第60話 歌姫は嫉妬深い
「開演時間過ぎてるぞー!」
「しおりんたちはまだかー!」
「俺のみほりんを見せろー!」
不満の声が上がる。
ライブの終わりの時間は決まっている。
つまり、すでに観客が楽しむ時間が削られていっているのだ。
ファンたちが怒るのも当然だろう。
それにしてもなんで――
(まさか……!)
俺は周囲を見渡した。
会場全体を見渡せる照明の後ろ。
誰もが不満げな表情を晒す中1人だけ邪悪な笑みを浮かべる女がいた。
(花見……! あいつが何かやったな!)
俺はしおりんたちと一緒に登録し合った位置情報アプリのZelyを起動する。
これを使えば分かるはずだ。
今、彼女たちはどこにいるのか……?
しっかり者のみほりんは位置情報が俺から見れないようにちゃんと設定し直していた。
俺みたいな変態に場所は知られたくないからだろう。
でもしおりんとあかりんはまだ設定を変えずにそのままにしていたので場所が分かる。
2人を表す丸い点は――遠く離れた場所からこの会場に向かって移動していた。
(これはまさか……!)
俺は客席を飛び出して控室へ。
デビュー当時はこの会場で演奏したこともあるから勝手はある程度分かる。
控室の横の通路の奥からは怒鳴り声が聞こえてきた。
「シンクロにシティはいつ到着するんだ!」
「すみません、私新人で……! 何も知らされていなくて」
「奏者も1人もいないじゃないか! 一体どうなっているんだ!」
「すみません! すみません!」
そこでは、音響や照明などの会場スタッフに怒られている、芸能事務所"カルデラ"の新人スタッフたちの姿があった。
俺は理解した。
罠に嵌められたんだ。
花見はカルデアの上位スタッフを丸め込んで騙した。
奏者のオーダーはキャンセルした。
仕事のおぼつかない新人のみをこの場所に派遣して開場だけさせた。
そして、しおりんたちを遠く離れた別の会場に送らせた。
全て“スタッフの手違い”として。
(ここまでやるかよ……花見、なんて自分勝手な奴だ!)
これは単なる事故では済まされない。
そもそも今から戻ってきても1曲演奏するくらいの時間しか残されていない。
例え彼女たちに責任がなくても、ファンは、観客は、しおりんたちにどこかで怒りをぶつけるだろう。
しおりんたちは俺たちとは違う。
顔も出して活動している。
誹謗中傷だけでなく、腹いせに私生活まで嫌がらせをしてくる者も現れるかもしれない。
もちろん、こんなことはカルデアミュージックにとっても痛手だ。
このままだとチケットは払い戻し、赤字になる。
だが、花見はそれよりもシンクロにシティの評判を下げる事を選んだんだろう。
妬みで練習をさせないようにするような奴だ、それくらいの暴走はする。
だが、そんな事よりも俺は辛かった――
なによりもファンを大切に想う優しいしおりんたちの今の心境を考える事が。
――いいよな?
そっちがズルをするなら、こっちだって"ズル"をしても。
俺はシオンのスマホを取り出した。
アイドル編終了まであと数話!
早くまた学園編を書きたい気もします!笑
新キャラも続々登場予定なのでお楽しみに!





