夏休み前
7月中旬。夏休みを間近に控え、俺は早乙女邸で教科担任共から渡された課題を潰していると、不意に俺のスマホが鳴り出した。
「誰だ…吉田か…?」
俺は課題を閉じるとスマホを手に取った。
…登録してない番号だ…迷惑電話か何かだと思った俺はとりあえず着信拒否にしておいた。
「これでよし」
俺は再び課題を開くとシャーペンを走らせた。
「はじめ!なんで昨日出なかったの!?私何回も電話したんだけど!」
翌日。俺はいつものように駐輪場に自転車を置くとこれまたいつものように俺を待っていた(と思いたい)若林が「怒っています!」と全身で表現しながら俺に近づいてきた。
…というか昨日の電話…?
「おはよう若林。もしかして昨日の午後に電話かけてきたのってお前なの?」
「そ、そうよ!悪い!?」
「あ、いやそうじゃなくてだな…迷惑電話かと思って反射的に着信拒否にしちまった。すまん」
俺は弁解をしながらバス停へ向かうと若林は呆れたのか小さく溜息をついた。
「まぁはじめらしいといえばそうなんだけど…着信拒否までされてたのはさすがに傷ついたなぁ…」
「いや、本当ごめんって!…ん?そういえば俺若林に連絡先教えたっけ?」
「ん?あ、それは椿ちゃんに教えてもらった。連絡取れないと不便でしょ?」
「いやまぁそうなんだけど…」
椿ちゃんはガラケーだからラインは知らないんだもんな。だから普通の電話だったのか…
「俺は基本ラインだから…あとで交換しようか」
「…!うん!」
俺の言葉に若林は一瞬にして笑顔になると嬉しそうに頷いてくれた。その顔は反則だ…可愛すぎる。あ、着信拒否解除しとかなきゃ。
「それと…あとでなんかお詫びさせてくれ。そうしないと俺の気が晴れん」
「え?お詫び?…わかった!考えたく!」
若林はニヤニヤしながらそう言うとやってきたバスに乗り込んだ。
「一体何を頼んでくるんだ…」
俺はひとり呟くと若林に続くようにバスに乗り込んだ。
「えー…うちのクラスの出し物は喫茶店に決まりました。夏休み明けたらすぐ期末試験なので準備もいいですが勉強もしっかりしましょう」
6限のLHRでは9月末に控える文化祭の出し物の話だった。
自慢ではないが中学の頃から文化祭にまともに参加したことのない俺はクラスのテンションについていけず、いつものように机に突っ伏して仮眠をとっていた。まぁ質の良い眠りじゃないから返って逆効果かもしれないんだけど。
「そんじゃ夏休みまで登校日はあと1日。佐藤が言ってたように文化祭の準備を始めてもいいがしっかり課題をこなしておくこと。俺からは以上だ。あ、掃除当番は、しっかり掃除しろ」
「起立。礼」
『さようなら』
渡部がそう言うと学級委員の佐藤による号令でLHRは終了した。
今日の掃除は…井上のとこか。
「はじめ!一緒に部活いこ!」
「おう。機嫌いいな若林」
「はじめに頼むもの決めたからね!」
「あぁそゆことね」
俺は鞄を持つと若林と並んで部室へと足を運んだ。
「はい。これで登録完了ッと」
部室に入った俺達は約束通り連絡先を交換すると若林は終始満足げな表情を浮かべていた。
「そういや俺に何を頼むつもりなんだ?言っておくけどあんまり高い物とか要求されても用意できないからな?常識的範囲で頼む」
俺がそう言うと若林は一瞬、顔を赤らめると高速でスマホの画面を操作し始めた。
「何やってんだ?」
俺が若林のスマホを覗き込もうとすると俺のスマホに一通のメッセージが届いた。
「えっと…『今週の日曜日朝10時に駅前の広場集合』?いや、わざわざラインしないで口頭で言えばいいだろ…」
「いや…なんかこういうの恥ずかしかったから…」
いつももっと恥ずかしいことをなんの躊躇いもなく俺にしてるだろ…とは口が裂けても言えない。
若林は視線をそっとさらすとまるで返事を待ってるようにこちらをチラチラと見てきた。
「あー…了解。日曜の10時な」
「…!うん!絶対だよ!」
なんかデートの約束みたいな気もしないでもないが…やっぱそんなわけないよなぁ…ここでデートと勘違いして『コイツ俺のこと好きなんじゃね?』とか勘違いして轟沈した人がいたからな…まぁ早乙女先輩のことだけど。
