぱり後をつけていた、どうしようもない男子生徒たちにため息を吐いた。
金城さんは報告を終えると、持ってきていたカバンから書類を取り出す。
「――そして、こちらが料金の請求書になります。1人分の護衛が1日分で3万円、月更新で4名分なので今月分は270万円になります」
「はい、ありがとうございま――って、ちょ、ちょっと待ってください! 270万円っ!?」
請求された金額に俺は驚きの声を上げた。
「安すぎます! 1人分足りませんよ!」
「……あかねさんの護衛は私が個人的に行ったものです。お金はいただきません」
「いやいや、俺が依頼したんじゃないですか。思ったより料金が安かったのでついでにお試しでって感じでしたが」
俺がそう言うと、金城さんは眉間にしわを寄せた。
「コレは"仕事"にしたくないんです……ダメですか? 大切な人の妹さんを守りたいっていう私個人の私情です」
「散々、『仕事に私情を持ち込まない』を徹底している貴方が何を言っているんですか」
「わ、私だってこんなことは初めてです……」
しかも、それを言うなら『大切な妹さん』ね。
『大切な人の妹さん』だと、俺が大切な人みたいになっちゃうから。
いや、大口顧客だから俺も大切な人で間違いないのか。
ビジネス上の表現だけどこんな美人さんに言われると思わず照れてしまう。
「じゃ、じゃあせめて報酬は身体で支払っていただくことはできませんか?」
「か、身体で支払う……!? すみません、俺の内臓とか売っても多分買い手が……」
「う、売れますよ! 髪の毛とか、私売ってたら買いますし……じゃ、じゃなくて、違います! 私が言いたいのはその――」
金城さんは視線を斜め下に向けてモジモジし始めた。
というか、髪の毛買うの?
変装とかする用にカツラを作りたいから?
「凛月様の……あ、頭を撫でさせていただくことはできませんでしょうか? それが今月分の支払いということで……」
「はい?」
あまりに意味の分からない提案に俺は変な声を上げた。
金城さんは、慌てて手と首をぶんぶんと横に振る。
「あっ、いえっ! ごめんなさい、過ぎた報酬ですよね! 私、こういう仕事をしているせいで距離感が分からなくて! 先祖代々、要人警護のためにずっと訓練だけをして生きてきたので!」
「あっ、いえ。まさかそんなことを言われるとは思ってなかっただけです。……というか、なんでそんなことを?」
俺の質問に金城さんは何やら葛藤するような表情を見せた後に俺の目を見た。
「凛月様……貴方は蓮見恋夏を守るためにあんな事をして、朝宮栞たちに嫌われてしまいました。だから人知れず心が傷ついてしまっているのではないかと思いまして……私は不器用ですから、頭を撫でるくらいしか励ます方法が思いつかなかったのです」
「金城さん……!」
俺は金城さんの瞳を見つめ返す。
「――どうして俺が嘘を吐いてしおりんたちに嫌われていることを知っているんですか? しかも、蓮見のことまで」
「や、やっぱりそこ気になっちゃいますよね……」
金城さんは困ったようにポリポリと頬をかいた。
「あくまで依頼主である凛月様の安全のため! 安全のためですよ!?」
そんな事を言って、金城さんはゴクリと息を呑む。
「凛月様の制服に盗聴器を付けてます」
「……はい?」
直後、金城さんは凄い勢いで部屋の床に頭を付けて土下座した。
「すみません! すみません! お詫びに私の部屋や寝室、トイレ、浴室に24時間監視カメラをつけて見張っていただいてもいいですから!」
「い、いいですよ! ちょっとびっくりしましたが、よく考えたら俺が勝手に依頼してしおりんたちの事を見てもらっているのも少し似たようなものですし……」
「で、では今後も――!」
「今すぐ外してください」
俺がそう言うと、金城さんは落ち込んだように俺の制服の襟から小さな機械を外した。
あれが盗聴器か……小さすぎて全然気が付かなかった。
「あはは、でも俺なんて学校じゃ誰とも話しませんし。休み時間は自分の机で寝ているだけですし。盗聴してもつまらなそうですね」
俺がそう言うと、金城さんは何やら顔を赤くして自分の頬を両手で覆った。
「いえ、その……衣擦れの音とか、凛月様の寝息とかを聞いていて……つい、我慢ができず……わ、私の身体に触ってしまったりしていました……」
えっ、身体に障るくらい不快だった? 俺の寝息。
我慢出来ないくらい気持ち悪かった?
ごめんなさい。
どちらかというと被害者なのになぜか心のなかで謝っている自分がいた。
「で、でも! やはり心配です。凛月様にもストーカーとかがついてしまう可能性もありますし」
「確かにストーカーなんていたら怖いですが……俺は陰キャなんで大丈夫ですよ」
「いえ、不安ですよ! もし盗聴とかされていたらどうするんですか!」
「確かに盗聴なんてされてたら……うん?」
「どうしました?」
目の前のスーツの青髪のお姉さんは何も疑問に思っていない無垢な表情で首をかしげた。
「まぁ、とにかく……その、励まそうとしてくださるのは嬉しいですよ。でも、頭を撫でるなんて――」
「ダ、ダメですか?」
「ぜひ、お願いいたします」
俺は姿勢を正して頭を下げた。
いや、誰だってこんな綺麗なお姉さんによしよしされたいでしょ。
なんなら、さっきの請求額が倍になってもいい。
「い、いいんですか!? では、一生懸命撫でさせていただきます!」
凄く意気込んでスーツの上着を脱いでシャツをまくる金城さん。
勢い余って首の骨を折れられてしまわないかが心配だ。
金城さんは、緊張しながらも割れ物でも扱うように優しく俺の頭を撫でてくれた。
「よしよし……凛月様はよく頑張りました」
「あっ――」
不意に俺の瞳からせきを切ったように涙が溢れ出す。
すると、金城さんは急いで手を離して土下座した。
「す、すみません! 強くやりすぎましたか!? 痛かったですか!? わ、私馬鹿力なので――」
「ちがっ、違いますよ! えっと、これは違くて――!」
自分でも驚いた。
情けなく流す涙を拭って、俺はあわあわと心配している金城さんに自分の状態を伝える。
「ど、どうやら、自分で思っていた以上に心がしんどかったみたいです……」
「えっと、つまり……?」
「その、泣くほど嬉しかったってことです……」
「そ、そうですか! 私、馬鹿ですが励ます方法を一生懸命考えてよかったです! じゃ、じゃあもう少し撫でてもいいんですよね……?」
「あはは、あまり長引くと金城さんを手間取らせたと思われてまたあかねに馬鹿にされてしまうので……もう少しだけ」
「分かりました! い、痛かったらすぐに言ってくださいね! 人形で練習してきたんです! 最初のうちは勢いが強くて首がポッキリ逝ってましたが、上手くなったんですよ!」
「――絶対に手加減してくださいね?」
(こんな姿、誰にも見せられないな……)
そんなことを思いつつ、俺は金城さんの不器用ながらも温かい手に癒やされていた。
新章に入る前の後日談でした!
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