新たな人生の幕開け
「おぉ…神か…!神がおるぞ…!」
バレンタインデー翌日の15日の朝。
いつものように俺と霞、春の3人で教室に入ると、不意に一緒に登校してきた吉田の声が、隣のクラスから聞こえてきた。
「吉田のやつ、何かあったのか?」
「さぁ…?」
「あたし達が知るわけないじゃん」
「…それもそうだな」
無関心といった様子で、荷物を置きながらそう言う霞と春。
たしかに、2人の態度どおりどうでもいいことではあるんだが…
俺には、吉田が後で叫びながら3組に駆け込んでくるような気がしてならなかった。
「おはよう!一君!」
「おはようございます。一さん、若林さん、井上さん」
俺が席に着くと同時に、教室に響いたそんな声。
その発声源に釣られるように、俺達は視線をそちらへ向けると、お揃いのコートを着込んだ堀江兄妹がこちらに微笑みかけた。
「堀江さんおはよー!」
「おはよう、堀江さん」
堀江妹を元に駆け寄りながら、仲良さそうにハイタッチをかわす霞と春。
いつの間に仲良くなったのか、年明けから3人が絡んでいるのを見るのは気付けば日常となっていた。
「おはよう堀江さん…と、堀江兄」
「おいおい、なんで俺がオマケみたいな言い方なんだよ一君。今なら邪魔者もいないんだ…もっと俺のことを見てくれよ」
気持ち悪いくらいに良い笑みを浮かべながら、熱のこもったような声でそう言う堀江兄。
何故かはわからんが、堀江兄の言葉ってところどころ仲村に通ずるところがあるんだよな…変な悪寒がするときあるし。
「別に、わざわざお前を見る必要はないだろ…」
「いやいや、そんなことはないさ。誰だって好きな人には自分を見てほしい…わかるだろ?」
俺に問うような声音で、そっと言葉を並べる堀江兄。
後ろで霞達が同意するようにウンウンと頷いているが…いや、なんでお前らが反応してんだよ。
「まぁ、わからなくはないが…」
「そうだろうそうだろう?…だからほら、一君も俺をもっとよく見て──」
「おい、誰の許可を得て俺の一を口説こうとしてんだよ」
座った目の堀江兄が、淡々と言葉を言い終えるその直前。
いつの間に教室に入ってきたのか、鞄を担いだ仲村が堀江兄の肩をガッシリと掴むと、真顔のまま堀江兄に耳打ちをした。
「な、仲村!?いつの間に…」
「よう、堀江ェ…」
「あ、あはは…」
唐突な仲村の登場に、何故か真っ青になる堀江兄。
そんな兄の姿を見てか、霞と春の間に立っていた堀江妹は、やれやれといった様子で頭を抱えていた。
「おはよう仲村。朝から元気だな…」
「おう、おはよう俺の一!」
「だから俺はお前のもんじゃないっつーの」
「ハハハッ!確かに今はそれもそうだな!」
いつもと変わらぬテンションのまま、俺の肩をバシバシと叩く仲村。
ホント、平常運転だなコイツ…
賑やかになったクラスの中、俺がそっと自分の席に座ろうとした瞬間、まるでそのタイミングに合わせたかのように教室の扉が開かれた。
「一聞いてくれ…!一達に感化されたのか4組の女子もチョコレートを配っていたのだ…!同じ年に複数も女子から貰えるなんて、我は夢でも見てるのかもしれないから、現実だと証明するために全力で引っ叩いてくれないか!?」
早口でまくし立てながら、俺の予想通り突然教室に飛び込んできた吉田。
みんなの関心が吉田に集まる中、俺は小さく溜息を吐くと、近付いてきた吉田の頬に向かって、全力の平手をお見舞いしてやった。
ーーー
『以上を持ちまして、第49回卒業式を終了します』
そんな放送と共に、ステージの上に立つ校長に合わせて礼をする俺達。
緊張の糸が切れたのか、一気にざわつく周囲の生徒達。
いくら卒業式の練習とはいえ、流石にその態度はどうかと思うが…
『あ。あ、あー…聞こえてますかー?』
スピーカー越しに響いた渡部の声。
再びしんとした空気に包まれる中、俺の前に立っていた仲村が不意にこちらに振り返ると、何か伝えようとしたのか小さく口を開いた。
「なぁ一」
「どした?」
「…俺達、もう3年になるんだな」
「…そうだな」
唐突に放たれた、仲村の一言。
気付けば高校生活も半分以上終わり、大学受験を控えた3年生も目と鼻の先。
渡部の指示が反響する中、仲村は周囲に紛れるように身体を伸ばすと、静かに言葉を続けた。
