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足して2つの高校生活  作者: 赤槻春来
6月─2.高校の体育祭(にかいめ)
35/51

2年の体育祭



「義兄さん、今日は気合入ってますね!」

「ま、体育祭だしなぁ…ちょっと荷物はかさむけど、どうせ部活全員分わけるの面倒だからこっちの方がいいかなと。見栄えもいいしね」

 体育祭当日。俺が普段使わない大きな弁当箱に料理を詰めていると、いつのまにか2階から降りてきた椿ちゃんはそれを覗きながらそう言った。

 まぁこの弁当箱なんて俺が小学校の運動会の時以来見てなかったからなぁ…一昨日それに気付いて改めて洗って消毒したけど。

「私達の体育祭の時は作ってくれないんですか?」

「ん?この弁当箱でってこと?」

「そうです!」

「いやいや、2人だけだし別々に作るよ。どうせ母さん達とは一緒に食べれないしね」

「そう…ですか…」

 俺の言葉に明らかに落ち込む椿ちゃん。たしかに考えてみればそうか、毎日たくさんの弁当作ってるけど、こうやって大きいのに詰めるのは無かったしなぁ…亮に関しては覚えてるかどうかも怪しい。

「よし、今度夏休みにピクニックでも行くか?受験の息抜きも兼ねて」

「…!本当ですか!?」

「まぁ母さん達次第だけどな。一応、俺の方からも声かけとくよ」

「ありがとうございます義兄さん!」

 嬉しそうに礼を言う椿ちゃんを前に、なんだか俺も少し、その元気を分けてもらった気がした。

 …さ、今日のリレーも頑張りますかね。



ーーー



にのまえさんは今日、何の種目に出るのです?」

「ん?なんでまた」

「いえ、この前の種目決めの時ににのまえさんの名前が無かったので」

 俺が教室で荷物を整えていると、同じく荷物を用意していた堀江妹が不意に声をかけてきた。

「あー…堀江さんは去年いなかったから知らないのか」

「…?どういうことですか?」

「ま、今日の花形…かな?俺は去年1番盛り上がった競技に出るよ」

「はぁ…」

「じゃ、俺はお先に。遅れるなよ?」

 理解できていないのか曖昧な返事をする堀江妹に俺はそう言うと、まとめた荷物を持って教室を出た。



 天候は曇り、気温は暑くなるとは言っていたが日差しが届かない影響かちょうど良い暑さだ。

「はじめ」

「ん?」

 俺が昨年出場した1年100m走をぼんやりと眺めていると、不意に背後から霞が声をかけてきた。

「もう午前中の競技終わっちゃうね」

「だな…ぼんやり眺めてただけだけど、意外とあっという間過ぎていった気がするよ」

「ふふっ…それもそうかも…」

 静かに笑いながら俺の隣に座る霞。その左右違う色の瞳は、走っている1年生ではなく俺の顔を伺っているようだった。

「はじめさ…」

「ん?」

「去年の体育祭、覚えてる?」

「…そりゃもちろん。お前と一緒に弁当食って昼寝して…終わったらお前、倒れたもんな」

「ちょっ…それは忘れてよ!」

 恥ずかしそうに俺の肩をポカポカと叩く霞。

 忘れるわけもない。あの日ほど霞が綺麗に見れたことはなかったのだから。いや、正確にはいつも綺麗ではあるんだけど、あの日の霞は何かが違ったのだ。…そう、俺が見惚れてしまったくらいに。

