特別編 噂の陰キャ兄貴を馬鹿にしに行く その1
「妹を出して欲しい!」という声が多すぎたので、特別編を書きました。
本編から一時離れますが、ご了承ください。
「――貴方、ちょっと良いかしら?」
「はい?」
いつもどおりの鬼太郎ファッションで買い物に行こうと家を出て、ほんの少しだけ歩いた頃。
若い女性の警察官に話しかけられた。
ま、まだなにもやってないですよっ!?
「ちょっと質問だけど。職業は何をやってるの?」
「あー、はい。ミュージシャ――学生です」
思わず副業を答えそうになった俺だが、何とか誤魔化す。
分かってました、これ職務質問ですよね。
圧倒的不審者の極みである俺が街に害をなすかもしれない存在としてマークされたようだ。
僕、悪い陰キャじゃないよ……ぷるぷる。
警察官の方は凛とした雰囲気で若くて物凄く真面目そうな女性だし、これは長くなるかもしれない……。
「そう、ちょっとあなたの"顔"を確認させてもらってもいい? 最近、少し物騒だから警備を強化しているのよ」
「はぁ……分かりました」
確かに、顔を髪で隠しているような俺は怪しい。
この警察官の方はしっかりとお勤めを果たしてくれているということだ。
変に抵抗しなければ長引くこともないだろう。
気は乗らないが……俺は早く開放してもらうために眼鏡を外すと、髪を分けて素顔を見せた。
「――っえ!?」
そして、俺の素顔を見た女性警官の方は驚いた表情で硬直した。
えっ、なに? やっぱり俺の顔は心臓に悪いくらいに酷いの?
「――ちょ、ちょっとこれは署まで同行してもらう必要があるわね! いえ、署までなんて遠いわ! 近くのホテルでお話を聞きます!」
「え、ええっ!?」
自宅から数メートル。
そんな場所で俺は任意同行(という名の強制連行)をされてしまう。
すまん、あかね……気が向いたら面会に来てくれ。
分厚いアクリル板を挟んで罵倒でもいいから聞かせて欲しい。
パニックになりすぎて、すでに刑務所での生活のことを考えていると、その救世主は現れた。
「――私の凛月に何か御用ですか?」
警察官の方に引っ張られる俺の体が静止する。
あかねが逆側の俺の腕を掴んで女性警察官の方に笑顔を向けていた。
いや、表情こそ笑顔だが物凄い威圧感を感じる。
面倒事を起こしている俺への怒りだろう……ごめんなさい。
「い、いえっ! この辺りは最近少し物騒ですので保護をしようと思っていただけでして……! お知り合いの方がおられるのであれば大丈夫ですね! お、お気をつけください!」
「ええっ! ぞんっぶんに気をつけるわ、意地汚い泥棒猫が私の大切なものを狙っているかもしれないから!」
「――し、失礼しましたっ!」
女性警官の方は何やら逃げるように走り去って行った。
さすがに知り合いを目の前に『怪しいから連れて行こうと思った』なんて言わないよな。
警察の方は気を使って『保護』って言ってくれてた。
あかねは胸に手を当てて大きくため息を吐く。
職務質問なんて受けている俺が情けなくて呆れているんだろう。
「はぁ~、全く……お兄ちゃんったら気をつけてよ。家の近くだから偶然家を出ていって捕まるところを私の部屋から見れたけど、油断するとすぐに連れて行かれちゃうんだから」
「ご、ごめんなあかね。こんなのがお兄ちゃんで……」
俺の容姿が悪いせいであかねに迷惑をかけてしまっていることが本当に申し訳ない。
――て、あれっ? あかねの部屋からってこの場所見えたっけ?