「一は進路とか決まったのか?」
「進路、ね…一応、料理関係の資格とかは取ろうと思ってるけど」
「ははっ…確かに一らしいな」
「そう言うお前はどうなんだよ、仲村」
「俺?…俺は、そうだな…」
質問の仕方的に即答すると思っていた俺の予想とは違い、何か考えるように視線を逸らす仲村。
コイツが考えこむのも珍しい。
「一といられれば、それでいいかもな」
「なんだよそれ」
笑いながら答える仲村に釣られるように、そっと漏れ出した俺の笑う声。
答え的に進路とかとは関係無いが、ある意味仲村らしい。
「別に、学年が上がったとしても、卒業したとしても…俺達が友人であることに変わりは無い、だろ?」
「…そうだよな。俺と一は友達、だもんな」
「おう、当たり前だろ」
何処か寂しそうで、それでいて何処か嬉しそうな表情をしながら、顔を天井へと向ける仲村。
そう、吉田も仲村も、あと堀江兄妹達も…みんな、俺の大切な友人。
早乙女先輩も、高校時代の友人は生涯の友となりやすいって言っていたし、コイツらとの関係はきっと変わらない。
何故か笑顔で涙を流す仲村を前に、俺はふと、なんの根拠もなくそんな気がした。
ーーー
「一君」
「あ、雪先輩。…どうしたんです?こんなところに突っ立って」
卒業式の練習も終わり、渡部による説教混じりの長いHRを済ませた放課後。
鞄をまとめ、部室に向かおうとしていた俺は、何故か全力でそれを阻止しようとしてきた霞と春に促されるように、正門へ足を運んでいた。(ついでに鞄も2人に回収された)
「ちょっと人を待ってるんです」
「…人を、ですか」
「はい。一君もよく知ってる人ですよ」
何処か緊張した声音で、期待するようにそう言う雪先輩。
雪先輩と面識のある、俺のよく知ってる人…
該当者は何人かいるが、みんなわざわざここで待つ必要もないしな…
なんとなく、雪先輩がここにいる意味を考えながら数分。不意に例の人物から連絡がきたのか、雪先輩が周囲を見渡すように顔を上げると、1台の高級そうな車が正門前でピタリと止まった。
「雪さん、おまたせ」
「いえいえ、元々私が発案したわけですし、そのへんは問題ないですよ。由良さん」
上品そうなオーラを放ちながら、車の中から出てきた由良。
そういえば、たしかに由良も雪先輩と面識あったな…盲点だった…
唐突な彼女の登場に、俺が思わず固まっていると、不意に運転席の窓から垂れ目の女性が顔を覗かせてきた。
「こんにちは一くん」
「あ、こんにちは八代さん」
「なんだか面白いことになってるみたいだね」
「あはは…そう、ですね…」
俺の顔を見るなり、挨拶をしながら、状況を把握したような含みのある笑みを浮かべた渡部の彼女。
…高級そうなこの車は、八代の私物とみていいんだろうか…?だとしたら相当お金持ちだと思うんだが…
何か打合せのようなものをしている由良と雪先輩を横目に、俺は現実逃避をするようにそんなことを考えていた。
「あのさ、一くん」
「はい?どうしました…?」
「話は鈴木さん達から聞いてるから、ちゃんと答えてあげてね」
「話?それに答えるって一体──」
「それじゃ、ボクはあっちゃんを迎えにいってくるから。…頑張ってね」
俺の言葉を遮るように、そう言い残して再び車を走らせる八代さん。
校内へ消えていくその影を前に、俺が由良と雪先輩へと視線を戻すと、それに気付いたのか、2人はニコリと微笑み返してきた。
「今頃2人が準備を終わらせてるはずだし、私達もそろそろ行きます?」
「えぇ…もちろん、一君もちゃんと着いてきてくださいね?」
ーーー
俺を連行するように腕を組みながら、ノロノロと部室へやってきた俺達。
八代さんの口ぶり的に、俺が答えたくなくなるような内容が待っているんだろう。
それよりも、女子2人と腕を組んでいるというこんな惨状、周囲の視線が怖かったが、奇跡的に誰とも会わずにたどり着いてしまった。
「おまたせ。若林さん、井上さん」
部室に入るなり、先に中にいた霞と春に声をかける雪先輩。
2人は、俺を見るなり口角を上げると、何処かいたずらっぽく歩み寄った。
「ねぇはじめ」
「ねぇいっちゃん」
口を揃えながら、ゆっくりと顔を近付ける2人。
