第44話 実力の片鱗
蓮見の言葉を聞いて、しおりんたちは安心したような表情で大きくため息を吐く。
「よ、よかった~。はすみんを悲しませちゃったのかと思ったよ~」
「そ、そんな事ないよっ! 正直、全く読んでもらえない事だって覚悟してたし……」
蓮見がそう言うと、みほりんとあかりんは蓮見の手を握った。
「動画とかでも勉強はできるけど、色々と目移りしちゃうから……私たちにははすみんからもらった教本が合ってたみたい!」
「本を開くと、『ちゃんとやるぞ!』って気になるんだよね! いつもは集中できない私でも!」
「YuTubeとかで学ぼうとすると、つい別のも見ちゃうからね……。他のアイドルを見たら気が散っちゃうし、あはは」
そう言って、しおりんたちは笑いあった。
「でも……正直トレーナーさんは欲しいかも」
「トレーナーが?」
俺が聞き返すと、みほりんが頷く。
「うん。カルデアミュージックのスタジオを借りたら歌と踊りはトレーナーさんが教えてくれていたから。あっ、いつでもお願いできるわけじゃないんだけどね!」
「私たちの踊りも今までのままじゃなくて、本当は新しいのに変えたいんだ~」
「でも、本のおかげでダンスや歌の基礎は再確認できたし、ビデオを見返して動きも揃うようになってきたよ!」
しおりんたちは少し悩みをこぼしつつも自信がついたようにみんなでハイタッチをした。
「そうだ! 私たちの歌と踊りを1回通して練習したのがあるからよかったら見て!」
そう言ってモニターを点けると、俺と蓮見は練習の動画を見せてもらった。
いつも聞いてる歌と踊り。
でも、今は楽しむ為に聞くんじゃない。
彼女たちの練習の様子を見せてもらう為に聞くんだ。
そう思いながら動画を見ていると、俺は段々と映像に集中して周囲が見えなくなっていった。
「……少し声が高いな」
「――えっ?」
そして、俺は無意識に呟いた。
「あかりんの元の声が高いから歌声もキーが高くなっちゃってるんだ。しおりんとみほりんはそれに合わせようと無理な声を出してる。その結果、強弱や発声に乱れが生じてるんだ」
俺はそう言ってリモコンを摑むと動画を巻き戻す。
動画の途中、サビの盛り上がりをもう一度再生し直してから止めた。
そして話の続きをする。
「踊りながら歌うなんて凄く大変な事だ。息も乱れるし、ただでさえ歌のユニティが崩れやすい。ここはまとまりを意識して、一度抑え気味で全体を通してみたほうがいい。それで体力が残るようなら後半で出し切るんだ。いつも一生懸命な姿勢はしおりんたちらしくて素晴らしいが、バテてしまったら元も子もない。ファンの印象に残りやすいのは"最初と最後"だ、曲の最後にはしおりんたちのとびきりの笑顔を見せてあげないと――」
そこまで語ったところで俺は我に返った。
周囲を見回すと、みんなが驚いた表情で俺を見ている。
「――なんて……ただのファンの意見なんだけど」
完全なイキリボーカルトレーナーと化した俺は冷や汗をダラダラと流す。
アイドルに関しては俺は素人なんだから、意見なんかできないはずだ。
なのに、ついシオンの癖で偉そうな事を……。
しかし、しおりんたちは顔を見合わせると瞳を輝かせて俺を見た。
「す、凄~い! 私たちこれで満足しちゃってた!」
「意識はしてなかったけど聞き直すとよく分かるね! 私と美穂は自然な声じゃなくて上ずっちゃってる感じがする!」
「ファンがどこに注目するかなんてぜんぜん考えてなかったよ!」
そう言って3人とも飛び跳ねながら喜んだ。
普通、素人にこんな事言われたら嫌だと思うんだけど……。
蓮見に渡された教本も一途に読み込んでいたし、3人共凄く素直な性格なんだろう。
少し危うくもあるが、生徒としては凄く優秀だ。
いいトレーナーさえいれば本当にトップアイドルに成れるかもしれない。
「そ、そうか……よかった!」
なんとなく役に立ったような気がして俺は安心してため息を吐いた。
一応俺も歌手だし、音の乱れには敏感だ。
少なくともそこを直せばもっとよくはなるだろう。
「凛月、凄く教えるの上手いね。指摘するだけじゃなくて色々と気を配って話してたし……」
そう言って蓮見は顔を赤くしながらため息を吐いて俺の事を見た。
「ま、まぁ、オタクだからな。好きなアイドルの事はよく分かるんだ」
俺は歌手である事がバレないように、そんな言葉で誤魔化した。
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