「んじゃ、そろそろ部室に行きますか」

「えっ…あ、うん」

 立ち上がる俺を見た霞は一瞬その表情を曇らせるも、すぐさま元の明るい表情で頷いた。



にのまえよ…まさかこの量を一人で作ってしまうとは…!」

「なんだよ吉田。いつもみんなに作ったやつを一つの弁当箱に並べただけだろ…別にすごくもなんともない」

「わ、我にとってはすごいのだっ!自慢ではないが、我はこの量を作り切れる気がしないのでな!」

「あーはいはい」

「…兄さん、それは流石にカッコ悪いですよ…」

「ぅ…響に言われると心に刺さる…」

 陸上部(カッコカリ)のメンバーが部室に揃うと、各々俺が広げた弁当へと手をつけ始めていた。

「…?若林さん、どうしたの?」

「あ、いや…別に」

「あー…もしかして去年みたいに足を引っ張るとか思ってるわけ?」

「いや、だからそんな…」

 どこか心ここに在らずといった様子の霞に、春は顔を伺うようにそう言うと、いつになく弱気な霞の反応を前に持っていた箸を置いた。

「はぁ…別に若林さんが何か思う必要ないじゃん」

「…なんでそう言い切れるのよ」

「だってこの2週間、一緒に練習したからね。あの走り見て若林さんが影で練習してたことくらいいやでも想像つくよ」

 胸を張ってそう言い切った春。

 てか霞も霞なりに練習してたのか。知らなかった…まぁ思い返してみればそんなそぶりなかったわけでもない。まぁ今更だけど。

「別に俺達も霞のこと荷物だなんて思ったことないぞ。な、吉田?」

「うむ」

「だから気にすんな。別に俺達が目指すのは優勝が全てじゃないし、去年みたいに倒れたって良い。そん時はまた俺が付き添ってやるから、今日という数少ない『陸上部』としての活動…最後まで全力でやり切ってやろうぜ!」

 俺の言葉に頷く3人とそれを見て微笑む響ちゃん。

 俺はそんなみんなに笑い返すと、再び弁当へと手をつけた。



ーーー



『さぁさぁやってまいりました!本日の大目玉!部活対抗リレーッ!解説はこのわたくし、新聞部2年青山大地がお送りしますッ!』

 去年の雪先輩にも負けず劣らず元気なアナウンスと共に、俺達は各々のスタート位置へとついた。

 走順は去年と違い、『吉田→春→霞→俺』の順番で、女性陣3人であらかじめ決めていたらしい。まぁ響ちゃんは中学生だし、吉田がスタート上手いからって理由で採用した感じはするけど。

「奇遇だねにのまえ君。まさか君がアンカーだとは」

「堀江兄か…その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぞ」

 不意にかけられたその声に、俺は前屈していた姿勢から元に戻すと、その声の主に皮肉っぽくそう言ってやった。

「ふっ…去年この種目で優勝したのかは知らないが…俺が1番だということを証明してあげよう」

 ドヤ顔でそう言う堀江兄。その服にはバスケ部と書いてあり、どうやらバスケ部としての出場らしい。

「お前じゃにのまえどころか俺にも勝てないぞ堀江」

「…!?な、仲村…いつの間に!?」

にのまえのいるところ仲村ありってね」

 突然の仲村の登場に驚く堀江兄。まぁ確かにいきなり現れたら驚くわな…

「しかしお前…それじゃただの俺に対するストーカーだぞ…」

「やだなぁ俺のにのまえ…これは愛の成す結果じゃないか!」

「俺はお前のになったつもりはないっての…」

 野球部のユニフォームを身につけてそう言う仲村は、まるで堀江兄に見せつけるようにニヤリと笑っていた。

「お前ッ…!」

「じゃ、にのまえ、それと負け犬(堀江)君、悪いけど今年は俺達野球部が優勝させてもらうよ」

「おう」

「…ふん」

 仲村の言葉にそっぽ向く堀江兄。俺達は仲村にそう返すと、各々スタートラインに立つメンバーへと視線を向けた。

 さぁ…頼んだぞ、吉田。

『それでは第一レーン!目指すは県大会出場!バレー部だぁぁぁぁッ!』

 野太いアナウンスと共に、観客席から一斉に『うぉぉぉぉ!』という声援が響き渡った。そういやバレー部って確か去年はいなかった気がするんだが…

『第三レーン!春の大会で予想外の大進撃を見せた野球部だー!』

 アナウンスと共に礼をする野球部の1走は、周りからの歓声を浴びながら然りに仲村のほうへと視線を向けていた。まぁ見た感じ一年生っぽいし、緊張しているんだろう。うん。

『続いて第四レーン!今年はイケメン揃い!その実力はいかに…!バスケ部だー!』

 アナウンスにコクコクと頷く堀江兄。いや、確かに待機してるメンバーも含めて今年のバスケ部はイケメン揃いである。外野から聞こえてくる女子達の声援はすごいものだ。同じく外見だけはイケメンである吉田がちょっとかわいそうに思えるくらい。

『第五レーン!名前からして明らかにネタ枠!去年この種目で優勝した陸上部(カッコカリ)だー!』

「おい」

 アナウンスの説明に、俺は思わずそんな声を漏らした。…まぁあの渡部にネーミングセンスを求めるのは酷だと思うし、ネタっぽいのは認めるけどさ…改めて他人に言われるとは…