反射的に、俺が自分の顔を逸らそうとするも、その行動を読まれていたのか、由良と雪先輩に左右からガッシリと掴まれた。
「ちょっ…由良!?雪先輩!?」
「でも、こうしないと五十嵐は逃げるから…」
「いやいや、普通誰だって逃げると思うけど!?」
俺の思考が停止したまま、クスクスと笑いながら、徐々にその距離を縮める霞と春。
ちょ、それ以上はマジで近すぎ──
「はい、そこまでです」
不意に横から聞こえた、雪先輩のそんな声。
パッと離れた2人を前に、頭が解放された俺は力が抜けたようにへたり込んだ。
やべぇ…マジで力入んねぇ…
「…お前ら、急にどうしたんだよ…」
無意識に漏れていた、そんな俺の声。
そんな俺を余所に、4人は何か共有するように目配せをすると、ニコニコと笑いながらこちらに向き直った。
「えっとね…さっきのは、如月先輩が考えてくれた、ちょっとしたテストなの」
何処か嬉しそうに、そして何処か恥ずかしそうにそう言う春。
俺は確認するように霞達へ視線を向けるも、3人は間違いないというように頷いた。
「テスト…?」
「そう、テスト」
「起きてる時のはじめはいつも、私達がなにかしても反応してくれなかったから…その、確認」
何処か含みのある言い回しで、照れながらそう言う霞と由良。
俺から離れた雪先輩は、意地悪っぽくもかわいい笑みを浮かべると、立ち上がろうとした俺にそっと手を差し出した。
「急に試すような真似をしてすみません一くん。…でも、先程の反応からして、由良さんの言っていたことは間違いないないみたいですね」
「由良が言ってた…?」
俺の手を引きながら、コクリと頷く雪先輩。
霞達が俺を反応を試すような、由良に言ったことのある内容…そんなものいった覚えなんて…
「はじめ…」
「いっちゃん…」
何処か期待するように、俺へと視線を向けてくる2人。
いや、待てよ…?それってまさか──
「五十嵐」
「由良、お前…」
「うん、言っちゃった」
早く答えを出せと促すような、眼鏡越しの由良の笑み。
由良の口ぶり的に、俺が7月に言ったあの言葉は、きっともう霞達の耳に入っているだろう。
なんてこった…
「まぁ、五十嵐が答えを出せるなんて最初から思ってないよ」
「だから、如月先輩と相談して、こういう状況を作ったんじゃん」
本能的に後ずさった俺に、何処か淡々と、しかし心の籠もった声でそう言う由良と春。
後ろで鞄から何かを取り出す霞を余所に、雪先輩は再びゆっくり俺の手を取ってきた。
「安心してください、一くん。…例え、貴方がどんな答えを出しても私達は責めたりしませんから」
「雪先輩…」
「ですから、しっかりと考えてください。ね?」
まるで聖女のように、満面の笑みを浮かべながら、そう言いきった雪先輩。
彼女に代わるように、腕を後ろに組みながら前に出てきた霞は、ゆっくりとその瞼を開けると、まるで逃さないと言うように、色の違う双方の瞳をこちらに向けてきた。
「ねぇはじめ…」
「な、なんだ…?」
霞の声を前に、本能的に漏れた俺の震え声。
視線を固定したまま、ゆっくりと近付いた霞は、不意に後ろに回していた、ビデオカメラのようなものを持った手をそっと胸の前に持ってくると、にっこりとこちらに微笑みかけた。
「既成事実って、知ってる?」
一途な愛を永遠に…
皆さん、こんにちは。赤槻春来です。
今回の2月編(2回目)、いかがでしたか?
私としてはひとまず、自己満足で書き始めたこの作品が無事書き終えられたことが、とてもよかったのではないかと思っています。(まぁ、文章云々については課題が山積してますけど)
元々、最後どうやって終わるのかだけは決めていたので、そこにどうやって持ってくるかが割と大変でした。
一応、一達がその後どうなったかは、『バットエンド・キャンセラー』本編でも少し触れる予定ですので、気になった方はそちらもよろしくおねがいします。(そちらはあくまでif√の一つとして捉えてもらって構いません)
この作品について賛否両論あると思いますが、とりあえず『足して2つの高校生活』はこれにて完結となります。
ここまで読んでくれた皆様方、ご精読ありがとうございました。
また、何処かでお会いできたら幸いです。
それでは皆さん、ごきげんよう。




