彼女の家庭事情
「はじめ、どうしたの?」
近くのファストフード店で昼食を終え、店を出た俺と霞。
道路の向こう側、不意に俺の視界に入った親子を前に俺はふとその足を止めた。
「いや、あそこに知り合いがいたから」
「知り合い?」
「ほら、文化祭の時に来てたヘンリーおじさんとメアリーだよ」
俺の目線の先に映る2人を目にした霞は、文化祭の件のせいか苦虫を噛み潰したような顔をした。
「はじめ、あの人って…」
「いや、別に変な人じゃないよ。たしかに文化祭の時はアレだったけど…俺が保証する」
俺が霞にそう言った瞬間、こちらに気づいたのかメアリーがヘンリーおじさんの服を引っ張りながら手を振ってきた。
「こんにちはお兄さんとその彼女さん!」
「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
元気のいいメアリーに対し、どこか照れながら応答する霞。
メアリーはどこか不思議そうに霞を見つめると、ヘンリーおじさんと霞の顔を交互に見た。
「ねぇねぇお兄さんの彼女さん!」
「霞だよ」
「じゃあカスミお姉さん!カスミお姉さんってパパにそっくりだね!」
「えっ?」
メアリーの言葉に固まる霞。
たしかに俺も前から感じていたことではある。霞はどことなくヘンリーおじさんやメアリーに似ているところがあったから。
「私がそっくりって…え?」
当然のように混乱している霞を前に、不意に先程まで黙っていたヘンリーおじさんが口を開いた。
「2人共…少し、私に着いてきてくれないか?」
ーーー
ヘンリーおじさんに連れられ、しばらく住宅街を進んでいる俺達。その間、ヘンリーおじさんは一言も喋らず、どこか気まずい雰囲気が流れていた。
「ここだ」
不意に足を止めたヘンリーおじさんは目の前にある二階建ての一軒家を指差すと、静かにそう言った。
「えっ…ここって…」
「霞、知ってるのか?」
「ここ、私の家だよ」
「えっ?」
霞の言葉に固まる俺とメアリーに対し、ヘンリーおじさんはやはりといった様子で再び視線を家へと戻していた。
「おじさん、これはどういうことですか?なんで霞の家を知って…」
「詳しいことは後で話す。今は、君の『お父さん』に会わせてくれないか?」
俺の言葉を遮り、霞へそう問いかけるヘンリーおじさん。その姿はどこか焦っているようで、いつものようなダンディな姿は微塵も感じられなかった。
「なんでですか」
「君の『お父さん』と直接会って話がしたい。ただ、それだけだ」
「…見ず知らずの、しかも不審者みたいな貴方の言葉をどうやって聞けって言うんです?文化祭の時もそうだし、怪しすぎますよ」
「それも…そう、だな…」
「…でも、はじめの言葉は信用してるから」
たじろぐヘンリーおじさんを前にそう言った霞は一瞬、俺と目を合わせるとその家のドアを開いた。
「お父さーん!お父さんにお客さん!」
玄関に入るなりそう叫んだ霞。すると、何やら階段を降りるような音と共に一人の男性が玄関へとやってきた。
男性は玄関にいる俺達を一瞥すると、ヘンリーおじさんの顔を見るなりものすごい形相でヘンリーおじさんの顔面を殴りつけた。
「パパ!?」
「お父さん!?」
目の前の光景を前に、ヘンリーおじさんに駆け寄るメアリーと驚愕の声を上げる霞。
「お前!ふざけんなよ!今更ノコノコ顔出しやがってッ!」
男性は殴られた頬を押さえるヘンリーおじさんの襟首を掴むと、憎しみをぶつけるように言葉を吐き捨てた。
「…ッ!」
「お前のせいでッ!お前の一方的な行動のせいで姉ちゃんがどれだけ傷付いたと思ってんだッ!」
「…すまない」
「─ッ!」
ヘンリーおじさんの言葉に、その手を離して床へと叩きつける男性。
目の前で起きている光景に俺達はただただ立ち尽くしていると、息を整えて落ち着いたのか、男性がゆっくりと視線をこちらに向けた。
「お見苦しいところを見せてしまってすまない。えっと…君がはじめ君かい?」
「あ、はい」
「そうか…君が…」
突然話を振られて困惑する俺を前に、男性はどこか納得したように頷くと再び口を開いた。
「ここでの立ち話はなんだし、上がっていきな。そこのお嬢さんも」
男性のその言葉に俺とメアリーはそっと靴を脱ぐと、蔑むようにヘンリーおじさんを見つめる男性を横目に俺達は霞の家のリビングへと案内された。
ーーー
「──と、いうわけなんだ。悪いね、はじめ君。人の家庭事情に巻き込んでしまって」
「いえ、お気になさらず…俺もなんだかんだで関わりが深いんで」
ヘンリーおじさんを連れ、リビングへやってきた男性は俺達に謝罪をすると、一通りの経緯を話してくれた。
どうやらこの男性、霞の母親の弟で、霞の母親が離婚した後、霞の父親代わりとして霞の物心つく頃から世話をしていたらしい。左手に付いている指輪は霞を心配させないためのフェイクなんだとか。