 俺がそんなことを考えていると、スタートラインに立つ吉田は一礼した後、観客席…いや、何故か救護室にいる響ちゃんに向かって手を振っていた。響ちゃん…きっと仮病使ってここまで来たんだろうな…保健室確か今閉まってたし。

 今年のリレーは一レーンはバレー部、二レーンはサッカー部、三レーンは野球部、四レーンはバスケ部、五レーンは俺達、六レーンはハンドボール部、七レーンは茶道部、八レーンはテニス部といった感じになっている。どうやら文化部が一つ以上出るのは鉄板らしい。

 緊張した空気が張り詰める中、ピストル担当の先生がゆっくりとピストルを空に向けると『パンッ!』という爆発音とともに選手が一斉に走り出した。

『先頭のイケメンはバスケ部一年の山田君!そしてそのすぐ後ろを追うイケメンは陸上部(カッコカリ)の吉田君だー!この2人のイケメンは圧倒的な速さで後続を引き離していくーッ!先にバトンを渡すのはどっちだーッ!』

 スタートと共に飛び出した吉田達。先頭2人のイケメン同士の接戦を前に、外野にいる女性陣からの黄色い歓声が飛び交っていた。

「早いだろ?彼」

「そうだな。でももう体力が持たないっぽいぞ」

「えっ…」

 俺に話しかけた堀江兄は、飛ばし過ぎたのかだんだんとバテ始めた山田君の姿を前に驚愕の表情を浮かべた。

 それもそうだろう。だってあの吉田は今回本気を出しているのだから、そのペースに合わせたまま走り続けたらどうなるか…そんなもの、結果は火を見るよりも明らかだ。

「どうなってるんだ!?なんなんだアイツ!?」

「吉田は元々、基礎身体能力が高いからな。アイツがこの一年、影でずっと練習してきたらしいしこうなるのは当たり前だろ」

「くっ…」

 悔しそうに顔を歪める堀江兄。

 吉田はそのまま2着以降を引き離すと、そのバトンを春へと渡した。

「はぁ…はぁ…見たかにのまえよ!これが我の実力だッ!」

「おつかれ吉田。ほら、このタオル使え。…一応4人分用意したから、春と霞が終わったら渡しといてくれ」

「はぁ…了解した」

 俺はタオルを吉田に渡すと、圧倒的な速さで後続の男子共を引き離す春を見て口元を緩めた。

「春ーッ!ファイトッ!」

 俺のそんな声が聞こえる訳はないが一瞬、春は笑ったような表情を浮かべると、残り100mのストレートを駆け抜け、そのバトンを霞へと繋いだ。

「おつかれ春。いい走りだった」

「はぁ…はぁ…ありがといっちゃん…」

「とりあえずこれ飲んで一旦休め、な?」

「…うん…」

 俺は走り終えた春に水筒を手渡すと、先に休んでいる吉田の元へと付き添った。

「霞が来たら同じように対応してくれ。俺もそろそろ招集がかかる」

「了解した」

「あたしに任せてよ!」

「ははっ…春が言うなら心強いな…んじゃ、任せた」

 多少回復したのか元気に返事する春を前に俺はそう言うと、何やら不服そうに叫んでいる吉田を無視して持ち場へと戻った。

 …さて、俺もそろそろ出撃するとしますかね。

『先頭は変わらず陸上部(カッコカリ)!男女混合にも関わらず圧倒的な速さだーッ!しかし後方の野球部2年早坂君!イケメン集団をするりと抜かして2位へと躍り出たッ!だんだんと距離を詰め始めたぞーッ!』

 俺がスタート地点に着くや否や、そんなアナウンスと共に、霞の後ろを走る坊主頭がとてつもない速さで距離を縮めていた。

「霞ーッ!ファイトーッ!」

 俺がそう叫ぶと、不意に背後からトントンと誰かに肩を叩かれた。

「若林サンも速くなったね」

「…なんだ仲村か。びっくりしたわ…」

「それはすまん。だけどほら、アレを見てみ?彼女は去年に比べて比にならないほど速くなった…でも、男女差という圧倒的な壁の前ではあの早坂には勝てないよ。なんだって彼、野球部で1番速いんだから」

