体育祭に向けて
6月中旬。日に日に雨も多くなり、部屋干しをする日が続いていた。
「一、もちろん今年の体育祭もリレーに出るよな?」
「なんすか先生…パワハラですか?」
「いやいや、そんなことはないさ」
「じゃあお断りということで」
「待って一!悪かった!俺が悪かったから出て行こうとしないで!?」
いつものように鍵を受け取りにいった俺は、渡部のくだらない茶番を無視して教室を出ようとすると、扉に手をかける寸前のところで渡部に止められた。
「はぁ…どうせまた『去年はお前の部活が1位だったからもちろん今年も出てくれるよね?』とかそんな感じのこと言われたんですね?」
「あ、あぁ…さすが一、まさか一字一句間違えずに当ててくるとは…」
「あーはいはい、そういうことは別にいいですから、早く要件言ってください。俺も急いでるんで」
自身のプライドが邪魔でもしているのか、一瞬黙り込む渡部。そういうところが周りにつけ込まれるのでは…?
ちなみに俺が急いでいる理由は…まぁ霞と一緒に部活行くって約束を現在進行形で破ってるからだが。(原因はもちろん渡部のせいなんだけど)
「頼む!俺の顔を立てると思ってやってくれないか…?」
「先生の顔立てるつもりはありませんが、まぁ吉田達がいいって言うならやりますよ。では、俺はこれで」
「あ、おい一」
俺は渡部の声を無視すると、逃げるように部室へと向かった。
なんかこれ以上話してるとめんどくさそうだったからなぁ…
ーーー
俺が部室前に着くと、案の定というか既に女性陣は到着していた。おまけに機嫌も良くないっぽい。いや、どうしてくれんのコレ?
「はじめ…?」
「はい…」
「なんで約束破ったの?そんなに私と一緒が嫌だったの?ねぇ!」
「いや、別に嫌だから破ったわけじゃ…」
「じゃあなんでよ!鈴木由良や井上さんとコソコソ2人で何かしてるの知ってるんだからね!?」
「ちょ…答える!答えるから揺さぶるのやめて…」
俺がそう言うと、霞は気付いたように揺さぶるのを止めて俺の肩から手を離した。
俺は霞を宥めるように頭をポンポンと叩くと、持っていた鍵を使って部室の扉を開けた。
「とりあえず中で話そう、な?」
「…わかった」
あぁ…ジト目でこっちを見てくる響ちゃんと春からの視線が痛い…
「これは一さんが悪いです」
「あたしもそう思うかな…」
ボソッと言った2人のその言葉は、まるで鋭利な刃物のように俺の心に深く突き刺さった。
いや、たしかに俺が悪いけどさ…わざわざ2人揃って言わなくていいじゃん?俺泣いちゃうよ?(泣かないけど)
3人を部室に入れ、俺が事の顛末を話し終えると、先程まで怒っていた霞は呆れたように息を吐いた。
「──だったら最初からそう言ってよ…」
「いやいや、説明する間もなかっただろ!?…まぁわかってくれたならいいんだけどさ…」
霞もどうやら怒り(?)が収まったらしく、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「それで、お前らはどうするんだ?去年はなんだかんだで参加したけど…」
俺の言葉に黙り込む3人。
まぁ霞に関しては去年も乗り気じゃなかったし、春も当初は入りたいって言ってた『陸上部』っぽい活動は一切してないからなぁ…陸上部って名前につけるなって話だけどさ。
2人はしばらくお互いの顔を見つめると、何やら話あっているのかアイコンタクトのようなものをとっていた。
「一さん、体育祭のことはわかったんですけど」
「ん?」
「あの、兄さんは…?なんで兄さんは今日来てないんですか?」
「あー…アイツは多分追試だと思うぞ?去年もそうだったし」
実際、吉田がこの時期にいないのは珍しいことではないしな…中学のときからそうだし。
響ちゃんは俺の言葉を聞くと、しばらく考え込んだ後、自らの荷物を片付け始めた。
「一さん、私はちょっとやることができたので帰ってもいいですか?」
「おう、吉田にもこのこと伝えてくれると助かる」
「任せてください!では」
響ちゃんはそう言うと、部室の扉を開けて嵐のように飛び出していった。
廊下濡れてるけど大丈夫かなぁ…
「いっちゃん」
「ん?」
「あたしは今年も出たいな!ほら、元々あたし─」
「陸上部志望だったから、だろ?」
「うん。覚えてたんだ」
「当たり前だ。…まぁ今じゃ陸上部ってのも名前だけだけどな」
「それもそうかも」
俺の言葉にあははと笑う春。なんだかんだでここにいてくれているということは春にとってもきっと楽しいとか思ってくれていたということだろう。
俺は春の笑顔を見ながらそう考えると、何故か不満そうな表情で黙っている霞のほうへと視線を向けた。
「霞…」
「何?」
「えっと…霞はどうすんだ?今年の部活対抗リレー。去年は結構無理してたと思うし、別に嫌なら断ってくれてもいいんだが…」
「…ぷっ…なんではじめ、そんなに弱気なの」
「いや、だってお前…なんか機嫌悪そうだったから…」
「あははっ!別にもう怒ってないよ!結局勘違いだったんだし、ね?」
唐突に笑い出した霞。俺はしばらくの間、理解できずに固まっていたが、その言葉の意味を理解すると同時にまるで肩に乗っていた荷物が一気に無くなったような感覚を覚えた。
「私ははじめがやるって言うならやるし、やらないって言うならそれに従うよ。今回だけじゃなくてこれからも、ね?」
「…それはなんか重くないか?」
「失礼ね!重いって何よ!」
「いっちゃん最低…」
「えっ?今の俺が悪いの!?」
「当たり前でしょ!」
「当たり前だよ!」
そんな俺の言葉に対し、息ぴったりで叫ぶ2人。
いや、たしかに女性に対して重いってのはデリカシーなかった気もするけどさ…別に体重のこと話してたわけじゃないんだけどなぁ…女心ってのは分からんね…