角度的に俺の部屋からじゃないと見えないんじゃ……まぁどうでもいいか。
頭を下げて謝ろうとすると、あかねは手で制止した。
「いいから、買い物に行くんでしょ? しょ、しょうがないから今日は私も一緒に行ってあげる。また連れていかれそうになったら困るし」
「だ、だがクラスメートに見られたりでもしたら変な噂になるぞ? お前、学校だと超有名人だし」
そう、あかねは成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗の三拍子が揃った神の最高傑作だ。
他校の生徒の間でも噂になっているほどである。
「別に有名になんてなりたくないんだけどなぁ……目立ちたくないお兄ちゃんに迷惑がかかるなら私は帰るけど――」
「馬っ鹿、お前。迷惑なはずないだろ。なんなら土下座して頼み込むまであるわ」
俺のシスコン魂が勝手に俺の口を通じて声を上げると、あかねは恥ずかしさで顔を赤くした。
ごめんなさい、キモくて。
「じゃ、じゃあ行こ! ほら、早く!」
恐らく、俺の隣を歩くという苦行をさっさと済ませたいのであろう。
あかねは急かすようにして俺の服を引っ張った。
「お、おう! あっ、車道側に行くな。あかねはこっち側を歩け」
俺はあかねの腕を引いて可愛い妹を道路から遠ざけた。
しかし、あかねは不満そうな顔をする。
「いや。お兄ちゃんが轢かれたらどうするの?」
俺の存在感の無さを心配してあかねがそんなことを言った。
「大丈夫だ、引かれ慣れてるから。毎日ドン引きされてるから」
「いやいや、意味が違うでしょ……まぁ、私は今もお兄ちゃんに惹かれてるんだけどね」
「俺があかねに引いたことなんてないが? あぁ、今車道から遠ざけるためにあかねの腕を引いたか」
他愛のない会話をしながら、俺は愛する妹と一緒に買い物をするという一つの人生の夢を叶えたのだった。
◇◇◇
次の日。
俺は学校から帰ってくると自室で腕を組んでヘアーワックスを睨みつけていた。
学校の帰りに薬局で購入した物だ。
そして、一人で唸るように呟く。
「う~む。やっぱりどうにかしなくちゃだよなぁ……」
このまま俺が、いつも顔を隠すような怪しい状態で外に出ると何度も警察官の方に職務質問のお世話になってしまうだろう。
だから、プライベートで出かける時くらいは前髪をどけてメガネを外して顔を出すべきだと思う。
なにより、あかねにこれ以上迷惑をかけて嫌われたくない。
(多分もう、めちゃくちゃ嫌われてるんだけどな……)
俺は昨日のことを思い返す。
昨日の職務質問中、あかねは俺のことを"お兄ちゃん"ではなく"凛月"と名前で呼びかけてきた。
おそらく、俺なんかと兄妹だなんて思われたくなかったんだろう。
それだけではない。
別の日には「私、お兄ちゃんのこと。兄妹として見れないよ……」なんてあかねの悲しそうな呟きを聞いてしまったこともある。
このままじゃ非常にマズイ。
マジで嫌われすぎて家族の縁を切られてしまう。
(仕方がない、学校に行く時以外の外に出る時はワックスで髪を整えて、メガネを外してから出かけるか……シオンとしては顔出しをしたことはないからまぁバレないだろ)
髪の毛を固める前に、自分の意思を固めた俺はワックスを手に取る。
俺はシオンになるときはいつもワックスで髪を整えている。
でも、いつもはメンバーやメイクさんにやってもらっているため自分で整えたことがないのだ。
(とはいえ、高校生にもなってそれはやばいよなぁ……やっぱり髪のセットくらい自分でできるように練習しないと……)
まだあかねが帰って来ていない今がチャンスだ。
必死に髪なんか整えてる姿見られたら馬鹿にされそうだしな。
俺はワックスを持ったまま洗面台へと向かった――
◇◇◇
――リツキが家の洗面台で髪の毛を整えるべく悪戦苦闘している頃。
白星高校1年C組の放課後の教室では3人の女生徒たちが駄弁っていた。
「はぁ~。あいつ、本当にムカつく。モテすぎでしょ」
「『須田 あかね』でしょ? 勉強も運動も完璧。嫌味なくらい欠点がないよね~」
「今も校長に頼まれて学校の入学パンフレットのモデル撮影してるんでしょ? マジであいつを見て入学するやつ増えそうだよね」
「モテるんだったらさっさと彼氏でも作れっつーの! 男子が全員あいつしか見てねーじゃねーかよ」
「まぁ、その本人は恋愛に全く興味なさそうだけどね」
「それもムカつく! 彼氏欲しくて必死こいてるあたしらが馬鹿にされてるみたいだわ!」
会話の内容は同学年で一番の有名人、須田 あかねに関することだった。
その殆どが妬みや嫉妬による悪口である。
そんな中、彼女たちの一人がニタリと笑みを浮かべた。
「――ここだけの話、あいつの"兄貴"がめちゃくちゃキモいらしいよ」
「はっ? なにそれ? あいつに兄貴なんていたの?」
「うん、前から噂はあったんだけどね。私昨日、あいつがいかにも陰キャなキモい奴と家に入っていくところ目撃しちゃってさ! 多分、あれが兄貴なんだよね!ww」
「なにそれウケる! 兄貴がブスならあいつは整形でもしてんじゃないの!ww」
そして、話は良くない方向へと盛り上がった。
「それ使えるじゃん! その陰キャでキモい兄貴を写真に撮って、あいつの唯一の弱点をあたし達で掴んじゃお!ww」
「いいねそれ! あいつは入学パンフの写真撮影でしばらく家には帰れないだろうし、私達が今行ったらその兄貴が出てくるんじゃない? 陰キャなんてすぐに家に帰るしww」
「じゃあ急いであいつの家に行こ! きゃはは、楽しみ! そのキモい兄貴の写真、教室の前に張り出しちゃおうか!ww」
そうして彼女たちはカバンを持つと、意気揚々と教室を出て行った。
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