「それは…確かにキツそうだな」

 こうやって出ているから忘れがちだが、俺達は男女混合チームだ。最下位を走っている茶道部以外に女子が混ざっている部活はここだけだし、偏見だが負けたって何もおかしくない。まぁ、去年接戦になったのもあるしそれが一概に正しいと言ったら否ではあるんだが。

「でも別に不安要素は無いさ。俺は霞を信じてるからな」

「…すごい自信だね」

「この一年、影で頑張ってたらしいからな。もし抜かされそうになっても全力で粘ってくるさ」

 俺がそう言うと、ちょうど霞と早坂が俺達の待つラストのストレートへと差し掛かった。その距離ほぼ0mと言っていいだろう。早坂に抜かされまいと粘る霞の姿は俺が想像していたよりもかっこよく、美しく見えた。

「ははは…確かににのまえの言う通りだな」

「だろ?」

「でもな…今年こそは一位の旗を掲げて君の前に立ってみせるさ」

「…その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ」

 俺と仲村はお互いにそんな言葉を交わすと、バトンを受け取る為にその足を蹴った。


『先頭は陸上部(カッコカリ)と野球部!ほぼ同時にアンカーにバトンが渡ったぞ…ッ!両者一歩も譲らないーッ!』

 仲村とほぼ同時に霞からバトンを受け取った俺は、振り返ることなくトラックを走り続けた。

 俺と仲村はお互いに一歩も譲ることなく200mを走り終えると、残り半分のカーブへと差し掛かっていた。

 あたりに鳴り響くあの鬱陶しいアナウンスも、誰かを応援する声援も、何一つ今の俺には聞こえない。

 …ただ、バトンを受け取る時に聞こえた霞の一言、「頑張って」と言った言葉だけが俺の空っぽになった頭の中を反響すると、まるで誰かに背中を押されているようにその足が軽くなるような気がした。

『おっとここに来て陸上部(カッコカリ)のいち君、野球部の仲村様を引き離したーッ!ラスト50mッ!これは勝負は決まったかーッ!?』

 ゴール直前、不意に写った視界の先に、霞と春、そして吉田が何やら叫びながらこちらに手を振る姿が入ってきた。

 俺は気力で走っていた足に力を入れると、ゴールテープを切る感触と共にその意識を手放した。



ーーー



「…はじめ、おはよう」

 俺が目を覚ますと、覗き込んでいたのか俺の視界いっぱいに目元を赤くした霞の顔が写り込んだ。

「…おう…」

 流石に気恥ずかしくなった俺は、そう返事をして身体を起こそうとすると、霞が慌てた様子でそれを静止した。

「だめだよはじめ。今は無理しちゃ」

「無理って…別にしてないだろ」

「…本当にわかんないの?はじめ、走った後すぐ倒れたんだよ?」

「…は?マジで言ってんの?」

「うん…中2病と堀江さんがここまで運ぶの手伝ってくれたけど」

 霞の言葉に俺は周囲を見渡すと、周囲は見慣れないプレハブの壁で覆われており、どうやら俺は救護室の簡易ベッドに寝かされているらしかった。

「…はは」

「…?どうしたの?急に笑い出して?」

「いや…去年は逆だったなって思って。なんか不思議な感じ」

「…だね」

 どちらともなく手を取り、微笑み合う俺達。

 しばらく続く無言の時間は、妙な気まずさのようなものはなく、とても落ち着くような気がして…

 気付けば俺は再び意識を闇の中へと手放した。



 一途な愛を永遠に。


 みなさんこんにちは、赤槻あかつき春来はるきです。


 6月編(2回目)、いかがでしょうか?

 やっぱり霞(ルート)はこうでなくっちゃ!と、勝手に思い込んでる私です。


 1回目に続き体育祭編、ということで…一応描写はしてないけど、はじめも吉田快兎もこの1年間、時間があればトレーニングを積んでるって設定です。まぁ体力は大事だしね。今回(はじめ)はそれすら使い切ったけど。(シンプルに運動部で練習を積んでる仲村のほうが強いのは当たり前である)

 堀江兄妹が完全に噛ませ役だったけど…まぁ設定上仕方ない。うん。


 さてさて、次回は7月編!ピクニック編にしようかななんて思ってます。はい。お楽しみに!


 感想や意見、アドバイスなどありましたら感想欄やツイッターのほうに書き込んでくれると幸いです。

 またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。

 それでは皆さん、またどこかであいましょう。

 バイバイ!

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