第35話 琳加の勘違い
スタジオのスピーカーから聞き慣れた音楽が鳴る。
備え付けの更衣室で練習着に着替えたシンクロにシティはその音楽に合わせて楽しそうに踊る。
俺たちは邪魔にならないように後ろで見学させてもらっていた。
やべぇ、推しが髪を後ろでまとめてジャージにTシャツ姿で踊ってる……
アイドルのラフな格好に蓮見と共に興奮しつつ、後ろでサイリウムの代わりに隣のスタジオにあったドラムのスティックを振って応援していた。
ちなみに椎名にバレたら普通に怒られると思う。
みんなで練習を見ていたら、不意に琳加が立ち上がった。
「リツキ……ちょっと外に出てくる。私にはスタジオの音が大きいみたいだ」
そう言ってスタジオを出た。
琳加が気がかりで、俺は蓮見に言う。
「ちょっと琳加の様子を見てくる」
「う、うん! 分かった!」
すぐに後を追って俺もスタジオを出た。
1階に上がったところで追いつくと、俺は琳加の背後から腕を摑んで耳元で囁く。
「琳加、2階にベッドがあるんだ……。俺と一緒に行こう」
俺がそう言うと、琳加は顔を赤くした。
そして、何やら取り乱して俺の言葉に反応する。
「そ、そそ、そんなっ! いいのか!? みんなが一生懸命練習してるのに私だけそんないい思いをして!」
遠慮がちな琳加はそんな事を言って断ろうとしていた。
だが俺は引かない、琳加が逃げないように腕を引いて身体を引き寄せた。
「いいんだ。琳加だっていつも頑張ってる。それに、ずっと俺と一緒にいて"溜まってる"んだろう? 安心してくれ、気持ちよさは保証する」
俺の言葉に琳加は戸惑う様子を見せつつも期待するような眼差しを向けた。
「で、でも急過ぎるというか……い、嫌って訳じゃないんだぞっ! むしろ凄く嬉しいんだが……でも、下でみんなが練習してるのにそういうのは――」
「琳加はいつも我慢しすぎなんだ。もっと自分の欲望に正直になってくれ」
「リ、リツキ……いいのかな。私、このままリツキにベッドに連れていかれても……」
「いいに決まっているだろ、だって――」
火照ったような表情で俺を見つめる琳加の手を俺は強く握った。
「『大きな音が頭に響く』のは精神疲労の証拠だ。琳加は昨日しおりんの電話に付き合わされて寝てないんだから、練習が終わるまではベッドで寝ていてくれ。寝室まで一緒に行って案内するから。ここのベッドはヒノキでできていて、マットレスも低反発で包み込まれるようにリラックスできるんだ。絶対に"気持ちよく寝れる"ぞ!」
「――へ?」
俺の説明を琳加はポカーンとした表情で聞く。
琳加は俺以上に気を回す性格だ。
ここに来る途中でもしおりん達に変な奴が寄ってこないか周囲を警戒し続けてくれていた。
俺が蓮見のカバンを持ってるのすら心配だったんだろう、チラチラと俺の事をずっと見ていたし。
そんな頼りない俺と一緒にいて"疲労"が溜まっているはずだ。
今も顔が真っ赤で汗をかいてるし。
「あぁ、そのままだと寝にくいならタンスに寝間着も入ってるから使っていいぞ。もちろんシャワーもな。寝間着は帰る時にカゴに入れておけばハウスキーパーさんが洗ってくれるから」
俺が得意げにそう言うと、琳加は何故だかがっくりと肩を落とした。
「そ、そうか……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。はぁ……」
琳加は大きなため息を吐く。
やっぱり疲れていたみたいだ、いっぱい寝かせておいてあげよう。