そしてヘンリーおじさん。彼は霞の実の父親で、霞が生まれて間もなく一方的に離婚を告げていなくなったらしい。通りで霞とどことなく似ていたわけだ。
「じゃあ…私の本当のお父さんってこの人なの…?」
「…すまない霞」
男性の話に、最も驚愕していたのは霞だった。それもまぁ、仕方ないと言えばそうなんだけど。
霞の言葉に謝るヘンリーおじさんは、いつものようなイケメンの面影はなく、ただただ1人のやさぐれたおっさんになっていた。
「私は、もう霞の父親を名乗る資格はないさ」
静かに流れる時の中、ヘンリーおじさんの言葉に、俺はどこか心の中に突っかかるものを感じた。
俺はたしかにヘンリーおじさんから離婚したことやメアリーに姉がいることは知っていた。でも、それを語る時のヘンリーおじさんはどこか寂しそうで、何かやむを得ない事情があったことだけはわかる。それに、霞が物心つく前にいなくなったはずなのにメアリーはまだ11才。腹違いの妹であることには間違いない。ただ、それなら何故、ヘンリーおじさんはシングルで彼女を育ててきたのか…
俺は頭の中をぐるぐると回る疑問の果てに、あるひとつの結論にたどり着いた。
「…既成事実」
「え?」
「ッ!」
「はじめ、それって…」
「いや、あくまで俺の憶測だし、間違ってるかもしれないけど…」
「はじめ君。詳しく、聞かせてくれないか」
言葉を作るより前に口が動いていた。
確かに俺は家庭事情は関係ないが、だからこそ、第三者視点で、彼等の持つこの一連の事件に対する偏見を取っ払って状況を考えることができるのではないだろうか。
「俺は、ヘンリーおじさんが責任感が強くて優しい人だって知ってるつもりです。これは少なくともこの5年以上関わってそれで感じたことです。だからこそ、この一方的な離婚騒動にはきっと裏がある。そう思ってます」
「それが既成事実、だと?」
「多分、既成事実化した何かのせい…というのが俺の考える原因です」
既成事実というのは責任感の強い人間ほど効果がある、と。前に由良が言っていたのもある。だからこそ辿り着いた、この結論。
「…前に離婚云々を聞いた時、あんなに寂しそうに語る姿はきっと、後悔してからなんじゃないかと」
この事件の全容は俺にはわからない。俺は当事者じゃないし、この結論が合っているという保証もない。ただ、ヘンリーおじさんを庇うわけではないが、これで少しでも本人の口から直接、この事件の答えを語って欲しかった。
ーーー
「はじめ、これでよかったの?」
「よかったのってお前…俺よりもお前のほうが関わってるだろうが」
「…それも、そうかもね」
夕日の差す二階のベランダで星の見え始めた空を眺める俺と霞。
若林家の家族会議(仮)はあの後、帰ってきた霞の母親によって収束された。どうやら霞の母親は興信所を使ってその全容を知っていたらしい。
俺の予想通り、ヘンリーおじさんは脅されていたようで、その時にできてしまったメアリーを見捨てられず、その女から逃げてきたとのことだった。
何故そこまで証拠が残ってるのに裁判を起こしたりしなかったのか謎だが、霞の母親の中ではとっくに事件は終わっていたらしい。
そして俺は霞の母親に勧められ、いつのまにか霞の部屋に泊まることになっていた。(母さんには既に連絡済みらしい)
「なぁ…今更なんだけど、俺今日泊まってよかったの?ほら、せっかく姉妹揃ったんだし、姉妹水入らずでさ…」
「何言ってんの?」
「いやだって…俺も男なんだし、邪魔するわけにもいかないし…」
「私とメアリーがいいって言ってるんだからいいの!…それにいきなり妹だ、姉だ、って言われて2人きりにされても気まずいだけだし。メアリーも私よりはじめに懐いてるしね」
「それも、そうなんだけどさ…」
「ほら、つべこべ言わずに従う!ね?」
「はは…わかったよ」
そう言って霞に押し切られた俺は考えることを放棄すると、霞に押されるようにして家の中へと戻っていった。
俺達のいなくなったベランダに差し込んだ夕日は、とても綺麗に輝いていた。
一途な愛を永遠に。
みなさんこんにちは。赤槻春来です。
8月編、いかがでしたか?
別に8月だから水着とかそういう王道にしてもよかったんだけど…内容的にどうしてもここに入れたかったのでこうなりました。
伏線は一応貼ってたんだけどね。
また新しい人間関係が生まれる…(あの2人が復縁するかどうかはご想像にお任せします)
さて、次回は9月編。今年の文化祭は何をするのやら…
感想や意見、アドバイスなどありましたら感想欄やツイッターのほうに書き込んでくれると幸いです。
またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。
それでは皆さん、またどこかであいましょう。
バイバイ!