俺がそんなどうでもいいことを考えているとガチャリと部室の扉が開かれた。
「こんにちは!陸上部(仮)のみなさん!突撃取材です!」
「えっ…誰?」
「えっと…警察は110っと…」
「ちょっと!流れるように通報しようとしないで若林さん!?」
いきなり部室に入ってきたツインテの女はスマホの画面をタップする若林に向かって声を上げると手をワナワナさせていた。
「それで…どちら様で?」
聞いたことがあるような声だったが…俺の知り合いにこんな人はいないしなぁ…
「フフフ…よくぞ聞いてくれた!我が名は如月雪!天より召喚された神の子である!」
『…』
痛い!この人痛いよ!痛すぎて部室内が一瞬凍り付いたんだけど?…てかこの人美人なのに中身が吉田と同じって…残念美人だな…
「えっと…如月先輩。何言ってるのか全くわからないので普通に喋ってください」
「アッハイ」
さすが若林というかなんというか…いつのまにか吉田を手懐けてただけあって如月先輩も一瞬で大人しくなった。
「あの、素の状態で最初からお願いしていいですか?」
「あ、はい。えっと…私は新聞部2年の如月雪と申します。今回は体育祭で目立っていた陸上部(仮)の皆さんに独占取材させていただこうと思いやって参りました」
『…』
先程とは打って変わり、丁寧にお辞儀をする如月先輩を前に俺達は絶句した。
なんというか…この人なんで素の状態で最初から話さなかったんだろ…
「独占取材って具体的に何を…」
若林が口を開くと如月先輩はかけていたポシェットからメモのようなものを取り出した。
「えっとですね…あ、まずは『一さんとはどんな人か』や『アンカーのあの女生徒は誰か』って感じのが大半ですね。実際、そこはどうなのでしょうか?」
「…ん?ちょっと待て。今女生徒って言った?アンカー走ったの俺なんだけど…」
俺がそう言うと如月先輩はやれやれと言った様子で首を振った。
「いや、貴方のことですよ一さん。そんな変声機を使ってまで男装しなくてもいいじゃないですか」
「変声機…?」
「おい、若林。こっち見んな。いや、変声機なんてしてないからね!?これ地声だからね!?」
「えっ…」
如月先輩がなんかとんでもない誤解をしていたみたいだが…まぁさっきの話を聞く感じ『俺は女だと思われてる』ってことなんだよなぁ…きっと髪型のせいなんだろうけど。
「如月先輩。一応!念のため!しっかり!訂正させてもらえますけど!俺は女じゃないですから!あと、一ではなく一ですから!」
「は、はいぃ…」
あ、つい怒鳴ってしまった…って!ちょっと先輩泣きそうなんだけど!?
「いや、あの…すみませんついカッとなって…な、泣かないでください」
若林よ…そんな目で俺を見ないでくれ…わざとじゃないからね?ホントだよ?
俺は無意識のうちにハンカチを取り出すと如月先輩の涙を拭いていた。如月先輩は一瞬びっくりした表情をしていたが、まぁ人に拭いてもらうのは慣れていないんだろう。
「ちょっとはじめ!なんではじめが先輩の涙を拭いてるのよ!っていうか先輩も気持ち良さそうに流されないでください!」
「いや、これ普通じゃないの?俺、椿ちゃんや亮が泣いたときいつもこうやってるよ?」
「いや、普通じゃないからね!?」
若林が言うに俺が先輩の涙を拭くのは普通じゃないらしい…何故だ…いや、いつものくせなんだけどね?
「ふふっ…君達面白いね」
若林と俺のやり取りを見ていた如月先輩は楽しそうにそう笑うとすっと立ち上がった。
「今日はこれくらいにしてやろう!さらばだ!」
如月先輩は吉田のようななにやらかっこいいポーズをとると部室を出ていった。
…というかさっきまで素だったのにな…なんでわざわざあんな風にしたんだろ…ホントわかんない人だ。
俺はそんなことを考えながら若林のほうを向くと、そこにはいかにも不機嫌そうな顔をした若林が腕を組んでこちらを覗いていた。
「あの…若林サン?なんでそんな不機嫌そうなn…」
「…はじめ。日曜の『デート』は私の言うこと全部聞いてもらうからね」
「ハイ」
なんかデートというところだけ強調された気もするが俺は反射的に頷いた。そういえば早乙女先輩はデートの経験とか語ってくれなかったから何すればいいのかわかんねぇな…




