第39話 狡猾なはすみん
「みんな~、おっはよ~!」
月曜日、学校に登校してきた朝宮さんは元気に挨拶をする。
よかった、もう無理をしているような様子はない。
いつもの朝宮さん、いやそれ以上にキラキラと輝いている。
俺が一人、心の中で安堵のため息を吐いていると――。
朝宮さんは席に座る俺のもとへと一直線に歩いてきた。
そして、机の前で身をかがめると目線を合わせて満面の笑みを見せる。
「須藤君、本当にありがとう! あんなに立派なお家に連れて行ってもらえてびっくりしちゃったよ!」
そして、笑顔でそんな事を言い出した。
俺も今まさにびっくりしちゃってるんですけど。
無論、陰キャオタクの俺のもとに学校のアイドル(本物)が話しかけに来るという事態に周囲はざわめいている。
しかも、「家に行った」なんておっしゃっているのだ。
「シャワーまで借りちゃってごめんね! やっぱりいっぱい動いて、汗もかいちゃったから! 合鍵ももらっちゃったからいつでもお家に入れるし、これからは自由に行かせてもらうね!」
朝宮さんは何の悪気もなくそんな話を笑顔で続ける。
まずい、主に内容がまずい。
椎名と喋るときのように、とんでもない誤解を生んでしまっている。
しおりんの可愛らしいドジっ子属性がこんなところで発揮されてしまうなんて。
周囲の視線は刺すように朝宮さんの背後から俺へと集まっていた。
「それで――須藤くんは琳加さんとはどういうご関係なのかな?」
急に朝宮さんは背筋が凍るような声色で俺に問いかける。
俺は昨日の帰り道で琳加本人から知らされた俺との関係を口に出した。
「と、友だち未満の関係です……」
「そっか、よかった♪ じゃあまたね!」
そう行って朝宮さんは上機嫌で次に席に座る蓮見に声をかけに行った。
「お、おい! 今のなんだよ? なんで朝宮さんが!?」
「し、しかもなんか浮気を疑われてなかったか!? しかも、相手は琳加ってあの美少女番長の日陰さん!?」
違うんだよなぁ……
明らかにしおりんは琳加にベタぼれだ。
琳加と関わりのある異性という事でマークされているだけである。
まぁ、俺と琳加は男と女どころか子供と保護者みたいな関係にされているんだが。
「おい、鬼太郎! どういうことだよ、何でお前なんかが朝宮さんと――」
男子の一人が俺をそう怒鳴りつけようとした瞬間、朝宮さんは振り返ってその男子を睨みつけた。
「ちょっと! 須藤くんを『鬼太郎』だなんて馬鹿にして! 人の名前をちゃんと呼んであげないなんて凄く失礼よ! ね? 須藤君!」
「……ソウデスネ」
俺の苗字を須藤だと信じ切っている朝宮さん。
あっ、これもうダメだわ。
俺はもう須田に戻れねぇわ。
すまんあかね、苗字が違くても俺を兄として見てくれるか……?
ダメそう。
「まったく! ……あっ! 蓮見さんも本とかいっぱい持って来てくれて本当にありがとう! 『はすみん』って呼んでいい? よかったらお昼、一緒にお弁当食べようよ!」
朝宮さんが今度は蓮見の席に行ってそんな話をした。
蓮見は俺をチラリと見た後に、本で恥ずかしそうに顔を隠しながら朝宮さんに答える。
「ごめんなさい、私一緒に食べる友だちがいるから。は、はすみんって呼んでくれるのは嬉しいよ! それとあの……朝宮さん、須藤君は"凛月"って呼んであげて。そう呼んで欲しいみたい。私も次から名前で呼ぼうと思ってるの」
蓮見は突如、そんな事を提案した。
朝宮さんは笑顔で頷く。
「そうなんだ! 分かった! 凛月か~、えへへ、男の子の名前を下で呼ぶのってなんだか恥ずかしいね! そうだ、私の事もしおりって呼んでよ!」
「えっと……『しおりん』って呼んでもいい?」
「おっけー! はすみん!」
蓮見……お前って奴は……。
俺は蓮見の気遣いに泣きそうになった。
いや、心の中ではマジで泣いた。
せっかくの特級リア充グループ入りを断ってお前は独りぼっちの椎名との約束を守った……。
しかも、俺の呼び方を名前呼びにすることで朝宮さんの苗字の間違いも有耶無耶にした……。
蓮見、今度またお店を手伝ってやるからな。
「えへへ、凛月――か。利用しちゃってゴメンねしおりん……」
蓮見は本で顔を隠しながら何度も俺の名前を嬉しそうに口ずさむと、何かを一人呟いていた。
――なお、朝宮さんが俺を下の名前で呼び始めたことでクラスメートたちの視線がさらに深く突き刺さったことは言うまでもないだろう。





